【開催報告】第88回HGPIセミナー:園田正樹氏「これからの子どもを取り巻く医療の在り方を考える」(2020年10月9日)
今回のHGPIセミナーでは、子どもを取り巻く医療課題の解決を目指し、最新のテクノロジーを活用しながら現場の第一線で取り組まれ、また成育基本法に基づき厚生労働省に設置されている成育医療等協議会の委員としてもご活動されているCI Inc. (シーアイ・インク) 代表取締役の園田正樹氏、株式会社Kids Public 代表取締役の橋本直也氏をお招きし、現在のお取り組み、子どもの医療を取り巻く政策の現状や今後の展望についてお話しいただきました。
なお本セミナーは新型コロナウィルス感染症(COVID-19: Coronavirus Disease 2019)対策のため、オンラインにて開催いたしました。
<園田正樹氏 ご講演のポイント>
- 医療者が患者に関与できる期間は限定されており、病気にさせない/重症化させないための「社会学的アプローチ」が重要である
- 病児保育は「医療」と「保育」を掛け合わせた子育て支援だが、その支援を必要としている保護者に十分にサービスを届けられていない現状がある
- 病児保育、子育て支援を普及させるためには、ICTの活用と産官学の連携が不可欠である
「~子育て支援である「病児保育」の視点から~」
■病児保育支援事業を行うに至った背景・課題意識
私は産婦人科医のバックグラウンドを持ち、現在は病児保育に関わる事業を行っている。
これまでの臨床経験のなかで、患者が受診するまで医療者が関与できないこと、また関与できる期間も限定されていることに課題意識を持った。そうした観点から、内科的(医薬品など)外科的(手術など)アプローチのみならず、病気にならない、病気が重症化しない仕組みを構築する「社会学的アプローチ」の重要性を感じた。
大学院時代には、10代の望まない妊娠や経済的困窮、社会的孤立などのいわゆる「社会的ハイリスク妊婦(特定妊婦)」やワンオペ育児に代表される孤育てや産後うつ等の課題に着目し研究を行ってきた。その中で、こどもの急病時に仕事の調整が難しいことが原因で会社を退職した母親に出会った。こどもの病気を理由に仕事を休むことが続くと、理解がある上司であっても母親である部下に重要な仕事は任せにくく、結果的に母親の離職リスクの向上や生産性の低下につながってしまう。
公益財団法人 地方経済総合研究所「女性の仕事と子育てに関する調査」(2017年)においても、働くお母さんが最も困っていることとして、「子供の急病時の仕事の調整」が最も多い回答であった。私はここに課題意識を持ち、病児保育に関わる事業を立ち上げた。
病児保育とは、こどもが病気になり集団保育(保育園など)が困難な期間、保育所・医療機関等に付設された施設において保育及び看護ケアを行う子育て支援サービスである。
病児保育施設は毎年100施設以上新設され、2019年時点で全国に約1,800施設、2018年時点で69万人が利用している。しかし、「病児・病後児保育の実態把握と質向上に関する研究」(平成25年度厚生労働科学研究費補助金)によれば、病児保育施設利用率は約30%と低い。要因の一つは、サービスの「使いづらさ」にある。例えば、9割以上の施設が電話予約のみで運用されているため、保護者はこどもの急病時、忙しい朝の時間帯に、空き状況を電話で確認しなければならない。また病児保育の現場では当日熱が下がった等の理由から予約の3〜7割当日キャンセルが発生する。そのため施設スタッフは朝キャンセルの電話を受けてから、キャンセル待ちの保護者に電話する等の作業に日々追われている。
■テクノロジーとデザインの力で「病児保育の使いづらさ」の解消へ
この「使いづらさ」を解消すべく、テクノロジーとデザインを重視した「あずかるこちゃん 」という病児保育ネット予約サービスを開発した。このサービスでは、保護者はオンライン上で各施設の空き状況を確認し、予約ができる。さらに今後は、水痘やインフルエンザなど隔離対応が必要な疾患の受入情報を施設間で共有するシステムを実装する予定だ。
