【開催報告】第119回HGPIセミナー「認知症の人を支える家族や介護者等に対する支援の充実に向けて-認知行動療法のテクニック-」(2023年9月19日)
今回のHGPIセミナーでは、慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室 特任講師の田島美幸氏をお招きし、認知行動療法の考え方を用いた、認知症の人を支える家族や介護者等への支援の在り方についてお話しいただきました。また、認知症の人を支える家族や介護者等の立場から、特別ゲストとして、2023年6月に認知症の人と家族の会の代表理事をご退任された鈴木森夫氏にもご登壇いただきました。
<POINTS>
- 家族介護者にはさまざまな負担がかかっており、その心理的なケアとして認知行動療法が有効である
- 応用行動分析の考え方では、認知症の方の「行動」だけに注目せず、認知症の方の「行動」を「状況(きっかけ)―行動―反応」の連鎖で理解し、介護者が「きっかけ」や「反応」を変えることで、「行動」に対処する
- 家族介護者の介護ストレスケアには行動活性化、認知再構成法、マインドフルネスなどの技法が活用される
- 認知行動療法を活用したプログラムはパッケージ化され、訪問看護や地域包括支援センターなど、さまざまな場所でプログラムが提供されはじめている
認知症の家族介護者向けに認知行動療法が必要な背景
日本における65歳以上の認知症の人の数は年々増えており、2025年には認知症の人が700万人、65歳以上の5人に1人が認知症と予測されている。それにともない、日本の認知症の社会的コストも2025年には約15兆円、2060年には24兆円と推計されている。その内訳は、医療よりも介護の比重が極めて高く、家族等が行うインフォーマルケアの占める割合は介護費に匹敵する規模である。要介護者からみた主な介護者の続柄では、配偶者や子などの同居家族による介護が半数以上を占めている。同居家族の男女比を見ると、女性が65%、年齢では60歳以上が70%以上を占めており、多くは女性かつ高齢の家族が介護を担っているという現状がわかる。さらに、認知症のある人を介護する家族をはじめとするインフォーマルなケアラーの約半数が不安やストレスを強く感じている。
認知行動療法と認知症の家族介護者向けのプログラムについて
認知症の家族介護者への心理的介入として、心理教育、カウンセリング、マインドフルネスおよび複合的介入などが行われているが、主なアプローチとして認知行動療法が用いられているのが近年の特徴である。認知行動療法はエビデンスが蓄積されており、ある程度パッケージ化したプログラムの提供が可能といった特徴がある。精神科領域の専門家でなくても、比較的使いやすいことから、さまざまな介入に用いられている。プログラムの提供方法として、個人やグループでの対面プログラムに加え、電話やオンラインによる面接、e-learningなどがある。
認知行動療法は、元々うつ病に対する精神療法として開発されたプログラムであるが、近年ではうつ病以外の精神疾患や身体疾患の治療にも活用されている。健康な人に対するストレス対処法の一環としても用いられており、家族介護者向けのプログラムもこれに該当する。認知行動療法のアプローチとしては、気分や行動は、ものごとの考え方や受けとり方、つまり認知によって影響を受けるということを前提として、認知を修正し、行動を変化させ、気分の改善を図っていく精神療法である。
認知症の家族介護者に対する認知行動療法を活用したプログラムとして最も有名な研究が、ロンドン大学で開発されたCoping strategy program (STrAtegies for RelaTives: START)プログラムである。このプログラムでは認知症の在宅家族介護者を対象とした大規模ランダム化比較試験を実施し、プログラムの効果を検証した結果、家族介護者のうつ・不安、QOLの改善や、介入による医療経済効果も報告されている。
プログラムの構成要素は大きく3つに分けられる。1つ目は、家族介護者に対して、正しい情報や知識を提供することである。認知症に関する疾患教育や、介護者のストレスの理解、活用できる社会資源の紹介などを行う。2つ目は、応用行動分析の視点から、認知症の方の行動を理解し、コミュニケーションの取り方を一緒に考えていくことである。3つ目は、介護ストレスケアに認知行動療法のさまざまな手法を活用することである。今回は2つ目の応用行動分析と3つ目の家族介護者の介護ストレスケアに焦点を当てて紹介する。
応用行動分析の視点~きっかけ(状況)-行動―反応の連鎖~
認知症の家族介護者ならではの悩みとして、「同じことを何度も言う」「財布を取られたと言う」などの認知症の人の「行動」がある。応用行動分析の考え方では、認知症の人の「行動」だけに注目せず、「状況(きっかけ)―行動―反応」の連鎖で理解する。家族介護者に対して、丁寧にヒアリングを行い、「行動」の背景にある様々な要因、認知症の症状や機能低下による影響や元々の性格などを検討し、認知症の人のその時々の気分や想いを踏まえて、「行動」を理解していく。原則として、認知症の人の言動を否定せず、安心できるようなアイコンタクトや話し方をするなど、接し方を工夫することで改善できることもある。
家族介護者の介護ストレスケア
介護場面で、家族介護者は、身体的負担、経済的負担、社会的負担、心理的負担など、さまざまなストレスに直面する。日本では、家族介護者の気持ちや思いをシェアしたり、誰かに聞いてもらったりする場がまだまだ少ないのが現状である。こうしたストレスケアの技法としては、認知行動療法でよく使われる行動活性化、認知再構成法、マインドフルネスなどが挙げられる。行動活性化は介護者自身、または介護者と認知症の人が一緒にできる健康行動(気分転換)をみつけて、意識的に生活に取り入れるアプローチで、家族介護者のストレス対処に有効である。認知再構成法はストレスを感じた際に浮かんでいた自分の考えに気づき、視野を広げて、色々な角度から自分を辛くする考えを見直してみるという技法である。マインドフルネスは、過去の経験や先入観などの雑念によって抑うつや不安になっている状態から抜け出し、今、この瞬間の体験に気づき、ありのままにそれを受け入れる技法である。
さまざまな場面での認知行動療法の展開
最近では日本でも、ロンドン大学のSTARTプログラムをベースにしながら、様々なプログラムが展開されている。例えば、訪問看護師が提供する家族向けの認知行動療法プログラムがある。これは、訪問看護師がパッケージ化したプログラムを習得し、通常の認知症の人へのケアに加え、家族介護者にストレスケアのプログラムを受けてもらうものである。この他には、地域包括支援センターで提供される集団形式の認知行動療法プログラムもある。家族介護者同士が、介護体験をシェアしながら、グループで認知行動療法を学んでいくプログラムである。現在はオンラインでも認知行動療法プログラムを提供している。このように認知行動療法を応用した家族介護者向けのプログラムは、さまざまな形で展開が可能になっている。
【開催概要】
- 登壇者:田島 美幸氏(慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室 特任講師)
特別ゲスト:鈴木 森夫氏(認知症の人と家族の会 前代表理事)
- 日時:2023年9月19日(火)18:30-19:45
- 形式:オンライン(Zoomウェビナー)
- 言語:日本語
- 参加費:無料
- 定員: 500名
■登壇者プロフィール:
田島 美幸 氏(慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室 特任講師)
東京大学大学院医学系研究科精神保健学教室博士後期課程修了(保健学博士)。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所(流動研究員)、国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター(臨床技術開発室長)等を経て現職。うつ病等休職者の復職支援、地域の自殺対策、東日本大震災後の被災地支援、認知症の家族介護者の支援などに認知行動療法のアプローチを応用する研究に取り組んでいる。
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