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【開催報告】AMRオンラインセミナー「耐性百日咳の現状から見る小児感染症診療の課題と展望」(2025年5月15日)

【開催報告】AMRオンラインセミナー「耐性百日咳の現状から見る小児感染症診療の課題と展望」(2025年5月15日)

2024年末から百日咳が日本国内で流行している背景を鑑みて、日本医療政策機構(HGPI)およびAMRアライアンス・ジャパンでは、薬剤耐性の問題を小児医療の視点から多角的に捉え直し、より広く社会に共有することを目的として、AMRオンラインセミナーを実施いたしました。川崎医療福祉大学 医療福祉学部 医療保育学科 特任教授である尾内一信氏をお招きし、マクロライド耐性百日咳の脅威、日本のAMR対策アクションプランの概要、小児医療領域のAMR対策の現状と課題をお話しいただきました。


<POINTS>

  • 百日咳は新生児や乳児で重症化しやすい細菌感染症で、マクロライド耐性株の流行により、妊婦や子どもへのワクチン接種拡大(追加接種)が検討されている。
  • 日本は2016年に策定したAMR対策アクションプランに基づいてき薬剤耐性菌対策を推進めており、具体的な数値目標のもとで適正使用量減少に取り組んでいる。
  • 小児医療領域でAMR対策を展開するためには、抗菌薬適正使用の徹底、感染症専門医の教育、小児用医薬品等の承認・開発促進が喫緊の課題であり、これらの取り組みを持続的に推進できる環境の整備が必要である。


■百日咳対策としての予防接種・ワクチンは極めて重要であるが、その適応や種類によって流行状況は大きく変化しており、2024年末からの全国的な百日咳流行にも影響を与えている

百日咳とは、百日咳菌の飛沫感染・接触感染による急性上気道感染症で、感冒症状に加え痙咳発作という特徴的な咳の症状が見られる。新生児・乳児では重症化して肺炎や脳炎などの合併症を併発し、死亡に至る場合もある。百日咳の予防には、3種混合(ジフテリア、百日せき、破傷風(DTaP))、4種混合(ジフテリア、百日咳、破傷風、ポリオ(DTaP-IPV))、5種混合(ジフテリア、百日せき、破傷風、ポリオ、ヒブ(DTaP-IPV-Hib))などのワクチンの接種が有効である。日本では、生後2-7ヶ月が標準的な初回の定期接種期間に設定されており、20日以上56日までの間隔で3回の定期接種を行う。追加接種では、初回接種から6ヶ月以上、18ヶ月までの期間をおいて1回(計4回)接種するのが標準的である。任意の追加接種は、小児、成人、妊婦が対象である。

日本では百日咳のワクチンの適応や種類によって、流行状況に変化が見られてきた。戦後、日本ではDTwPワクチンという、百日咳菌を全菌体で不活化して作成した全菌体ワクチンである百日咳ワクチンを含む3種混合ワクチンを使用していた。1970年代にDTwPワクチンの接種が進み、百日咳の流行が抑えられていたが、1974年に副反応の問題で接種が一時中止されたため、百日咳ワクチンの接種率は78%から14%にまで低下した。その結果、1975年から1979年にかけて百日咳が大流行し、31,070人が罹患し、113人の死亡者が出たことでワクチン接種の重要性が再認識された。

現在は、1981年にDTwPワクチンを代替するワクチンとして世界に先駆けて導入された、DTaPという百日咳の毒素と菌の一部を含むアセルラーワクチン(無細胞ワクチン)が、日本では主流である。DTaPは、十分な有効性が確認されており副反応が少ないため、百日咳対策に大きく貢献してきた。一方で、アセルラーワクチン(無細胞ワクチン)であるDTaPの百日咳の発症予防効果の持続時間は2-3年と、免疫学的な理由から全菌体ワクチンよりも短いことがわかってきている。さらに、百日咳の流行には定期接種に使用される全菌体ワクチンからアセルラーワクチンへの変更やマスク着用の有無などの感染症対策も影響すると考えられている。具体的には、1970年代後半に百日咳が大流行した時期の免疫記憶により、1980年代は高い集団免疫が維持されていた。しかし、現在はほとんどの人がDTaPの接種でのみ免疫を持っており、1980年代以前と比較して百日咳に感染しやすい状況である。また、新型コロナウイルス感染症が感染症法上の分類で5類感染症に移行されて以来、手指衛生やマスク着用などの感染症対策が緩和された。こうした様々な影響で、他の上気道感染症同様に一時的に減少していた百日咳感染者は2023年頃から再度増加し、2025年5月現在も感染者数が多い状況が続いている。特に5-19歳で大きな流行が見られ、子どもから家族・乳児などに感染が広がっていると考えられている。

■百日咳及びマクロライド耐性百日咳流行の対策として、妊婦や新生児・乳児への安定したワクチン供給体制の構築、抗菌薬適正使用、および薬剤耐性菌の迅速検査法の開発を進める必要がある

