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【緊急提言】第2回「党を超えて医療政策にコンセンサスを!」

【緊急提言】第2回「党を超えて医療政策にコンセンサスを!」
衆議院の任期満了まで1年を切っています。いざ解散・総選挙となったとき、最大の争点は医療や年金など社会保障分野となるのは明らか。日本医療政策機構では、こうした状況を背景に、日本の医療政策のキーパーソンに「医療政策―新政権への緊急提言」と題したインタビューを行っています。

第2回は、中外製薬株式会社取締役社長であり、日本製薬工業協会常任理事、並びに当機構の相談役でもある永山治氏の登場です。


今回より、インタビューは下記のような共通の質問項目に沿って行われます。
<質問項目>
1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は?
2.課題解決を実現するための財源確保の方法は?
3.課題解決のため、行っている、あるいは行おうとしているアクションはありますか?
4.民間非営利のシンクタンクである日本医療政策機構への期待やアドバイスを。
5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。

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1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は?

社会保障費制度の在り方

後期高齢者医療制度では、実施までに十分な時間的余裕があったにもかかわらず、いざ実施となると大きな非難を浴びている。社会保障制度は複雑なため、どうしてもその内容は専門家の独壇場になりがちだが、制度を活用するのは全ての国民なのだから、その目線での説明が必要だ。超高齢社会を迎えて今後、社会保障制度をどうしていけばいいのか、若者から高齢者まで全員にわかりやすく現状と課題、及び方策を示し続けなければいけない。

昨今の不安定な政治状況をみると、本質論を丁寧に国民に示し続ける姿勢が与野党とも十分といえるか疑問である。各政党が選挙を意識するあまり、本質論議を避けて表面的な対策にばかり目を向けていないか。選挙対策用のマニフェストは、どうしても耳触りのよい項目ばかりが並んで、実態が国民に伝わりにくくなってしまう。

そもそも社会保障制度というものは、政権が変わるたびに議論が蒸し返され、方向性がなかなか定まらないのでは、持続可能で安定した制度を作りあげることは期待できないと私は思っている。社会保障制度を安定的なものにするための基本的な方向については超党派で十分議論をして合意するべきだ。そのうえで社会保障に関する正確な情報を国民に伝え、選挙においては制度維持や財源確保策について各政党が知恵を絞った案をマニフェストとして国民に示し、国民が選択をするのが望ましい。社会保障制度の在り方や財源確保についての方向性がしっかり示されないようでは、国民としても善し悪しの判断ができないだろう。

日本の医療を世界に誇れる姿に 

昨今、病院の医師不足による診療科の閉鎖や妊婦の受け入れ拒否事件など、医療崩壊が社会問題化しているが、日本の医師数は増加しているのになぜこのような問題が起こってしまうのか、丁寧に原因を紐解いて、対策を講じなければいけない。医師が診療行為だけでなく何でもこなしてきたこれまでの日本の医療現場は、専門家である医師の目が隅々まで行き届いて、国民皆保険制度とセットで世界に誇る質の良い医療を実現してきたが、全てを医師に頼る医療は、今、医師の疲弊を招き、限界にきている。

医療現場での医師の支援体制には欧米に見習うべき仕組みが多くある。また、増加する女性医師が子供を持ってもずっと働けるような環境整備も急ぐべきだろう。特定の診療科の医師不足の解消には、緊急避難的に海外の医師に門戸を開く規制緩和があってもいい。

政府はこれまで医師の過剰な増員は医療費増加を招くとして医師数の増加抑制策を講じていたが、方向転換して医学部の定員を増やすことになった。しかし、医学生が育つのに10年はかかり、目の前に迫っている問題の解決にはならない。増えたから減らす、減ったから増やす、という数合わせの議論でなく、医療の質に切り込む現場目線の対策が必要だろう。

