【開催報告】第143回HGPIセミナー「がん対策基本法成立から20年―過去を振り返り、次の20年を描く―」(2026年4月28日)
今回のHGPIセミナーでは、国立がん研究センター がん対策情報センター本部 副本部長の若尾文彦氏をお迎えしました。若尾氏は、がん対策基本法が成立した2006年に「がん情報サービス」の立ち上げに携わって以来、20年にわたり、がん情報提供、患者支援、がん教育、普及啓発など、市民にがん医療を届ける領域の第一線でご活躍されてきました。本セミナーでは、2006年のがん対策基本法成立から20年を迎える節目に、これまでの歩みを振り返るとともに、当機構が2026年2月に実施した患者・当事者を含む全国の市民1万人を対象とした「がんに関する全国調査-がん対策基本法成立から20年を迎えて-」の結果も交えながら、次の20年に向けたがん対策の課題と展望についてご講演いただきました。
<POINTS>
- がん対策基本法成立から20年が経ち、がん診療連携拠点病院の整備、全国がん登録の開始、がんゲノム医療の保険収載など、制度・医療技術の両面で大きな前進が見られた。一方、これらは「動き出したが、道半ば」の段階にあり、継続的な評価と改善が求められる。
- 2040年を見据えると、生産年齢人口の減少と専門医不足が予測されるなか、がん医療提供体制の集約化・均てん化が大きな政策課題となっている。手術療法では、外科医が2025年比で約40%減少すると推計されており、地域における役割分担の明確化と都道府県単位での議論が不可欠である。
- 第4期がん対策推進基本計画では、ロジックモデルが導入され、データに基づくがん対策の評価体系の整備が進んでいる。全国がん登録、院内がん登録、患者体験調査、遺族調査等の「物差し」がようやく揃いつつあるが、拠点病院の患者体験調査への参加率向上等、PDCAサイクルを支えるデータ基盤のさらなる強化が必要である。
- 日本医療政策機構が2026年2月に実施した全国調査では、医療機能の集約化に「賛成」が46.8%、「反対」が21.6%、「わからない」が31.6%と、30%強が判断を保留しており、市民の意見形成は途上にあることが明らかとなった。今後の制度設計には、わかりやすい論点提示、患者・市民参画、世論調査による継続的なモニタリングが求められる。
- 持続可能ながん医療を実現するためには、医療機関の機能の明確化、市民への情報提供、かかりつけ医による振り分け、移動等の負担に対するサポート、そして国民の理解に基づく合意形成が鍵となる。これらは、がんに留まらず日本の医療制度全体に共通する課題である。
がん対策基本法成立までの経緯と20年の歩み
1981年に悪性新生物が日本人の死因第1位となって以来、対がん10カ年総合戦略をはじめとする様々な取り組みが進められてきた。2002年にがん診療連携拠点病院制度が始まり、2005年8月にはがん対策推進アクションプラン2005が策定され、相談支援センターの設置等が動き出した。そして2006年6月、がん患者・家族の切実な声を背景に、議員立法によりがん対策基本法が成立した。同法は、がんが国民の生命及び健康にとって最大の問題であるとの認識のもと、基本理念を定め、国・地方公共団体・医療保険者・国民・医師等の責務を明らかにするとともに、がん対策推進基本計画の策定について定めた画期的なものであった。
基本法成立後、2007年に第1期がん対策推進基本計画が策定されて以来、第4期計画(2023年策定)まで、おおよそ5年ごとに見直しが行われている。また、2016年12月には改正がん対策基本法が施行され、基本的施策にがん患者の就労等、教育の推進が、基本理念にがん患者が尊厳を保持しつつ安心して暮らすことのできる社会の構築を目指し、がん患者が適切ながん医療のみならず、福祉的支援、教育的支援その他の必要な支援を受けることができるようにするとともに、がん患者に関する国民の理解が深められ、がん患者が円滑な社会生活を営むことができる社会環境の整備が図られることなどが、追加された。緩和ケアという文言が法律に明記されたのもこの改正である。さらに、2013年のがん登録等の推進に関する法律、2018年の改正健康増進法による受動喫煙防止の強化、2023年のゲノム医療法、2026年4月施行の改正労働施策総合推進法による治療と就業の両立支援の事業主努力義務化など、関連法制度の整備も進められてきた。
がん予防の進展:喫煙率の低下と検診体制の整備
日本人のがんの要因のうち、男性では能動喫煙が23.6%、感染症が18.1%、女性では感染症が14.7%と、これらがインパクトの大きな予防可能要因とされている。喫煙率は2004年の男女計28.5%から、2024年には14.8%まで低下した。第4期がん対策推進基本計画では、2032年までに男女計12%(健康日本21(第三次)と整合)を目標としている。受動喫煙防止については、2018年の改正健康増進法により、学校・病院・行政機関等の敷地内禁煙、事務所・飲食店等の原則屋内禁煙が段階的に実施された。
