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【開催報告】第94回HGPIセミナー「当事者主体のメンタルヘルス政策の実現に向けて~ピアサポートの理念を通じた政策立案プロセスにおける「協働」~」(2021年4月27日)

【開催報告】第94回HGPIセミナー「当事者主体のメンタルヘルス政策の実現に向けて~ピアサポートの理念を通じた政策立案プロセスにおける「協働」~」(2021年4月27日)

今回は、一般社団法人日本メンタルヘルスピアサポート専門員研修機構の五十嵐信亮氏・田中洋平氏をお招きし、現在のご活動内容について、また当事者組織がメンタルヘルス政策の立案プロセスにどのように関わっていくかについてお話しいただきました。

<講演のポイント>

  • ピアサポーターの役割は、専門職と協働しながら、「困難に苦しんだ経験を元にして、現在、困難に苦しむ方々を支えること」である
  • 令和3年度障害福祉サービス等報酬改定において、「ピアサポート体制加算(100単位/月)」が新設される等、ピアサポートが制度上評価される仕組みが構築されつつある
  • 当事者組織がメンタルヘルス政策の立案プロセスに関わっていくにあたって、「エンパワメント」「互いに尊重し合う関係性」「より良い制度を共に創り上げる姿勢」が重要である

 

五十嵐 信亮 氏(一般社団法人日本メンタルヘルスピアサポート専門員研修機構 業務執行理事)

■ピアサポーターの役割
ピアサポーターの役割は「困難に苦しんだ経験を元にして、現在、困難に苦しむ方々を支えること」と考えている。
ピアサポートとは大きく、「自然に発生するもの」「無償・謝金で実施されるもの」「雇用のもと事業所等で実施されるもの」の3つに分けられる。どの形式が優れているということはなく、それぞれに長所短所があり、価値がある。一般社団法人日本メンタルヘルスピアサポート専門員研修機構では、精神疾患・障害領域で、ピアサポーターが専門職と協働しながら当事者本人を支援することが有効だと考え、ピアサポーター養成研修を実施してきた。
ピアサポーターと専門職の協働の関係性について、私はスポーツ実況中継における実況アナウンサーと解説者のような関係が理想的だと考えている。各専門職が実況アナウンサーのように目の前のこと(外側)を説明し、ピアサポーターが解説者のように、自身の経験をもとに当事者本人に起こっているだろうこと(内側)を解説することで、当事者本人をより深く理解し、支援につなげていくことができる。

ピアサポーターと専門職の協働を図示したものが下の図である。

図の左がピアサポーター、右が各専門職を示す。各専門職は、養成機関の専門教育を受け、それまでの人生経験と各職種の倫理綱領を踏まえながら現場経験を積み、新しい専門的知見を獲得していく。そして、倫理綱領を体現した専門職として、当事者本人を支援する。ピアサポーターは、それまでの人生経験とリカバリー経験をもとにして、ある時は「ロールモデル・お手本」として、ある時は「気軽な相談相手・メンター」として、またある時は「コーチ役」としてご本人の意思決定をサポートしながら、当事者本人を支援する。当事者本人が自身の人生を謳歌できるよう、各専門職とピアサポーターがそれぞれの専門性を活かし協働していくことが理想である。
ピアサポートにおいては、「リカバリー」「エンパワメント」「ストレングス」がキーワードとなる。

「リカバリー」
リカバリーとは、元通りになることではなく、「病気やケガと向き合うこと」であり、「自分の人生と向き合うこと」である。精神疾患・障害など、慢性の病気は風邪や擦り傷と異なり、完全に治るものではない。しかし、例えば近視や老眼の人が眼鏡をかければ支障なく日常生活を送れるように、様々な制度・サービスを利用することで、完治せずとも病気やケガと向き合いながら、一度きりの人生を自分らしく生きることができる。
また、仕事についてはフルタイムなのかアルバイトなのかといった勤務形態は重要ではなく、より自分らしく社会参加するためのツールとして捉えることが重要である。したがって、「雇用されること=リカバリー」ではないことを理解しておく必要がある。

「エンパワメント」
自分の権利を知り、自信を持って権利行使すること。

「ストレングス」
その人が持つ特徴や魅力、嗜好などのこと。支援者は、当事者本人の病気よりも健康に、強制ではなく選択してもらう事に、課題よりも可能性に着目し、引き算的な発想ではなく、足し算の考え方で支援していくことが重要である。

