【開催報告】HGPIセミナー特別編 コロナ禍における社会を変える草の根からの取り組み ~こびナビの動きから始まる”医療”の変革~ (2021年3月30日)
日本医療政策機構は、2021年3月30日(火)に HGPIセミナー特別編 「コロナ禍における社会を変える草の根からの取り組み ~こびナビの動きから始まる”医療”の変革~」 を開催いたしました。
今回のHGPIセミナーでは、こびナビ代表の吉村健佑氏をお招きし、「コロナ禍における社会を変える草の根からの取り組み ~こびナビの動きから始まる”医療”の変革~」と題して、新型コロナウイルス感染症に関する情報発信を行うウェブサイトであるこびナビを設立した経緯やこれまでの活動、また官・民・学・臨床の連携などをテーマにお話しいただきました。
なお、本セミナーは新型コロナウイルス感染症対策のため、オンラインにて開催いたしました。
<講演のポイント>
- 国民や医療従事者に新型コロナウイルス(SARS-Cov-2)、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の症状、そして関連したワクチンに関する正確な医療情報を広く発信するために、高い専門性を持つ有志のメンバーが国内外から集まり「こびナビ」を立ち上げた
- 正確な医療情報の発信には、情報そのものの正しさと同時に、発信する主体の信頼性や透明性も重要である
また行動科学的観点に基づいたわかりやすい発信方法も必要である - 保健医療の変革には「官・民・学・臨床」のそれぞれの立場からの活動が等しく重要である
新型コロナウイルス流行下でワクチン接種計画を進める「官・学・臨床」が多忙のあまり十分に取り組むことが叶わない啓発活動をこびナビで実施している - こびナビのような草の根からの取り組みにより、日本においても国民のワクチン接種やヘルスコミュニケーションの促進が期待される
■「医療」への考え方について
こびナビ代表を務める以前は、精神科を専門とする産業医として、産業保健活動に約8年従事した。その後、厚生労働省で政策立案や制度設計を担当した。その際には、政策立案等では様々な立場の方々の意見を聞く必要があり、また、社会に何らかの情報を提示するためには時間を要し、さらに一度決定したことは大きな影響を持つことを学んだ。
そのため、「医療」を受ける方とその家族などの周囲の人々、医療を提供するコメディカル、さらに行政機関なども含めた多くの立場の方に対して透明性と公開性を担保したうえで、専門家以外も議論に参加できる環境を作り議論を進める必要があると考えている。
「医学」は科学的な真理や妥当性であり、一定の手順に基づいて作られるものである。しかし「医療」は制度であり、限られた資源を投じて成果を出す事業でもある。そのため、医学的なエビデンスの重要性は変わらないが、医療制度では、医学的なエビデンスが強く求められない場合もある。むしろ、医療サービスの受益者がその制度に妥当性を感じられることも同様に重要であると考えている。
■こびナビの活動への道
千葉県庁の新型コロナウイルス感染症対策本部における重症患者の病床調整や検疫所での勤務経験などから、新型コロナウイルス感染症対策では公衆衛生学的な視点と共に課題を「上流」から考えることを意識している。また、様々な取り組みを進める中で国民だけでなく医療従事者に対する正確な情報発信が不足していることを実感した。そこで、新型コロナワクチンの情報発信に関するチームを作り、こびナビの活動をを進めるために一般社団法人も設立した。2021年2月からホームページで情報を伝え始めており、運営メンバーには国内外の様々な高い専門性と発信力のある方に集まっていただき、ボランティアベースで行っている。
こびナビでは、質の高い情報の収集を専門家が迅速に漏れなく行い、必要な情報を一般の方と医療従事者向けにわかりやすくまとめている。新型コロナウイルスに関するエビデンスに基づいた情報の動画やワクチン接種体験記などを発信し、医療情報の正確性を担保できるように取り組んでいる。
今後は接種対象者の特性や接種計画の段階に応じた情報提供が必要である。例えば高齢者に対しての情報発信ではインターネットよりも、紙媒体など他の手段を用いる必要があると考えている。
■民・臨床から保健医療を動かす
