【開催報告】第64回定例朝食会「認知症とともによりよく生きる社会に向けたアクションプラン~VR認知症体験を手がかりに地域包括ケアの行方を考える~」(2017年10月27日)
慶應義塾大学大学院教授堀田聰子氏と株式会社シルバーウッド代表取締役下河原忠道氏をお招きし、定例朝食会を開催いたしました。
高齢化の進展に伴い認知症とともに生きる人々は増え続け、2025年には65歳以上の高齢者の5人に1人、約700万人にのぼると見込まれています。認知症とともによりよく生きる社会に向けたアクションプランは、世界各国で認知症国家戦略として進められています。今回の朝食会では、イギリスのDementia Action Alliance(DAA)について堀田氏よりお話いただきました。また、下河原氏からは、VRを活用した“認知症の一人称体験”を通して、認知症を一人称でとらえるための方策についての説明がありました。最後に、参加者によるグループで、「認知症の人にやさしいまちづくり」についてディスカッションを行い、認知症に関する理解を深めました。
講演の概要(堀田聰子氏)
■世界の潮流「認知症であってもよりよく生きる」
認知症は各国において国家戦略として施策の推進が行われている。認知症とともによりよく生きるという命題は、全世界において共通の潮流であり、目標は、認知症の人と家族のQOLの向上を手掛かりとしたすべての人に居場所と出番のある持続可能なまちづくりである。そのための共通のポイントは4点ある。
1.予防・医療・介護のレベルを高め、統合する仕組みづくり
2.人づくり
3.地域づくり
4.これらを支える研究
■イギリスの認知症国家戦略
イギリスでは、2009年に認知症国家戦略が立てられ、3つの基本理念と18の政策目標を挙げている。ここでも「認知症の人にやさしい地域づくり」は上位に位置している。これは、日本が新オレンジプランを立てるときにも参考にした考え方の一つでもある。イギリスの認知症国家戦略は、認知症の当事者の体験がどのように向上したのかという視点でみており、これを「I statement」として9つのアウトカムを設定している。ここが認知症サポーターの人数や認知症専門医の人数などのアウトプットを重視する日本との大きな違いである。当事者のIから始まる体験が変わるという尺度によって政策の進捗状況の評価を目指すのがイギリスの認知症国家戦略の特徴でこの動きに刺激をうけた世界各国でも、自分たちの視点で国家戦略を評価するという側面を強調するようになってきた。イギリスでは2015年に「2020年には全病院・介護施設が認知症当事者にやさしい療養環境にかかる指標に合致している」という目標を掲げている。また、アルツハイマー協会によるDementia Friendsが300万人に増え、約半数の施設が、Dementia Friendly community(DFC(認知症の人にやさしいまちづくり))の認証に向けて取り組んでいる。また、全産業が認知症当事者にやさしい憲章を策定し、認知症当事者にやさしいビジネスとなるように促されており支援を得ている。これは、地方政府の全階層が地域のDAAに加盟し、これらを国家戦略として推進するために、全国各地にDAAを普及させ、関係者が協働してよりよいまちづくりを目指していこうというのがイギリスが行った施策である。世界的にもDFCの推進にあたってその船としてのDAAは極めて注目を集めている。
■Dementia Action Alliance(DAA)とは
DAAはDFCを目的地として、あらゆるステークホルダーが乗る乗り物であり、DFCに向けて取り組んでいく方々が相互に学ぶことができる大学のようなものとしても位置付けられている。イギリスの各地で設置が推進されている。その例としてプリマス市とヨークシャー州を挙げる。
プリマス市は、早期診断研究の一環として認知症の当事者と家族に対するインタビューを行った。その結果、認知症当事者は、医療や介護の問題以外に移動や買い物などの日常生活において多くの困りごとを抱えていることが分かった。そこで、認知症当事者がプリマス市で認知症になってもよりよく生きることが実現できる具体策を10程度挙げて、この解決に向けて、市と大学の協働で対策を講じた。その課題解決に向けたアクションプランをそれぞれ推進し、最初に紹介した「I statement」の指標を用いて評価をしている。これには図書館も参加しており、認知症になっても楽しむことができる読書クラブを始めたりしている。また、バス会社は、降車場所が言えない認知症当事者に向けて赤いカードを発行した。カードに行き先を書けば運転手がその場所で認知症当事者の下車を促す。運転手は全員Dementia Friendsの取得者だ。このように、様々な領域がそれぞれのビジネスを活かした形で、認知症当事者の増加に伴う消費者行動の変化に対応すべく、アクションプランを作っている。
