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HGPI 政策コラム(No.7)―認知症政策チームより―

HGPI 政策コラム(No.7)―認知症政策チームより―

はじめに

前回のコラムでは、いわゆる「空白期間」について、日本の現状を紹介しました。
おさらいすると…、
「空白期間Ⅰ」
  認知症の違和感を覚えてから(疑い)鑑別診断(確定)に至るまでの期間
「空白期間Ⅱ」
  診断から介護保険サービスに至るまでの期間
の大きく2つの期間に分けて考えることができます。


ご紹介した先行研究では、特に「空白期間Ⅱ」が長いほど、家族への負担も大きくなることが明らかになりました。現在の日本の施策では、「認知症初期集中支援チーム」が主に空白期間Ⅰに対する支援として期待される一方で、空白期間Ⅱへの具体的な支援策の充実が今後の課題であるとお伝えしました。

今回のコラムでは、その空白期間Ⅱへの支援になり得るであろう、スコットランドにおける診断後支援制度(PDS: Post Diagnosis Support)についてご紹介します。スコットランドは、認知症の本人たちがSDWG(Scottish Dementia Working Group)を結成し、早くから社会に対して発言していることでも有名です。この診断後支援制度(PDS)も、SDWGからの要望があり実現しました。日本でも、その専門職の名称をとって「リンクワーカー制度」として注目を集めています。すでに京都府ではリンクワーカーの養成を始めているほか、福井県でも民間発のリンクワーカーを養成しようと動き出している市民団体もあります。

日本では「診断後支援制度」のみが注目されがちですが、私はその根底に「地域づくり」の理念があることが重要なポイントだと感じています。リンクワーカーという専門職を設置するだけでなく、地域拠点を中心としたDementia Friendlyな地域づくりへの取り組みを充実させています。地域拠点であるResource Centreを軸に、診断後の生活に必要な地域資源の掘り起こしや地域での啓発などの取り組みも行っています。そして、スコットランドの認知症施策から見た、日本への示唆についても考えます。


スコットランド政府と認知症国家戦略

スコットランドはグレートブリテン島の北部に位置するグレートブリテン及び北アイルランド連合王国の一部であり、ウェールズ、北アイルランドと共にその複雑な歴史的経緯からも、国家として連合国でもなく、完全に別の主権国家でもない、特殊な形態といえるでしょう。これまでも度々独立に向けた住民投票が行われるなど、イングランドからの独立に関する議論が常に政治アジェンダとして存在しています。2019年12月に行われた下院の総選挙でも、独立を公約の1つに掲げる地域政党である「スコットランド民族党(SNP: Scottish National Party)」が13議席を増やし、48議席を獲得するなど躍進を見せました。

スコットランドにも議会は存在し、1999年の誕生から今年で20年の節目を迎えています。憲法や安全保障、外交に関する事項を除き、医療・福祉・教育・司法をはじめとした事項については決定権を有するなど、イングランドから独立した形で運営されています。第2回のコラムで紹介した「スコットランドにおける認知症の本人とその介護者のための権利憲章(Charter of Rights for People with Dementia and their Carers in Scotland)」は、同議会で2009年に定められたものです。

2018年現在の人口は約540万人です。65歳以上の高齢者の割合は約19%で、認知症の人の数は約9万人と言われています。スコットランドではこれまで認知症国家戦略が3度作られ、現在は2017年に公表された第3次国家戦略の期間中です。戦略の詳細はここでは割愛しますが、この計画はスコットランド政府だけでなく、認知症支援NGOであるAlzheimer Scotlandも共同で作成しており、国家戦略を官民連携によってつくるという画期的な取り組みが行われています。


【写真:スコットランド議会 ※栗田が2019年9月に撮影】

 

診断後支援制度とは

続いてメインテーマでもある診断後支援制度(PDS)についてご紹介します。現地では、上述の通り「Post Diagnosis Support」と呼ばれ、国民が原則として公費負担により無料で医療サービスを受けることのできるスコットランド国民保健サービス(NHS Scotland: National Health Service Scotland)の公式な制度となっています。認知症の疑いのある人が専門医によって認知症と診断されると、診断後支援を提供する専門職であるリンクワーカー(Dementia Link Worker)が個々人に担当として配置されます。

地域で暮らし続けられるように、担当のリンクワーカーが、地域資源の発掘や紹介、その他利用可能なサービスの紹介を行います。また本人が認知症について理解し受け入れるための支援や、今後の認知症に伴う心身の変化についてあらかじめ想定した人生設計や家族・友人などの周囲との関わり方についてもアドバイスを行っています。

これまで何度かスコットランドに赴き、リンクワーカーへのインタビューなども重ねてきました。リンクワーカーによる支援は、利用者に応じてオーダーメイドで設計されています。「認知症の人が、自分自身の状態を理解し、そして将来に向けて自分の生活を想像し、自ら決定できるようになる」という目的に向かって、その人や家族の置かれた状況を踏まえて必要な支援を行っています。

リンクワーカーは現在、Alzheimer Scotlandに所属している人だけで76名おり、一人当たりの担当は約50~70名だそうです。彼らはリンクワーカーを専業としており、その他にも兼業として活動しているNHS所属のリンクワーカーもいます。


