第14回朝食会「医療と市場やリスクマネジメントとのかかわり」
日付:2008年1月31日

2008年1月31日、第14回朝食会を開催いたしました。今回は多摩大学医療リスクマネジメントセンター所長の真野俊樹先生に「医療と市場やリスクマネジメントとのかかわり」というテーマでご講演いただきました。多数の皆様にご参加頂きまして、誠にありがとうございました。
(当機構副代表理事 近藤挨拶)
第14回朝食会では、多摩大学医療リスクマネジメントセンターの所長であり、医師の真野先生にお越し頂きました。真野先生は医療に関する様々な興味深くかつ斬新な記事を書かれており、大変人気の高い先生でいらっしゃいます。本日は「医療と市場やリスクマネジメントとのかかわり」というテーマの下、最先端のお話をいただけるかと存じております。
(要旨)
「医療と市場やリスクマネジメントとのかかわり」
私は医師として現在も医療に携わる一方で、経済学の博士号も頂いており、医療の広がりという視点に多少なりとも通じております。そのような視点から見た時、現在の日本の医療には閉塞感があり、広がりを持ちにくくなっていると感じます。しかし、医療とは実はもっと広いものです。今回は医療の広がりという視点から、医療と産業・労働市場との関わり、海外の医療の現状、リスクと医療の関わりの3点についてお話します。
1.医療と労働市場、金融市場、産業とのかかわり
まず、医療と産業の密接な関わりを説明します。医療はバイオやITも含めて大きな市場を形成しているのは周知の通りですが、ここでは更に、医療と労働の関わりについて考えてみます。労働力の確保に大事なのは給与と労働状況です。例えば、看護職の離職率の高さに注目してみると、看護職は他の職業に比べてやり甲斐はあるものの給与が低いために、看護職から離れて他の職業に移ってしまう人が多いです。賃金という面で医療は労働市場と密接に関わっているのです。イギリスを見てみると、ヘルスケアにかけるお金は大きくなってきています。これは市場を大きくすることで人材流出を防ぐためであり、日本もこのような措置をとらないと人材流出に歯止めが利かなくなります。
もう一つ、金融においても医療は重要な分野です。GDPとの関わりというマクロな話は勿論ですが、最近はREITやファンドから医療への投資の動きが非常に大きくなっています。利回りが大きい分野として医療が注目されているわけです。ただ、大きな問題として医療側の人たちに会計的な発想はあるが、ファイナンス的発想―つまりお金を集め、集めたお金をいかに効果的に運用するかという発想は乏しいです。医療側にもっとファイナンスの知識・手腕が要求されるでしょう。
日本の医療を投資対象としてみた場合、ポイントは3つあります。まず、「安定感」です。国の社会保障の基本分野なので、厳しくなると何らかの援助を受けることができます。次に、医療というのは継続的に行われるものですから「持続性」もある。ただ、「成長」に関しては、海外ではヘルスケアやバイオの分野は高成長が見込まれているのに対し、日本に関しては低成長気味の雰囲気が漂っているのが気になるところです。
2.海外の医療
次に、海外の状況をお話します。日本の医療については今まで述べた通り閉塞感・低成長というイメージがあります。それを裏付ける証拠として、海外ではヘルスケア・ITなどの企業は日本をアジアの統括とせず、シンガポールや上海、香港などにアジアパシフィックの本社をおくという状況があります。
それでは、海外ではどうなのかを見てみましょう。
まず米国においては、周知の通り、医療を産業と見て育成しています。米国ではヘルスケアの職員を医療者としてではなく労働者として雇っており、それに伴って、非常に大きな市場を形成しています。例として、メイヨークリニックがあります。広く展開するというよりは地域に進出している複合型の病院で、M&Aを繰り返すことによって、巨大化し、強いネットワークを作っています。また、アメリカでは寄付の額も大きく、有名な病院は殆どが寄付をもらえるため、資本投資があまり必要になりません。アメリカの経営管理も優れています。Hackensack病院のようにpay for performanceの病院が多く、患者満足度を数値化してそれを経営上の指標とすることで、病院のqualityの向上に努めています。
次にシンガポールですが、小さい国なので雇用における医療への期待は大きくありませんが、ビジネスとしての医療への期待はやはり大きいです。health tourismといった、海外の人を医療目的で呼び込んで、観光でお金を使ってもらうという産業も盛んです。周辺の国から富裕層を呼び込もうと熱心に活動しています。国が小さいため病院ごとの医療機能の分化も進んでいます。
タイも同様に産業として医療を見ています。シンガポールと同様にhealth tourism的に国外から観光客を呼び込もうとしていますし、また、Bumrungrad病院のような、富裕層向けに特化している病院もいくつかあります。
最後に北欧です。私の印象としては、医療を産業と見る傾向はそんなに強くありませんが、北欧では税金や社会保障が充実しているので、医療には非常に安定感があります。