保健医療を動かすためには「官」「民」「学」「臨床」の立場からの活動も重要である。例えば、「官」では様々な人材が集まる一方、財源不足や事業構造の複雑さ等がある。「民」は意思決定および事業の展開が早いものの、組織維持のためには利益への視点も重要であり、短期的な成果を追い求めやすい面がある。「学」では、真理の探究が重要であり、権威や信用がある一方、事業の動きだしや展開に時間を要するといった特徴がある。従って、今回のコロナ禍のように短いスパンで物事が変化するなかでの対応ではそれぞれに限界がある。また、「臨床」の現場では、患者に直接働きかけることができるが、パターン化された診療行為を飛び越えてできることは限られており、保健医療における官・民・学・臨床は一長一短である。
そのなかで、少子高齢化社会において、医療をはじめとした社会保障を拡大することを考えると、大きな組織よりも、機動性が高く、プロジェクトベースの事業運営が可能で、なおかつミッションを完遂したら解散するような組織を立ち上げたうえで、組織同士あるいは組織と官・民・学・臨床が連携する必要性がますます高まるのではないかと考えている。
こびナビは、小さなチームであり即断即決が可能で、一人ひとりが自立して判断ができるメンバーが集まっているため、多方面における迅速な対応が可能となっている。現在、行政機関や自治体がワクチンのロジスティクスで手一杯になりがちな中、SNS(Twitter、Facebook、Instagramなど)やメディアを含む多くの媒体での情報発信を展開し、こびナビだからこそできることに取り組んでいる。限られた資源の最も効果的な投入方法や物事の優先順位を常に意識し、我々の責任で動いている。
ワクチンの情報は非常にセンシティブであり、ワクチンに対する感情的な揺れなどは必ず発生するが、こびナビの取り組みを通じて、コミュニケーションの可能性を広げたい。
以下は、吉村氏の発表後に当機構事務局長の乗竹亮治と行った対談の概要です。
■特別対談「日本の市民社会と新型コロナウイルス流行下における国民とのヘルスコミュニケーションの関係」
乗竹:吉村さん自身が産官学民の多様なセクターでの経験を構造化し、こびナビというプラットフォームを作ってくださったリーダーシップに改めて一市民としても感謝したい。また、こびナビのご活動は当機構のミッションや活動と親和性があると感じている。エビデンスと人々の行動の間に存在するのギャップを埋めるなどの意味で、こびナビのご活動は単なる新型コロナウイルス感染症対策ではなく、医療情報の発信や国民との対話そのものであり、大変示唆があると思う。そこでまず、こびナビにおけるサイエンスコミュニケーションとして、日本の文脈で情報提供していく際の留意点をご教示いただきたい。
吉村氏:諸外国のワクチン政策の状況などについて、行動科学的観点からアドバイスをもらい、メンバーに非常に助けてもらっている。情報の正確さと同時に、発信者の姿勢を非常に重視している。信頼できるバックグラウンドを示すことや発信者の顔が見えるような窓口を設けて対話することで、コミュニケーションの質・速度が上がると思う。
乗竹:日本のワクチン対策の遅れやワクチン忌避という視点からも、顔の見える環境で透明性の高い組織を作る重要性を感じる。外部の組織とのパートナーシップに関して、あるいは官民連携をこれから進めていく上で、こびナビのような中立的な民の立場と官の立場のそれぞれに求められる視点とは何か。
吉村氏:官では多くの情報・財源・権限・人材が集まるが、それを迅速に活用し、循環させる方法が十分ではない。例えば、官が持つ情報、具体的には様々な国内の状況を公開・発信してもらい、現状の課題や求める人材、国の業務の限界を提示すると良いと思う。「官」の指示通りに「民」「学」「臨床」が動くのではなく、それぞれが横並びのプラットフォームのような形になっていかなければならないと考えている。
乗竹:日本では「パブリック=官」と思い込みがちであるが、パブリックは皆で作るものという意識の変革が我々国民側、そして官を含めた産官学民の全ステークホルダーに必要だと思う。続いて、こびナビ内部の組織運営は実際にどのような形でメンバーが集まって企画を立て、実行に移すのかお聞きしたい。
吉村氏:こびナビは特殊なチームで、代表の私に判断の依頼があった場合はアドバイスをするが、基本的にはそのメンバーの責任の中で動いてもらっている。マチュアな構成員だからこそ可能なスタイルかもしれないが、組織はややともすると個人のクリエイティブな成果物やスピード感を阻害する。そのため、概ね皆を信頼し、本人の思いを止めないように運営している。
乗竹:吉村さんが必要と考える今後の日本の新型コロナウイルス対策は何があるか。
吉村氏:3点考えられる。
