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【開催報告】第118回HGPIセミナー「グローバルヘルスの潮流~G7広島サミットの振り返りと今後~」(2023年9月6日)

【開催報告】第118回HGPIセミナー「グローバルヘルスの潮流~G7広島サミットの振り返りと今後~」(2023年9月6日)

今回のHGPIセミナーでは、東京女子医科大学 准教授であり当機構のシニアマネージャーの坂元晴香より、グローバルヘルスに関する国際的な議論、特にG7広島サミットの成果について報告いたしました。

<POINTS>

  • G20、とりわけ中国やインドのような新興国が存在感を増す一方、G7は民主主義という共通の価値観に基づき、世界的な規範や潮流を創出してきており、国際保健(グローバルヘルス)においても、2016年のG7伊勢志摩サミットでは、危機対応のみならず平時の保健システム強化(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC: Universal Health Coverage))が不可欠であることを強調している
  • 国際的な感染症対策にあたっては、各国の協力体制とそれを可能とするリーダーシップ、公共財たるワクチンや治療薬の創出が重要であるが、これらは過去にも指摘されてきたものの、今般のコロナ禍において不十分さが露呈した
  • 以上の背景を踏まえ、2023年のG7議長国である日本は、広島サミットにおいて「グローバルヘルス・アーキテクチャ(GHA: Global Health Architecture)」(特に、いわゆるパンデミック条約のような法的枠組みの強化)、「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」、及び「ヘルス・イノベーション」(ワクチン等のラスト・ワン・マイル支援の推進)の3点を柱として打ち出したが、いずれも、日本らしさを前面に出したものといえる

 

主要国(G7)で保健課題を議論する意義

G7として知られる、主要7か国(カナダ・フランス・ドイツ・イタリア・日本・英国・米国)と欧州連合(EU: European Union)は、人口は全世界の1割程度、世界全体の国内総生産(GDP: Gross Domestic Product)の約4割程度を占めている。他方、G7に加えて、主要な新興市場国(ロシア・中国・インド・ブラジル・アルゼンチン・トルコ・サウジアラビアなど)も参加するG20は、多様な価値観を背景に有する国の集まりであり、人口は全世界の約3分の2、経済規模でいうと約85%の国々で構成され、非常に大きな影響力を持っている。

G7は民主主義という共通の価値観を有しており、大小さまざまな対立構造はありながらも、歩調を合わせやすい。一方で、G20は、あらゆることが政治的な争点となりやすく、また、必ずしも合意文書に至らず終わる場合もある。

また、G7、G20ともに経済・金融問題に対処するために発足したという経緯がある。G7やG20で保健課題が主要議題として取り上げられるようになったのはごく最近である。日本は、G7の議長国を2016年(伊勢志摩サミット)、そして2023年(広島サミット)に務めている。G20については2019年に議長国を務め、大阪サミットを実施している。この、首脳が集まるサミットに付随して、G7では2015年から、G20でも2017年から保健大臣会合が始まっており、より技術的な部分にも踏み込んで議論されている。

G7の意義は何であろうか。まず、資金力や技術力において、どれだけG7として世界に貢献できるかということが論点の一つである。新型コロナウイルス(COVID-19)ワクチンなど、高い安全性や有効性を有しつつ迅速な研究開発に成功している国はG7が多い。一方で、G20に加盟する国々を見ても、非常に大きな医薬品製造能力を持っている国や、ワクチンの研究開発に成功している国は複数ある。

もう一つの論点が、価値観や規範の創出である。古い事例にはなるが、2000年に日本はG8(G7及びロシア)九州・沖縄サミットを開催した。その際、日本はHIV/AIDS・結核・マラリアの三大感染症を取り上げ、より多くの資金を投入していくことを打ち出し、それが後の世界基金(Global Fund)の設立につながった。単にG7が感染症対策にお金をつけただけではなく、HIV/AIDS・結核・マラリアは世界が立ち向かうべき感染症であり、対策のスケールアップをしなければならないという非常に大きな潮流を作った。

 

