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【HGPI政策コラム】(No.13)-認知症政策チームより-国際社会の認知症政策の現在地

【HGPI政策コラム】(No.13)-認知症政策チームより-国際社会の認知症政策の現在地

<ポイント>

・2020年6月25日、ADIより各国の政策評価に関するレポート「From Plan to Impact III – Maintaining dementia as a priority in unprecedented times-」が発表された。

・認知症政策を国家的に策定している国は31に留まっている、これは2025年に加盟国の75%が政策策定を完了させるというWHOの目標から大きく遅れている。

・日本の認知症政策に対する評価は「5A」と良好で、より高い評価を得るには、財政措置や政策評価のさらなる改善が求められる。

 

はじめに

さて、このところのコラムでは、新型コロナウィルス感染症(COVID-19: Coronavirus Disease 2019)に関するテーマを扱っておりましたが、今回は本来のテーマである「認知症政策の国際潮流」に話を戻したいと思います。2020年6月25日に、国際アルツハイマー病協会(ADI: Alzheimer’s Disease International)から公表された「From Plan to Impact III – Maintaining dementia as a priority in unprecedented times-」(以下、ADI最新レポート)についてご紹介いたします。


ADI(Alzherimer’s Disease International)との連携について

ADIとは、1984年に設立された世界各国のアルツハイマー病協会の国際連盟組織です。日本では、公益社団法人認知症の人と家族の会が1992年にADIの日本支部として加盟し、英語名を「Alzheimer’s Disease Association Japan」としています。ADIは各国のアルツハイマー病協会が認知症の人や家族を支援する取り組みをサポートし、また好事例を世界で共有しながら国際社会の認知症に対する取り組みの底上げを図っているほか、認知症が政策課題としての位置づけを高めることができるようWHOと連携しながら各国政府に働きかけを行っています。

2004年10月には、日本で初めての第20回ADI国際会議が京都で開催されました。認知症の本人が登壇するなど画期的な国際会議となり、これを機に認知症の本人の考えを尊重することが基本であるとの理解が深まりました。この国際会議の直後の2004年12月、政府はこれまでの「痴呆」という呼び方を侮蔑的な表現として改め、「認知症」という用語を採用するなど、社会にも大きなインパクトを与えた年になりました。また2017年にも第32回ADI国際会議を再び京都で開催し、この時には日本医療政策機構代表理事で、認知症未来共創ハブ評議員でもある黒川清が、日本医療政策機構が実施した国際的な産官学の連携体制構築に向けた調査研究事業や、世界認知症会議(WDC: World Dementia Council)との連携について講演しました。


ADI「From Plan to Impact」について

ADI「From Plan to Impact」は、これまでに2018年、2019年と発行されており、今回のADI最新レポートが第3弾となります。一連のレポートは、WHOが2017年に公表した「Global action plan on the public health response to dementia 2017-2025」(以下、WHOアクションプラン)を受けて、その進捗をモニタリングすることを目的としています。
そのため、これらのレポートは、WHOアクションプランで示した「7 action areas」に基づき構成され、各章においてその進捗を評価しています。WHOが定めた「7 action areas」とその具体的な目標は以下の通りです。

【行動領域と目標】

1 認知症を保健医療政策上の優先課題とする
  1.1 WHO加盟国の75%以上が2025年までに、認知症に関する国の政策、戦略、計画、枠組みを策定または更新し、単独または他の政策・計画と整理統合を完了する

2 認知症の理解促進と認知症フレンドリーを促進する
  2.1 認知症共生社会を促進するために、WHO全加盟国が2025年までに認知症に関する啓発キャンペーンを少なくとも1回は実施する
  2.2 認知症共生社会を促進するために、WHO加盟国の50%以上が2025年までに少なくとも1つは認知症フレンドリー社会に向けた取り組みを実施する

3 認知症のリスク低減に取り組む
  3.1 リスク低減に向けて、「非感染性疾患の予防と管理のためのグローバル行動計画(2013-2020年)」で定められた関連するグローバル目標が達成され、今後の修正点について報告が行われる

4 診断・治療、ケアやその他支援を促進する
  4.1 WHO加盟国の50%以上が、認知症診断率50%を達成する

5 認知症の人を支援する人たちへの支援を促進する
  5.1 WHO加盟国の75%以上が、2025年までに認知症の人の家族や介護者向けの支援やトレーニングプログラムを提供する

6 認知症に関するデータ・情報システムを構築する
  6.1 WHO加盟国の50%以上が、2025年までに、2年に1度国の保健・社会情報システムを通じて認知症に関する標準的な指標に関するデータを定期的に収集できる体制を構築する

