【開催報告】第85回HGPIセミナー「医療における意思決定の特徴と実際」(2020年5月22日)

今回のHGPIセミナーでは、国立病院機構東京医療センターにて臨床現場の最前線で診療に携わりながら、医療における意思決定、医療者と患者・当事者のコミュニケーションをテーマとして執筆活動やご講演を多数行う等、当該分野の第一人者としてご活躍されている尾藤誠司氏をお迎えし、ご参加の皆様と共に理解を深めました。
なお本セミナーは新型コロナウィルス感染対策のため、オンラインにて開催いたしました。
<講演のポイント>
- 医療における意思決定では「倫理問題」を考慮する必要がある点に難しさがある
- インフォームド・コンセント(IC: Informed Consent)とは、医療者から提供された情報(information)を踏まえて、患者が同意(consent)または拒否をするというプロセスであり、患者が主体的に行うものである
- 患者・当事者が医療者から説明を受けるだけではなく、自分自身の専門家として自身の価値観や選好を専門家に対して説明を行い、双方向のやり取りを繰り返しながら、患者・当事者にとっての最善の決断について合意を行うShared Decision Makingの考え方が重要である
- 後悔しない決断には客観的なデータと同等に、決断に至るまでの心の葛藤やその葛藤を経て変化した自己や他者とのやりとりといったプロセスが必要である
- 人工知能時代では、これまでよりもはるかに多くの情報が集積・分析され、患者・当事者の意思決定に影響を与えるようになる。また新型コロナウィルス感染症の流行を受け、何が信頼できる情報なのか、多くの人が不安を抱えている。だからこそ、その人自身にとって正しい決断を行うには、自身がどう生きたいかといった価値観や意思決定プロセスを経て得た決断への納得感がより重要になる
■医療における意思決定が持つ特徴
医療における意思決定においては「生命・医療の倫理問題」を考えなければならない。医療における倫理的問題を解決するための指針である「生命・医療に関する倫理原則」では、下記4つの規範が示されている。
・善行原則
・不加害原則
・自立性尊重原則
・公正原則
「善行原則」、「不加害原則」は、患者・当事者にとって利益となることを行い、不利益となる行動をしないこと、「自立性尊重原則」は、患者・当事者が行ってほしいと思うことを行うこと、「公正原則」は、有限な資源を公正に配分することを示している。しかし実際の臨床現場においては、これらの原則をすべて満たす選択肢がないケースも多くあり、多くの医療者が意思決定に難しさを感じている。
■意思決定プロセスとしてのインフォームド・コンセントとShared Decision Making(SDM)
インフォームド・コンセント(IC: Informed Consent)とは、①「同意能力を有する患者(もしくはその代理人)が、自由を確保された環境で」、②「専門家からの説明を聞き」、③「説明内容を理解、認識した上で、検討し」、④「同意または拒否の表明と決断を行う」プロセスのことをいう。
医療者は、しばしば上記プロセス②における専門家としての説明を行うことのみを重視し、ICを「行った」と認識することがある。しかし、本来ICとは、医療者から提供された情報(information)を踏まえて、患者・当事者が同意(consent)または拒否をするというプロセスであり、医療者が行うものではなく、患者・当事者が主体として行われるべきものである。
このプロセスを実行することは非常に難しく、医療者が患者のためを思い、十分な説明をしないまま治療を勧めてしてしまうパターナリズムや、反対に、医療者が治療方法について客観的事実の説明のみを行い、患者が医療者から突き放されたと感じてしまうケース、あるいは、医療者の説明に対して十分な理解や納得が得られていないまま診察を終えてしまうケースがある。医療における意思決定プロセスにおいては、医療者と患者の「対話」が必要であり、それにはお互いの認識と価値観に違いがあることをお互いが理解する過程が重要であり、対立がなければ支配関係が生まれると考えている。
また近年、Shared Decision Making(SDM)という概念が重視されつつある。SDMとは、医療者が専門家として患者に説明し、患者はこれを受けて判断するという一方的なやり取りではなく、患者も自分自身の専門家として意思決定において重要な価値観や選好、置かれている環境等を専門家に説明を行い、双方向のやり取りを繰り返し行いながら、患者にとって最善の決断について合意を行うプロセスをいう。このプロセスにおいては、医学的根拠だけではなく、患者自身が何を大切にしたいかや医療に何を求めているのかといった患者自身の価値観や選好等が重要となる。とりわけ「患者が避けたいことは何か?」という情報は重要であり、患者にはこれを医療者に必ず伝えてもらいたいし、医療者にとっては、患者からこれを聞き出すことは義務であると考えている。
■人工知能時代 / ポストCOVID-19時代の臨床意思決定のすがた
新型コロナウィルス感染症(COVID-19: Coronavirus Disease 2019 )流行の影響を受け、現在勤務する病院でも遠隔診療を行っている。そこで感じたのは、遠隔診療の時の方が対面診療の時よりも患者さんが質問や意見を言ってくれるということである。
診察室や病院には「制御の魔法」が存在する。その影響下において患者は、自身の人生観や価値観よりも、健康至上主義・生命(反応)至上主義の価値観を優先し、患者として振舞うように制御される。しかし今後、制御の魔法の影響を受けない遠隔診療が普及することにより、患者―医療者の関係が変化していく可能性があると考えている。
医療は、現在あるリスクを定量化し、将来起こる災いを予測する強い説得力を持っている。例えば、「現在の血糖値を厳格に管理しなければ、将来脳梗塞で半身不随になったり、目が見えなくなったりする」と医療者に言われれば、多くの人が今大切にしている価値観や人生観よりも、医学的に根拠のある行動を優先せざるを得なくなる。今後、人工知能の進化により、はるかに多くの情報が集積・分析され、それらの情報が患者の決断に対して、専門家よりも大きな影響を与えるようになる。
しかし、その人自身にとって正しい決断をする上で、最も重要なものは必ずしも「信頼できる根拠」とは限らない。後悔しない決断には客観的なデータと同等に、決断に至るまでの心の葛藤やその葛藤を経て変化した自己や他者とのやりとりといったプロセスが重要だと考えている。私はこれを「決める」と「決まる」という表現をしているが、選択肢がもたらす利益と不利益の度合いやその確率を根拠に自主的に意思を「決める」のではなく、それらの根拠を受けて、決断に至るまでに葛藤する過程によって「決まる」のが、後悔しない決断のあり方ではないかと考えている。そして、これからの人工知能時代、またCOCID-19の流行を受け、何が信頼できる情報なのか、一体何をすればよいのか多くの人が不安を持つ時代だからこそ、決断に至るまでの意思決定プロセスが重要と考えている。
■プロフィール
尾藤 誠司 氏
1965年、愛知県生まれ。1990年岐阜大学卒業 国立長崎中央病院、国立東京第二病院、国立佐渡療養所、UCLA School of Public Healthなどを経て現職。総合内科医として地域住民の一般健康問題に対応する臨床のほか、研修医教育や院内倫理サポートチームの活動を行っている。「ハロペリドールズ」というロックバンドのボーカリストとしても暗躍している。研究領域は臨床倫理、意思決定支援、医療におけるコミュニケーションなど。
bitoseiji@facebook &@Twitter.
WEBサイト「うまくいかないからだとこころ」http://umakara.net/
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