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【緊急提言】第3回「医療費の総額抑制見直し、安心と安全の医療を」

【緊急提言】第3回「医療費の総額抑制見直し、安心と安全の医療を」
日本の医療政策のキーパーソンに聞く「医療政策―新政権への緊急提言」。第3回は全国社会保険協会連合会理事長で、元厚生労働省医政局長の伊藤雅治氏にお伺いしました。

インタビューは、下記共通質問項目に沿って行われています。

<質問項目>
1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は?
2.課題解決を実現するための財源確保の方法は?
3.課題解決のため、課題解決のためにご自身が行っている、あるいは行おうとしていることをお聞かせください。
4.日本医療政策機構への期待やアドバイスを。
5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。

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1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は?

医療費総額抑制政策見直し

現在、医療の現場でさまざまな問題が起こっているのは紛れもない事実である。しかし、起きた問題の表層のみに目を奪われ各論ばかりに終始していては、根本的な問題解決にはおぼつかない。現状は、残念ながら、基本問題、根本問題は何かを問うことなく、明るみに出た問題をモグラ叩きのように次々に叩くことばかりに力が注がれ、医療問題への対処方針は「各論地獄」に陥っていると感じる。

大きな視点で見れば、さまざまな問題の多くが、小泉内閣以降の医療費総額抑制政策に端を発している。したがって、そこにこそ、問題解決に至る鍵があると思う。

次期総選挙で政権担当をめざす政党には、まず、医療費総額抑制政策の見直しを最重要課題と捉えてもらいたい。

医療提供体制の再構築

医療費総額抑制政策の見直しを前提に、各論としての医療体制の議論をすべきことは述べた。その際に大切なのは、医療体制には、「医療提供体制」と支払い制度を含めた「医療保険制度」の2つの柱があるとの認識を持つこと。医療提供体制と医療保険のそれぞれの課題の整理がなされたうえで、私は、直近の課題として、まず医療提供体制の再構築への各論的取り組みに期待したい。

医療提供体制においては今、医療機関機能集約化の停滞と、医師や看護師の人材不足が深刻となっている。両者の問題は密接に関係する部分があり、医療機関の集約化を進めれば、ある程度は拠点病院に余裕を持った人員配置が可能になるはず。拠点病院の機能充実も図れるであろう。

患者、市民が参加し議論(政策と財源をセットで議論する)

医療費総額抑制政策の見直しも、医療提供体制再構築も、それに必要な財源確保の具体策なしでは机上の空論である。

財源の問題とはつまり、負担の問題である。したがって、負担者である患者、市民が議論に加わるべきなのは自明と思う。

社会保障に関しては、社会保障国民会議が創設され、社会保障政策に関していくつかの選択肢が示されたが、医療ついては医療政策の基本的枠組みについて患者・市民代表も参画して議論する場がない。今のところ医療は、たとえば社会保障審議会の医療部会、医療保険部会、中医協で議論されている。これでは、負担と給付の関係を総合的に議論し、必要な負担増を国民に選択肢を示していく議論になりにくい。議論の場は、厚生労働大臣の下に「医療政策基本審議会」のようなものを設置するのがふさわしいだろう。

「医療基本法」の成立を

包括的な議論をするうえでのポイントは、具体的選択肢を示すことだ。そして、その選択肢は、十分に練られたものでなければならない。先ほども触れたが、先日の社会保障国民会議の提言のように、具体的な選択肢をいくつか提示した上で選択を迫るようなスタイルは非常に参考になると思う。

だが、具体的選択肢を示して提言するには、多様なステークホルダーが関係する医療政策の政策決定プロセスに医療提供者や支払い側に加えて患者・市民の参画を法律的に担保する医療基本法が必要だと思う。国民生活に必要な分野で市場原理のみに任せられないという点では医療と教育が代表的な分野だが、教育基本法があるように、わが国の医療政策の基本を規定する「医療基本法」の成立がもっとも重要な医療の課題だと考える。

2.課題解決を実現するための財源確保の方法は?

保険料の引き上げを

財源確保の基本は保険料の引き上げと思う。もちろん、保険料が払えない低所得層への対策をきちんと考慮するのが前提だ。日本の税制度は所得税を中心に据えた応能制度になっているが、医療に関しては窓口負担は応益制度に、そして保険料負担については応能的になっている。その基本を変える必要はないと思う。

イギリスのような国営医療への転換を推進するひともいるようだが、日本の場合、歴史的経緯を踏まえて考えれば、負担と給付の関係が明確になる社会保険制度のほうが受け入れやすい。したがって、まずは安心と安全の医療提供体制の選択肢を示して保険料率の引き上げをお願いするしかない。そのうえで、保険料でまかなえない部分に対して税を投入するという方式が現実的だと思う。

投入すべき税財源は、所得税であっても、消費税であってもかまわない。たばこ税増税は喫煙率低減に効果があることは海外でも実証されており、国民の健康には大いに寄与するはずだ。たばこ税の増加分が何に使われるかは明言されていないが、医療費にまわせば、税率アップに対する国民の理解も得やすいに違いない。

3.課題解決のため、行っている、あるいは行おうとしているアクションはありますか?

