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【緊急提言】第5回「教育と医療は国家の品格」

【緊急提言】第5回「教育と医療は国家の品格」
「医療政策―新政権への緊急提言」第5回目は、テルモ株式会社代表取締役会長である和地孝氏の登場です。インタビューは、下記のような共通の質問項目に沿って行われています。


<質問項目>
1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は?
2.課題解決を実現するための財源確保の方法は?
3.課題解決のため、行っている、あるいは行おうとしているアクションはありますか?
4.民間非営利のシンクタンクである日本医療政策機構への期待やアドバイスを。
5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。


1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は?

医療と教育は国家の品格。哲学をもって臨め。

まずはじめに、今日私がお話しするのは「新政権への緊急提言」という政治や政策、ましてやマニフェストといった話ではなく、医療全体をどう高めるかというもっと大きな見地にたった話であることをご理解いただきたい。

教育と医療は、国民の公共財であり、国の根幹を左右するものであると同時に、ひとたび崩壊となれば立て直しには確実に10年単位の時間を要するだろう。つまり両者における課題は、他に関する課題とはまったく性質の異なるものと考えるべきで、「財源の確保ができないからやらない」、あるいは「資金的な問題で課題解決への着手を先送りにせざるをえない」などという姿勢で臨むなどあってはならない。人の幸福に影響する教育や医療に対しては、哲学を持って臨まなければならないのである。

残念ながら我が国は今、品格を保てるか否かの淵に立っているのではないだろうか。「ヒポクラテスの誓い」を必読しろとまでは申し上げないが、医療政策にたずさわる諸氏には、ぜひ医療にまつわる哲学への造詣と認識を深めてもらいたいと思う。

「高齢者=病人」ではない

日本の医療にまつわる問題のひとつは、たとえば「高齢者=病人」との認識。その認識がベースとなり、「高齢化が進む」、「病人が増える」、「お金がかかる」――「だから、医療費が増える」との論法ができあがっている。こうした論理展開に疑問を発する声が少ないのには正直、驚きを隠せない。私は、「高齢者=病人」には大いに疑問を感じているし、政策担当者と医療の現場に身を置く方々には、発想の転換を呼びかけたい気持ちだ。

たぶん日本は、世界的に見て、かなり高齢者の寝たきり比率が高いだろう。背景に「畳の文化」があるせいかもしれないが、日本では、老人を、病人を、すぐに寝かせてしまう。この発想転換するだけでも、先に挙げたような納得し難い論理展開から脱却できると思うのだが、いかがだろうか。すぐに「寝かせて」しまう慣習や認識が寝たきり老人を大量に輩出している。言葉は悪いが、重篤患者の大量生産が行われているとも言える。

スウェーデンなどでは、寝たきりの患者を増やさないよう患者は極力ベッドから出るような手が打たれており、そのために車椅子が重用されていると聞く。日本は、高齢者の扱いについて、まだまだ他国に見習うべき点が多いと感じる。

ちなみに、最近は、「医療はコストと考えるべきではない。むしろ産業として発展させる視点が必要だ」との意見が、国会議員の中からも出始めている。これもまさに発想の転換だろう。医療に関して多くの「発想の転換」から始まる議論に期待したい。

予算配分を大枠から議論する

医療費を各論として語る前に、国家予算の大枠の中で医療費、社会保障費の配分がいかにあるべきかという議論が必要だ。「医療予算はこれしか出せない」「将来的にはこれだけ削っていかねばならぬ」との論がどちらも既定路線かのように受け止められているが、社会保障全体への大きな配分に対する議論なくして、各論としての医療費だけが決まっているような現状には大いに疑問を感じる。

先進国の「社会保障費+公共事業費」の対GDP費は、約15%とほぼ同様の数値。日本もその中に入るが、医療費だけを見ると約8%で先進国内最下位となる。この点はきちんと議論すべきだし、繰り返しになるが「国家の品格」の問題だ。 

2.課題解決を実現するための財源確保の方法は?

消費税(生活必需品へ配慮した税率アップ)

財源確保については、まずは支出の無駄をなくすのは当然。しかしそれだけでは医療の財源確保は無理。残念ながら増税から捻出する以外に方法はない。いまの財政赤字の規模からしても、その対象は消費税だろう。ただし、他の先進国同様、生活必需品への税率は抑える配慮が絶対に必要だ。生活必需品への配慮を前提にした消費税増税を議論すべきときだと思う。

ちなみに、たばこ税の増税は、喫煙者が減り、国民の健康に寄与するであろうから賛成だ。

3.このような課題を解決するため、和地さん自身が行っている、あるいは行おうとしていることはありますか?