上記のような考え方を基本として、ピアサポーターは自身のリカバリー経験を言語化し、現在困難を抱える人のリカバリーをサポートする。ここにピアサポーターの専門性があると考えている。例えば、障がい者手帳を発行することで制度上の優遇を受けることが出来るが、障がい者と呼ばれることに抵抗を感じる当事者本人は多い。こうした場面で、ピアサポーターが「実際に持っていると、制度上の優遇はあるし、自分から見せない限り、誰かに何かを言われることは全くないので、気にしなくても良いのではないか」と自身の経験をもとに助言することで状況が改善することもある。


■一般社団法人日本メンタルヘルスピアサポート専門員研修機構のこれまでの活動

2010年頃、日本ではピアサポーターが雇用契約を結ばずに安く使われたり、燃え尽きたりと長期的に活動することが難しいケースが多く見られた。こうした状況を改善すべく、精神障害当事者と各専門家が立ち上がり、全米ピアスペシャリスト協会(National Association of Peer Specialists)の許可を受け、日本版「精神障がい者ピアサポート専門員養成のためのテキストガイド(現在は第3版まで発行、詳細はこちら)」を作成し、研修プログラムの開発・実施を行った。
2015年には法人格を取得し「一般社団法人日本メンタルヘルスピアサポート専門員研修機構」が設立された。その後も専門員研修を開催しながら、テキストガイドの改訂やプログラム改善に取り組んだ。また2016年度から2018年度にかけては、「障害者ピアサポートの専門性を高めるための研修に関する研究(厚生労働科学研究費補助金(障害者政策総合研究事業)、代表:早稲田大学・岩崎香)」等の調査研究への協力も行ってきた。
これまでの活動を振り返ると、私たちだけで何かを成し遂げたわけではなく、現在の制度設計に尽力された方々や、支援の現場で活躍してきた支援者や当事者スタッフ等、多くの皆様がバトンを受け継いできたことで、今の成果があると感じている。そういった方々から渡してもらったバトンを、次の走者に渡すまで、できる限りのチャレンジをしたいと思う。

 

田中 洋平 氏(一般社団法人日本メンタルヘルスピアサポート専門員研修機構 理事補佐/精神保健福祉士)

■ピアサポートに関するこれまでの研究と制度について
ピアサポートに関する障害者総合支援法施行以降の主な研究や制度について、ご紹介したい。
前述の通り、2016年度から2018年度にかけて、「障害者ピアサポートの専門性を高めるための研修に関する研究(厚生労働科学研究費補助金(障害者政策総合研究事業)、代表:早稲田大学・岩崎香)」が実施された。本研究事業は、障害者ピアサポートの専門性を高めるための研修プログラムを開発することを目的としている。身体・精神・知的・難病・高次脳機能障害の当事者が中心となって福祉サービス・医療サービスに従事する専門職・研究者と協力しながら実施されたという点が特徴である。本研究では、一般社団法人日本メンタルヘルスピアサポート専門員研修機構が実施してきた研修もモデル研修の基礎となったほか、当法人スタッフが研究協力者としても参画している。ここで開発された研修プログラムの実施、モニタリング、評価に加え、研修を実施する講師・ファシリテーター養成研修の構築と全国展開を目的として2019~2020年度に「障害者ピアサポートの専門性を高めるための研修に係る講師を担える人材の養成及び普及のための研究」が実施された。

これらの研究をもとに、令和2年度より地域生活支援事業における任意事業の1つとして、「障害者ピアサポート研修事業(実施主体:都道府県・指定都市)」が新設され、地域生活支援事業費等補助金の対象となった。新設された制度上のピアサポートの位置付けにおいては、専門職との協働が不可欠であり、お互いの専門性やその理念などを分かち合うことがよりよい社会として必要とされている。その実現には、双方が共に学び合う環境が必要となる。そうした観点から、本研修事業の対象は障害福祉サービス事業所、相談支援事業所等に雇用等されている障害者に加え、障害福祉サービス事業所等の管理者等、ピアサポーターと協働し支援を行う者も対象となっている。さらに、並行して実施されていた障害者総合福祉推進事業においても障害福祉サービス事業所におけるピアサポーターの配置についてその効果が報告されたこともあり、令和3年度障害福祉サービス等報酬改定において、「ピアサポート体制加算(100単位/月)」が新設されるなど、ピアサポートが制度上評価される仕組みが構築されつつある。またこうした取り組みが身体・精神・知的・難病・高次脳機能障害の各障害領域横断的に制度化されたことは注目すべき点である。

