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【開催報告】HGPIセミナー特別編 特別対談「令和時代の人類社会を読み解く知恵と哲学」シリーズ 「人類史から読み解く医療 ~ひとにとって医療とは何だったのか?~」(2020年6月25日)

【開催報告】HGPIセミナー特別編 特別対談「令和時代の人類社会を読み解く知恵と哲学」シリーズ 「人類史から読み解く医療 ~ひとにとって医療とは何だったのか?~」(2020年6月25日)

日本医療政策機構では、理事・事務局長/CEOの乗竹亮治がゲストスピーカーをお招きし、「令和時代の人類社会を読み解く知恵と哲学」と題する対談をこれまで実施してまいりました。第2回目の今回は「人類史から読み解く医療 ~ひとにとって医療とは何だったのか?~」と題し、歴史家であり株式会社COTEN代表取締役・CEOの深井龍之介氏をお招きし、人類学から見る医療という観点からご参加の皆様と共に理解を深めました。
対談の冒頭には、深井氏より「医学の歴史」と題して、人類の歴史における医療の存在の変化や発展の経緯について、西洋史を中心として、基調講演を頂きました。

 

 

 

<「医学の歴史」講演のポイント>

  • 医療行為を実施するには「権威」が必要であり、古代から中世にかけては宗教がその権威を裏付けるものとして重要な役割を果たしていた
  • 医学の基礎は古代で築かれつつも、ルネッサンス以降に急速に発展した
  • 現代に至るまで、人体の仕組みの多くは解明されておらず、医療者は低い地位にあった。一方、人体の仕組みを解明するための解剖には権威が必要となる。このジレンマからの脱却に人類は長い歴史を要した

■古代エジプト ―医療と宗教の密接な関わり―
約4,500年前、古代エジプトにおいて、人々は神々や霊と呼ばれる存在と共に暮らしているという感覚を持っていた。そのため、医療行為も宗教と密接に関わりがあり、病気は悪霊がもたらすものと考えられていた。また病気を追い払うために医療行為としての祈祷が行われていた。一方、古代エジプトは当時の世界の中でも文明が非常に発達しており、ミイラを作る過程で医学的見地を蓄積する機会があり、関連する記述も残されている。
医学が未発達の時代には、医療行為の裏付けには「権威」が必要であった。その権威とは宗教そのものであり、宗教と医療は密接な関わりを持っていた。しかし当時は、人体は神聖な領域であり解剖などを通じて人体の仕組みを知ることは宗教的にタブーとされていた。後述するが、医療が宗教と切り離され、タブーを乗り越えるまでに相当な時間を要した。

■古代ギリシャ、古代ローマから中世ヨーロッパ  ―科学的思考・文明の発達と後退の時代―
約2,500年前の古代ギリシャでも医学の発展過程がみられた。古代ギリシャの医師として知られるヒポクラテスは「病気とは神々からの人間に対する懲罰ではないのではないか」と考え、現代の医学にも通ずるような臨床的な観察や記録、分析方法を確立した。また職業としての医師が備えるべき倫理観にも言及している。これは「ヒポクラテスの誓い」として、現代の日本の医学部教育においても受け継がれている。一方、当時は依然として解剖は禁止されており、実施されなかった。
ヒポクラテスが確立した体系的な医学的知見は古代ローマの医療にも受け継がれていく。古代ローマの時代には、ガレノスという人物が登場する。当時も解剖は禁止されていたが、ガレノスは負傷した剣闘士の傷口の観察や豚や犬等の動物の解剖を通じ、人体の仕組みを推測しその知見を体系化させた。これは当時としては画期的な取り組みで、ガレノスの成果はその後1,400年間にわたって、医学の基礎として位置付けられている。
比較的安定した統治体制であった古代ギリシャや古代ローマにおいて、このように医学の基礎が徐々に発達した。しかしその後ローマ帝国が崩壊し、戦乱の時代となった中世ヨーロッパでは、医学が後退する。キリスト教の権威が上がり、再び「病気は悪霊によるもの」という考え方が広がったことも大きく影響した。
一方、ヒポクラテスやガレノスが築いた医学の基礎は途絶えることなく、当時先進国であったイスラム諸国やアジア諸国へとわたり、さらに長い歴史の中で培われた東洋医学などの知見と融合し、主に中東地域でさらに発展することとなる。

