【HGPI政策コラム】(No.11)-認知症政策チームより-新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言下において日常を続けること
<POINT>
・COVID-19下において、多くの国で認知症の人が日常生活を維持できるよう関係者が腐心している
・認知症の人の支援に際して、日本ではデジタルツールの活用が諸外国に比べあまり進んでいない印象がある
・まずは互いの置かれた現状を知り、他者の境遇に思いを馳せることが求められている
はじめに
前回のコラムでは、緊急事態宣言に関わる国会議論を通じて感じた、立法府の重要性について指摘しました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19: Coronavirus Disease 2019)の状況はさらに深刻さを増しているように感じます。2020年4月7日には7つの都府県を対象に緊急事態宣言が発令され、その後4月16日に全ての都道府県が対象となりました。さらに5月4日には緊急事態宣言が5月31日まで延長されることが発表されました。長期間にわたって、広範囲の業種に対する休業要請や外出自粛要請など、多くの人々の生活に変化が生じています。今回のコラムでは、認知症の人や家族を取り巻く現状について、考えてみたいと思います。
本コラム執筆に当たって、国内外の現状を知るために、国際アルツハイマー病協会(ADI: Alzheimer Disease International)が開催したオンラインセミナー「Supporting people with dementia during COVID-19 」やオーストラリアの高齢者支援団体Older Person Advocacy Network(OPAN)のオンラインセミナー「Webinar: Living with Dementia during COVID-19 and how we all can help」 を聴講しました。また実際の状況を知るために、Alzheimer ScotlandのBeattie Jan氏、株式会社NGUの山出貴宏氏、GrASP株式会社の山崎健一氏にお話を伺いました。ご協力いただいた皆様に改めて感謝申し上げます。
認知症の人が日常生活を継続できるように
日本においても諸外国においても、認知症の人がいかにこれまで通りの生活を送ることができるかを第一に考える点は同じと言えそうです。各国で外出自粛や制限がある状況下で、認知症の人がいつも通りのケアを受けることができなくなることや、地域での対面での関わりが減り、孤立につながることを危惧する声が多く聞かれました。こうした状況下では認知症が進行するリスクもあり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が終息する頃には、これまでの生活を送ることができなくなる可能性もあるとさえ言われています。そのため世界共通で、通所介護事業所(デイケア)のような日常生活を支えるサービスの継続が重要であると考えられています。
一方で、認知症の人の多くは高齢者であり、新型コロナウイルス感染症による重症化リスクは高いと考えられています。実際に山出氏、山崎氏が経営する通所介護事業所においても、若干名の方がご家族の判断によってサービス利用を中断しているとのことです。
また家の中で暮らす時間が長くなれば、介護を担っている家族への負担も大きくなることが想定されます。実際にADIのオンラインセミナーにおいても、多くの国々で介護を担う家族へのケアや情報提供にも力を入れていることが報告されており、これも共通した課題と言えそうです。
今認知症の人やその家族、さらには介護を担う方々は、新型コロナウイルスへの感染リスクと認知症の進行リスクの狭間で日々暮らしています。この非日常の中で、これまで通りの日常生活を送ることを必要としているのです。
補記:英国を拠点とする認知症支援NGO「Alzheimer’s Society」では、サポートのためのガイドライン「How you can support people with dementia in your community 」を作成、公表しています
デジタルツールの活用
一方で、日本と諸外国とでは異なる点も見受けられました。それはデジタルツールの活用状況です。ADIのオンラインセミナーでは、各国からオンラインツールを活用した認知症の人や家族とのコミュニケーションや支援団体によるサポートの事例が数多く報告されました。またAlzheimer ScotlandのBeattie Jan氏によれば、スコットランドでは国民保健サービス(NHS: National Health Service)が提供している「NHS Attend Anywhere 」というオンラインコミュニケーションツールを活用し、Alzheimer Scotlandのスタッフと認知症の人やその家族のサポートを行っているとのことです。もちろん各国とも、オンラインツールに対応できない認知症の人やその家族に対してのフォローも意識的に行っており、主に電話と最低限の訪問を組み合わせている国が多く見られました。
