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【開催報告】第46回特別朝食会「保健医療のいままでそしてこれから ~医務技監1124日を振り返る~」(2020年12月11日)

【開催報告】第46回特別朝食会「保健医療のいままでそしてこれから ~医務技監1124日を振り返る~」(2020年12月11日)

この度、厚生労働省顧問であり、前医務技監の鈴木康裕氏をお招きし、第46回特別朝食会を開催致しました。鈴木氏には、医務技監としての1124日を振り返っていただくとともに、今般の新型コロナウイルス感染症への対応について、さらには今後の医療の在り方についてもご講演いただきました。

 

なお本特別朝食会は新型コロナウイルス感染症対策を鑑み、消毒の徹底や人の移動動線の管理、会場の人数制限等を行ったうえで、開催いたしました。

 


<講演のポイント>

  • 2017年に「省内・他省庁・民間との連携強化」「国際保健の活発化」を目的として、医務技監が創設された
  • 日本は諸外国と比べて高齢化率は高いものの、医療・介護施設の努力、秩序を守る国民性等により新型コロナウイルス感染症による死亡者数は抑えられてきた
  • 今後Withコロナの医療提供体制を考える上では、平時の準備、緊急時での予備資源の活用、国民とのリスクコミュニケーションのあり方、希少資源の配分等を議論する必要がある
  • COVID-19は私たちにとって大きなリスクだが、日本の医療制度や経済システムをより強靭なものに深化させていく契機とし、制度設計を行っていくべき


■「医務技監」創設の背景

まずは直近、初代医務技監としての役割を振り返ってみたい。医務技監は、保健医療分野の重要施策を一元的に推進するための統括的役割の担うポジションとして2017年7月に創設された。

医務技監の創設には、2つの背景があった。1つ目は、医務技監が「省内・他省庁・民間との連携に向けた司令塔」となることへの期待である。例えば、「厚生労働省内の連携の強化」という側面では医薬品開発などが挙げられる。厚生労働省において、医薬品に関わる部署は、研究開発が「厚生科学課」、承認は「医薬・生活衛生局」、価格決定は中医協を含めた「保険局」の下で行われ、さらに産業政策としては「医政局」が担当している。このような多様な業務を遂行するうえでの省内各部門でのビジョンの共有が求められており、医務技監が「横串」を指すことが期待された。また「厚生労働省の代表として他省庁との連携の強化」も役割として期待された。厚生労働省は、文部科学省と連携して大学医学部の卒前卒後教育や医学研究に携わっている。また経済産業省とは、医療機器や健康経営などの産業政策において連携している。これらの分野は厚生労働省が単独で政策を推進することは難しいため、より一層の連携強化が必要であると考える。

そして省庁内、省庁間の連携も重要だが、近年では「運命共同体」とも言える官民連携の強化も重要な使命であり、今後の医療政策において非常に重要な取り組みである。例えば、人工知能(AI: Artificial Intelligence)技術を活用した医療機器の承認審査について考えてみたい。現在の医療機器の承認審査では、申請後に仕様変更が認められないこととなっている。しかしAIは常に進化を続けることこそが特徴であり、現行の承認審査の仕組みでは、その進化を反映することができない。今後は、AI技術を活用した医療機器に用いるアルゴリズム自体を承認する仕組みに変えていかなくてはならないのではないか。また高額医薬品への対応についても官民連携が必要な領域といえる。この問題を解決するために価格や販売量が多い医薬品を一律で値下げしていくこともひとつの方法ではあるが、官民が連携して製造販売後調査(PMS: Post Marketing Surveillance)や治験におけるコストやリスクを低減することに注力すべきであると考える。医薬品医療機器総合機構(PMDA: Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)が開発した「MID-NET」は、主としてPMSでの活用を想定しているが、さらに向上できる点も多い。利用する企業側にとってはセキュリティ上の制限が非常に多いほか、現代の最新のデータ処理規格に合わせた仕様に変えていくことが可能だろう。また治験においては「疾患登録システム(レジストリ)」のさらなる利活用が期待される。従来の治験では、毎回投薬群と投薬しない群(対照群)のリクルートが必要であったが、疾患登録システムを活用できるようにすれば、対照群は条件にあった患者情報を引き出して比較できるようになる。これが可能な領域はまだまだ限定的ではあるが、こうした積み重ねによってコストを抑えられるようになれば、これは医薬品業界にとっても、国民にとってもメリットとなる。

