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【緊急提言】第7回「公的医療の範囲と負担、国民みんなで議論を」

【緊急提言】第7回「公的医療の範囲と負担、国民みんなで議論を」
その時期が注目されている衆議院の解散・総選挙にあって、最大の争点と考えられるのが医療政策。当機構では日本の医療政策のキーパーソンに「医療政策―新政権への緊急提言」と題したインタビューを行っています。

第7回にご登場いただくのは、東京大学大学院経済学研究科教授の吉川洋氏。今年11月に出された社会保障国民会議の最終報告が各界で大きな話題となりましたが、吉川氏はその会議の座長でもあります。
 
インタビューは、下記共通質問項目に沿って行われています。


<質問項目>
1.医療政策における重要課題は?
2.課題解決を実現するための財源確保の方法は?
3.課題解決のためにご自身が行っている、あるいは行おうとしていることをお聞かせください。
4.日本医療政策機構への期待やアドバイスを。
5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。

1.医療政策における重要課題は?

医療(入院)と介護の関係の整理

日本の医療・介護体制を長期的な視点から見ると、医療――とりわけ入院――と介護との連携に課題がある。11月4日に発表した社会保障国民会議の「最終報告」では、こうした観点から、高齢化の影響に加えて、医療・介護サービスにつきあるべき効率的な提供体制が実現したケースを前提にして、シミュレーションを行った。あるべき効率的な提供体制とは、病院はあくまで急性期の治療に専念する場所とし、高齢者の中長期的なケアはできる限り病院の外で行う「介護」として捉えるものである。

地域における医療連携の推進

私は社会保障国民会議座長という立場上、医療関係者から医療現場の現状について話をうかがう機会が多い。医師との会話、とりわけ勤務医の方の経験談を通して、医療施設と地域の連携をより良くするための取り組みが必要だと実感している。もちろん、そこには病院と診療所の連携も含まれる。

最近、東京都内で妊婦のたらい回しという不幸な事故が起きた。これを受けて東京都知事が、開業医に病院産科のサポートを要請するにいたったのは、病院と診療所の連携の必要性を表す象徴的な例だと思う。

日本で医療連携が進まないのは、通常の病院へのアクセスが良すぎる点に一因があると言う識者もいる。‘アクセスフリー’のしわ寄せが、いざというときの受け入れ体制を脆弱にしているのかもしれない。医療施設と地域の連携、病院と診療所の連携。それらの推進は、診療報酬体系とセットで考えることが有効だろう。

医療と患者の関係の再構築

「医療と患者の関係」の再構築は、社会保障国民会議座長の立場としてではなくわたくしの純粋な個人的意見だ。私は、医師、医療者と患者の関係が、今、危うい状況にあると感じ、憂えている者のひとりだ。

モンスターペイシェント、そして、その背景に見え隠れする医療訴訟の問題が、多くの医師の頭を悩ませていると聞く。友人の医師から、自分が勤務する病院の夜間救急に搬入されてくる患者の4割が単なる「酔っぱらい」だと聞いて驚くと同時に、現場の医師たちの苦労に胸が痛んだ。

何か事が起きたときに、医療事故か医療過誤かを判定する医療事故調査委員会の設立が検討されている。法整備も含めて医療提供者と患者の関係を確立することが望まれる。医師も人間、当然エラーはありうる。罰せられるべき悪質なケースもあると思うが、そうでない多くのケースで医師が必要以上に悩み苛まれるのであれば、それは結局「医療崩壊」を通して患者に返ってくる。

いずれにしろ、社会全体が、医療関係者に感謝する気持ちを持たなければ、医療の諸問題の解決は始まらない。医師がしっかりとした仕事を成し遂げたなら、患者は「ありがとう」と言うべきであるし、言える環境であってほしい。もちろん、医療提供側の情報開示が十分でなかったなど、国民の信頼を少しずつ失ってきた経緯はある。

しかし、だからこそ急ぎ両者の関係を整理して再構築しなければ、取り返しのつかない事態になる。医師が安心して働ける、そして国民が安心して医療を受けられるルールづくりが必要だ。


2.課題解決を実現するための財源確保の方法は?

