【緊急提言】第1回「医療制度改革―現実見極め基本法制定を」
日付:2008年10月30日
解散・総選挙が先送りになったものの、衆議院の任期満了まで1年を切っています。政権選択選挙が迫る中、各種世論調査によれば、国民が最も高い関心を寄せるのが医療や年金などの社会保障分野です。
日本医療政策機構では、このような中、日本の医療政策のキーパーソンに「医療政策―新政権への緊急提言」と題したインタビューを行っています。第1回目となる今回は、当機構代表の黒川清がおこたえします。
黒川清
(政策研究大学院教授/日本医療政策機構代表)
「医療制度改革―現実見極め基本法制定を」
医師不足や救急医療体制の問題に打開策が必要との声が高まるなか、舛添厚生労働相は「安心と希望の医療確保ビジョン」の策定を始めた。大臣主導で識者を集め、先月、具体化に関する中間とりまとめが公表されたが、内容に疑問を持った。現状の具体的な分析や長期的なビジョンがなく、基本的には「医師数の大幅増」という量的拡大に頼ろうとしている。日米の医療現場に40年以上かかわり、安倍内閣の特別顧問として、国民の健康作りの施策に助言してきた経験から、苦言を述べたい。
■医師不足対策には体系的な取り組みを
中間とりまとめでは、「50%程度医師養成数の増加を目指す」とあるが、どのように養成し、配分するかを示していない。社会状況を考慮せず、単に医師を増やすだけでは問題は解決しない。国民1人当たりの医師数を増やすと同時に、体系的な取り組みが必要だ。
まずは医師の地理的な偏在だ。10万人当たりの医師数は、最大の京都府は292人、最小の埼玉県は142人と、2倍以上の差がある。現在、病院ごとに定員はあるが、都道府県など地域の枠組みでの定員は考慮されていない。研修医の定員を地域の実情に応じて設定すれば、かなり解消できる。研修医は2年目以降、無医地区での診療を数カ月程度、義務づければ、研修医の経験の幅を広げ、無医地区解消にもつながる。
■専門医の資格要件など根本から見直せ
医師の診療科別の偏在は、広く知られるようになった。外科や産婦人科で医師が足りない一
方、精神科や形成外科などでは医師は増加している。国民に必要とされる医療を提供するには、医学界自らが専門別に定数を配分し、資格要件を明確にするなど、医師の養成制度を根本的に見直す必要がある。私は米国の大学病院で15年過ごしたが、医師は研究者、教育者でもあり、常に学び合い、切磋琢磨することで強い責任感を築いていた。専門医になる訓練や要件の厳しさを見習うべきだ。
■医療提供体制にも大きな改善の余地
医療の提供体制にも改善の余地がある。日本は他の先進国に比べてベッド数が極端に多いが、似たような医療機関が狭い地域に密集し、地域別の配分が悪い。都道府県を基本にした医療計画にもとづき、病院間での診療科や施設の重複を解消し、質の高いバランスのとれた配置にするべきだ。このことを通じ、国民1人当たりの医師数が増え、医師の労働環境も結果として改善できる。このような医療計画は、今回の妊婦のたらいまわしのようなケースの防止策としても有効だろう。医師の数ばかりではなく、医療提供システムと運営の改革も進められる。
■メディカルスクールの議論を
以上は、私論ではあるが、中間とりまとめには、こうした現状認識や改革の方法論についての具体策がほとんどない。審議に招かれた多くの専門家は、現場の切実な声を訴えたはずだ。
国民にとって重要なのは、単に医師数が増えるだけではなく、質の高い優れた医師が増えることだ。専門性のみならず、社会経験など多様な経歴と高い目的意識を持った総合的な判断能力を持った医師の養成が必要だ。カナダ、米国で定着し、豪州、韓国にも広まった「メディカルスクール」は、医学部卒でなくても、大学卒業後に医師を目指して4年制の医科大学院へ進学できる制度だ。日本でも推進する好機だ。
■今こそ、「医療基本法」を制定せよ
医療が国民の関心を集める今こそ、個別の問題への場当たり的な政策ではなく、医療の基本理念を定める新たな「医療基本法」の制定に取り組む絶好のタイミングでもある。
■本記事は2008/10/30朝日新聞朝刊17面「私の視点」に掲載された記事をベースにしております。
■略歴
黒川 清
政策研究大学院大学教授
日本医療政策機構代表理事
東京大学医学部卒業。同大学院医学研究科修了(医学博士)。69年-83年在米。ペンシルバニア大学医学部生化学助手、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部内科助教授、南カリフォルニア大学医学部内科準教授を経て、79年UCLA医学部内科教授。その間、カリフォルニア州医師免許、米国内科専門医、同内科腎臓専門医免許取得。83年帰国し、89年東京大学医学部第一内科教授。96年東海大学教授、医学部長、総合医学研究所長、97年東京大学名誉教授。2003-2006年日本学術会議会長、内閣府総合科学技術会議議員。06-07年イノベーション25戦略会議座長。WHOコミッショナーをはじめ国際科学者連合体の役員、委員を務め、幅広い分野で活躍。
主な著書に「医を語る」「日本の選択 考えるエッセンス」(いずれも共著、西村書店)、「世界級キャリアのつくり方」(共著、東洋経済新報社)、「大学病院革命」(日経BP社)、「イノベーション思考法」(PHP研究所)