世界を取り巻く環境の変化

2022年に国連開発計画(UNDP: United Nations Development Programme)が出した報告書「人新世の脅威と人間の安全保障」にあるとおり、人間の健康への脅威がますます増えてきている。新型コロナウイルス感染症以外にも新興・再興感染症、薬剤耐性(AMR: Anti-Microbial Resistance)といった保健関連の脅威に加え、ウクライナ紛争やその他の地政学的危機、気候変動や食料・エネルギーの危機、サイバーセキュリティなど人の生命を脅かすあらゆる危機がある。こうした複合的な危機は、皆が一様に影響を受けるわけではなく、特に社会的弱者が非常に大きな影響を受ける。しかしながら、必ずしもセーフティネットが十分に機能しているわけではなく、結果的に、社会的な不安や混乱が日本を含む世界中で広がりつつある。同時に、ウクライナ紛争やガザ紛争でも見られるように、G7を含めた国際社会は必ずしもこうした複合的危機に適切に対処できておらず、国連やG7に向けられる目は厳しさを増している。

このような中で、2023年まさに日本がG7の議長国となったが、世界をG7がどう導くかという絵姿を示し、それに対して、保健システムはどうあるべきかを示すかが問われていた。

 

G7伊勢志摩サミットの教訓

2013年から2014年にかけて西アフリカのギニア・リベリア・シエラレオネといった国々で、エボラウイルスの大流行が起きた。多くの尊い命が失われたというだけではなく、エッセンシャルワーカーの方々が亡くなったことにより基本的な日常サービスが立ち行かなくなり、経済的な損失も巨額となったことで、グローバルヘルスの議論を巻き起こす強いインパクトを持ったイベントであった。

エボラウイルス感染症の1点目の失敗は、感染症が国境を越えるリスクに関して、世界がうまく対応できなかったことである。2点目は、世界の公共財、例えば、この2014年当初はエボラウイルスに対するワクチンがなかった時代であるが、ワクチンや治療薬といった公共財が迅速かつ適切に供給されなかった。3点目が、効果的なリーダーシップがなかったことである。特に世界保健機関(WHO: World Health Organization)の初動の遅れ、意思決定の遅さや煩雑さが、構造的な課題として批判の的となった。

1998年にランセットに掲載されているかなり古い論文であるが、この当時既に、グローバルヘルスの役割はコア・ファンクションとサポーティブ・ファンクションに分かれるとする定義がされていた。コア・ファンクションは、いわゆる世界の公共財、ワクチンや治療薬の創出と、国境を越える外部性の管理であって、低所得国の支援、脆弱な人々への支援はあくまでもサポーティブ・ファンクションであると書かれていた。しかし、エボラウイルス感染症が流行した当時は逆で、むしろ低・中所得国の技術支援や脆弱層への支援がメインとなり、本来やるべきこと、すなわちコア・ファンクションをこれまで世界が注力してこなかったということが、当時非常に大きな議論となった。

エボラウイルス感染症の流行の直後、2016年のG7伊勢志摩サミットでは、WHOの役割の再定義を含めたグローバルヘルス・アーキテクチャ(GHA)を再構築する重要性と、さらに、平時の医療基盤を安定させてこそ有事対応ができるという信念のもと、公衆衛生危機の対応と並んでユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の推進を打ち出した。それから何年もの間、GHAや公衆衛生危機対応、UHCに関しては国際的な議論がなされてきたものの、結果的には2019年からのCOVID-19の大流行により未曾有の被害が発生し、国境を越える外部性の管理、公共財の創出、リーダーシップやガバナンスに関しても、未だ課題が山積しているということが、今日も議論として続いてきている。

 

G7広島サミットとその成果

そのような中で、G7広島サミットが2023年5月19日から21日に開催された。保健分野は今回、グローバルヘルス・アーキテクチャ(GHA)の構築・強化、より強靭・公平・持続可能なユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)、ヘルス・イノベーションの創出促進という、三本柱が掲げられた。基本的な柱は2016年のG7伊勢志摩サミットから大きな変化はないように見えるが、新型コロナウイルス感染症で国際社会がしてきた努力が不十分であったということが露呈し、もう一度原点に立ち返り、より具体的なコミットメントとして何をどう促進していけるのか議論をするという意味合いがあった。

(1)グローバルヘルス・アーキテクチャ(GHA)の構築・強化

まず、グローバルヘルス・アーキテクチャ(GHA)とは、パンデミックを含めた公衆衛生危機が起きた際に、どのように国際的な協力や連携をとるかということを意味している。

