【開催報告】第123回HGPIセミナー「てんかんを取り巻く国内外の状況と今後の展望」(2024年3月6日)
今回のHGPIセミナーでは、てんかんをテーマに日本てんかん学会理事長である川合謙介氏をお招きし、てんかんを取り巻く国内外の現状や政策的動向、今後の展望などについてお話をいただきました。
<POINTS>
- てんかんは最も一般的な神経学的疾患の一つであるが、診断が難しく、てんかんの分類に応じて治療を選択する。
- てんかんは偏見や差別の対象になってきた歴史から社会的スティグマが存在し、本来治療があるのに治療にたどりつけない「Treatment Gap」という課題がある。
- 患者・家族、医療者、行政が連携し、てんかん診療の啓発、診療アクセスの改善、てんかん診療の質の向上などてんかんの全体的なケアにあたっている。
- 国際的には世界保健機関(WHO)がてんかんに関する決議を採択し、国内でもてんかん診療に関する政策が推進されているが、今後さらに活性化していく必要がある。
てんかんは診断を病型と発作型の組み合わせを通じて分類し、治療を選択していく
世界保健機関(WHO:World Health Organization)によると、てんかんは患者数の多い最も一般的な神経学的疾患の一つであり、全世界で5,000万を超える患者がいる。てんかん発作は脳の神経細胞が制御不能な状態になることで起こる。てんかんは、あらゆる年齢のすべての人に発症しうる可能性があり、てんかん発作以外にもさまざまな神経性物学的、認知機能的、心理学的、社会学的な影響を及ぼし、早期死亡のリスクを伴うこともある。
WHOの定義では、てんかんは「慢性の脳疾患」で、大脳神経細胞の過剰な電気的反射に由来する発作を繰り返すことが特徴である。てんかん発作には大脳の一部が興奮して起こる「焦点発作」と、大脳の大部分や全体が興奮して起こる「全般発作」がある。脳の一部から始まって全体には広がらずに終わる発作は、全身けいれんを起こさず、てんかん発作とは気付きにくい。こうした発作には、手足や顔がつっぱるなどの運動機能の症状、目がかすむなどの感覚器の症状、動悸などの自律神経の症状、不安感などの記憶や感情の症状がある。
てんかんは、病気としてのてんかんの分類(病型)と、ある時点でのてんかん発作の分類(発作型)から整理される。これらは必ずしも1:1対応ではない点に注意が必要である。これらの分類をもとに、抗てんかん発作薬の選択、手術の適応・方法を判断する。てんかんの分類は5年~10年おきに改訂され、新しい知見が加わることで、治療が進歩する。てんかんの有病率は0.5%~1%とされ、小児では先天性が多く、65歳以上で、脳卒中、脳腫瘍、アルツハイマー病に伴うてんかんが増える。
てんかんの診断は問診と検査(脳波、MRI)により行われる。問診では基本的に本人や家族等からの聞き取りを通じて発作症状を判断する。脳波検査では「てんかん性異常波」を検出して、てんかんの可能性を評価する。てんかんでなくても異常波の出現はありうる一方、てんかんでも異常波が検出できないこともある。そのため繰り返し、長時間の検査によって、初めて異常波が検出されることもある。MRI検査は、てんかんの原因となる脳の器質病変(形の異常)を判断できるが、てんかんは電気現象のため、MRIによる病変の有無の判断はてんかんの有無とは関係がない場合もある。このため、てんかんの診断は難しく、誤診されたり適切に診断されなかったりすることがある。疑わしい場合は、早めにてんかん専門医に相談して、実際のてんかん発作時の脳波を検出するビデオ脳波検査を受ける必要があるが、現在はてんかんセンターなどてんかんの専門的検査を受けられる施設が限られている。
てんかん治療の主な目標は、てんかん発作を抑制することだが、脳機能障害、発達障害など関連する障害の抑制、社会参加、教育など関連する障害への支援も含めて総合的な生活の質の改善を考えながら治療の目標を立てていく必要がある。てんかん治療の種類には、薬物治療、外科治療、生活指導、リハビリテーションなどが含まれる。
