【HGPI政策コラム】(No.10)-認知症政策チームより-新型コロナウイルス感染症から考える、立法の意味
<POINT>
・新型コロナウイルス感染症に関する法改正に際し、私権制限の可能性に注目が集まった
・国会の役割は、法律を作り、政府の行政運営をチェックすることにある
・私たち市民は、代表者が集まる国会を通じて法律という形で意思表示をする必要がある
「緊急事態宣言」の議論から
直近2回のコラムでは認知症基本法をテーマにお伝えしてきました。特に前回のコラムでは、「そもそも基本法とは?」という視点から日本の行政における基本法の位置づけについてその歴史と動向をご紹介し、「きっかけ」としての重要性について私の考えを書きました。今回のコラムでは、ここ最近の社会情勢を踏まえ、改めて私たちが国会を通じて法律を作り、政府の行政運営をチェックすることの重要性についてお伝えしたいと思います。
今、私たちは新型コロナウイルス感染症(COVID-19: Coronavirus Disease 2019)に対する不安と共に暮らしています。今回のコラムを書き始めた4月初旬、東京を中心に急激な感染者数の増加が始まっており、多くの人々の生活に影響が出始めています。政府の対応や専門家の議論に多くの国民が注目し、マスメディアが様々な発信をしています。
2020年3月13日には新型コロナウイルスに対応すべく、新型インフルエンザ対策特別措置法の改正法が国会で可決・成立しました。(※1)この過程では「緊急事態宣言」に関する議論が特に注目を集めました。この緊急事態宣言は、従来の新型インフルエンザ等対策特別措置法の第32条に規定されており、「全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態」においては、政府対策本部長(今回の法改正により2020年3月26日に設置された新型コロナウイルス感染症対策本部では内閣総理大臣が務めている)が宣言するものとされています。
実際に緊急事態宣言によって、強制力を持つのは医薬品や食料品の売り渡し、土地の使用に関する事項です。政府は対象地域の都道府県知事に権限を付与し、知事は医薬品や食料品の生産・販売・輸送業者に対して、売り渡しを要請でき、正当な理由なく応じない場合は強制収用ができることになります。また、臨時の医療施設を設ける目的で土地や建物を同意なしに使用することが可能になり、従わなければ罰則もあるとされています。しかし緊急事態宣言の主目的は医療提供体制の維持・確保であり、国民の私生活における外出や催事などに対しては自粛要請等に留まっています。例えばアメリカ・フランス・スペインでは、外出や移動、店舗の営業への制限を行っていますがそのような国に比べると。日本における緊急事態宣言の強制力は弱いとの見方が大勢を占めています。(※2 ※3)
この法改正に当たって国会は、緊急事態宣言発令時に国会への事前報告を求めることや私権制限を最小限にすることなどを盛り込んだ付帯決議を行いました。(※4)このような議論は本当に今必要なのか、根拠となる法律がなくとも政府が強力に市民の行動を制限し、いち早く収束させることが必要と考える人もいるかもしれません。しかし私はこの一連の議論は、非常に重要なプロセスだと考えます。国会が法律の制定・改正を行い、また国会での議論を通じて政府の行動をチェックし、事後検証することは、日本国憲法でも規定される大切な役割なのです。(※5)
(この原稿を最終化している2020年4月6日午前時点、緊急事態宣言発令の可能性がある旨が報道されています。本コラムに掲載の情報は、現時点のものであることを補足しておきます。)
「法律」という意思表示
昔学校で習ったことを覚えている人もいるかもしれませんが、17世紀ころから「社会契約説」という考え方がホッブズ、ロック、ルソーといった思想家によって生み出されました。社会契約説では、国家や政府とは人が生まれながらに持つ「自然権」を信託することによって人工的につくられたと考えます。特にロックは、この自然権のうち重要なものとして私有財産に対する不可侵の権利を挙げました。こうした自然権を守るために、一定のルールに基づき政府を作り、政府が各人の私有財産・権利を保障する方が合理的であると考えたのです。そのため、ある国家・政府のもとに暮らす人々は、その政府が適切に各人の私有財産・権利を保障しているかをチェックしなくてはなりません。日本では、政府のトップである内閣総理大臣を直接選ぶことはできないので、私たちは投票する権利を行使し、国会議員を選ぶことがまず必要です。そして選ばれた国会議員が必要な法律を作り、政府の行政運営を適切にチェックするよう、働きかけを続けなくてはいけないのです。
私たちは目の前に課題があると、政府の「リーダーシップ」に期待します。極端な表現かもしれませんが、スーパーヒーローが登場して全てを解決してくれることを求めてしまうところがあります。けれど実際の社会では、どんなスーパーヒーローが登場しても、法律に基づいて行動しなくてはなりません。私たち市民が、社会課題を政府に任せきりにせず、政策について考え、発信しなくてはいけない理由はここにあります。私たちの想いや考えを、国会にいる代弁者を通じて、立法や行政運営のチェックをすることによって実現するのがあるべき姿なのです。これは、認知症という政策課題でも同じです。2019年6月に政府が認知症施策推進大綱を公表しました。これにより様々な施策が進んでいきますが、これはあくまで政府がどう考え、どう進めるかという方針にすぎません。当事者をはじめ市民社会が必要と考える認知症政策の推進のために、現在審議が止まっている認知症基本法が早期に成立するよう働きかけ、政府に対して法律という形で意思表示をする必要があるのです。
さいごに
今は誰もが非日常の生活を強いられています。かくいう私も現在、外出自粛要請に伴う在宅勤務指示により、家でこのコラムを書いています。この出来事を機に、認知症の人やそのご家族はとりわけ多くの不安を抱えているかもしれません。また医療提供者はいわずもがな、認知症の人や家族を支える介護・福祉サービス提供者も細心の注意を払いながらサービス提供を続けている様子が伝わってきます。もちろんその他の様々な疾患や障害を抱える人やそのご家族、子育て世帯も様々な不安を抱えていると思います。むしろ今不安を抱えずに生きている人はいないと断言しても良いでしょう。新年度、複雑な気持ちでのスタートになりますが、医療政策に関わる者として、最前線で奮闘する医療従事者・アカデミア・行政の皆様に敬意を表しつつ、一日でも早い終息を願っています。
※1:2013年施行の新型インフルエンザ対策特別措置法の一部を改正し「新型コロナウィルス感染症を新型インフルエンザ等対策特別措置法に規定する新型インフルエンザ等とみなし、同法に基づく措置を実施」することとした。(内閣法制局webサイト「新型インフルエンザ等対策特別措置法の一部を改正する法律案 提出理由」https://www.clb.go.jp/contents/diet_201/reason/201_law_046.html)
※2:日本経済新聞 2020年4月3日朝刊「緊急事態宣言、強制力に限界 発令でも要請中心 不急の外出、罰則なく」
※3:なお「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」においては、都道府県知事の権限によって、建物の封鎖や交通の遮断、制限などの措置を取ることができる
※4:衆議院内閣委員会付帯決議(2020年3月11日http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_rchome.nsf/html/rchome/Futai/naikakuECB0F1A58E87DC0C49258529003CB3D6.htm)、参議院内閣委員会付帯決議(2020年3月13日 https://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/current/f063_031301.pdf)
※5:日本国憲法第41条「国会の地位」、第62条「議院の国政調査権」
【執筆者のご紹介】
栗田 駿一郎(日本医療政策機構 マネージャー/認知症未来共創ハブ 運営委員)
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