百日咳の流行を抑える打ち手として、まずは日本で現在行われている生後2ヶ月からの5種混合ワクチンの接種を引き続き実施することが重要である。それに加えて、生後2ヶ月までの乳児を守るために母親や妊婦への接種を推奨する必要がある。欧米諸国では、生後2ヶ月の乳児に対するワクチンの接種に加えて、小学校入学前の児童、中学生、成人に追加接種を行っており、また、世界の40ヵ国以上が新生児・乳児の百日咳感染予防のために妊婦に対してワクチンの定期接種を行っている。日本でも諸外国の例に倣って追加接種が検討されているが、これらの試みの実現にはワクチンの安定供給が課題としてあげられる。

ワクチン接種による百日咳そのものへの対策も重要である一方、薬剤耐性菌の出現に伴う百日咳治療の変化にも目を向ける必要がある。百日咳治療の第一選択薬は、マクロライド系抗菌薬である。しかし、近年マクロライド系抗菌薬耐性菌株の出現が報告されており、2025年に流行が見られている百日咳菌はマクロライド耐性菌が数多く含まれている。成人に対するマクロライド耐性百日咳の治療では、ST合剤または、ニューキノロン系抗菌薬の使用が推奨されている。しかし、生後2ヶ月未満の乳児では、黄疸が強く出る可能性が高くなるため、ペニシリン系抗菌薬などβ-ラクタム系薬での治療が望ましい。そのため、薬剤耐性の有無を評価する核酸増幅法等による迅速検査法の開発と普及に加え、マクロライド耐性百日咳菌に対する治療計画の確立が求められる。

■今後さらに脅威となる薬剤耐性菌への対策として、抗菌薬の適正使用や創薬、研究開発、国際協力などの目標達成を目指した協力が不可欠である

世界保健機関(WHO: World Health Organization)は、このまま対策を講じなければ、2050年には薬剤耐性菌感染症に関連して命を落とす人が1000万人を超えると見込んでいる。日本はG7伊勢志摩サミットをきっかけに、2016年にAMR対策アクションプランを策定した。日本における薬剤耐性菌の出現割合は、カルバペネム系抗菌薬以外は他国と比較して高い傾向にあり、対策が必要である。当時のAMR対策アクションプランでは、経口セファロスポリン、フルオロキノロン、マクロライド系抗菌薬の使用を2013年と比較して50%減少させるという目標が設定された。新型コロナウイルス感染症の影響もあったが、2022年には45%減少が達成されている。2023年にはさらに新しいアクションプランが策定されており、抗菌薬の適正使用、畜産・水産動物や愛玩動物等に対する抗菌薬使用の削減や抗菌薬適正使用の啓発、研究開発、創薬、国際協力を目標に掲げ、数値目標を設定して薬剤耐性対策が進められている。

■小児医療領域でAMR対策を推進するためには、適切な診断と治療に加え、新規抗菌薬やワクチンの開発及び認可の推進、小児感染症専門医の育成など多分野での環境整備が必要である

小児科におけるAMR対策では、適切な診断と治療に加え、流行している感染症や薬剤感受性動向を把握するサーベイランスの充実、治療計画についての保護者との適切なコミュニケーション、新規抗菌薬・ワクチンの開発、新規検査法の開発、小児科に関わる医師への抗菌薬適正使用の啓発活動、小児感染症専門医の育成などが課題である。特に、治療においては小児に適応のある抗菌薬の開発・承認が滞っていることと、小児感染症に対応する人的資源の不足が大きな課題である。前者について、例えばアメリカで小児への使用が認可されている薬の約7−8割は日本国内で小児適応が承認されていない。薬剤耐性菌の出現に伴い使用できる抗菌薬は一つでも多く確保しておきたいが、国内で利用できる抗菌薬の選択肢は限られている。この原因として、欧米では小児適応の薬剤開発にインセンティブが設けられている国も多いが、日本ではより直接的なインセンティブは限定的であり、研究開発が進みにくい現状が挙げられる。小児で使用できる抗菌薬の選択肢の少なさに加えて、小児科領域における感染症専門家の不足もAMR対策を難しくしている。関連学会等では日本には全国で少なくとも3000-4000人の感染症科専門医が必要と言われているが、現在のところ感染症科医師数はわずか約2000人であり、そのうち小児感染症専門医はさらに少なくおよそ300人に過ぎない。この状況への対応として、感染症対策関連加算の充実や、各大学での感染症学講座の常設、日本小児感染症学会の小児感染症専門医養成プログラムなどの取り組みが行われている。小児用の医薬品・診断方法の開発を推進し、また十分な数の感染症専門医・小児感染症専門医を確保するためには、小児感染症における診断、治療、新薬開発及び認可、人材育成など多分野での環境改善が必要である。

■小児医療・母子保健の視点も踏まえたワクチン接種と感染症対策に関する対話

セミナーの後半では、尾内一信氏とHGPIフェローの阿真京子氏による対話が行われた。これまで国や自治体など多くの協議会等における市民委員として小児医療の改善に尽力されてきた阿真京子氏が当事者の立場から質問を投げかけた。