日本でも対象の国をきちんと選べば、health tourismを活発化することは可能です。しかし、英語環境がないことは大きな問題です。海外の人たちが医療を受けに日本に来たときに、英語環境がないawayな印象を受けてしまうのでは、誘致は見込めません。
health tourismの顧客が期待しているものは地域によって異なります。東南アジアや中東では自分たちの国の医療の質が悪いから、ヨーロッパではアクセスが悪いから、米国ではコストが高いから、それぞれ海外の医療を求めるわけです。health tourismを考えるときは、これらの様々なニーズを考慮しなければいけません。
21世紀は健康を最も重視する時代となっていうので、健康増進への投資などはもっとあって然るべきです。都市計画のひとつのパーツとして医療を入れることも可能ですし、先端技術への投資という意味合いでももっと注目されるべきです。このような動きは日本では消極的で、むしろ途上国の方が熱心なのは大きな心配です。
3.リスクとしての医療対策
最後に、医療とリスクマネジメントをいかに結び付けるかの話をします。そもそも医療とは、健康を失うというリスクに対するリスクマネジメントと考えられます。社会保障自体がもともとリスクマネジメントと捉えられるわけです。そう考えたとき、医療制度と医療提供体制を分けて考える必要があります。医療提供体制は医療制度に必ずしも左右されません。経営的発想やリスクマネジメントなどは組織としてやらなければならないことで、そこには制度と無関係の部分もあります。
リスクとは不確実に発生する様々な事象と定義することができますが、その分類として自発リスクと非自発リスクがあります。自発リスクは生活習慣病のような個人の責任によるリスクで、非自発リスクは感染病のような国の責任となるリスクです。ただし、その境界の厳密な定義はまだありません。
さて、リスクへの対応を考えるとき、まずはpriorityをつけることが大切です。不確実に発生する事象は無数にあるわけで、その中から事象の重大さや起こる確率を考慮に入れて、対応するべき事象を選ばなければなりません。また、事象が起こるまでの時間を考えることも重要です。目の前のことではない何十年後の事象のために積極的に対応できる人は少ないからです。
また、リスクマネジメントを効果的に行うには、国民意識の変化も必要です。医療にはリスクが付き物だとは知っていても、自分だけはリスクに関わりたくないと考えている人はたくさんいます。そのような人たちがクレーマーとなり、その数が増え続けることによって日本全体がクレーム社会になりつつあります。そのような人々の意識を変える必要があるでしょう。同様に、グローバリズムも考えなければなりません。医療自体はサービスなので幾分かはドメスティックな部分はありますが、それでもグローバリズムの流れは確実に医療の分野にも押し寄せています。
(当機構副代表理事 近藤挨拶)
第14回朝食会では、多摩大学医療リスクマネジメントセンターの所長であり、医師の真野先生にお越し頂きました。真野先生は医療に関する様々な興味深くかつ斬新な記事を書かれており、大変人気の高い先生でいらっしゃいます。本日は「医療と市場やリスクマネジメントとのかかわり」というテーマの下、最先端のお話をいただけるかと存じております。
(要旨)
「医療と市場やリスクマネジメントとのかかわり」
私は医師として現在も医療に携わる一方で、経済学の博士号も頂いており、医療の広がりという視点に多少なりとも通じております。そのような視点から見た時、現在の日本の医療には閉塞感があり、広がりを持ちにくくなっていると感じます。しかし、医療とは実はもっと広いものです。今回は医療の広がりという視点から、医療と産業・労働市場との関わり、海外の医療の現状、リスクと医療の関わりの3点についてお話します。
1.医療と労働市場、金融市場、産業とのかかわり
まず、医療と産業の密接な関わりを説明します。医療はバイオやITも含めて大きな市場を形成しているのは周知の通りですが、ここでは更に、医療と労働の関わりについて考えてみます。労働力の確保に大事なのは給与と労働状況です。例えば、看護職の離職率の高さに注目してみると、看護職は他の職業に比べてやり甲斐はあるものの給与が低いために、看護職から離れて他の職業に移ってしまう人が多いです。賃金という面で医療は労働市場と密接に関わっているのです。イギリスを見てみると、ヘルスケアにかけるお金は大きくなってきています。これは市場を大きくすることで人材流出を防ぐためであり、日本もこのような措置をとらないと人材流出に歯止めが利かなくなります。
もう一つ、金融においても医療は重要な分野です。GDPとの関わりというマクロな話は勿論ですが、最近はREITやファンドから医療への投資の動きが非常に大きくなっています。利回りが大きい分野として医療が注目されているわけです。ただ、大きな問題として医療側の人たちに会計的な発想はあるが、ファイナンス的発想―つまりお金を集め、集めたお金をいかに効果的に運用するかという発想は乏しいです。医療側にもっとファイナンスの知識・手腕が要求されるでしょう。
日本の医療を投資対象としてみた場合、ポイントは3つあります。まず、「安定感」です。国の社会保障の基本分野なので、厳しくなると何らかの援助を受けることができます。次に、医療というのは継続的に行われるものですから「持続性」もある。ただ、「成長」に関しては、海外ではヘルスケアやバイオの分野は高成長が見込まれているのに対し、日本に関しては低成長気味の雰囲気が漂っているのが気になるところです。