1 点目は感染予防の推進である。日本は基本的にはマスク着用で非常に統制の取れた感染予防ができていると思っており、諸外国のようなロックダウン(都市封鎖)をせずに国民の健康を守れた部分はあった。
2点目として、水際対策という検疫体制の強化がある。これはもっと注目されていいと思う。平時の検疫体制は良く機能しているが、パンデミック(世界的感染拡大)など有事の検疫体制はやや脆弱であるため、今後はより多くの人材や資源が投入されても良いのではないか。また、現在の検疫はある意味で性善説に基づいた制度運用がなされているが、このままでは非常に危険ではないかと思う。例えば、出入国手続きの厳格化に踏み切る等、検疫という制度が本来目指している機能を十分に果たすことができる対応が必要ではないだろうか。
3点目はワクチンである。日本政府にとってはHPVワクチンなどの反省から、コロナウイルスのワクチン接種に関しても情報発信や国民がワクチン接種に受容的かどうか等の国民感情が第一の懸念事項であった。日本はワクチンに関しての正確な情報の発信をもう少し国を挙げてやって行く必要がある。米国疾病予防管理センター(CDC: Centers for Disease Control and Prevention)や世界保健機関(WHO: World Health Organization)の広報部門の活動が参考になるだろう。こびナビの役割の一つが、一定の速度とボリュームでワクチン接種を進めるための情報発信であり、今後も日本版CDCに求められる役割を果たしたいと考えている。
現在は病床確保が非常に難しい状況にある。医療現場では通常医療の維持と新型コロナウイルスへの対応を並行して、真摯に取り組んでいる。
乗竹:日本は経済協力開発機構(OECD: Organisation for Economic Co-operation and Development)の諸外国に比べて一般病床が多いという話があるが、感染症対応としては非常に少ないため、感染症対策全般の今後の底上げも必要だと思う。吉村さんは公衆衛生の専門職として様々なキャリアをお持ちだが、今後はどのようなビジョンをお持ちなのか。
吉村氏:まず新型コロナウイルスの収束に注力したい。また新型コロナウイルスによって顕在化した社会の脆弱さや課題を振り返ることが重要だと思う。現在生じているワクチン供給の課題等を評価分析し、また同じ課題が発生しないようにするために変革を起こさなければならない。行動変容と乗竹さんが仰ったが、公衆衛生上の課題を解決する立場の「官」「民」「学」「臨床」でも行動変容が求められている。今、新型コロナウイルスに関する情報を共有し伝えていく活動を少しでも進めることで、これからの日本の社会保障や医療を創るメンバーが集まり、次の大きな原動力になると思う。
我々は新型コロナウイルス流行の解決のためにベストを尽くしたい。ワクチン接種に関する不安の種類は副反応の頻度、重症化、家族や仕事への影響等様々である。精神科医としての経験上、人の不安のパターンはいくつかの項目に集約できる。パターンに沿ってわかりやすい言葉で丁寧に伝えていけば、多くの部分が解決可能だと思う。
乗竹:新型コロナウイルスの流行において、強権的な国家と比較すると、ボトムアップの民主主義で成熟したと言われている国々は国民とのヘルスコミュニケーションを対策として推進した傾向にあるが、その分ヘルスコミュニケーションを通じて行動変容を促すことに苦労した。ミシェル・フーコーという哲学者が生権力(バイオパワー)という概念を生み出したが、最近は国家側が医療によって生きることを権力化し、コントロールしようとしている。特に西洋諸国では私権の制約に関して非常に強い抵抗感が示される場面がある中で、こびナビのようにボトムアップで国民への啓発や対話を進めていく取り組みは、医療政策設計のみならず今後の日本の市民社会を創る上で非常に重要であると感銘を受けた。
■プロフィール
吉村 健佑 氏(こびナビ 代表 / 一般社団法人 保健医療リテラシー推進社中 代表理事)
医師、公衆衛生修士、医学博士。1978年生まれ。専門は医療政策、公衆衛生、メンタルヘルス。千葉大学病院 次世代医療構想センター センター長/特任教授。千葉大学医学部卒、東京大学大学院・千葉大学大学院修了。元厚生労働省医系技官。2020年4月より千葉県新型コロナウイルス感染症対策本部事務局に参画。
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