第15回朝食会「医療現場の危機的現状と再建への模索」
日付:2008年2月28日
去る2008年2 月28 日、第15 回朝食会を開催いたしました。今回は国立がんセンター中央病院院長の土屋了介先生に「医療現場の危機的現状と再建への模索」というテーマでご講演いただきました。多数の皆様にご参加いただきまして、誠にありがとうございました。
(当機構副代表理事 近藤挨拶)
第 15 回朝食会では、国立ガンセンター中央病院院長の土屋先生にお越し頂きました。土屋先生は医療現場の声を医療政策に生かすということで、議員連盟の立ち上げや様々な勤務医中心の活動を推進し、また、本業である日本の癌医療の中心としても活躍されております。
(要旨)
「医療現場の危機的現状と再建への模索」
議員連盟立ち上げの際に講演をしたとき、提示された問題点として、①産科医療・小児医療の崩壊②救急車のたらい回し③外科手術の脆弱化④訴訟・訴追リスク増大による萎縮医療の蔓延⑤地域医療の崩壊が挙げられていました。しかし一方で、構想日本で東大医科学研究所の上先生から講演を依頼されたとき、課されたテーマとして、①患者の医師に対する不信感②クレーマー化する患者や医療訴訟の増加③それを煽るマスメディア④財政難や医療報酬などの問題が挙がりました。同じ医療の問題を考えているのに、国会議員の先生方から見るのと医療者側から見るのとで問題点の抽出が非常に違うことに気づきました。
私は日本の医療の様々な問題はここの食い違いによるものが大きいと思います。医療者側の危機意識と国民側の危機意識にズレがあるということです。このようなことは日常の臨床の現場でも頻繁にあります。大抵の医師が当然と思っていることが、殆どの患者には全く当然ではない。このようなすれ違いの原因として、リアルタイムでの説明不足が挙げられます。例えば手術中に事故が起こったとき、手術現場で医療従事者は対応にバタバタしますが、それが外にいる患者さんの家族に伝わっていない。そして心臓が止まった後になって初めて事故について告げられる。このような事態が日本では少なくありません。各病院が作っている医療安全マニュアルでは、事が起こっている時にどうするかの項目が入っていないことが多いのです。このような部分の意識を変えることがまず大事でしょう。
まず、ベースとして医師の育て方が非常に安易であることが問題です。医師は医学部を卒業してすぐに医師として働けるわけではありません。講義形式ではなくて、患者さんの目の前での、上級医によるロジカルかつ実践的な指導が不可欠なのです。Bed side teachingを通じてしか一人前の医師にはなれない。しかし、教え方を知らない、または教える重要性を認識していない医師が多いために、卒後すぐの医師が臨床の現場で活躍できる医師になるための必要な教育が十分行なわれていないのが現状です。
また、日本の医学教育では、専門家になるための教育はありますが、オールラウンドプレイヤーを育てる教育をしていません。厚生労働省が臨床研修で全ての科を回るように制度を変えましたが、現状のレベルは欧米の医学校の卒前研修レベルに留まっており、オールラウンドプレイヤーを育てられるような内容にはとてもなっていません。日本でも、総合診療のゲートキーパーとしてかかりつけ医・家庭医の必要性が重視されています。家庭医とはあらゆる診療科を診ることができ、専門的な疾患については病院に回す役割を担っています。高齢者になると複数の疾患を組み合わせて持っていることも多く、それらを包括的に診ることのできる高い能力が家庭医には求められているのです。そのような医師を育てる制度が日本にないのは大きな問題です。
地方の医師が足りないという緊急事態に対して都会の医師を送るとき、何も考えずにただ医師を送ればいいというわけではありません。自分の専門しか担当できない医師は地方に行っても役に立たないからです。専門科をもっている一人前の医師なら、3 ヶ月包括的な医療を勉強するだけでも随分違います。地域に向かう前に3 ヶ月だけ勉強し、その後1 年間地方の医療を担当する。その1 年間に今度は他の医師が学び、地方に向かい、今度は3年間地方を担当する。更に今度はその3 年間にもっと充実したオールラウンドな医療を他の医師が学ぶことが出来るのです。これを続けて医師同士がたすきをつないでいくことで、地方の医療を救えます。このようにきちんとプログラムを作ればうまくいくようなことでさえ、現状の日本の制度は対応できていません。このように、現場から見たらいくらでも解決策はありますが、中央から机上の空論で議論してもいい案は出ないのです。この点を厚労省の方々にも認識して頂き、制度を作る前に是非現場の医師たちに一言相談してほしいと思います。
同様に、救急車のたらい回しという緊急事態に対しても効果的な対策がとられていません。IT 化時代の潮流からか、各病院のネットワークを作って救急車がどの病院が空いているか常に把握できるようにするという対策をよく耳にします。勿論一つの方法だとは思いますが、最も改善しなければならないのは、どの救急施設も急患でいっぱいで、救急車の行き先が本当にどこにもないという状態なのです。これは、いくらネットワークを作っても解決できません。私はこの状態に対してはアメリカのER のようなシステムが解決策になりうると思います。それは、夜間に救急専門の医師だけが当直するのではなく、各専門科の医師が全て当直している体制を作り、救急の医師は診断だけ終わらせたらすぐに患者を専門の医師に送るシステムです。こうすることで救急の受け入れをより多く出来ます。
そのためには各科の専門医など多くの人材が必要となるので、私は更に医療クラスターを作ることを提案します。アメリカにはTexas Medical Center やMayo Medical Centerのように、非常に大規模な医療クラスターが存在します。日本にもそのような医療クラスターを導入することで救急の受け入れ体制など随分改善されるでしょう。その周りにゲートキーパーとしての家庭医が存在する状態が理想の体制だと思います。日本の医療供給体制の大きな目標を描き、家庭医の普及など、一歩一歩目標達成の方法を考え、実現していくことが非常に大事なのだと思います。