2.海外の医療
次に、海外の状況をお話します。日本の医療については今まで述べた通り閉塞感・低成長というイメージがあります。それを裏付ける証拠として、海外ではヘルスケア・ITなどの企業は日本をアジアの統括とせず、シンガポールや上海、香港などにアジアパシフィックの本社をおくという状況があります。
それでは、海外ではどうなのかを見てみましょう。
まず米国においては、周知の通り、医療を産業と見て育成しています。米国ではヘルスケアの職員を医療者としてではなく労働者として雇っており、それに伴って、非常に大きな市場を形成しています。例として、メイヨークリニックがあります。広く展開するというよりは地域に進出している複合型の病院で、M&Aを繰り返すことによって、巨大化し、強いネットワークを作っています。また、アメリカでは寄付の額も大きく、有名な病院は殆どが寄付をもらえるため、資本投資があまり必要になりません。アメリカの経営管理も優れています。Hackensack病院のようにpay for performanceの病院が多く、患者満足度を数値化してそれを経営上の指標とすることで、病院のqualityの向上に努めています。
次にシンガポールですが、小さい国なので雇用における医療への期待は大きくありませんが、ビジネスとしての医療への期待はやはり大きいです。health tourismといった、海外の人を医療目的で呼び込んで、観光でお金を使ってもらうという産業も盛んです。周辺の国から富裕層を呼び込もうと熱心に活動しています。国が小さいため病院ごとの医療機能の分化も進んでいます。
タイも同様に産業として医療を見ています。シンガポールと同様にhealth tourism的に国外から観光客を呼び込もうとしていますし、また、Bumrungrad病院のような、富裕層向けに特化している病院もいくつかあります。
最後に北欧です。私の印象としては、医療を産業と見る傾向はそんなに強くありませんが、北欧では税金や社会保障が充実しているので、医療には非常に安定感があります。
日本でも対象の国をきちんと選べば、health tourismを活発化することは可能です。しかし、英語環境がないことは大きな問題です。海外の人たちが医療を受けに日本に来たときに、英語環境がないawayな印象を受けてしまうのでは、誘致は見込めません。
health tourismの顧客が期待しているものは地域によって異なります。東南アジアや中東では自分たちの国の医療の質が悪いから、ヨーロッパではアクセスが悪いから、米国ではコストが高いから、それぞれ海外の医療を求めるわけです。health tourismを考えるときは、これらの様々なニーズを考慮しなければいけません。
21世紀は健康を最も重視する時代となっていうので、健康増進への投資などはもっとあって然るべきです。都市計画のひとつのパーツとして医療を入れることも可能ですし、先端技術への投資という意味合いでももっと注目されるべきです。このような動きは日本では消極的で、むしろ途上国の方が熱心なのは大きな心配です。
3.リスクとしての医療対策
最後に、医療とリスクマネジメントをいかに結び付けるかの話をします。そもそも医療とは、健康を失うというリスクに対するリスクマネジメントと考えられます。社会保障自体がもともとリスクマネジメントと捉えられるわけです。そう考えたとき、医療制度と医療提供体制を分けて考える必要があります。医療提供体制は医療制度に必ずしも左右されません。経営的発想やリスクマネジメントなどは組織としてやらなければならないことで、そこには制度と無関係の部分もあります。
リスクとは不確実に発生する様々な事象と定義することができますが、その分類として自発リスクと非自発リスクがあります。自発リスクは生活習慣病のような個人の責任によるリスクで、非自発リスクは感染病のような国の責任となるリスクです。ただし、その境界の厳密な定義はまだありません。
さて、リスクへの対応を考えるとき、まずはpriorityをつけることが大切です。不確実に発生する事象は無数にあるわけで、その中から事象の重大さや起こる確率を考慮に入れて、対応するべき事象を選ばなければなりません。また、事象が起こるまでの時間を考えることも重要です。目の前のことではない何十年後の事象のために積極的に対応できる人は少ないからです。
また、リスクマネジメントを効果的に行うには、国民意識の変化も必要です。医療にはリスクが付き物だとは知っていても、自分だけはリスクに関わりたくないと考えている人はたくさんいます。そのような人たちがクレーマーとなり、その数が増え続けることによって日本全体がクレーム社会になりつつあります。そのような人々の意識を変える必要があるでしょう。同様に、グローバリズムも考えなければなりません。医療自体はサービスなので幾分かはドメスティックな部分はありますが、それでもグローバリズムの流れは確実に医療の分野にも押し寄せています。
申込締切日:2008-01-30
開催日:2008-01-31
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