医務技監創設の2つ目の背景は、「外交ツールとしての国際保健を活発化させること」であった。かつて私が南米のアマゾン地域を訪れた際に、高い乳児死亡率への対策として日本の青年海外協力隊に相当する米国の平和部隊が大量に抗生物質を投与した事例を経験した。乳幼児死亡率を抑えることはできたが、結果的に人口が急増し、就学・就職できない人が増加、スラムの人口を増やすことにつながってしまったという。目の前の命を救うことは非常に重要であるが、それに加えて、社会に与える影響も含めた対策が必要であることを痛感した。第二次世界大戦後の日本は、他国に対する軍事援助には相当制限があるため、医療・保健援助を外交ツールとして積極的に活用することが求められる。そして、今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19: Coronavirus Disease 2019)を通じて、全ての国や地域が安全な状態でなければ、自国の安全も保たれないことが改めて確認された。今後オリンピックの開催や貿易、人々の移動を再開していけば、感染症はまたどこかの国から流入してくる。そのためにはいかに水際対策を充実させるかが大切になるが、いざパンデミックが起きた際に水際対策の負担を減らすには、平時における他国の感染症対策への支援は重要であり、いずれは自国を助けることにもなるのではないだろうか。

 

■COVID-19が日本の医療提供体制に与えた影響

まず緊急事態宣言が出された4月以降、医療機関の経営指標は大幅に悪化した。特に5月は大きな落ち込みがあり、他の医療に比べれば緊急性の低い健診・人間ドック等収入は前年同月比で60%を超える落ち込みであった。また5月は外来・入院とも落ち込んでいたが、6月以降外来は徐々に持ち直しているといえる。入院については、診療科問わずCOVID-19対策として患者の健康管理やPCR検査、病室の消毒などこれまでにない負荷がかかっており、必然的に回転率も5%以上は下がっている。また外来診療を診療科別に比較すると、耳鼻咽喉科、小児科、整形外科が特に落ち込みが顕著であった。特に小児科受診の減少については感染を恐れての受診控えだけではなく、オンライン診療が普及してきたことに加え、マスクや感染対策が例年よりも徹底されていることで、インフルエンザやロタウィルス、麻疹・風疹が減少したことも影響している。診療科による違いだけでなく、各医療機関における動線の確保や密にならない工夫など対応の違いによっても、受診状況の回復に差が出ていると考えられる。また今回のCOVID-19によって、オンライン診療の是非について議論が高まっているが、オンライン診療のみでは完結できない部分もあり、対面診療とどう組み合わせるかを考えていく必要がある。また電子処方箋が普及すればウェアハウス型の薬局と地域浸透型で訪問を行う薬局の再編成も可能になる。

 

■「Withコロナ」において考えるべきこと

・Core capacityとSurge capacityの整備
この約20年の状況を考えると、1997年の鳥インフルエンザ(H5)、2003年のSARS、2009年の新型インフルエンザ(H1)、2012年のMARSそして2020年のCOVID-19とこれまで5回にわたって世界的に大きな死者をもたらすパンデミックが起きている。つまり我々は4~5年に1度程度の頻度で世界的なパンデミックに襲われていることになり、それを前提に医療経営や社会・経済を組み立てる必要がある。どのようなCore capacity(通常時の体制)を持ちながら、Surge capacity(緊急時の体制)を整備しておくかということが大事になる。Surge capacityの例として「予備自衛官」が挙げられるが、彼らには一定額の支給をしながら、毎年訓練を受けてもらい、本人の同意があれば有事に自衛官として活躍してもらうことになっている。このような考え方を医療に適用すると、いわゆる「潜在看護師」についても、有資格者の3分の1に上るとされている中で、本人の希望に応じて定期的なトレーニングを行いながら、必要時には保健所や外来を助けるなど平常時と緊急時の両方に対応できるような体制を整えることが必要ではないか。