■ルネッサンスから現代 ―宗教権威の失墜と解剖の夜明け―
13世紀ごろ、モンゴル帝国が世界を席巻し、人類史上最大の帝国を築く。これに伴い人や物の往来が増加し、感染症が拡大していく。ヨーロッパではペストが流行し、当時のヨーロッパの人口の3分の1から半数にあたる2,000万人~5,000万人が死亡したとされる。このペストの流行が遠因となり、キリスト教皇の権威が失墜、宗教改革、そしてルネッサンスが起こった。このルネッサンスの到来によって、解剖が本格的に実施されることとなる。
ルネッサンス到来の少し前から、イタリアではボローニャ大学で初めて医学部が創設され、解剖実習が実施されるようになっていた。ここで医学を学んだベサリウスが残した詳細な記録は、ベサリウスの死から160年後の1714年に「解剖図譜」として出版された。またその後、ウィリアム・ハーヴィによる血液循環の発見や、ウイルスの発見、抗生物質の開発など、医学の発展が急速に進んでいく。
現代のように発展した医療が存在するためには、医学的根拠に基づいた高度な知識と倫理観、またそれを教育し、一定の水準の人にライセンスを与える機関が必要となる。しかし現代に至るまでの長い期間、人体の仕組みの多くは解明されておらず、医療行為を行う医療者は低い地位にあった。一方、人体の仕組みを解明するための解剖はタブーとされ、権威ある者にしか認められないというジレンマにあった。また、このジレンマの克服をした17世紀以降に医学が急速に発展していったことが歴史的文脈から考察できる。

 

特別対談の内容

乗竹
医学と権威という論点は、歴史的な視座に立って現代の医療界を考えるうえで重要だ。医療界はいまだに権威主義的な業界である。一方で、厳しいトレーニングや教育を受ける必要があり、プロフェッショナルとして医療提供者が確立されている分、そのような権威に対して意見を言いづらいヒエラルキー構造も生まれやすい。
そういった権威構造があるなかで、現代においては、糖尿病など非感染性疾患や慢性疾患と呼ばれる疾患が増えてきている。このような疾患の場合、患者・当事者が医療提供者から診断やケアを受けることに加えて、日々の暮らし方などセルフマネジメントの視点が重要になってくる。権威構造のなかで、いかに患者・当事者がフラットにコミュニケーションをとっていけるか、エンパワーメントが必要になってくる。

深井氏
宗教という巨大で力強い権威から抜け出すためには、医学そのものを権威的にしていく必要があり、大きなエネルギーを必要とした。タブーとされた解剖をするためには、医療提供者が権威になる必要があった。この反動エネルギーは、いまの医療界の権威主義にも通ずるところがあると思う。一方で、慢性疾患の増加や、医療人類学などの領域の発展で、医療界は次のステージに来ているとも感じられる。病気を診て患者を診ない、などと揶揄された時代もあったが、「ひと」をみる医療の時代に来ていると思う。

乗竹
古代から現代まで俯瞰してお話いただいた。現時点の大きな課題のひとつは、今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)だが、深井さんはどのように考えられているのか。

深井氏
歴史的な視座から、ペストとの類似性や相違性を挙げたい。現代社会においては、ウイルスに関する知識が、ひろく一般にも広まっている。しかしペストの時代は、ウイルスや細菌の存在がわからぬうちに、人口の3分の1から半分の人間が亡くなっていった。ひとびとにとってこれは恐怖でしかなく、神々からの懲罰だと感じたり、陰謀論が出たりした。例えば、ユダヤ人への迫害も起きている。今回のCOVID-19においても、迫害まではいかないにしても、辛い思いを感じる層や人々もいるのかもしれない。この点は、歴史から学び、修正していく必要がある。

乗竹
災害や感染症の拡大は、貧困層をはじめとして、傷つきやすいひとびとを、さらに傷つきやすくさせる。いわゆる健康の社会的決定要因に配慮し、感染症の拡大による健康格差の拡大などを防いでいく必要がある。
さて、会場からの質問にもあるが、情報化社会のなかで、医療情報もインターネットなどにあふれている。かつてのような医療提供者と患者の間の情報格差が減少しているのかもしれない。このような時代における医療職の役割についてどうお考えか。

深井氏
AIの発達も併せて検討していく必要がある。診療や診断の一部が機械化されたとき、医療提供者が提供できる価値に変化がでていくだろう。技術職としての側面が減少する一方で、人の心に寄り添うことの重要性が増していくと思う。この変化は、医療のみならず介護でも同じだろう。

乗竹
確かに、日本でも海外でも、総合診療医やホスピタリスト(入院患者に集中する病棟専属医)の存在が注目されている。かかりつけ医の制度にしても、総合的に地域のひとびとを診察できる人材の養成が必要になるだろう。
さらには、米国などでは多く見られるが、病院内に祈祷施設があるなど、宗教と医療の共存も見られる。日本においても、歴史を振り返れば、寺院が社会福祉法人的な役割や、医療施設を兼ねていたことも多い。

深井氏
医療や、宗教などの心のケア、そして介護の分野がさらに融合されてくる時代がくると思う。提供側はそれぞれ分離した立場から当事者にアプローチしている現状があるが、提供される側の当事者からみると融合していたほうが幸せにつながることが多い。

乗竹医療人類学や医療社会学の分野では、1970年代にイヴァン・イリイチが『Medical Nemesis』(日本語タイトル:『脱病院化社会』)を書いている。彼は医原病という概念を提示し、現代において、疾患名がどんどん鋳造され、人間の暮らしぶりが医療化、病院化されていることに警鐘を鳴らしている。これは現代に通じる提起であり、COVID-19の現状においても、再考される余地があると思う。

