【開催報告】第88回HGPIセミナー:橋本直也氏「これからの子どもを取り巻く医療の在り方を考える」(2020年10月9日)
今回のHGPIセミナーでは、子どもを取り巻く医療課題の解決を目指し、最新のテクノロジーを活用しながら現場の第一線で取り組まれ、また成育基本法に基づき厚生労働省に設置されている成育医療等協議会の委員としてもご活動されているCI Inc. (シーアイ・インク) 代表取締役の園田正樹氏、株式会社Kids Public 代表取締役の橋本直也氏をお招きし、現在のお取り組み、子どもの医療を取り巻く政策の現状や今後の展望についてお話しいただきました。
なお本セミナーは新型コロナウィルス感染症(COVID-19: Coronavirus Disease 2019)対策のため、オンラインにて開催いたしました。
<橋本直也氏 ご講演のポイント>
- 既存の母子保健課題であった「妊産婦・こども・親のもつ孤立や不安」が新型コロナウィルス感染拡大によって、顕在化した
- 疾患構造、社会課題の変化に合わせて、妊産婦・こども・親をバイオ(身体)のみならず、サイコ(こころ)ソーシャル(社会的)に支えるべき時代へ変わってきている
- オンライン相談事業を通して、既存事業だけでは手の届かなかった不安や孤立にリーチし、行政や医療機関によるサポートにつなげていく「社会インフラ」として機能することを目指したい
■コロナ禍で顕在化した母子保健における課題
私はこれまで小児科医として臨床に従事し、現在はKids Public株式会社を起業し、ICTを活用した小児科・産婦人科オンライン相談サービスを提供している。今回、小児科医の視点から、コロナ禍の日本における母子保健の課題について述べたい。
COVID-19感染拡大の影響を受け、連日、虐待や10代の望まない妊娠、DV等の報告・相談件数の増加が報道されている。こうした傾向は東日本大震災の時にも同様に報告されたが、災害や大きな社会変化が起きた際、社会的弱者であるこどもにしわ寄せがきてしまう。また保護者がこどもの予防接種を控えたり、定期検診を延期するなど、母子保健における重要な施策やこどもの健康を守るための制度もこれまで通りの実施が難しい状況となった。
大前提として、日本の母子保健は世界に誇るべきものである。しかし今、既存の取り組みだけでは届かない不安や孤立、それがもたらす様々な課題に直面している。私は今回のCOVID-19感染拡大によって、母子保健が取り組むべき課題がより顕在化されたと考えている。
COVID-19感染拡大以前から、母子保健が取り組むべき課題は変化していた。戦後日本においては、感染性疾患への対応が中心だったが、衛生状態・栄養状態の改善や予防接種の普及等により、感染症の罹患率や重症化率は減少傾向にある。例えば、小児ヒブ髄膜炎罹患率をみると、ヒブ・肺炎球菌の予防接種が公費助成対象となった2011年以降、罹患率が激減した。
一方、非感染性疾患や虐待、自死等の増加が課題となっている。児童相談所での児童虐待相談対応件数がこの10年で3倍に増加した他、2018年には、妊産婦の死亡原因のうち、自殺が最も多いという統計結果が報告された。
世界保健機関(WHO: World Health Organization)が1948年に採択したWHO憲章では、健康な状態とは「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること(日本WHO協会訳)」と定義されている。日本の医療制度も、疾患構造、社会課題の変化に合わせて、妊産婦・こども・親をバイオ(身体)のみならず、サイコ(こころ)ソーシャル(社会的)に支えるべき時代へ変わってきている。
こうした背景を踏まえ、2019年に成育基本法が施行された。私も成育医療等協議会に委員として参画し、特にICTの活用による施策の実施体制の重要性について意見を述べている。
■「小児科・産婦人科オンライン」の事業内容と今後の展開
日本の医療機関で受けられる医療は世界に誇るべきものだ。しかし、上述の通り、既存事業だけでは支援の行き届かない人々がいる。ICTを活用して彼らと接点を持つ、そういった視点から始めたのが、「小児科・産婦人科オンライン」だ。事業内容はシンプルで、LINEを使って小児科医、産婦人科医に相談ができるというもの。「産前―産後切れ目なく保護者の方々の“手のひら”と接点を持ち、日本における病院前の医療の充実を目指す」ことをコンセプトに事業を展開している。
小児科オンライン、産婦人科オンラインはそれぞれ2015年、2018年に事業を開始した。専門家による質の高い相談支援が最大の強みであり、小児科医、産婦人科医、助産師といった専門家160名程度が登録されている。また医療者側にとっても、育児休暇中等でも自宅で働けるというメリットがある。
また本事業は企業や自治体を介してサービスを提供し、利用者は無料で利用できる。これは私自身が大学院で医療格差をテーマとしていた背景から「経済的な格差によらず平等に医療サービスが受けられること」が重要と考えているためだ。現在は40以上の法人/自治体に採用頂いている他、COVID-19を受け、経済産業省の委託で2020年5月1日から8月31日まで全国民へサービスの無償提供も行った。この期間で数万件の相談対応を行ったが、COVID-19か否かの感染不安は全体のうち10%弱で、それ以外の多くは受診控えや自粛生活による生活様式の変化に伴う健康・育児相談等であった。
サービス提供において最も重視しているのは「妊娠・出産、子育ての孤立を防ぐ」ことだ。また小児科においては、虐待や軽症受診の増加が課題となっており、「病院で待っているだけでは健康は守れない」という想いのもと事業を開始した。受診行動という観点では、日本はOECD諸国と比べ外来受診回数が多いとされる。さらに小児科においては、外来受診全体の9割以上、救急搬送の約75%が軽症とのデータもあり、特に救急外来を行う医療機関への負担となっている。こどもは症状をうまく話せないことも多いため、保護者が心配になり受診に至るケースも多い。こうした保護者の不安を取り残すことなく、病院に行く前に自宅で専門家による相談を受け、適切な受診行動を促すことができれば、医療現場、保護者双方の負担を軽減できる。
母子保健領域とオンラインの親和性は高い。事業の主な対象者は若い世代であり、対面よりもチャット上のほうが本音を話せるという人も多い。小児科医、産婦人科医がいない自治体において、本事業を導入1年後に「お子さんの病気に関して相談できる小児科医が身近にいると感じる」住民の割合が20%増加した事例もあり、オンライン相談のもたらす効果も示されてきた。
本事業は既存の子育て支援や医療提供体制だけでは手の届かなかった不安や孤立にリーチし、行政や医療機関によるサポートにつなげていく「社会インフラ」として機能することを目指している。今後も本事業を通して、母子保健に貢献していきたい。
<【開催報告】第88回HGPIセミナー:園田正樹氏「これからの子どもを取り巻く医療の在り方を考える」(2020年10月9日)
■プロフィール
橋本 直也 氏(株式会社Kids Public 代表取締役)
株式会社Kids Public代表 小児科専門医、公衆衛生修士 2009年日本大学医学部を卒業、聖路加国際病院にて初期研修修了。2011年より、国立成育医療研究センターにて小児科研修。その後、東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻修士課程修了、2015年に株式会社Kids Publicを設立、遠隔健康医療相談サービス「小児科オンライン」や「産婦人科オンライン」、医療メディア「小児科オンラインジャーナル」「産婦人科オンラインジャーナル」「Kids Public Journal」など、インターネットを介した成育医療を提供している。
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