黒川清ブログ www.KiyoshiKurokawa.com
日本医療政策機構では、このような中、日本の医療政策のキーパーソンに「医療政策―新政権への緊急提言」と題したインタビューを行っています。第1回目となる今回は、当機構代表の黒川清がおこたえします。
黒川清
(政策研究大学院教授/日本医療政策機構代表)
「医療制度改革―現実見極め基本法制定を」
医師不足や救急医療体制の問題に打開策が必要との声が高まるなか、舛添厚生労働相は「安心と希望の医療確保ビジョン」の策定を始めた。大臣主導で識者を集め、先月、具体化に関する中間とりまとめが公表されたが、内容に疑問を持った。現状の具体的な分析や長期的なビジョンがなく、基本的には「医師数の大幅増」という量的拡大に頼ろうとしている。日米の医療現場に40年以上かかわり、安倍内閣の特別顧問として、国民の健康作りの施策に助言してきた経験から、苦言を述べたい。
■医師不足対策には体系的な取り組みを
中間とりまとめでは、「50%程度医師養成数の増加を目指す」とあるが、どのように養成し、配分するかを示していない。社会状況を考慮せず、単に医師を増やすだけでは問題は解決しない。国民1人当たりの医師数を増やすと同時に、体系的な取り組みが必要だ。
まずは医師の地理的な偏在だ。10万人当たりの医師数は、最大の京都府は292人、最小の埼玉県は142人と、2倍以上の差がある。現在、病院ごとに定員はあるが、都道府県など地域の枠組みでの定員は考慮されていない。研修医の定員を地域の実情に応じて設定すれば、かなり解消できる。研修医は2年目以降、無医地区での診療を数カ月程度、義務づければ、研修医の経験の幅を広げ、無医地区解消にもつながる。
■専門医の資格要件など根本から見直せ
医師の診療科別の偏在は、広く知られるようになった。外科や産婦人科で医師が足りない一
方、精神科や形成外科などでは医師は増加している。国民に必要とされる医療を提供するには、医学界自らが専門別に定数を配分し、資格要件を明確にするなど、医師の養成制度を根本的に見直す必要がある。私は米国の大学病院で15年過ごしたが、医師は研究者、教育者でもあり、常に学び合い、切磋琢磨することで強い責任感を築いていた。専門医になる訓練や要件の厳しさを見習うべきだ。
■医療提供体制にも大きな改善の余地
医療の提供体制にも改善の余地がある。日本は他の先進国に比べてベッド数が極端に多いが、似たような医療機関が狭い地域に密集し、地域別の配分が悪い。都道府県を基本にした医療計画にもとづき、病院間での診療科や施設の重複を解消し、質の高いバランスのとれた配置にするべきだ。このことを通じ、国民1人当たりの医師数が増え、医師の労働環境も結果として改善できる。このような医療計画は、今回の妊婦のたらいまわしのようなケースの防止策としても有効だろう。医師の数ばかりではなく、医療提供システムと運営の改革も進められる。
■メディカルスクールの議論を
以上は、私論ではあるが、中間とりまとめには、こうした現状認識や改革の方法論についての具体策がほとんどない。審議に招かれた多くの専門家は、現場の切実な声を訴えたはずだ。
国民にとって重要なのは、単に医師数が増えるだけではなく、質の高い優れた医師が増えることだ。専門性のみならず、社会経験など多様な経歴と高い目的意識を持った総合的な判断能力を持った医師の養成が必要だ。カナダ、米国で定着し、豪州、韓国にも広まった「メディカルスクール」は、医学部卒でなくても、大学卒業後に医師を目指して4年制の医科大学院へ進学できる制度だ。日本でも推進する好機だ。
■今こそ、「医療基本法」を制定せよ
医療が国民の関心を集める今こそ、個別の問題への場当たり的な政策ではなく、医療の基本理念を定める新たな「医療基本法」の制定に取り組む絶好のタイミングでもある。
■本記事は2008/10/30朝日新聞朝刊17面「私の視点」に掲載された記事をベースにしております。
■略歴
黒川 清
政策研究大学院大学教授
日本医療政策機構代表理事
東京大学医学部卒業。同大学院医学研究科修了(医学博士)。69年-83年在米。ペンシルバニア大学医学部生化学助手、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部内科助教授、南カリフォルニア大学医学部内科準教授を経て、79年UCLA医学部内科教授。その間、カリフォルニア州医師免許、米国内科専門医、同内科腎臓専門医免許取得。83年帰国し、89年東京大学医学部第一内科教授。96年東海大学教授、医学部長、総合医学研究所長、97年東京大学名誉教授。2003-2006年日本学術会議会長、内閣府総合科学技術会議議員。06-07年イノベーション25戦略会議座長。WHOコミッショナーをはじめ国際科学者連合体の役員、委員を務め、幅広い分野で活躍。
主な著書に「医を語る」「日本の選択 考えるエッセンス」(いずれも共著、西村書店)、「世界級キャリアのつくり方」(共著、東洋経済新報社)、「大学病院革命」(日経BP社)、「イノベーション思考法」(PHP研究所)
黒川清ブログ www.KiyoshiKurokawa.com
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