【開催報告】第93回HGPIセミナー「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジとUHC2030 の取り組み~コロナ禍を乗り越えたその先に~」(2021年3月19日)
今回のHGPIセミナーでは、UHC2030事務局の渡部明人氏をお招きし、「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジとUHC2030 の取り組み~コロナ禍を乗り越えたその先に~」と題して、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC: Universal Health Coverage)[1]の変遷やモニタリング方法、UHC2030の役割についてお話しいただきました。
なお本セミナーは、オンラインにて開催いたしました。
<講演のポイント>
- 国際的な政策潮流に基づいて設立されたUHC2030は、マルチステークホルダーの意見を集約し、国際社会に向けてエビデンスに基づいたUHC達成のための推進を行っているパートナーシップである
- 持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)におけるUHCの進捗は、
1)「必要不可欠の公共医療サービスの適用範囲」
2)「家計収支に占める健康関連支出が大きい人口の割合」
で測られており、COVID-19パンデミック以前のデータでは、1)は改善しているものの、2)は悪化しており、COVID-19によりUHCのみならずSDGs達成全体がより停滞、後退することが懸念されている - COVID-19は保健医療へのアクセスをより困難にしているが、この課題が政治的な問題として認識されるようになり、UHCの重要性がより強く認識されるようになった
■SDGsとUHC
UHC2030は世界保健機関(WHO: World Health Organization)と世界銀行(以下世銀)が共同でホストするUHC推進を目的とした事務局である。2015年9月の国連サミットにて、SDGsが採択され、ゴール3が保健分野に直接関連する目標として設定された。その中でも、ゴール3.8が「すべての人々に対する財政リスクからの保護、質の高い基礎的な保健医療サービスへのアクセス及び安全で効果的かつ質が高く安価な必須医薬品とワクチンへのアクセスを可能にする」UHCの達成を目指している。また、保健システムや研究開発、ワクチンや薬剤などの資材面へのアクセスに関してがゴール3.bに、保健財政や人材に関する目標がゴール3.cに、そしてゴール3.dに健康安全保障が含まれる。ゴール3には、非感染性疾患(NCDs: Non-Communicable Diseases)やUHCなど、ミレニアム開発目標(MDGs: Millennium Development Goals)に比べて広く、かつ分野、疾病横断の課題が盛り込まれているのが特徴である。
SDGsは2030年の達成を目標にしており、特にUHCはゴール3を達成するためのコアドライバーであることがSDGs決議の中で明示されている。SDGsにおけるUHC進捗については、2つの指標で評価している。それは、1)「必要不可欠の公共医療サービスの適用範囲」と、2)「家計収支に占める健康関連支出が大きい人口の割合」であり、この両方のバランスをとることが重要である。WHOや世銀など様々な国際機関が各国からデータを集めて共有し、UHCに関するモニタリングレポート(2015、2017、2019)を発表している。
■UHCのムーブメントとUHC2030の設立
UHCは、2005年にはじめて世界保健総会(World Health Assembly)の決議(Resolution)で採択(Adoption)され、2008年及び2010年にWHOから世界保健報告書(WHR: World Health Report)が出版された。しかしそれ以前に、1978年に始まったプライマリヘルスケアの推進や、2000年頃から盛んになった保健医療システムに関するアプローチを土台にUHCは発展してきた。2008年のWHRでは、公平な保健医療サービスへのアクセスや平等性の確保が謳われ、また2010年のWHRで保健財政に関して触れられており、この2つの報告書でUHCの全体像を表している。2012年の国連総会決議の「外交とグローバルヘルス」において初めて、UHCが言及された。ここで議論の場がジュネーブからニューヨークに移り、市民社会グループからのキャンペーンも始まり、世銀、日本政府、WHO、ロックフェラー財団といった、初期のUHCを推進する国や組織が支援を積極的に行った。日本政府はこのころ安倍政権下でUHCをJapan Brandとして押し出したいという方針で、UHCをSDGsに含めるため諸外国に働きかけ、エビデンスや指標を示し、その他加盟国を説得していった。はじめは日本やタイ、フランスなどUHCを国際社会で推進する国は限定的であり、他国との交渉に苦労したが、最終的に賛同する国が増え、UHCはゴールに組み込まれた。その後、2016年G7伊勢志摩サミットにおいて、UHCを推進するためのプラットフォームとしてUHC2030を作るという政治的な宣言があり、UHC2030 が立ち上がった。翌年のG20はUHCを後押しする形で、首脳級・保健大臣間でのリーダーシップが取られた。その結果、2017年にSDGsのUHC指標が国連で認められ、2019年には国連UHCハイレベル会合が初開催され2023年にはフォローアップ会合が予定されている。
■UHCに関する日本とUHC2030の役割
日本政府は2013年に世銀と東京で保健政策閣僚級会合を開催したのち、2015年に新たな開発目標の時代とユニバーサル・ヘルス・カバレッジ国際会議(International Conference on UHC in the New Development Era)、2017年にUHC2030共催でのUHC フォーラム2017を開催し、UHC達成の機運を高め、国際社会で推進してきた。その後も日本政府は、2年に一回程度、継続的にUHCに関する会合をWHOや世銀と共催している。保健財政に関する研修の開発や、市民社会向けUHCハンドブックの作成なども進めてきた。