百日咳のワクチン接種はどのような優先順位をつけて進めていくべきか?
原則的に、小児・妊産婦のワクチン接種を進めるべきである。特に、妊婦への接種は新生児への抗体の移行という意味で、より多くの人命を救うことができる。また、妊婦への接種は2ヶ月未満の最も重症化しやすい時期の乳児も抗体移行により同時に保護できる。ただし、ワクチン確保が現実的な課題となっており、需要と供給のバランスを慎重に見極めながら進める必要がある。

国内におけるマクロライド耐性百日咳菌の現状は?
国内のマクロライド耐性百日咳菌の割合は、まだ断片的にしか判明していない状況である。ただ、鳥取県の調査では百日咳患者の9分の8が耐性菌を持っていた一方、他の調査では50%程度が感受性を保っているという報告もある。臨床現場の感覚としても、全国的に約50%が耐性菌を持つと推測している。現在、学会等で菌株を収集し感受性試験を実施する取り組みが進められており、数ヶ月後にはより信頼性の高いデータが得られる見込みである。

AMR対策における教育の重要性と効果は?
AMR対策アクションプランを踏まえて、2020年頃から中学校で薬剤耐性に関する教育が進んできた。AMR教育を受けた中学生が成人を迎えた現在、この世代では「不要な抗生物質は服用すべきでない」という理解が広がっていると感じる。幼稚園・保育園関係者やその保護者、他の年代と比較して認知度や理解度は格段に進んでいる印象を持つ。小児医療の領域でも、保護者へのAMR対策に関する教育活動を継続してきたところ、不要な抗菌薬処方を要望する保護者は10年前と比較すると減少傾向にある。教育による啓発・学修支援の効果が着実に浸透していると考えられる。

感染症専門医の育成と医療環境の改善はどういった状況か?
小児感染症専門医の不足に加え、過酷な労働環境の改善が喫緊の課題である。私自身、過去に百日咳が流行した時代に極限の経験をした。どうしても人工呼吸器の性能が限られる中で医師が2週間にわたって手動でバッグ換気を継続せざるを得ず、医師自身が体調を崩すか、患者の状態が悪化するのが先かという状態で治療にあたった経験もある。こうした厳しい労働環境をできる限り改善し、働き方改革も踏まえた健全な医療提供体制を構築することが重要である。より多くの医師がプロフェッショナルとして子どもたちを支援できる環境整備が望まれる。

 

【開催概要】

  • 登壇者:

尾内 一信氏(川崎医科大学 名誉教授/川崎医療福祉大学 医療福祉学部 医療保育学科 特任教授/川崎医科大学総合医療センター・附属病院 特任部長)
阿真 京子氏(日本医療政策機構 フェロー)

  • 日時:2025年5月15日(木)18:30-19:45
  • 形式:オンライン(Zoomウェビナー)
  • 言語:日本語
  • 参加費:無料

 


■登壇者プロフィール

尾内 一信氏(川崎医科大学 名誉教授/川崎医療福祉大学 医療福祉学部 医療保育学科 特任教授/川崎医科大学総合医療センター・附属病院 特任部長)
1980年山口大学医学部卒業。同年、国立岡山病院小児科研修医として勤務開始。1986年から1988年まで米国オクラホマ大学小児感染症科リサーチフェローとして研究に従事。1988年に国立呉病院周産期医療センター小児科医師、1989年に済生会下関総合病院小児科部長を歴任。2002年に川崎医科大学小児科学教授、2006年に同大学小児科学主任教授に就任。2021年に川崎医科大学名誉教授となる。現在は川崎医療福祉大学医療福祉学部医療保育学科特任教授、および川崎医科大学総合医療センター・附属病院特任部長を務める。学会活動では、ガイドライン作成委員長や日本小児感染症学会と日本渡航医学会の理事長を歴任した。

阿真 京子氏(日本医療政策機構 フェロー)
1974年東京都生まれ。2007年4月、保護者に向けた小児医療の知識の普及によって、小児医療の現状をより良くしたいと会を発足させ、2012年7月に一般社団法人知ろう小児医療守ろう子ども達の会となる(2020年4月末日同会解散)。東京立正短期大学 専攻科 幼児教育専攻(『医療と子育て』)非常勤講師。三児の母。厚生労働省 上手な医療のかかり方を広めるための懇談会 構成員、厚生労働省 救急・災害医療提供体制等の在り方に関する検討会 委員、総務省消防庁 救急業務のあり方に関する検討会 委員、東京消防庁 救急業務懇話会 委員、東京都 小児医療協議会 委員、内閣官房 薬剤耐性(AMR)対策推進国民啓発会議 委員、その他、多くの委員を歴任。現在、文部科学省 看護学教育モデル・コア・カリキュラムの改訂に関する連絡調整委員会 委員、「子どもと医療」主宰。

 

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