GHAが議論の俎上に上がっている経緯として、第1にWHOをはじめとする国際機関の限界がある。こうした国際機関の意思決定の主体は基本的に加盟国にある。何かを決める際に、(各国の)国益や政治的な思惑に意思決定が左右されるという構造的な課題を有している。2点目に、WHOは加盟国各国からの資金拠出で成り立っているが、実際には特定の地域や国単位で使途を限定していることが多い。WHOとして、例えばある分野横断的な課題に対して一定の予算規模でのプロジェクトを希望しても必ずしも潤沢な資金があるわけではない。3点目は、1点目と似ているが、加盟国の意思決定は国益のみではなく、国内世論への影響や国家の安全保障の観点からも決められる。例えば2021年に新型コロナウイルス感染症のワクチンが広く流通するようになったが、当時から、ワクチンの公平な配分については、先進国が買い占めず、アクセスを途上国も保てる枠組みをどう作っていくかという議論があった。しかし、日本においても2021年の春から夏にかけて国内世論がどうであったかというと、欧米に比べて日本のワクチンの接種が非常に遅いということで、当時はかなり政権に対して批判的な声が大きく、結果として日本も総人口以上のワクチンを確保することになった。このほか、グローバルヘルスで扱う課題の複雑性も年々増しており、医学的観点のみならず人権的な観点、経済的な側面への配慮が必要である。

このような構造的な課題はありつつも、ガバナンスの改善が必要ということが、GHAの議論の根底にある。ガバナンスに関して取り組むべきことはさまざまあるが、その中でもG7広島サミットが注力したのは国際的なルールメイキングで、とりわけ世界的に注目が大きい、パンデミック条約と国際保健規則(IHR: International Health Regulation)の見直しについて主に議論が行われた。

パンデミックが社会経済的にも大きな影響をもたらすことを踏まえて、パンデミックに対処するために何らかの法的な枠組みが必要という議論が新型コロナウイルス感染症の最中から起きており、2021年12月に、パンデミック条約を定めるための政府間の交渉会議が設置された。2024年の5月にこの条約の素案が出されることが決まっており、現在、活発な議論が行われている。主な論点としては、医薬品のアクセス、研究開発の促進や技術移転、ワクチンや治療薬を作るための病原体へのアクセス、サプライチェーンのあり方など多岐にわたる。低・中所得国と高所得国、それぞれ利害の異なるプレイヤーがどのように合意点を見出していくかが非常に大きな注目を集めている。

IHRとは各国が何か公衆衛生上の危機を見つけた際にはどのような対処をしなければならないかを細かく定めた規則であり、1951年から存在している(その後、何度かの改訂を経ている)。しかしながら、例えば、危機を報告することに対して加盟国側のインセンティブが存在せず、仮にIHRを遵守しない場合でも罰則はないなど、新型コロナウイルス感染症で、現行の規則が不十分ではないかという議論も並行して進んでいる。

パンデミック条約やIHRについては、G7だけで何か決めることができるものでは当然ないが、いずれまた来るパンデミックに対して、どのようなルール設定が必要かという点で一定程度、共通の方向性を出したことが、今回の広島サミットの一つの成果であると思う。

(2)より強靭・公平・持続可能なユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)

次に、より強靭・公平・持続可能なユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の推進である。UHCは、全ての人が適切な予防・治療・リハビリ等の一連の保健医療サービスを、金銭的な負担や負荷がなく受けられる状態を指す。UHCは皆保険制度と同義では決してないが、日本は1961年に皆保険を導入したことで、長期にわたって国際的にUHCを推進している。国際社会では、日本といえばUHC、UHCといえば日本というような認識が、既に出来上がっている。

2016年のG7伊勢志摩サミットの時点ですでに、日本が危機対応とUHCが両輪であるということを打ち出しているが、新型コロナウイルス感染症でも改めてその両者を合わせて推進することの必要性が明らかになった。検査体制や水際対策がうまくいったとしても、実際に患者が発生した際に彼らが金銭的な不安なく良質な医療にかかることができる体制がなければ、当然感染症対策全体として機能しないためである。また、新型コロナウイルス感染症が発生したことで、新型コロナウイルス感染症以外の感染症の予防接種や、本来維持すべき、例えば乳幼児健診・妊婦健診、(子ども向けの)基礎的な予防接種が遅れ、中には中止されてしまったという国もあった。UHCを国際的に主導する国が限られている中で、UHCの重要性を発信し続け、政治的なモメンタムを維持したことは、国際的に評価されていると思う。

具体的な貢献としては、G7はUHC関連で480億ドル以上、うち日本は75億ドル規模の資金貢献を表明した他、民間投資を呼び込む「グローバルヘルスのためのインパクト投資イニシアチブ(Triple I for Global Health)」を打ち出した。また、UHCを達成するためのアクションアジェンダや、UHCに関する研修や研究人材育成などをするような世界的なハブ機能の重要性を打ち出している。