病児保育は既存事業では手の届かない層が多く、サービス自体を知らない、あるいは利用を諦めている潜在顧客が多いマーケットである。自社調査では、病児保育対象年齢のこどもを持つ就労女性300人のうち、「病児保育施設の利用経験がある」と回答した方はわずか12%であった。また「利用経験がない」と回答した88%に病児保育の認知度を質問したところ、うち75%が「まったく知らない」または「名前しか知らない」といった回答であった。我々は「あずかるこちゃん」を通して、病児保育施設とより多くの保護者をつなげていきたいと考えている。
■産官学の連携の重要性と成育医療等協議会・健やか親子21での議論
子育て支援において、「産官学の連携」は非常に重要な視点だ。当社の病児保育関連事業ではアカデミアと連携しながらエビデンスの構築に取り組んでいる。また子育て支援の領域は、市区町村が運営主体の事業も多く、サービスの充実、展開には行政との連携が不可欠である。さらに子育て世代の従業員をかかえる企業の理解も必要だ。今後、全国の病児保育施設と情報を共有し、その知見を企業やコミュニティに提供できるプラットフォームを構築し、産官学の連携をさらに進めていきたい。また将来的には病児保育施設のみならず保育園にもプラットフォームの範囲を広げ、保育園と医療機関、病児保育施設の繋がりを構築し、日中にこどもが病気になっても保護者が仕事を継続できるような仕組み、環境を作っていきたいと考えている。
最後に私も委員を務める成育医療等協議会での議論について述べたい。
2019年12月に「成育過程にある者及びその保護者並びに妊産婦に対し必要な成育医療等を切れ目なく提供するための施策の総合的な推進に関する法律(成育基本法)」が施行された。成育医療等協議会は、この成育基本法に基づき、2020年度から厚生労働省に設置され、今後の成育医療に関する議論を進めている。
すべての妊産婦の妊娠期から子育て期、そして子どもの出生後から成人期までの成育過程において切れ目のない医療・福祉等の提供、支援を行うためには、こどもを中心として、医療、福祉、保育、教育の連携が不可欠である。さらにこれまで行政の縦割りによる課題が生じていたが、厚生労働省のみならず、教育の観点から文部科学省、企業支援の観点から経済産業省、ICTの活用等の観点から総務省など、関係省庁の連携が求められることとなった。
私はこの成育医療等協議会のなかで、特に「すべての子どもが健やかに育つ社会」の実現を目指す国民運動計画「健やか親子21」に取り組んでいる。現在、取組データベース(地方公共団体・企業・団体・大学等が「健やか親子21(第2次計画:2015~2024年度)」に関連した取組を登録するデータベース)の構築を進めているが、自治体等に比べ民間企業・団体の参画が少ないのが現状だ。今後は特に「民間の巻き込み」に主眼を置き、活動を続けていく予定である。ぜひ企業の皆様にもご参画頂きたい。
< 【開催報告】第88回HGPIセミナー:橋本直也氏「これからの子どもを取り巻く医療の在り方を考える」(2020年10月9日)
■プロフィール
園田 正樹 氏(CI Inc. 代表取締役)
新潟県糸魚川市出身。佐賀大学医学部卒。産婦人科診療の中で、産後うつや虐待のハイリスク妊婦と接する。東京大学大学院で公衆衛生を学び、病気ではなく、生活をいかに変えるかに関心を持つ。研究よりも社会実装によってより良い社会を創造したいと考え、大学院を休学、2017年Connected Industries Inc.を設立。多くのプロフェッショナルが有機的に繋がることで世界を変えていきたいという想いを社名に乗せ、自身も実装者の一人となるべく、デジタルハリウッド大学大学院に進学。2020年4月よりサービス開始(https://azkl.jp/)。
主な役職は次の通り。産婦人科医(東京大学医学部 産科婦人科学教室)、デジタルハリウッド大学大学院、CI Inc. CEO(病児保育ICT化・ネットワーク化事業:https://www.ci-inc.co.jp)、成育医療等協議会 委員、健やか親子21 幹事、小児保健協会 ホームページ・広報委員会/教育委員会 委員など。
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