【開催報告】第84回HGPIセミナー「認知症の臨床・研究開発等に関する最近の動向」(2020年4月24日)
今回のHGPIセミナーでは、新美芳樹氏(藤田医科大学脳神経内科学 講師)をお迎えし、臨床・研究の場、さらには認知症対策専門官として政策立案の最前線でのご経験から得られたご知見をもとに、最新の研究データや国内外の事例を用いながら、医学を基盤とした認知症の臨床・研究開発についてお話いただきました。その後、質疑応答を通してご参加の皆様との議論を深めました。
なお本セミナーは新型コロナウィルス感染対策のため、オンラインにて開催いたしました。
<講演のポイント>
- 今後は、認知機能低下の進行を抑制するのみならず、周辺症状の改善や介護負担の軽減などにも資する薬剤や非薬物療法などの治療方法の研究開発が重要となる。
- 治療方法の確立のためには、認知機能検査を補う評価指標として、適切なバイオマーカーの導入が望まれており、ウェアラブル端末の活用などによるデジタルバイオマーカーへの期待は特に高い。
- 認知症の研究開発に伴うハードルを乗り越え、早期介入による治療を実現するためには、産学官民の垣根を超えたパートナーシップの構築が不可欠である。
■認知症とは
認知症は国際的にも大きな注目を集めており、世界保健機関(WHO:World Health Organization)は、現在では3秒に1人が認知症に罹患していると指摘している。また、認知症の人は世界で5000万人にものぼると推定されており、その数は2050年までに3倍になると予測されている。
認知症の原因となる疾患は主に4種類あり、アルツハイマー型認知症(AD:Alzheimer’s disease)、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症、その他に分類される。近年、アルツハイマー型認知症と脳血管性認知症を含む様々な認知症は、その多くのリスク因子が共通していることもあり、実は非常に重なりの多い病態であると捉えなおされるようになった。
■新規薬剤に対する期待と現実
認知症の治療において、アルツハイマー型認知症や脳血管性認知症に対する、薬物療法への期待は依然として高い。既存の承認薬は認知機能低下や周辺症状(BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)の抑制においては一定の効果があるとされており、認知症の専門医は、アルツハイマー型認知症の既存治療薬について、比較的、薬剤貢献度や治療満足度が高いと評価している。
しかし、残念ながら、既存の承認薬では、認知症の人の生活機能の改善やその家族や介護者の介護負担を解消するには十分ではないという現実がある。さらに、アンケート結果では、既存の承認薬と比較して、非承認薬の方が周辺症状の対応にはより効果的であるとされている。今後は、認知機能低下の進行を抑制するのみならず、周辺症状の改善や介護負担の軽減などにも資する薬剤や非薬物療法などの治療方法が期待されている。
■認知症の治療方法を確立するために
認知症の新規薬剤の研究開発や治療方法の確立には、治験などを通じてその効果を適切に評価することが必須となる。現在も各企業や大学、研究団体が力を尽くしているが、遺伝によらないアルツハイマー病の病理は実際には単一であることはむしろ少なく、他の疾患との関わりが深いこともあり、研究開発には大きな困難が伴う。
また、薬剤や治療方法の評価指標が認知機能検査に大きく依存している現状については、検討の余地があるとされている。そもそも認知症の人でも、認知機能検査の結果のばらつきが大きいことはよく知られている。遺伝による認知症に焦点をあてた、優性遺伝アルツハイマー・ネットワーク(DIAN:The Dominantly Inherited Alzheimer Network)による治験、いわゆるDIAN-TU研究において、認知機能検査は有意な差がでなかったことが明らかになっている。
そのため、認知機能検査を補う評価指標として、適切なバイオマーカーの導入が望まれている。バイオマーカーとは、病理学的プロセス、血液・髄液、画像などを踏まえた評価指標であり、認知症を発症する前の早期段階から継続的かつ客観的に状態の変化を検知できるものが研究されている。DIAN-TU研究でも、認知機能検査と比較して、バイオマーカーでは治療に伴う変化が示されていた。また、ウェアラブル端末の活用などによるデジタルバイオマーカーは、早期かつ継続的に状態を検知できるうえに、比較的安価かつ低侵襲であるため、今後の発展が期待される。
■認知症の治療・研究開発における今後の展開
今後の認知症の治療・研究開発では、認知症を発症する前の早期段階から何ができるかという視点が重要となる。実際に、既存の承認薬による治療において、認知症の発症あるいは進行後の介入は、既に遅いのではないかという指摘もあり、症状の改善もやや限定的とされている。早期介入による治療の成功に向けて、研究開発では、適切な評価指標を開発したうえで、最適な介入時期の特定や、食事や生活習慣に代表される非薬物療法の検討にまで研究対象は拡大している。
認知症の研究開発に伴うハードルを乗り越え、早期介入による治療を実現するためには、産学官民の垣根を超えたパートナーシップの構築が不可欠である。例えば、認知症の治療・研究開発において、対象者のリクルートの難しさから、治験は大きなハードルになることが多い。しかし、日本でもトライアルレディコホート構築(J-TRC:認知症予防薬の開発をめざすインターネット登録研究)などボランティアの参画による研究支援の体制が整いつつあり、大規模かつ先進的な取り組みが進んでいる。引き続き、産学官民が手を取り合い、よりよい認知症の治療・研究開発を目指して歩みつづけていくことが期待される。
■プロフィール
新美 芳樹 氏(藤田医科大学脳神経内科学 講師)
1998年名古屋大学医学部卒業、2011年名古屋大学大学院医学系研究科神経内科修了。春日井市民病院、岐阜社会保険病院神経内科、愛知医科大学脳卒中センター助教、名古屋大学医学部神経内科医員、藤田保健衛生大学(現・藤田医科大学)脳神経内科学助教を経て、2013年から2016年まで厚生労働省老健局総務課認知症施策推進室認知症対策専門官として、認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)の策定に関わる。2016年4月より、藤田医科大学脳神経内科学助教。
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