支援の軸となる「5 Pillar Model」

この診断後支援制度は、2011年にAlzheimer Scotlandが独自に開始したものがベースとなっています。2002年に結成されたSDWGを中心に、認知症の本人たちの中で当初から強い要望があったことも大きな理由だったそうです。

リンクワーカーはオーダーメイドの支援を強みとする一方、属人的、つまり担当するリンクワーカーによって支援内容や質に大きな差が出ることも課題です。そこでAlzheimer Scotlandでは、「5 Pillar Model」という理念を作り、これに基づいて研修やテキストなどの開発を行っています。

1. 地域社会との繋がりの支援
2. 当事者相互の助け合い
3. 将来のケア計画づくり
4. 病気を正しく理解し受け入れる
5. 将来の自己決定の計画づくり


【写真:5 Pillar Modelの図 ※Alzheimer Scotlandウェブサイトより】

下の写真は、リンクワーカーが認知症の人や家族への理解促進のために使うテキストです。若年性認知症の人向け、初期段階の認知症の人向け、ある程度認知症が進行してから支援を受ける人向けと、それぞれの状況に応じたテキスト構成になっています。


【写真:テキスト3冊 ※2017年7月の訪問時に入手】


ポイントは診断前からの「地域づくり」

Alzheimer Scotlandで取り組んでいる支援は診断後支援だけではありません。認知症支援の一連の流れを、その進行度合いに沿って表し、段階に応じた支援メニューを用意しています。


【写真:Patient Journey ※Alzheimer Scotlandウェブサイトより】

例えば診断前の段階では、Dementia Advisorと呼ばれるスタッフが、各地域でDementia Friendlyな地域づくりに向けて、各ボランティア団体や認知症カフェ、さらには行政や企業、学校など様々な地域資源の掘り起こしを行い、地域内のネットワーク構築を行っています。その他進行度合いを問わず、認知症に関わる地域住民からの相談にも応じており、ここでの相談をきっかけに専門医による診断につながることもあるそうです。またHelp Lineという24時間の電話相談窓口を設けており、ご本人や家族がいつでも相談できる体制を整えています。

こうした地域づくりの拠点となるのが、Alzheimer Scotlandが各地域に設置する「Resource Center」と呼ばれる施設です。非常にざっくりした言い方ですが、「認知症特化型の地域包括支援センター」だと思っていただければ良いかもしれません。中では、認知症カフェや地域住民の集まりなどが開催されるほか、地域の医療・福祉職の会議も行われます。またリンクワーカーはそれぞれResource Centerを拠点として活動しています。まさに地域の認知症支援の「ハブ」的な役割を果たしているのです。


【写真:Resource Center ※2018年11月訪問時に撮影】


まとめ

2回に渡り「空白期間」にフォーカスしてきましたが、今回はその解決策の一案ともいえる、スコットランドの診断後支援制度(PDS)を紹介しました。本制度のポイントは「自己決定」にあります。認知症の人や家族をどう支援するかということではなく、彼らが自らの生活を自己決定するにはどうするか、そのための障壁を取り除き、サポートするのが診断後支援制度なのです。

空白期間は、まさにこれからの生活設計をする大切な時期であり、この時期に「一方的な支援」ではなく、「自己決定できるための支援」が求められているのではないでしょうか。ヨーロッパは日本と比較して、全体的に自己決定権への意識が高いと言われていますが、私はスコットランドが先んじてこの制度をスタートした背景に、スコットランド自身の歴史と大いに関係があるような気がしてなりません。「自分たちのことを自分たちで決める」ということの尊さを彼らは無意識に自覚しているのではないかと思うのです。

日本でも認知症施策推進大綱が発表されて以降、これまで以上に、認知症の方の就労や社会参加について議論されています。しかし大切なことは、働くも働かないも、社会参加するもしないも、認知症の本人が、自分の置かれた状況を基に、どうしたいか、どう生きたいかを自ら決めることなのです。どこに住むか、どんな職業に就くかなど、これらは精神的自由権や身体的自由権、経済的自由権に含まれる基本的人権です。認知症の人も同じようにこうした基本的人権が尊重されるために、という視点で、求められる政策の姿を考える必要がありそうです。

2020年最初のコラム、少し原点に立ち返るきっかけになれば何よりです。


<参考文献>
栗田駿一郎(2017)『リンクワーカーが日本に示唆するもの』健康保険2017年11月号,p26-31
栗田駿一郎(2018)『認知症の早期診断・早期対応が「希望」につながる社会を目指して』日本看護連盟季刊誌アンフィニ2018年春夏号,p44-45
社会福祉法人東北福祉会認知症介護研究・研修仙台センター(2018)『認知症の家族等介護者支援に関する調査研究事業 報告書(認知症介護情報ネットワークウェブサイト)

 

【執筆者のご紹介】

栗田 駿一郎(日本医療政策機構 シニアアソシエイト/認知症未来共創ハブ 運営委員)


<HGPI 政策コラム(No.8)ー認知症政策チームよりー

HGPI 政策コラム(No.6)ー認知症政策チームよりー>

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