7 認知症に関する調査研究やイノベーションを促進する
  7.1 認知症に関する国際規模の研究成果を2017年から2025年に倍増させる


国際的な認知症政策策定の動向について

今回は「7 action areas」のうち、特に「1.認知症を保健医療政策上の優先課題とする」にフォーカスします。上述の通り、WHOアクションプランではWHO加盟国の194ヵ国のうち75%以上が、2025年までに何らかの政策・戦略・計画を策定することを求めています。しかしADI最新レポートでは、調査の結果として2020年6月時点で認知症に関する政策・戦略・計画を策定しているのは、わずか31ヵ国に留まっていることが明らかになりました。このうちWHO加盟国は27ヵ国で、全体の19%に留まっています。ADI最新レポートでは、今後2025年に目標を達成するには毎年26を超える新たな政策・戦略・計画の策定が必要と指摘しています。現在、何らかの政策・戦略・計画を策定済みもしくは策定中の国々は下表の通りです。

  
   図1

 

さらにADIは本レポートで、各国の政策・戦略・計画の内容もあわせてその進捗を評価しています。ステージ1からステージ5の大きな項目に加え、さらに各ステージにおいてより詳細な分析が加えられる場合には複数の段階を設け、下図の通りに分類しています。


   図2

 

本レポートでは日本についても1ページを割いて言及しています。「世界で最も高齢化の進んで国であり、40年以上認知症ケアや認知症政策の進展に取り組んでいる」と評価し、世界におけるリーダーシップにも期待を寄せています。その日本の政策への評価は「5A」で、最上位といえる「5B」まであと一歩のところに位置しています。日本同様の「5A」の評価を受けたのは、コスタリカ、キューバ、マカオ、シンガポールでした。その他「STAGE 5」のグループは下表の通りです。


   図3

 

さいごに

さて今回のコラムでは、ADIの最新レポート「From Plan to Impact III – Maintaining dementia as a priority in unprecedented times-」についてその一部をお伝えしました。ADIはレポートを通じて、COVID-19の状況下においても、認知症という公衆衛生課題の重要性が下がることのないよう、またCOVID-19によって影響を受けている認知症の人や家族への支援を充実させることの重要性を強く訴えています。またこうした状況下でも、中国、ドイツ、インド、アイスランドなどでは認知症政策の策定に向けて動きを続けており、こうした政府の動きを高く評価しています。

では、今後日本に求められる政策の方向性はどのようなものでしょうか。評価や格付けがゴールではないですが、わかりやすい基準の1つとして今回ADIが示した評価基準は参考にすることができます。日本が次のステップである「5B」を目指すには、財政措置や政策評価における改善が求められています。

研究開発の観点を例に取ると、2013年に開催されたG8認知症サミット(現在はG7)では、2025年に認知症を治療可能にすることを目標として掲げたほか、最終的に宣言や共同声明には盛り込まれなかったものの、各国が毎年認知症の社会的コストの1%を研究開発への投資に充てることが呼びかけられました。仮にこれを目標値とすると、慶應義塾大学の佐渡充洋氏の研究チームの試算では2014年の日本の認知症の社会的コストは約14.5兆円とされていますから、その1%に当たる約1450億円が1つの目安になります。(※1)しかし、OECDが2015年に公開した日本の認知症に関する研究開発への投資についてのデータでは、少し古いものの2012年時点で約2100万ドル(約16.5億円)と大幅な乖離が見られます。(※2)なお同時期の米国は約6億2500万ドル、英国が4900万ドルでした。今後は、日本としての研究開発投資の促進はもちろん重要ですが、限られた財源と人的資源さらにはデータなどを国際的に共有し、研究開発へ取り組むことが求められます。

また政策評価の観点では、より踏み込んだ目標設定が必要と考えます。これまでの認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)においても各目標値の設定や更新が行われており、また2019年に公表された認知症施策推進大綱においても目標値が設定されています。例えば、認知症サポーターは2020年度末までに1200万人を養成するとされていますが、各市区町村を通じて認知症の理解や啓発の進捗評価を行い、注力すべき年代やカテゴリを選定し、一歩踏み込んだ目標設定が期待されます。この点は、近年日本政府が統計改革と証拠に基づく政策決定(EBPM: Evidence Based Policy Making)を「車の両輪として一体的に進める」ことを目指しており、公共政策一般の喫緊の課題ともいえるでしょう。

 

※1:慶應義塾大学(2015)『認知症の社会的コスト』(https://csr.keio.ac.jp/research/societalcost/
※2:OECD (2015) Addressing Dementia: The OECD Response, OECD Publishing, p86-87(2012年のドル円レート平均(1ドル=78.82円)で換算)

 

【参考文献】
ADI (2020) From Plan to Impact III – Maintaining dementia as a priority in unprecedented times-
James Pickett (2019) The scale and profile of global dementia research funding, the lancet 2019 vol394, p1888-1889
Nick C Fox, Ronald C Petersen (2013) The G8 Dementia Research Summit–a Starter for Eight? , the lancet 2013 vol382, p1968-1969


【執筆者のご紹介】
栗田 駿一郎(日本医療政策機構 マネージャー/認知症未来共創ハブ 運営委員)


<HGPI 政策コラム(No.14)-メンタルヘルスチームより-

HGPI 政策コラム(No.12)-認知症政策チームより->

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