・個人の権利の取り扱い
COVID-19の感染状況を見ると、欧米と比較して東アジアの感染者は少ないが、そのなかでもシンガポール・韓国・台湾の感染者数が抑えられている。共通しているのは、GPSを国が管理していることにある。COVID-19では、若い世代の感染者のうち無症状・軽症で入院による集中的な治療を必要とせず、自宅で療養するケースも多い。こうした国々では、例えば2週間の自宅療養期間に自宅から半径10m以上離れるとアラームが鳴り、3回以上繰り返せばペナルティを課すといった取り組みが行われ、感染を防いでいる事例もある。一方、日本では、保健師が自宅に連絡をし、在宅確認を行うといった対応がとられている。上記3か国は、SARSやMARSといったパンデミックの教訓があるだけでなく、隣国との緊張関係があるなど、日本と異なる経験・状況を有している。今回のパンデミックを教訓に、日本でも緊急時のGPS情報の取り扱いなど、議論が必要な点もあると考えている。

・リスクコミュニケーション
今回のCOVID-19の対応を振り返ったときに、政府・行政の対応としてリスクコミュニケーションは十分とはいえなかった。COVID-19のワクチンや治療法が確立されていない状況においては、リスク情報をどのように正確に伝え、国民の行動を変化させるかが流行の防止には必要で、今後のパンデミックに備えて検証と方法論の確立が必要である。

・希少資源配分の議論
今回のようなパンデミックの際に、限られた医療資源をどのように配分するかの議論も必要であると考えている。例えば、都道府県において全ての患者を受け入れる病床を確保できることが理想ではあるが、実際には難しい。また体外式膜型人工肺(ECMO: Extracorporeal Membrane Oxygenation)の数が限られている中で、現場では日々誰に使うのかという意思決定が求められる。こうした事態に備え、私たちは「どういう人を優先するのか」という問題と向き合わなくてはならない。

・サプライチェーンのジレンマ
今回のパンデミックでは、マスクをはじめ様々な医療物資の供給が危機に立たされた。経済合理性を考えれば、最も安くて品質の良いところから集中して調達することになる。しかし、こうしたサプライチェーンへの依存は、危機管理上リスクが高いといえる。今後のパンデミックに備えるため、これから備蓄(3か月輸出が停止しても問題ない程度の量)、調達先の国や地域の多様性、国内生産に対する補助など多角的な対策を取る必要がある。

 

■諸外国におけるCOVID-19の状況

諸外国のCOVID-19の感染状況にも触れておきたい。欧米各国の超過死亡の値を見ると、国によって差がある。同一地域の国々では感染状況に大きな差はないことから、感染状況以外の要因が死亡者数の過多に影響していると考えられる。

一般的に20~60歳代の感染者の致死率は低く、この層の人たちが、活動することで感染が広がってしまっている。特に彼らが医療機関や介護施設で働き、高齢者に感染させる事態も起きている。日本は国際的に見ても非常に高い高齢化率だが、アフリカやアジアの比較的高齢化率の低い国と比較しても、死亡率は平均的であった。その背景には、老健局の早々の要請に基づき、介護施設が面会を禁止し、業者との接触を減らし、スタッフには外での飲食を禁止するという厳格な対応を行ってきたことが功を奏しているのではないか。

COVID-19の対策として、感染者数を抑えることで死亡者数を抑えるという考え方と、60歳以上が感染したとしても病床の余力で死亡者を抑えるという考え方ができる。イタリアとスペインは感染者、死亡者共に多いが、ドイツでは、感染者数は多いが死亡者数が非常に少ない。この背景には、イタリアやスペインは元々病床数に限りがあったが、ドイツはヨーロッパの中で唯一病床数が多いとされる。この緊急時の病床数の余力が、ドイツの低い死亡者数につながっているのではないか。日本としてもこのモデルを目指すべきと考えている。

 

■これからの医療政策重点事項

最後に、これからの医療政策において重要と考えられる点を指摘しておきたい。

・アウトカムベースの支払い方式の構築
現在は検査など実施した内容に対しての支払いになっているが、今後は治療の結果に対する支払いを行う方式に転換していくことも検討されるべきだろう。薬剤投与のみならず、運動・栄養指導でも、どのような効果が得られたかに基づいて支払いをすることで、効果的・効率的な医療資源の活用が期待される。