がん検診については、2008年に健康増進法に基づく健康増進事業に位置づけられ、「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」のもと運用が開始された。近年では、2024年のヒトパピローマウイルス(HPV: Human Papillomavirus)検査単独法の導入、2025年7月の指針改正による職域等がん検診情報の把握、同年12月の喀痰細胞診の削除など、エビデンスに基づく見直しが続いている。一方で、検診受診率は依然として40%台にとどまり、欧米諸国や韓国と比較しても低い水準にある。第4期計画では受診率60%、要精検受診率90%を目標としているが、職域検診を含めた受診状況の正確な把握も課題である。
がん医療の充実と2040年に向けた集約化・均てん化の議論
がん診療連携拠点病院は、2002年の制度開始以降、整備が進められてきた。2006年に都道府県拠点・地域拠点の二階層化が行われ、2014年からは要件を緩和した地域がん診療病院も整備された。2026年4月時点で、都道府県拠点51、地域拠点357、特定領域1、地域がん診療病院59の計468施設まで拡充されている。
一方、2040年を見据えると、生産年齢人口の減少と高齢者人口の地域差により、医療提供体制のあり方が大きな課題となる。がんの3大療法における需給推計では、初回治療受領者数は2025年比で手術が約5%減、放射線が約24%増、薬物療法が約15%増となる一方、医師数は外科医師が約61%(4割減)に対し、放射線治療医は約143%と推計されており、特に手術療法を提供する医療資源の地域偏在が深刻化する可能性が指摘されている。
こうした状況を踏まえ、医療技術の観点(高度な判断や専用設備が必要な医療)および医療需給の観点(症例数が少なく専門医が不足する診療領域)から、集約化が望ましい医療と更なる均てん化が望ましい医療の整理が進められている。具体的には、希少がん・小児がん等は都道府県または更に広域での集約化、高度な技術が必要な医療は、都道府県単位での集約化、手術・放射線・薬物療法の主要な部分は医療圏単位での集約化、がん予防・支持療法・緩和ケア等はより広範な均てん化、という四層構造の方向性が示されている。
これらの議論を進める場として、都道府県がん診療連携協議会の役割が重要となる。2025年のがん診療連携拠点病院等の整備指針改正等により、協議会において、都道府県がん診療連携拠点病院に加えて、都道府県も事務局として運営を担うこと、患者団体等の関係団体の参画が必須化することなどが定められ、医療機関のがん種ごとの役割分担、院内がん登録データを用いた診療実績の一元的発信、医療圏の見直し等が協議事項として位置づけられた。一方、研究班による調査(厚生労働科学研究「がん診療提供体制の均てん化と集約化の推進に資する研究」)では、47都道府県中、議論を行っているのは約半数(52.2%)、計画策定に至っているのはわずか3協議会(6.5%)にとどまっており、リソース不足、医療機関間の調整困難、データ分析人材の不足等が障壁として挙げられている。
「がんとの共生」の広がり:相談支援、両立支援、アピアランスケア
がんとの共生分野では、相談支援センターの整備、サバイバーシップ支援、がんと診断された時からの緩和ケアなどが進められてきた。令和5年度の患者体験調査では、がん相談支援センターの認知度は55.1%、利用度は21.1%、満足度は72.4%と、利用した患者からの評価は高い一方、認知度・利用度には都道府県間で大きな格差が確認されている。
情報提供については、国立がん研究センターが運営する「がん情報サービス(ganjoho.jp)」を通じて、26種の冊子・PDFを含むがんに関する科学的根拠に基づく情報が提供されている。また、患者必携「がんになったら手にとるガイド」は2011年の初版以降、改訂を重ね、2025年には第3版が発行された。地域の療養情報を集約した冊子も44道府県に展開されている。
就労支援については、2016年の「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」により、がん等の疾病が私傷病ではなく労働者の健康確保対策として位置づけられた。さらに、2026年4月施行の改正労働施策総合推進法により、職場における治療と就業の両立支援が事業主の努力義務となった。アピアランスケアについても、2026年度から「アピアランスケアに係る体制整備支援事業」が開始され、都道府県がん診療連携拠点病院での担当者配置と検討委員会設置が進められている。
データを活用したがん対策評価の基盤整備
がん対策の評価基盤として、全国がん登録(2016年開始)と院内がん登録の両輪が整備されつつある。当初は人口動態統計の死亡データのみで罹患・生存率データに乏しかった状況から、第3期以降、罹患・生存率の継続的なデータ提供が可能となってきた。一方で、院内がん登録実施施設のカバー率は都道府県によって大きな差があり、検討に資するデータを得るためには、都道府県がん診療連携協議会での調整が求められる。