しかし、ここまでの成果はあくまで、長い年月をかけ、多くの方々の想いや努力を背景とした「通過点」である。今後も「誰一人取り残さない」という理念のもと、お互いの立場を尊重しながらも次の世代にバトンをつないでいくことが重要である。

 

五十嵐

■政策立案プロセスにおける「協働」に向けて
今後、私たち一般社団法人日本メンタルヘルスピアサポート専門員研修機構では、「人材育成」「普及啓発」「ネットワーク構築」を柱として活動を続ける。

「人材育成」
障害者ピアサポート養成研修が全国津々浦々に行き渡るよう活動していく。またより良い研修の実現に向けて、引き続き研修プログラムの内容やテキストガイドの改訂を行う予定だ。

「普及啓発」
2022年度から高等学校の学習指導要領に「精神疾患の予防と回復」が追加される等の明るい兆しはあるものの、依然として偏見や差別はある。当事者本人がリカバリーして人生を謳歌していることが、特別なことではなく、よくある普通のこととなるまで、普及啓発や提言をしていきたい。

「ネットワーク構築」
ピアサポーターは各職場に一人しかいないというケースも珍しくなく、孤立しがちな状況にある。それぞれの職場で孤立しないよう利害関係のないネットワークを構築し、ピアサポーターを支援していきたい。

こうした活動を通して、当事者組織としてメンタルヘルス政策の立案プロセスに関わる上で、「エンパワメント」「互いに尊重し合う関係性」「より良い制度を共に創り上げる姿勢」が重要と感じている。

私は病気で働けなくなった時、生きている意味がないと感じたことがあった。しかし日本では憲法で基本的人権が保障されていて、働くことができなくても幸せになる権利が保障されている。憲法は国民を守るための国民と国の約束であり、大袈裟かもしれないがそういった原点に立ち返って考えることが大切だ。また制度が変だと感じれば正しい手順で制度を変えることができる。これまでは制度に違和感があっても門外漢の私にはどうにもならないと考えていた。しかし、制度はより良いものに変えられる。私はバトンを渡してくれた方々から、「エンパワメント」され、それに気付くことが出来た。

エンパワメントされ、「私たちにはこんな選択肢がある」と分かっても、当事者を含めたマルチステークホルダーが「互いに尊重し合う関係性」になければ制度は変えられない。関係性の基本は尊重であり、安心して聴き・話し合う経験をする必要がある。そうした経験を通して、お互いの人としての奥行き・奥深さや魅力を知ることで、良い関係性が生まれる。関係性構築にあたっては「より良い制度を共に創り上げる姿勢」が重要だ。居心地の悪い構造に陥ると、直接原因となる人を個人攻撃しがちである。しかし個人攻撃をするよりも、専門職と一緒に考え、居心地の悪い構造そのものを変えることができれば、悲劇が起こる割合を減らすことが出来るかもしれない。制度の構造全体を俯瞰して、当事者と専門職がともに話し合い、より良い構造となるようお互いに協力する、私たちはそういう姿勢で臨みたいと思っている。そもそも、一流の専門職の方々も、制度の良くない部分は知り尽くして、構造を改善したいと思っているはずであり、実際に私はそういった方々に多く出会ってきた。「してあげる・してもらう」の関係性から、「共に創り上げる」関係性になることが、何よりも重要だと考えている。

 

■プロフィール
五十嵐 信亮 氏(一般社団法人日本メンタルヘルスピアサポート専門員研修機構 業務執行理事)
1970年生まれ。宮城教育大学卒。鬱病により福島県小学校教員退職。福島県の(精神領域)ピアサポーター養成事業を受講後、竹田綜合病院こころの医療センターに就職、アウトリーチ推進事業に参加。令和2年より日本メンタルヘルスピアサポート専門員研修機構の業務執行理事に就任。


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