・クラウド型電子カルテ
現在の電子カルテは病院ごとのシステムになっており、相互にコミュニケーションを取ることができない。クラウド型の電子カルテによってデータアクセスの利便性を高めれば、災害時にも患者データを把握できるほか、他の医療機関でもアレルギー情報などを正確に把握することができる。個人情報保護法や各種資格関連の法律の改正・整備が必要であるが、議論を進めるべきポイントといえる。

・がん治療におけるゲノム医療の進展
生活習慣病といわれるがん・脳卒中・心臓病のうち、がんが最も遺伝子的要因が大きいと言われている。起因遺伝子情報は人種によっても異なるため、日本独自で研究を進めることが必要である。遺伝子分析が広がっていけば、その人に適した治療や投薬を選択でき、医療資源の観点でも患者の生活の質の観点でも大きなメリットがある。こうしたゲノム医療を発展させるには、従来の薬事承認の制度やスピードを改革し、日本でもバイオ製品の研究開発が進むようなビジネスの土壌を作っていく必要がある。

・薬剤耐性(AMR: Antimicrobial Resistance)対策
英国の研究では、2050年にAMRによる死亡者数はがんによる死亡者数を上回ると予測されている。抗生物質の開発には5~10年かかるため、将来悔やむことのないよう、今から開発を進めなくてはならない。特に日本の特徴として新しい世代の抗生物質を使うため、使える抗生物質のない耐性菌が生じやすいとされている。日本では、成長促進を目的としたものも含む動物への使用が全体の58%を占めており、この状況は改善が必要である。

 

■最後に

今の日本は生産年齢人口が減少し、これは社会保障制度にとって税金や保険料の「払い手」が減っていることを意味する。そして、4~5年に1度はパンデミックが起きる。こうしたことを前提とした社会保障制度の構築が必要である。公的医療保険制度もこれまで通りの支払いを続けることは難しく、重点化に向けた改革が不可欠だ。病床数も国際的に見ても過剰な状況が続いており、秩序だった集約を進めなくてはならない。また、今回のCOVID-19でわかったように、厳しい罰則がなくても大半の人は秩序を守ることができるという日本社会の良さを生かした制度設計であってほしい。

労働集約型の産業である医療・介護は、人がやらなくてはならない部分とテクノロジーで代替できる部分と、上手くタスクシェアリングすることが求められている。現在の労働者の40%はAIの進出によって職を失うという報告があるが、これからますます生産年齢人口が減る日本では、労働者の減少分をうまく相殺することも期待できるのではないか。

1962年のキューバ危機に際し、当時のケネディ大統領は交渉で疲れ切った閣僚を励ますため、「中国語で書くと、危機という言葉は二つの漢字でできている。ひとつは危険、もうひとつは好機である。」と表現した。リスクに直面しながらも、それをきっかけとしてソ連との交渉窓口を開いたり、キューバと友好関係を築いたりすることができるチャンスと捉えたのだ。今回のCOVID-19も私たちにとって大きなリスクであるが、これをきっかけに日本の医療制度や経済システムをより強靭なものに深化させていく契機にできればと思っている。

 

講演後の会場との質疑応答では、アウトカムベースの医療保険システムのあり方や、今後のCOVID-19対策などについて、活発な意見交換が行われました。

(写真:井澤 一憲)

 


プロフィール
鈴木 康裕(すずき やすひろ) (厚生労働省顧問・前医務技監)
・昭和59年慶応大学医学部卒。同年厚生省入省。
・平成10年世界保健機関派遣、平成17年医政局研究開発振興課長、平成21年厚生労働省新型インフルエンザ対策推進本部事務局次長、平成22年保険局医療課長、平成24年防衛省衛生監、平成26年厚生労働省大臣官房技術総括審議官、平成27年(併)グローバルヘルス戦略官、平成28年6月厚生労働省保険局長、平成29年7月より医務技監、令和2年8月退任。


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