医療保険 + 税金

医療に関する財源は、基本的に公的な医療保険とすべきと思う。ただ、現実論として、保険料の引き上げを青天井と考えるのは、無理がある。最近も大手企業の組合健保が解散し、政管健保に移管される事例が報告されている。まさに保険料引き上げに対する、わかりやすい「NO」の姿勢の表れと言えるだろう。このような動きは、今後、ますます広がる可能性もある。

保険料引き上げで充当できない分は、税金を投入するしかない。相当な額になるとは思うが、とにかく公費、税金を投入するかたちで、医療保険、介護保険を支える以外に手段はない。


3.課題解決のためにご自身が行っている、あるいは行おうとしていることをお聞かせください。

政策議論における交通整理

私たち経済学者の役割は、医療政策の議論における交通整理に尽きるだろう。

政策決定とは、突き詰めれば価値判断だ。最終的には、国民の価値観に沿って判断され、決定されるべきだと思う。問題は、その途上で議論が錯綜すること。少なくとも誤解にもとづいた百家争鳴は、国民の益とはならない。したがって私たち学者は、その交通整理に力を注ぐべきと思っている。


4.日本医療政策機構への期待やアドバイスを。

国民への正しくわかりやすい情報の提供

テーマがなんであれ、何がしかの判断を下すには正しい情報が必要だ。特に医療は複雑であり、問題を理解し、解決策を見出すには正確な情報が必須と言える。

国民は、社会保障の専門家ではない。自身や家族が病気になって初めて医療について何かを感じ考えるもの。より分かりやすい情報が与えられなければ、医療政策について確かな理解のもとに賛成、反対の意思表明をすることは無理だ。

日本医療政策機構のような組織には、わかりやすく正確な情報を国民に提供する部分を担ってもらいたい。国民に正しい状況と情報を知らせ、日本の医療政策を正しい方向に導いていってほしいと考える。

例えば常々残念に思うことのひとつに、高額療養費制度の認知度がきわめて低いことがある。これは、医療保険における自己負担額の月々の上限を定めた制度で、スタンダードなケースでは、上限は8万円+アルファ。具体例を挙げれば、たとえば1ヵ月の入院で150万円要した場合、3割負担の計算では45万円が自己負担となるが、高額療養費制度が適用されれば10万円ですむ。

私は、日本の医療保険は3割負担ではなく高額療養費制度が担っているとさえ考えている。しかし、この制度はあまりにも知られていない。しかも、昨年まで患者からの申告なしでは適用されなかった。昨年から条件付きだが申告なしでも適用されるようになったが、未だに、支払いが1医療機関で発生した場合のみ、医療機関での支払い時に高額療養費制度が適用され「月限上限」以上支払わなくてもすむ。複数の医療機関での支払いの月額総額を管理・計算するシステムがないからだという。したがって、多くの患者が自ら計算して申告しなければ制度を使うことができないままだ。

優れた制度であっても、国民が知らなければないのと同じ。医療政策機構には、高額療養費制度も含め医療において知るべき情報を国民に広く提供することを期待している。

5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。

公的医療の範囲と負担、国民みんなで議論を

私は、公的医療保険、さらに言えば社会保障は原理的には自動車保険と同じだと思っている。自動車保険に入るときには、保険でカバーされる範囲と保険料の額を比較しつつ、自分にもっとも適当だと判断される内容で契約を結ぶ。医療保険も基本は同じ。負担と給付されるサービスを比較してバランスのいいところで保険料を決める。違いは、各自がバラバラに契約するのではなく、社会保険として国民全体で契約する点だ。

要するに、今、必要なのは、国民がみんなで医療保険がカバーする範囲と負担額を比較して徹底的に議論することだ。

あくまで私見だが、医療保険は、公費や税を投入しても、必ずしもお金が潤沢というわけにはいかないのではないかと思っている。そうした状況に備える意味でも、公的医療の範囲と負担について国民的な議論を深めておくことが必要だ。

■略歴
1974年東京大学経済学部卒業後、イェール大学大学院に進学(Ph.D.)。ニューヨーク州立大学、大阪大学を経て、現在東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授、内閣府経済財政諮問会議民間議員。専攻はマクロ経済学。主な著書に,『マクロ経済学研究』(東京大学出版会、1984年、日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞)、『日本経済とマクロ経済学』(東洋経済新報社、1992年、エコノミスト賞)、『ケインズ』(ちくま新書、1995年)、『高度成長』(読売新聞社、1997年)、『転換期の日本経済』(岩波書店、1999年、読売・吉野作造賞)、『現代マクロ経済学』(創文社、2000年)、『マクロ経済学 第2版』(2001年、岩波書店)『構造改革と日本経済』(2003年、岩波書店)など。

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「緊 急提言」シリーズはあらゆる分野の方々に幅広いご意見を伺うこととしております。当シリーズでインタビューにお答え頂いた方のご意見は、必ずしも当機構の 見解を代表するものではございません。

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