患者体験調査・遺族調査も重要な評価ツールである。2015年の第1回以来、5年ごとに実施され、2025年公表の第3回からは全拠点病院を対象とする規模に拡大された。しかし、対応する拠点の割合は都道府県によって大きく異なり、半分も対応していない都道府県もある。第4期がん対策推進基本計画のロジックモデルでは、患者体験調査を指標とするものが多く含まれており、全拠点の参加が望ましい。
また、第4期計画ではロジックモデルが正式に導入された。ロジックモデルとは、インプット・活動・アウトプット・アウトカムを矢印でつなぎ、施策が最終的に目指す変化への道筋を体系的に図示したものであり、データを活用したPDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルの基盤となる。
がん教育については、2017年の小学校及び中学校学習指導要領改訂、2018年の高等学校学習指導要領改訂を経て、2020年度(小学校)、2021年度(中学校)、2022年度(高等学校)から全面実施されている。
日本医療政策機構の全国調査が示す市民の意識
日本医療政策機構が2026年2月に実施した「がんに関する全国調査-がん対策基本法成立から20年を迎えて-」(有効回答10,000サンプル)では、市民のがん対策に関する認識について多くの示唆が得られた。
医療機能の集約化については、「賛成」46.8%、「反対」21.6%、「わからない」31.6%と、3割強が判断を保留しており、意見形成の途上にあることが示された。集約化に反対する理由としては、体力的負担(60%)、経済的負担(47%)、交通手段の確保(33%)が上位に挙げられた。遠方通院を許容するための条件としては、交通手段、交通費支援、かかりつけ医連携の3項目がいずれも40%台で拮抗しており、単一の施策ではなく包括的な支援体制の整備が期待される。
医療費負担と公的保険の方向性に関する設問では、革新的治療の費用負担、混合診療の拡大、公的保険の方向性のいずれにおいても「わからない/どちらともいえない」が3割前後を占め、制度議論が国民に十分浸透していない現状が浮き彫りとなった。
次の20年に向けて:医療提供体制の再構築と国民との合意形成
過去20年で、拠点病院の整備(キャンサーボード、チーム医療、がん相談支援センター、緩和ケア、がんゲノム医療)、サバイバーシップ支援(両立支援、アピアランスケア)、がん登録(全国がん登録、院内がん登録)、がん教育、受動喫煙防止、がん対策評価(全国がん登録、患者体験調査・遺族調査、ロジックモデル)など多岐にわたる施策が着実に推進してきた。しかし、まだ道半ばである。
近年の新たな課題としては、医療提供体制の集約化、持続可能な医療の提供(高額な新規医療への対処、ゲノム医療の早期適応、国民皆保険制度の維持)、ドラッグラグ・ドラッグロスへの対応が挙げられる。これらは決してがんだけではなく、日本の医療全体の課題である。
今後に向けては、(1)現行施策の継続、(2)データを活用した対策評価(がん登録、検診精度管理、現況報告、患者体験調査の継続的・効率的な仕組み構築、PDCAサイクルの活用、原則として都道府県単位でのベンチマーキング)、(3)医療機関の機能の明確化(都道府県単位、データに基づく地域の実情に合わせた役割分担、市民への情報提供、総合診療かかりつけ医による振り分け、移動等負担増へのサポート)、(4)国民の理解に基づく合意形成(わかりやすい論点解説、現況の遅延なき情報発信、患者・市民参画、世論調査によるモニタリング、複雑な制度の単純化)の4つの方向性を重視し、誰一人取り残さないがん対策を強化する必要がある。そして、医療制度全体が持続可能性に直面するなかで、患者・市民・国民の意見を集め、政策に反映させていく仕組みが何より重要になるだろう。
【開催概要】
- 登壇者:若尾 文彦 氏(国立がん研究センター がん対策情報センター本部 副本部長)
- 日時:2026年4月28日(火)18:30-19:45
- 形式:オンライン(Zoomウェビナー)
- 言語:日本語
- 参加費:無料
- 定員:500名
■登壇者プロフィール
若尾 文彦(国立がん研究センター がん対策情報センター本部 副本部長)
1986年横浜市立大学医学部卒業。横浜市立大学医学部付属病院臨床研修医、国立がんセンター病院放射線診断部レジデント、同医員、医長、国立がん研究センターがん対策情報センターがん情報提供研究部長、センター長、がん対策研究所事業統括等を経て2023年4月より現職。東京大学公衆衛生学教室 客員研究員、京都大学大学院医学研究科 非常勤講師なども務める。
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