UHC2030の役割は、国際機関や国、市民社会等の意見を集約し、それぞれの動きを効果的かつ継続的に推進させることである。2019年の国連UHCハイレベル会合でもマルチステークホルダーからのヒアリングをもとに、6つの重点分野を定義し、実際に多くの提案が宣言に含まれた。UHC2030の加盟国は90か国以上であり、国際機関や市民社会や民間セクターや財団等分野を越えたステークホルダーが加入している。日本では、日本政府、日本製薬工業協会、住友化学株式会社、武田薬品工業株式会社、アフリカ日本協議会、国際協力NGOジョイセフなども参画しており、共同議長、政治顧問、事務局職員にも邦人がおり、日本人の存在感は大きい。UHC2030は政治的なプロセスの中でアドボカシーや説明責任を果たせるよう研修の実施やガイドラインを策定している。また、国連加盟国193国のUHCコミットメント進捗のモニタリングとまとめ、UHC推進が望まれる対象国への支援や市民社会への啓発等を行っている。UHC指標の進捗は、2016-2020年の間において各国政府による自発的国家レビュー(VNR: Voluntary National Review)であるSDG国別レビューで報告はあるものの、エビデンスに基づくものは37%にとどまる。UHC2030としては各国の様々なコミットメントに関して、指標や必要な文言をダッシュボードとしてまとめて公開し、UHC進捗の測定方法、データの集め方等を示している。
■UHC直近の達成状況とCOVID-19の影響
UHC評価指標に基づくと、1)「必要不可欠の公共医療サービスの適用範囲」については約35億人がサービスを受けられない状況にあり、2)「家計収支に占める健康関連支出が大きい人口の割合」に関しては、8億人以上が保険に関する支出が家計を圧迫していると報告されている。また、そのうち1億人が医療費によって貧困に陥っている。1)に関しては、MDGsから掲げている母子保健や感染症における適用範囲が拡大していることで改善傾向にある。しかし、2)に関してはより多くの人がサービスを受けられるようになれば、それに対する保険支出が上昇してしまう。サービスへのアクセスを確保しつつ、支出をいかに抑えるかが2030年までの目標となる。UHC2030 の政治宣言の中でも2023年までにさらに10億人の人が医療を受けられるようになり、2030年までにそれをすべての人に拡大することを目指している。しかし、COVID-19の影響で改善にブレーキがかかっており、これはUHCのみならず、SDGs全体で状況悪化の傾向がある。
COVID-19は不平等、不均衡な状態をさらに悪化させており、すべての人が医療を受けることを困難にしている。しかし、その中でより一層UHCの重要性が見直されているのではないかと考える。第75回国連総会の報告書においても、COVID-19の復興の中で重要視しているものの1位にUHCが入っており、地域別にみても1位か2位に入っている。COVID-19を通して保健医療アクセスの重要性が政治的な問題として認識されたのは不幸中の幸いである。これからどのアジェンダに投資していくかは次の段階になるが、その中でUHCがCOVID-19の復興の中で達成されることが重要である。
[1] ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC: Universal Health Coverage)とは、「すべての人が、適切な健康増進、予防、治療、機能回復に関するサービスを、支払い可能な費用で受けられる」ことを意味し、持続可能な開発目標(SDGs)においてもゴール3(健康と福祉)の中でUHCの達成が掲げられている。
■参考資料:
<報告書など>
– State of commitment to universal health coverage: synthesis, 2020 (UHC2030)
– State of UHC Commitment Country Profile (UHC2030)
– UNITED NATIONS HIGH-LEVEL MEETING ON UNIVERSAL HEALTH COVERAGE IN 2019| KEY TARGETS, COMMITMENTS & ACTIONS (UHC2030)
– International Universal Health Coverage Day 2019: KEEP THE PROMISE (UHC2030)
– Pulse survey on continuity of essential health services during the COVID-19 pandemic (WHO)
<動画>
– Nina’s Happy Healthy Family Meal – YouTube
– 各指導者の皆さん、全ての人を守ってください。(日本語版) – YouTube
– The state of commitment to universal health coverage: synthesis, 2020 – summary of key findings – YouTube
■プロフィール:
渡部 明人 氏(UHC 2030事務局)
北里大学医学部卒業後、国立国際医療センター医師、青年海外協力隊でバヌアツ共和国にて保健省健康増進政策担当の公衆衛生医師として勤務。ロンドン大学大学院にて、医療経済学や保健財政学を学ぶ。その後、外務省国際保健政策室の任期付職員として、日本が二国間援助・国連外交においてユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の推進を主導するための調整業務等を担当する。2015年に保健財政官(JPO)としてWHOに入り、G7伊勢志摩サミットで日本が立上げをリードしWHOと世界銀行が共同で事務局を運営する、官民公連携パートナーシップであるUHC2030の職員として採用される。現在は、各国にUHCを広めていくための啓発・知見共有・国連UHCハイレベル会合・国連UHCの日・UHCムーブメント政治諮問委員会・UHCコミットメント達成に向けた説明責任等の業務に従事している。健康増進・予防財政に関する政策比較研究により博士号を所得。社会医学系専門医・指導医。
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