医師は、医薬品の開発にとっても必要な専門家だ。海外に比べて日本ではまだまだ企業や行政の中で医薬品の開発に従事する医師が少なく、臨床研究に取り組む医師もまだまだ十分でない。ここ数年、製薬会社に入社する医師が徐々に増えている。臨床経験のある技術者を求める製薬会社としては歓迎すべき傾向だが、審査側を含めてもっとたくさんの医師がこうした形で活躍してほしい。

日本の医療現場の技術レベルは、世界の中でもきわめて高い。このような臨床の高い技術水準を医薬品の開発に生かさない手はない。日本はイノベーションで医薬品を開発できるインフラを持つ数少ない国の一つと言われているが、世界的な医薬品開発の拠点として、特にアジアを代表する拠点として整備することは、海外からの投資を呼び込むことにもつながり、同時に、日本から世界に発信される画期的新薬が増えることで、日本経済にも大きく貢献するはずだ。海外との競争によって、臨床研究、産業振興の両面で日本の「技術」はさらに伸ばせるだろう。しかし、世界の動きは非常に速く新興国の追い上げも急だ。油断して立ち止まれば流れに乗り遅れてしまう。


2.課題解決を実現するための財源確保の方法は?

税(消費税、その他)

日本の医療費の財源は、税金と保険料と自己負担の3つで成り立っている。国民皆保険の基本形は社会保険なので保険料の比率が一番大きいが、これまで保険料も自己負担も少しずつ増やしてきて、どちらもほぼ目一杯に達しているのではないか。特に、自己負担は3割もあり、これが4割、5割となるようでは、保険としての機能に疑問の声が上がるだろう。雇用主に負担を求める方法では、社保、国保、政管健保という全体の体制に対応できない。つまるところ皆保険という性格からして、税の投入によって医療制度の運営を安定化させるという提案が、最も国民の同意を得やすいのではないか。

たばこの税率を上げる議論や、特別会計にメスを入れてひねり出す議論もあるが、安定財源になりうるかというと心もとない。将来的な医療費の需要に連動して安定的な財源を確保できる税の仕組みをきちんと考えていくべきだろう。

医療費の総額を抑制して乗り切ろうとする考え方もあるが、高齢者が増えれば需要が増えて医療費が増えるのは必然である。さらに、これまで治すことができなかった疾病を治すための医療の技術革新が進めば当然医療費は上がる。技術革新によって高齢者を含む国民全体の生活の質(QOL)が向上することになるにもかかわらず、一律で医療費の増加を押さえ込めば、医療技術のイノベーションの芽を摘むことにもなる。また、税を投入する前に医療の無駄をなくせとの指摘もあるが、健康保険証さえあれば、いつでも、どこでも、誰でも平等に医療を受けられるという国民皆保険制度の下では、何が無駄かを特定することは難しく、また患者個々の自己責任とのバランスを考慮する必要があると思う。

医療費の財源としては、消費税に期待する声が多いが、そもそも税制とは国の経済成長を高めるためのものであり、医療に限らず、税制全体を抜本的に見直す大議論が必要だ。その場合、不毛な議論に終わるのを防ぐために期限を設け、「いつまでに、誰が、何を」が、しっかり示されないといけない。


3.課題解決のため、行っている、あるいは行おうとしているアクションはありますか?

自分の考えを機会をとらえて主張する

政治家の方とお話しする機会や、多くの人の前で医療について語らせていただく際には、自分の考えを可能な限り披露するよう意識している。

大切なのは、ひとつひとつのテーマに関する議論の輪を広めること。問題提起や政策に関しては、個人がいかに声高に叫ぼうと、往々にしてかき消されてしまいがちだ。私自身、以前からチャンスがあるたびに「現場の医師は疲弊している」と主張してきたが、論破されるというより、さまざまな意見や情報の中で主張が「かき消された」との実感を強く持っている。
医療に関するそれぞれの問題に多くの人々が関心を持ち、さまざまな意見が埋もれることなく表に出ることで、議論が盛り上がっていくことを期待している。


