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【HGPI政策コラム】(No.74) 「政策の『決め方』を考える意味~AI時代の政策形成過程について~」

【HGPI政策コラム】(No.74) 「政策の『決め方』を考える意味~AI時代の政策形成過程について~」

<POINTS>

  • 政策論は「中身」に関心が集まりがちであるが、「決め方」もまた中身と同じくらい重要な論点であり、AI時代においてその問いはより切実なものとなっている。
  • 誰もが精緻な政策案を生み出せる可能性を持つ時代であるからこそ、「良い」政策とは何かという価値判断の難しさを直視し、合意形成のための時間を引き受ける姿勢が求められる。
  • 「決め方」そのものを整えることもまた政策(構成的政策)の重要な領域であり、HGPIが2026年6月に発表した研究開発のPPIに関する政策提言にも、そうした提案が含まれている。

はじめに

政策論というと、その「中身」に関心が集まりがちである。しかし、「決め方」もまた、中身と同じくらい、あるいはそれ以上に重要な論点である。とくに今、AIの急速な発展のなかで、この「決め方」をめぐる問いはより重要になってきていると感じられる。日本医療政策機構(HGPI)は、2026年6月、政策提言「研究開発への患者・市民参画(PPI:Patient and Public Involvement)の実効性ある推進に向けて―疾患横断・省庁横断の体制整備に期待する―」を発表した。本コラムでは、提言の中身ではなく、提言を書く過程で改めて考えさせられた政策の「決め方」をめぐる問いについて、書き留めておきたい。

政策形成過程の「割り切れなさ」:「3つのI」

政策形成過程は、本来きわめて煩雑であり、どうにも割り切れない部分を多く抱えている。政治学では、政策の帰結を説明する変数として「3つのI」、すなわちIdea(理念)、Interest(利害)、Institutions(制度)が広く参照される。Ideaの次元では、何が「正しい」政策かをめぐり、世界観・道義的信念・因果的信念といった異なる種類の信念が併存する。Interestの次元では、利益を考える企業、選挙を見据える政治家、責任回避を志向する行政、足下の家計への影響を考慮する市民といった、各アクターが互いに相容れない利害を抱える。そしてInstitutionsの次元では、既存の法令や慣行も、政策変化を促すこともあれば、かえってそれを抑制することもある。これら3つの要素が絡みあうため、政策はそう簡単には決まらないし、決められない。政策形成過程は、こうした困難を引き受けながら、それでも妥協点と落としどころを探していく地道な営みなのである。

AI時代に問われる「良い」政策とは

ところが、AIの急速な発展は、こうした困難の捉え方を変えつつある。誰もが、これまでとは比較にならない速さで、細かな政策アイデアを生み出せるようになった。膨大な文献を参照し、先進国の事例を整理し、論理的に整った提言書を一晩で書き上げることも、いまや夢物語ではない。その中には、本当に「良い」案も含まれているかもしれない。

だが、ここで少し立ち止まって考えたいことがある。「良い」とは何だろうか。これは私がHGPIで活動する中で、日々問いかけていることでもある。誰にとっての良さなのだろうか。いま現在を生きるさまざまなステークホルダーにとって「良い」案であっても、それが将来世代に過大な負担を残すならば、果たして「良い」と言えるのか。さらに言えば、社会全体にとって「良い」ように見える案であっても、不利な立場に置かれた少数の人々の声を抜きに組み立てられたものであれば、本当に「良い」と評価できるのか。

AIが普及する時代に、細かな政策アイデアが量産されればされるほど、こうした価値判断の難しさは見えにくくなる。Ideaの対立、つまり「正しさ」をめぐる根本的な見解の相違が、「精度の高い案」のもつ論理的な完成度の高さに覆い隠されてしまう可能性がある。だからこそ今、政策の「正しさ」とは何かを、改めて問い直す必要があるのではないだろうか。

「正しさ」をめぐる2つの視点

「正しい」政策を考えるうえでは、視点を二つに分けてみると整理しやすい。一つは「中身が正しいか」、もう一つは「決め方が正しいか」である。しばしば法哲学的な議論では、前者は正当性(Rightness)、後者は正統性(Legitimacy)と呼ばれることがある。両者はそれぞれ独立した価値をもち、いずれを欠いても、社会に受け入れられる政策にはなりにくい。

AI、特にLLM(大規模言語モデル)の登場によって、中身の精緻化は格段に容易になり、AIによって生み出された政策提案も十分に「正当性」を持ったものになりうる。一方で、決め方の検討、すなわち合意形成の作業は、依然として人間が時間をかけて取り組まざるをえない領域である。「コスパ」「タイパ」が全盛の現代において、その時間は「無駄」なものに見えるかもしれない。しかし、合意形成は答えを一足飛びに出すための手続きではない。互いの利害を胸襟を開いて語り合い、相手の考えを受け止め、落としどころを粘り強く探っていく営みである。コスパやタイパの尺度では非効率に映るかもしれないその「面倒さ」こそが、多様な利害を抱える社会において意思決定を行うために、引き受けるべきコストであり、政策のもう1つの正しさ、「正統性」を担保するものである。

そして付け加えるのであれば、そこに政策形成過程の「面白さ」がある。一度提案したものを引っ込める、変える、時には無かったことにする、この一見無駄にも見える「人間らしい」営みにこそ、その意味があるのではないかと思う。

「決め方」を整えることもまた、政策である

そして、その「決め方」を整えることもまた、れっきとした政策である。政策は、新たな事業の創設や既存制度の改正のみを指すわけではない。「何を止めるか」を考えることも、誰がどのような場でどのように決めるのかを設計することも、政策の重要な領域である。政治学者ロウィ(Theodore J. Lowi)は、政策を分配・再分配・規制・構成の4類型に整理したが、このうち構成的政策(constituent policy)は、まさに政府の機構や手続きそのものの在り方を定める政策を指す。

冒頭に紹介した今回の政策提言が掲げる柱3(内閣府を念頭に置いた省庁横断的な推進体制の整備)も、この構成的政策の領域に該当する。具体的には、内閣府にPPIを所掌する幹部職員を配置し、研究者・患者団体・PPI支援組織等を構成員とする省庁横断的なワーキンググループを設置するという提案である。これは研究そのものの中身を規定するのではなく、研究をめぐる意思決定の場と構造を整えるためのものであり、構成的政策の一例として位置づけられる。

おわりに

AI時代の政策形成過程に求められるのは、中身の「それっぽさ」とその速さという誘惑に流されず、決め方の時間を引き受ける姿勢ではないだろうか。何を決めるかと同じくらい、どう決めるかを問い続けることは、これからの政策形成にとって不可欠である。HGPIは、非営利・独立の立場から、こうした問いを多様なステークホルダーとともに考え続けていきたい。

 

【執筆者のご紹介】

栗田 駿一郎(日本医療政策機構 シニアマネージャー)

 

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