一方でヨークシャー州は、アクションプランを公的なセクターが終始整備していった。特に鉄道、州犯罪被害防止部局等、医療介護部門以外の公共セクターが積極的に動いている。さらに特徴として、取組み初期から研究機関が変わりエビデンスを収集しながら活動を推進している。これらは、認知症当事者の声を聴く機能も果たしている。
イギリスの事例は、認知症当事者にやさしいまちづくりに向けてDAAを各地域に立ち上げ、様々なセクターが参加し、それぞれのアクションを推進し、Iから始まるアウトカム評価をしている。認知症当事者が増えていく中では、産業界においては、お客様が認知症に影響を受けていくという事態を捉え、社会貢献という意味合いではなく、ビジネスにおいて自分たちの商品やサービスを選んでもらうためにできることを考えていく必要があり、憲章づくりを進めている。これは産業界においてできることを自ら議論し、認知症に関する取組の推進についてトップが署名するものである。このイギリスにおけるDFC認証の取組が日本でも展開できないか検討している。DFC認証はBritish Standards Insitutionのライセンスを経て関係団体が一緒に作っていく。この行動領域の中に医療や介護もある。しかし、8つある行動領域のうち医療や介護は一部であり、認知症当事者が困っているのは社会の側がそれに対応できてないからであると捉え、様々なビジネスセクターはそれに対応していかないと高齢・認知症社会の中で選んでもらえなくなる。この危機感からヒト・場所・プロセスなど認知症当事者の体験を改善するために進めていこうという動きは加速されようとしている。
VRによる認知症一人称体験(下河原忠道氏)
VRを用いた認知症体験により、認知症当事者が見ている世界を伝える「認知症一人称体験」を実施している。この体験をすることにより、認知症の視点からサポートができるようになることを願って開発した。VR認知症体験プロジェクトは各地で開催されており、なかには社内研修のプログラムとして導入している企業もある。また、教育機関においても学生向けに体験会を行っている。自身が経営するシルバーウッドが運営するサービス付き高齢者向け住宅「銀木犀」でも、VR体験会を行っている。
現在は、医学生、看護学生向けのコンテンツを制作していることもあり、若い世代へのアプローチも考えている。認知症は偏見が多いことから、「認知症当事者にとってやさしい世界とは何か?」という点を全国の中学生に広めて、若者たちから社会を変えていきたい。
この後、参加者は、「認知症になった時にあったらいいな」ということをテーマにグループに分かれてディスカッションを行い、発表しました。朝食会の前後で行ったVR認知症体験は、認知症当事者の世界を見ることができ、認識が変わったとの声もあり非常に好評でした。
■堀田 聰子 氏(慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科教授)
東京大学社会科学研究所特任准教授、ユトレヒト大学客員教授等を経て2017年4月より慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科教授。専門は人的資源管理・ケア人材政策。博士(国際公共政策)。現在社会保障審議会介護給付費分科会及び福祉部会、新たな支え合い・分かち合いの仕組みの構築に向けた研究会等において委員を務めるほか、医療介護福祉政策研究フォーラム理事・地域包括ケアイノベーションフォーラム事務局・人とまちづくり研究所代表理事等として、より人間的で持続可能なケアと地域づくりに向けた移行の支援及び加速に取組む。日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2015リーダー部門入賞。
■下河原 忠道 氏(株式会社シルバーウッド代表取締役)
株式会社シルバーウッド代表取締役、一般財団法人サービス付き高齢者向け住宅協会理事、高齢者住まい事業者団体連合会(高住連)幹事。1988年Orange Coast College留学後、2000年株式会社シルバーウッド社設立。薄板軽量形鋼造構造躯体システムを開発、特許取得に成功。同構造の躯体パネル販売開始。2011年直轄運営によるサービス付き高齢者向け住宅を開設。現在設計中の計画を含め、12棟の高齢者住宅の経営を行う。2016年VR認知症プロジェクト(認知症の一人称体験)開始。VR認知症体験会参加者は7,000人を越える。
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