4.民間非営利のシンクタンクである日本医療政策機構への期待やアドバイスを。

国民と事実をシェアして議論できる場を

現状では厚生労働省が情報の多くを保有している。まずは、彼らが持っている情報を、各党や国民に平等に伝えるような活動をしてほしい。与野党を超えて、医療の専門家や国民の代表者など、あらゆるステークホルダーが情報を共有し、それをもとに開かれた議論をする場はきわめて有意義だ。日本医療政策機構の「医療政策サミット」などはそれを具現化した例だろう。そのような場を提供できるという意味で日本医療政策機構のような組織の存在は貴重であると思う。

また、医療の「国民体育大会」ではなく「オリンピック」を開催してもらいたい。すなわち、日本が「国際競技場」となり、海外から医師や医療技術者、研究者が集まり、医療の技術や仕組みを開発し、海外に向けてアピールする場をつくれば、日本発の医療技術や制度が国内はもとより世界を牽引するものになっていくだろう。医療政策についていえば、どんどん海外から参加者を招いてグローバルな議論をしていくことで、新たな政策立案のヒントも得られるだろう。


5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。

党を超えて医療政策にコンセンサスを!

医療政策に関して最終的な決定をするのは国民だが、医療制度と財源の問題を整理して判断をくだすには、きわめて高度な知識と正しい情報が必要だ。本来、それらをわかりやすく噛み砕いて国民に伝え、問題点を明らかにしつつ対策を示すのが政治であり、与野党を問わず政治家の役割は大きい。

しかし、国民自身の情報にもかかわらず、患者本人に対する情報公開の仕組みさえ十分ではなく、政治家やマスコミも、十分な情報を持っていないために、国民に対して分かりやすい説明ができない、国民も情報不足で判断できない、というのが現状だと思う。

納得のいく情報が十分行きわたらない状況を打破するためには、事実や正確な情報が国民に流れる仕組みを早急に整備すべきだ。議論するのに必要な情報なくして意義のある結論を導き出すことはできない。そこでキーワードとしては、「情報公開」がひとつ挙げられるだろう。

しかし、命にかかわる医療問題が緊急案件化している今日、それ以上に重要なキーワードがある。人間は誰しも年をとり、一生の中で必ず医療のお世話になる。今起きている医療問題は立場に関係なく、すべての日本人が直面する問題であり、そこに党利党略を持ち込んでは、国民全体が不幸になってしまう。したがって、私は国民の生活を守る使命を負った政治家の皆さんに、医療に関する政策については「党を超えたコンセンサス」をとる努力をしていただきたいと強く願っている。

■略歴
永山 治
中外製薬株式会社取締役社長
日本製薬工業協会常任理事

昭和22年4月21日生まれ、46年3月慶應義塾大学商学部卒業、同年4月日本長期信用銀行入行、50年4月ロンドン支店勤務、53年11月同行退行、中外製薬入社、58年2月営業本部部長兼国際事業部部長、60年2月開発企画本部副本部長兼事業企画部長、3月取締役開発企画本部副本部長兼事業企画部長、61年2月取締役薬専事業部副事業部長、62年3月常務取締役、平成元年3月取締役副社長、4年9月取締役社長(現任)、10年5月日本製薬工業協会会長就任、12年5月日本製薬団体連合会副会長就任。また、平成6年4月から平成7年度まで東京大学経済学部非常勤講師「産業事情・医薬」講座担当。

日本の製薬業界では屈指の国際派として知られる。製薬産業がこれからの日本の戦略産業のひとつとして極めて重要であり、我が国に人、技術、企業、資本が集まり、切磋琢磨する”国際競技場”のような場を国家レベルで整備すべきであるとする独自の「製薬産業論」を提唱。自社においては、グローバル競争が激化し、業界再編の波が押し寄せる中、2002年10月、他社に先んじてスイス・ロシュ社との戦略的アライアンスを締結し、グローバル競争基盤を飛躍的に強化することに成功した。

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「緊 急提言」シリーズはあらゆる分野の方々に幅広いご意見を伺うこととしております。当シリーズでインタビューにお答え頂いた方のご意見は、必ずしも当機構の 見解を代表するものではございません。

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