UHCに関しては、2023年9月に国連ハイレベル会合が開催予定である。本アジェンダを引き続き強く推進していくことが、日本に対する非常に高い期待となっている。

(3)ヘルス・イノベーションの創出促進

新型コロナウイルス感染症発生以前から、イノベーションの促進や研究開発の議論は熱心に行われている。特にCOVID-19の流中を契機にワクチンや治療薬、検査薬がゲームチェンジャーになることがより明らかになったことで、2021年英国G7サミットで、英国が「100日ミッション」を打ち出した。これは、WHOが緊急事態を宣言してから100日以内に危機対応医薬品等(MCM: Medical Countermeasures)を上市するという目標である。日本は今回、自国で独自にワクチンや治療薬の研究開発ができなかったことから特に強い危機意識を有している。とりわけ、危機医薬品の確保は安全保障の問題とも直結する課題であり、自国の研究能力を強化するのみならず、同志国との連携の中で、有事においても国内での安定供給を図れる体制を構築することが課題である。また、そもそも世界規模のパンデミックの場合、大量生産するためには複数か国での連携が必要であり、グローバルな視点で考えると世界規模での研究開発や製造における連携、さらにはラスト・ワン・マイルまで公平に届けていくという視点が必要となる。

また、イノベーションというと、研究開発部分にだけ注目が集まりがちであるが、実際にはより幅広い部分が含まれる。いつどこでどういう感染症やウイルスが発生したのか、既存のワクチンに効果があるのか、どこまで治験が進んでいるか等、情報戦の部分が上流部分だとすると、中流部分が基礎研究・治験の部分となり、その後製造し、最後まで届けていくというプロセスが下流部分に相当する。この上流から下流まで非常に幅広い流れのそれぞれを対策していくことが、英国で提唱された100日ミッションの達成には必要である。

G7広島サミットでは、基本的には下流部分、MCMの公平なアクセスのためのビジョンやデリバリー・パートナーシップという、MCMをどのように、本当に必要な人にラスト・ワン・マイルまで届けていくかを打ち出している。今回の新型コロナウイルス感染症でも、日本はワクチンを空港で山積みして終わりではなく、国連児童基金(UNICEF: United Nations International Children’s Emergency Fund)や国際協力機構(JICA: Japan International Cooperation Agency)と協力して、ラスト・ワン・マイル支援を積極的に行ってきた。非常に日本らしい打ち出し方であると思う。

 

G7後の議論の焦点

今後の国際的な動向に関して2点付言する。一つは、2023年に実はUHC以外にも、パンデミックへの予防・備え・対応と結核に関する国連ハイレベル会合があり、2024年には薬剤耐性に関するハイレベル会合が開催される予定である。今回、日本がG7広島で打ち出したものが、どのような議論に繋がっていくかが注目である。

もう一つは、G20の動きである。2023年9月、まさにG20サミットがインドで開催される。先立って8月にはG20保健大臣会合が開催されたが、例えば気候変動、薬剤耐性も取り上げられている。創薬に関しても、低・中所得国の目線も含めて、技術移転や薬価の問題をどう促進・解決していけるかに視点が当たっている。また、医療DX(あらゆる医療サービスにおけるデジタル化の促進)などが非常に大きな議論となっている。これらのアジェンダが2023年のインドのG20や来年のブラジルG20で大きく進んでいくのではないか。

 

【開催概要】

  • 登壇者:坂元 晴香(HGPI シニアマネージャー/東京女子医科大学 准教授/東京財団政策研究所 主任研究員)
  • 日時:2023年9月6日(水)18:30-19:45
  • 形式:オンライン(Zoomウェビナー)
  • 言語:日本語
  • 参加費:無料
  • 定員: 500名

■登壇者プロフィール:

坂元 晴香(日本医療政策機構 シニアマネージャー)
医師、博士(公衆衛生学)。札幌医科大学医学部卒業後、聖路加国際病院で内科医として勤務。その後、厚生労働省国際課及び母子保健課に勤務。国連総会や、世界保健機関(WHO: World Health Organization)総会など各種国際会議へ日本代表として参加した他、2016年にはG7伊勢志摩サミットやG7神戸保健大臣会合の会合運営にも関わる。2014年には、世界銀行より奨学金を受けハーバード大学公衆衛生大学院にて公衆衛生学修士(MPH: Master of Public Health)を、2021年には東京大学にて公衆衛生学博士を取得。現在は、東京女子医科大学国際環境熱帯医学講座准教授、東京大学国際保健政策学教室特任研究員、WHO西太平洋事務局コンサルタント、東京財団政策研究所主任研究員を併任。

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