一方の日本では、オンラインコミュニケーションツールを認知症の人やその家族の支援に活用している事例はあまり多くは見られません。厚生労働省も介護サービス事業所におけるオンラインツールの活用を認めていますが(※1)、実際のところ認知症のご本人やご家族がオンライン等のツールに対応することが難しいほか、対面に比べ状況把握の質も低下するとして利用は進んでいないようです。もちろん懸念点を改善、補いながら既に活用を進めている介護事業所もあると思われますので、今後こうした好事例の収集や展開も必要になります。(本コラムをご覧の方で、もしご存知の事例があればお寄せください)
OECDの調査によれば、日本のインターネット利用率は平均して高いものの、国全体の利用率が90%を超える9か国と比較すると、日本だけが55歳以上の利用率が70%台と極端に低くなっており、世代間でのギャップが大きいことが伺えます。(※2・下表)さらに総務省の最新の調査によれば、特に70歳代を超えるとインターネットの利用率が約50%と極端に下がることから(※3)、介護サービスの対象となる世代の多くがオンラインツールに対応していないことが予想されます。
表:国別および年代区分によるインターネットの活用率
出典:OECD(2017) OECD Digital Economy Outlook 2017, CHAPTER 4. ICT USAGE AND SKILLS, Figure 4.9 Internet users by age, 2016
おわりに
今回はコラムの執筆に当たり、実際に通所介護事業所を経営する山出氏、山崎氏からもお話を伺いましたが、お二人共、サービスを利用している認知症の方やご家族に日常の生活を維持していただくことに腐心されている様子でした。ただでさえ外出自粛で家に閉じこもりがちになる状況下で、いわば「最後の砦」として少しでもこれまで通りの生活を送ることができるよう、感染予防へ細心の注意を払いながら運営されています。
山出氏は、認知症の方もそうでない方も、情報に踊らされずに一日一日を過ごしてほしいと訴えます。心が弱りがちな今だからこそ、不安を煽るような情報に左右されることなく、生活を維持するためにそれぞれにできる予防策を取り、平常心を保つことが大切だとお話しいただきました。
さらに山出氏は、介護サービス提供者にとっては、今回を機会に認知症の方への関わり方がどうあるべきなのか、これまでの介護サービスを振り返る機会にしてほしいと考えています。
山崎氏は、社会全体が非日常の中で、認知症の方にとっては「日常」を送ることへの理解を求めています。ご自身が作業療法士ということもあり、認知症の方が公園など外に出て身体を動かす機会を大切にしていると言います。最近では大勢で公園に行くことに対し、周囲の視線が気になるそうです。認知症の方にとっては環境の急変が大きな影響を与えること、だからこそ日常を続けなくてはいけないことを少しでも多くの方に理解してもらいたいと訴えます。
今私たちは未曽有の非日常の中を生きています。感染予防のために人と人との距離を取るうちに、いつの間にか心の距離も生まれてしまっているように思います。不安な気持ちは誰しも同じです。1人1人にできることは少ないですから、情報に振り回されることなく、異なる境遇の他者に思いを馳せることができるようにしたいものです。
※1:厚生労働省「『新型コロナウィルス感染症に係る介護サービス事業所の人員基準等の臨時的な取扱いについて』のまとめ」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000045312/matome.html#0201 最終閲覧日:2020年4月29日)
※2:OECD(2017) OECD Digital Economy Outlook 2017, CHAPTER 4. ICT USAGE AND SKILLS, Figure 4.9 Internet users by age, 2016
※3:総務省(2019)「平成30年通信利用動向調査: 1 インターネットの利用動向」
【執筆者のご紹介】
栗田 駿一郎(日本医療政策機構 マネージャー/認知症未来共創ハブ 運営委員)
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