医療機器技術開発への努力

私たち医療機器業界には、医療の質向上と医療のコスト低減への貢献、いうなれば「人に優しい医療」の実現が使命として課せられていると考えている。たとえば、心筋梗塞の治療に使われるカテーテルは、以前は足の動脈から入れていたが、腕から入れられるようにしたことで、治療における侵襲を低減すると同時に、手術費用や入院費の減少にもつながった。

日本人は、ものづくりが得意だ。工業界を広く見わたせば、世界的な要素技術を有する企業も数多い。行政、企業、大学の連携をより活発化させれば、医療機器を通じた医療、あるいは医療政策への貢献はさらに大きなものになると確信している。

先の10月24日、甘利明行政改革担当相が、規制改革会議に医療機器の臨床研究用承認制度(日本版「IDE制度」)の創設などを規制改革テーマとして提案した。臨床研究用承認制度とは、薬事法で承認される前の開発段階にある医療機器の有用性を臨床で確かめられるようにするというもの。国内の医療機器産業の機器開発支援が目的だと聞く。同承認制度の創設提案は、行政にも医療機器が医療やその政策に及ぼす影響が大きいとの認識が芽生えた証とも言え、喜ばしく思っている。

ちなみに医療機器には、大きくわけて診断機器と治療機器がある。特に後者は使用中に患者が命を落とす場合もあるという点で特にリスクが高いとされている。実は、医療機器メーカーが要素技術における連携等を専門技術会社に要請した折に、その治療機器の抱えるリスクが障壁になるケースがある。これは、日本独特の現象だ。

連携を辞退する専門技術会社には、「人の命にまつわることにかかわって、世の非難を浴びる事態は避けたい」とのメンタリティがある。あえて言うなら、欧米の「チャレンジして失敗しても評価する文化」と「人に迷惑をかけてはいけない文化」の違いなのだろう。ただ、これでは医療機器の技術開発はなかなか進まない。そろそろ国民の皆さんにはメンタリティを変え、長い目で医療機器の果たす貢献度を考えるようにしていただきたい。


4.民間非営利のシンクタンクである日本医療政策機構への期待やアドバイスを。

本質的で開かれた議論の場を

医療にまつわる問題においては、上澄みが喧伝されて本質が見すごされている事象が多すぎる。新聞には「産科や小児科の医師が不足」とは載っているが、なぜそうなっているのかが書かれていない。たとえば、若い医師が訴訟を怖れて産科や小児科を敬遠しているという基本的な事実や本質が書かれていないのである。それに関しては、いささか既存のマスコミには期待できないというのが私の感想だ。

そこで、日本医療政策機構のような中立的なシンクタンクには大いに期待している。ときには政府に対して、ときにはマスコミに対して、そして国民に対して、勇気を持って本質論を投げかける役割を果たしていただきたい。医療の議論では、本質が本音で語られる場があまりに少ない。

2008年はじめの医療政策サミット(註:日本医療政策機構主催)のときに、私は「後期高齢者医療制度」という名前は良くないよ、と指摘したはずだ。あの時に参加していた政府の方もすでにその名称を非常に気にされていた。あの時変えていれば、あれほど後期高齢者医療制度が問題になることはなかったかもしれない。そういう「言いにくいことも言う」という鋭い議論や場を提供してほしいと切に願う。本質の議論を提供しなければ、日本は劣化する。

5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。

教育と医療は国家の品格

国が衰え、経済的に、政治的に二流、三流国になり下がることを望む国民はいないだろう。それぞれにおいて一流の国であるための努力はあってしかるべきだが、同時に、国家の品格についての思考も止めてほしくはない。

日本はすごく良い国だ。私は57カ国回っているが、日本が一番だ。国境を他国と接していない、水道水をそのまま飲める、川の水が澄んでいる等の環境の中で培われた高度の精神文化と美意識がある。こんなに良い国だが、日本人が劣化しているように思う。これを支えるのが、教育と医療だ。

冒頭で述べたように、教育と医療は他の問題とは質を異にし、国家の品格を問われる課題である。そこには哲学が求められるのだ。


■略歴
和地 孝
テルモ株式会社代表取締役会長

1935年生まれ。1959年横浜国立大学経済学部卒業後、同年株式会社富士銀行入行。1988年取締役業務企画部長となる。1989年テルモ株式会社入社、常務取締役、専務取締役を経て、1994年代表取締役副社長、1995年代表取締役社長に就任。2004年より現職。公職として、社団法人日本経済団体連合会常任理事、日本医療機器産業連合会会長なども務める。2004年度ミッション経営大賞(ミッション経営研究会)、同年度財界経営者賞(財界研究所)を受賞、2008年秋 旭日中綬章。著書に『人を大切にして人を動かす』(2004年 東洋経済新報社)、『人の心を動かす人になれ』(2006年 三笠書房)。
1990年代はじめに経営危機に陥ったテルモを、「人はコストではなく資産である」との経営哲学の下、「人を軸とした経営」を実践し、今日の姿に建て直した。

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「緊 急提言」シリーズはあらゆる分野の方々に幅広いご意見を伺うこととしております。当シリーズでインタビューにお答え頂いた方のご意見は、必ずしも当機構の 見解を代表するものではございません。

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