抗てんかん発作薬は、神経細胞の異常な興奮を抑制することで発作を予防するものである。量を増やすと正常な神経伝達も抑え、眠気やふらつきなどの副作用につながるため、適切な抗てんかん発作薬の使用が重要である。規則正しい服薬の指導や、薬がきちんと服用されているかをモニターする血中濃度の測定が必要となる。服薬に当たっては、一生涯の服薬の必要性や、発作を誘発しやすい因子や副作用についても十分な説明が求められる。自動車の運転や社会福祉制度など生活に関する指導や説明も大切である。薬の選択は、てんかん診療ガイドラインに基づいて行われるが、毎年改定されるわけではないため、新薬がガイドラインに反映されるまでに時間がかかることがある。新規の抗てんかん発作薬は、これまで同様、発作を抑制する薬であり、てんかんそのものを治す効果はないが、副作用や他剤との相互作用が少なく、安全性が高まっている。
抗てんかん発作薬に関して、約50%の患者が第一剤目の投与後に発作が消失するが、それ以降、期待値は急激に減少する。そのため第二剤目も効かない場合は、薬剤抵抗性てんかんと診断し、外科治療を検討することになる。外科治療には原因部分を切除する手術や、体内の埋め込み装置を使って電気刺激の治療を行う手術がある。外科治療では合併症のリスクもあるが、発作が続くことによるリスクに比べれば決して高くないため、世界的に外科治療が推進されている。また発作の完全消失を目指すのではなく、発作を少しでも減らし、軽くすることを目指す緩和的治療も徐々に浸透しつつある。
スティグマによるTreatment Gap、それらを乗り越えるための患者・家族、医療者、行政の連携
てんかんはWHOや他の多くの国では神経疾患に分類されるが、日本では精神障害に分類される。行政の支援について、成人の場合は、自立支援制度、精神障害者保健福祉手帳制度、障害者年金制度の対象になり、小児の場合は、小児慢性特定疾患治療研究事業、療育手帳、特別児童扶養手当、障害児福祉手当の対象となる。
てんかんは偏見や差別の対象になってきた歴史があり、社会的スティグマが存在する。そのため、本来治療があるのに、治療にたどりつけない「Treatment Gap」という課題がある。発展途上国だけでなく先進国でもTreatment Gapがあり、日本でも過去にスティグマが原因で、本来発信されるべきてんかんに関する健康情報や啓発活動が抑制され、てんかんに関する知識不足や情報欠如が進んでしまった。自動車についても、適切な治療により安全な運転に支障がなければ運転が可能であるが、そうしたことは正しく認知されているとは言えず、社会に対して症状やそれに伴う生活上の課題についても正しく理解してもらう必要がある。
社会に対する発信を担う団体として、1つは「日本てんかん学会」がある。てんかんに関する理解や診断・治療に必要な情報を広く提供し、国際的なリーダーシップを発揮している。学術集会や各地方での地方会を通じて、情報の共有や連携を促進している。学会誌やガイドラインの発行、てんかん専門医や技術認定医の認定、研修施設や専門医療施設の認定なども行っている。会員数は3,000人以上で、小児科、精神科、脳神経内科、脳神経外科などの医師や医師以外も含まれている。国の政策医療としては、精神医療に分類されていたため、精神科の医師が非常に多かったが、今では小児科医が上回っている。また当事者団体としては、「日本てんかん協会」があり、てんかんに対する社会的理解の促進、てんかんに悩む人たちの社会援護活動、てんかん施策の充実をめざした調査研究や全国的な運動を展開している。セルフヘルプ活動を基本としつつも、社会運動としててんかんに対する正しい理解を求めた活動を重視している。会員は全国に約5,000人で患者・家族、医師、その他専門職から構成される。国際てんかん協会の日本支部でもある。日本てんかん学会や日本てんかん協会以外にも、厚生労働省や全国てんかんセンター協議会がそれぞれの役割を持ちながら連携し、てんかん診療の啓発、診療アクセスの改善、てんかん診療の質の向上に向けて活動している。
日本の政策と国際潮流、そして今後の展望