深井氏まさにフラットな議論が必要な時期に来ている。医療的な視点のみならず、社会全般を通じた倫理的かつ冷静な議論が求められている。特定の視点のみで議論されることは、かつて、解剖しようとしたら糾弾されたということと同じになってしまう。まずは公平に議論できる環境を作っていく必要がある。さらには、これは戦争ではないので、社会全体で攻撃的になることなく、むしろ協調が大事になる。

乗竹
HGPIでぜひそのような機会を引き続き提供していきたい。会場からの質問をいくつか補足したい。キリスト教で否定された科学的な概念が、同じ一神教であったイスラム圏で受け入れやすかったことについて質問が来ている。

深井氏
当時のイスラム社会の社会的安定性があった。またイスラム教は、実は比較的受容性が高い宗教だと思う。イスラム国家のなかに他の宗教が共存していた事例などもある。また、ムハンマドの出自もそうだが、商業に対して理解が深く、科学的な視点もその意味においても受容されやすかったのではないか。

乗竹
深井さんが歴史に興味を持ち、歴史をテーマにした会社を起業した経緯についてもお伺いしたい。

深井氏
私は世界史のデータベースを作るという事業をしている。世界史のデータベース作りに、人とお金を集めなければならないと思っている。そのために、コテンラジオを広報の意味でも、集客の意味でも実施している。このコテンラジオのなかで、歴史を簡潔にフラットに語るなかで、人々に歴史に関心を持ってもらい、歴史のデータベースの意義について理解いただきたいと思っている。
歴史を学べば気が付くこととして、人間は時代によって変化した部分と、変化していない部分があるということだ。文化や社会構造についての理解も深まる。その理解に到達するためには、無数の歴史書を読む必要がある。しかし、もしデータベースがあれば、ケーススタディ的に過去の知見を集約し、参照することができる。
例えば、歴史上、部下に殺害されたひとには、どのような傾向があったのか、もしかしたら定量的に要素解析ができるかもしれない。こういった人類の経験を集約化し、よりよい人類社会に生かしたいと思っている。

乗竹
非常に面白い取り組みであり、応援していきたい。ここから、当機構代表理事の黒川にも参加いただく。

黒川
重要な議論だった。さらに言えば、病いは治るという前提も再定義する必要がある。死に方を議論する時代にも来ている。超高齢社会であり、最長寿国のひとつである日本が果たす役割も大きい。その時に重要なのは、生き方、死に方を自分で決める、自分たちのチョイスなんだという自立した市民社会の姿だ。家族で生き方、死に方を事前に議論しておくような社会が必要になってくるだろう。
これまでの議論にも出てきたが、そのようなときは、家庭医をはじめとしたかかりつけ医の存在もさらに重要になるだろう。その家族の宗教や、価値観、暮らしぶりなどもわかったうえで、患者や家族に選択肢を提示できる医療提供者が必要だ。幸せな最期をお手伝いする医療提供者の役割がさらに重要になるだろう。
その意味においても、知識ではなく教養の時代になってくる。ノレッジではなく、ウィズダムが求められる。ウィズダムは人類史のなかで変化しづらい。その蓄積が重要であり、コテンラジオの取り組みは、まさにウィズダムを蓄積していこうという取り組みなので、応援していきたい。


■プロフィール
深井 龍之介 氏
島根県出雲市出身。九州大学文学部社会学研究室を卒業後、株式会社東芝の半導体部門経営企画に配属。その後株式会社リーボに取締役として参加。事業計画立案、資金調達、採用、サービス開発など幅広く経験する。2015年 株式会社ウェルモにCSOとして参加、社員2名から60名まで拡大し、2017年10月以降は社外取締役として経営に参画。2016年2月に歴史領域をドメインとした株式会社COTENを設立。
https://coten.co.jp/team/fukai/

乗竹 亮治
慶應義塾大学総合政策学部卒業、オランダ・アムステルダム大学医療人類学修士。国際NGOにて、医療人類学の視点から、アジア太平洋地域を主として、途上国や被災地での防災型医療施設の建設や、途上国政府、民間企業、国際NGO、軍隊などが共同参画する医療アセスメント事業などを実施。各国でのフィールドワークを通じて、エンジニアリングやデザインをはじめとした異なる専門領域のステークホルダーを結集し、医療健康課題に対処するプロジェクトに従事。東京都「超高齢社会における東京のあり方懇談会」委員(2018)。政策研究大学院大学客員研究員。オーストリア ザルツブルグ・グローバルセミナー アドバイザリーカウンシルメンバー。エルゼビア・アトラス アドバイザリーボードメンバー。


【開催報告】特別対談フォーラム「令和時代の人類社会を読み解く知恵と哲学」~交錯する文化・国家・個人・思想のなかで~(2019年5月28日)>

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