(当機構副代表理事 近藤挨拶)
第 15 回朝食会では、国立ガンセンター中央病院院長の土屋先生にお越し頂きました。土屋先生は医療現場の声を医療政策に生かすということで、議員連盟の立ち上げや様々な勤務医中心の活動を推進し、また、本業である日本の癌医療の中心としても活躍されております。
(要旨)
「医療現場の危機的現状と再建への模索」
議員連盟立ち上げの際に講演をしたとき、提示された問題点として、①産科医療・小児医療の崩壊②救急車のたらい回し③外科手術の脆弱化④訴訟・訴追リスク増大による萎縮医療の蔓延⑤地域医療の崩壊が挙げられていました。しかし一方で、構想日本で東大医科学研究所の上先生から講演を依頼されたとき、課されたテーマとして、①患者の医師に対する不信感②クレーマー化する患者や医療訴訟の増加③それを煽るマスメディア④財政難や医療報酬などの問題が挙がりました。同じ医療の問題を考えているのに、国会議員の先生方から見るのと医療者側から見るのとで問題点の抽出が非常に違うことに気づきました。
私は日本の医療の様々な問題はここの食い違いによるものが大きいと思います。医療者側の危機意識と国民側の危機意識にズレがあるということです。このようなことは日常の臨床の現場でも頻繁にあります。大抵の医師が当然と思っていることが、殆どの患者には全く当然ではない。このようなすれ違いの原因として、リアルタイムでの説明不足が挙げられます。例えば手術中に事故が起こったとき、手術現場で医療従事者は対応にバタバタしますが、それが外にいる患者さんの家族に伝わっていない。そして心臓が止まった後になって初めて事故について告げられる。このような事態が日本では少なくありません。各病院が作っている医療安全マニュアルでは、事が起こっている時にどうするかの項目が入っていないことが多いのです。このような部分の意識を変えることがまず大事でしょう。
まず、ベースとして医師の育て方が非常に安易であることが問題です。医師は医学部を卒業してすぐに医師として働けるわけではありません。講義形式ではなくて、患者さんの目の前での、上級医によるロジカルかつ実践的な指導が不可欠なのです。Bed side teachingを通じてしか一人前の医師にはなれない。しかし、教え方を知らない、または教える重要性を認識していない医師が多いために、卒後すぐの医師が臨床の現場で活躍できる医師になるための必要な教育が十分行なわれていないのが現状です。
また、日本の医学教育では、専門家になるための教育はありますが、オールラウンドプレイヤーを育てる教育をしていません。厚生労働省が臨床研修で全ての科を回るように制度を変えましたが、現状のレベルは欧米の医学校の卒前研修レベルに留まっており、オールラウンドプレイヤーを育てられるような内容にはとてもなっていません。日本でも、総合診療のゲートキーパーとしてかかりつけ医・家庭医の必要性が重視されています。家庭医とはあらゆる診療科を診ることができ、専門的な疾患については病院に回す役割を担っています。高齢者になると複数の疾患を組み合わせて持っていることも多く、それらを包括的に診ることのできる高い能力が家庭医には求められているのです。そのような医師を育てる制度が日本にないのは大きな問題です。
地方の医師が足りないという緊急事態に対して都会の医師を送るとき、何も考えずにただ医師を送ればいいというわけではありません。自分の専門しか担当できない医師は地方に行っても役に立たないからです。専門科をもっている一人前の医師なら、3 ヶ月包括的な医療を勉強するだけでも随分違います。地域に向かう前に3 ヶ月だけ勉強し、その後1 年間地方の医療を担当する。その1 年間に今度は他の医師が学び、地方に向かい、今度は3年間地方を担当する。更に今度はその3 年間にもっと充実したオールラウンドな医療を他の医師が学ぶことが出来るのです。これを続けて医師同士がたすきをつないでいくことで、地方の医療を救えます。このようにきちんとプログラムを作ればうまくいくようなことでさえ、現状の日本の制度は対応できていません。このように、現場から見たらいくらでも解決策はありますが、中央から机上の空論で議論してもいい案は出ないのです。この点を厚労省の方々にも認識して頂き、制度を作る前に是非現場の医師たちに一言相談してほしいと思います。
同様に、救急車のたらい回しという緊急事態に対しても効果的な対策がとられていません。IT 化時代の潮流からか、各病院のネットワークを作って救急車がどの病院が空いているか常に把握できるようにするという対策をよく耳にします。勿論一つの方法だとは思いますが、最も改善しなければならないのは、どの救急施設も急患でいっぱいで、救急車の行き先が本当にどこにもないという状態なのです。これは、いくらネットワークを作っても解決できません。私はこの状態に対してはアメリカのER のようなシステムが解決策になりうると思います。それは、夜間に救急専門の医師だけが当直するのではなく、各専門科の医師が全て当直している体制を作り、救急の医師は診断だけ終わらせたらすぐに患者を専門の医師に送るシステムです。こうすることで救急の受け入れをより多く出来ます。
そのためには各科の専門医など多くの人材が必要となるので、私は更に医療クラスターを作ることを提案します。アメリカにはTexas Medical Center やMayo Medical Centerのように、非常に大規模な医療クラスターが存在します。日本にもそのような医療クラスターを導入することで救急の受け入れ体制など随分改善されるでしょう。その周りにゲートキーパーとしての家庭医が存在する状態が理想の体制だと思います。日本の医療供給体制の大きな目標を描き、家庭医の普及など、一歩一歩目標達成の方法を考え、実現していくことが非常に大事なのだと思います。
申込締切日:2008-02-27
開催日:2008-02-28
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