厚生労働省では2015年より、てんかん地域診療連携体制整備事業を推進し、全国で均一なてんかん診療体制の構築を目指している。最初に全国で8つの医療機関をてんかん診療拠点に定め、それらを拠点に各地域での連携体制を強化してきた。現在は29都道府県で、てんかん支援拠点病院が指定されている。このように徐々にその体制は整備されてきたものの、財政支援の面では、同等の患者数のいる他疾患に比べれば、依然として少ない状況である。またこうした体制の認知度も課題であり、都市部以外ではてんかんセンターの認知度が十分でないことも、地方で診療する医師を対象とした調査からも明らかになった。
WHOは1997年に「Out of the Shadows」というキャンペーンを行った。てんかんに光を当て、Treatment Gapやスティグマ、偏見、差別の対象から、普通の治療可能な病気であるという認識を高める啓発活動だ。2015年のWHO総会では、てんかんに関する特別決議が採択され、てんかんに関する理解の向上とてんかんのある人の社会への受け入れ促進をメッセージとして発信した。さらに、2022年のWHO総会では「てんかんおよびその他の神経疾患に関する領域横断的なグローバルアクションプラン(IGAP: Intersectoral Global Action Plan on Epilepsy and Other Neurological Disorders)」が採択された。IGAPでは、2031年までの国際到達目標として、全参加国が「てんかんに対する医療保障を50%増加させること(対2021年度実績)」、8割の参加国が「てんかんのある人の人権保護に関する法令を作成または改定すること」が示された。さらに「90、80、70治療目標(90-80-70 Cascade Target for Epilepsy)」という目標も設定された。これは、9割の患者が治療可能な疾患だと知る、8割の患者が負担可能で適切かつ安全な抗てんかん発作薬にアクセスできる、7割の患者が適切な発作抑制を得られることを意味している。
アジア地域は、国際抗てんかん連盟(ILAE: International League Against Epilepsy)の6地域の中で最も人口が多く、患者数も多い。Treatment Gapが大きい国も多く、アジアオセアニア支部では、様々な教育啓発活動を行なっている。例えば多くのアジア諸国では、薬剤抵抗性てんかんの外科治療が遅れており、てんかん外科タスクフォースを通じた現地指導や、各国の医師を日本で受け入れて手術の指導を行なうなどしている。さらには日本の脳波計メーカーが、インドネシアで脳波診断の研修指導を支援するといった取り組みもされている。
新規の抗てんかん発作薬は、研究開発が日々進展しており、日本初の薬剤も世界に普及しつつある。検査についても、ロボットを使い安全に素早く手術の方法を決める検査手法も導入されている。その他、国際的には新たなテクノロジーを活用した診断・治療が急速に発展・普及している。日本においてもこうした新たなテクノロジーが迅速に活用できるよう、研究開発から実用に至るまで、政策的なサポート体制も充実させ、てんかん領域の診断や治療を活性化していくことが期待される。
【開催概要】
- 登壇者:川合 謙介 氏(自治医科大学医学部脳神経外科 教授/日本てんかん学会 理事長)
- 日時:2024年3月6日(水)18:30-19:45
- 形式:オンライン(Zoomウェビナー)
- 言語:日本語のみ
- 参加費:無料
- 定員:500名
■登壇者プロフィール:
川合 謙介 氏(自治医科大学医学部脳神経外科 教授/日本てんかん学会 理事長)
これまで東京都立神経病院、東京大学、NTT東日本関東病院、2016年からは現職の自治医大でてんかん外科診療や脳機能研究に従事。日本てんかん学会理事長として国内のてんかん診療の向上に務め、栃木県のてんかん連携診療拠点である自治医大てんかんセンター長としててんかん地域医療の充実を推進する他、国際抗てんかん連盟アジアオセアニア支部の理事やてんかん外科タスクフォース議長を務め、最近ではモンゴル国でのてんかん外科治療体制構築を支援している。
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