医療者が国民に問いかける動きを喚起する

行政担当者や政治家が「医療のために負担をお願いしたいのだが――」と問いかけをしても、いったいどれほどの国民が聞き入れてくれるのか。私は、そこに疑問を持ち始めている。国民が役所や政治家に向ける目の厳しさ、不信感が、問題解決の前進を妨げていると思う。

私は今、国民に医療問題を投げかけるべきなのは、行政や議員ではなく医療者自身ではないかと思っている。医療現場の問題を、医療者が自らの責任として明らかにし、問題解決のために必要な負担を医療者の願いとして発言し、訴え、理解を求める。それが本来あるべき姿なのではないかと思うのだ。

私が学会長を務める第7回日本医療経営学会(11月29日開催)においても、このテーマを扱う。医療危機が叫ばれる中で、医療提供者は何をすべきか、参加者に問題提起をするつもりだ。また「医療提供者と市民が一体となった医療問題への取り組みを」テーマに、患者代表、メディア代表、政策立案側の代表と医療提供者の、4つのステークホルダーの方々に参加いただいてシンポジウムを開き大いに議論、情報交換をする予定だ。

また、東大の医療政策人材養成講座(HSP)での共同研究をきっかけに、患者団体とともに「患者の声を医療政策に反映させるあり方協議会」を発足させた。そこでは、医療基本法成立をめざした活動もスタートした。自民、公明、民主の3党から議員に出席いただき、勉強会を計画しているところだ。

4.日本医療政策機構への期待やアドバイスを。

具体的取り組みへのアイデアの供給を

私は、日本医療政策機構のような機能を持つシンクタンクを各政党が持つべきと思う。医療政策に関しては、何をすべきかは見えているが、具体化するための方法論のアイデアが出てこないという現状だ。政党がシンクタンクを持っておらず、すべきことを現実化する術を見出せないでいる現状を踏まえれば、日本医療政策機構をはじめとする中立的なシンクタンクからのアイデアに大いに期待したい。

また、冒頭に触れた「各論地獄」から抜け出すためにも、私は、国の医療政策の基本を定める「医療基本法」のような法律の制定が不可欠と考えているが、その制定の中心的な役割を担い、基本法の必要性啓発や、法案の具体的な内容の詰めについても、日本医療政策機構に期待している。

5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。

「医療費の総額抑制政策を転換し、安心と安全の医療を確立」

振り返れば日本国民は、昭和30年代に国民皆保険制度ができて以降、医療へのアクセスについてはきわめて恵まれた環境ですごしてきた。しかも、幸運にも右肩上がりの経済成長と医療技術の進歩の歩調が重なっていたので、負担に関しても厳しい体験をしてこなかった。結果、国民にとって恵まれた環境が「当然」になってしまったことも、現在ある医療問題を引き起こした一因かと思う。

しかし現在は、高齢化社会が進み、経済も不安定になり、医療を財源問題抜きに語れなくなったという時代認識を、国民が共有しなければ、医療はもう立ちゆかない。もちろん、その共通認識のもとに議論にも加わっていただきたい。

行政担当者が、政治家が、医療者が、危機感を持って国民に医療の実態、そして課題解決の方法を訴えかけ、問いかけ、ともに考えるべきときがきているのだと思う。

■略歴■
昭和43年新潟大学医学部卒業、保健所勤務を経て、昭和46年厚生省入省。大臣官房審議官、保健医療局長、健康政策局長、厚生労働省医政局長を経て、平成13年退官。平成13年全国社会保険協会副理事長、平成15年より理事長。骨髄移植推進財団副理事長、日本医療機能評価機構副理事長を兼務。

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■伊藤雅治 著「医療白書2007年度版 第1部(4):セルフマネジメント力を基本に医療者との協働体制を構築」
■第12回日本医療政策機構 定例朝食会 伊藤先生ご講演「医療制度改革と社会保険病院の経営改革」

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「緊 急提言」シリーズはあらゆる分野の方々に幅広いご意見を伺うこととしております。当シリーズでインタビューにお答え頂いた方のご意見は、必ずしも当機構の 見解を代表するものではございません。

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