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【開催報告】HGPIセミナー特別編 特別対談 「医療DXで可能になる国民目線の保健医療システム」(2023年8月1日)

【開催報告】HGPIセミナー特別編 特別対談 「医療DXで可能になる国民目線の保健医療システム」(2023年8月1日)

本HGPIセミナー特別編は、当機構のリサーチフェローでもあり、慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室特任准教授である藤田卓仙氏と、当機構の理事でもありカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部(内科)・公衆衛生大学院(医療政策学)准教授である津川友介氏による対談形式で開催しました。

プライバシーなど個人の人権、データ収集機関の利益、公益という社会全体のニーズなどが医療DXの議論にどのように関わっていて、持続可能で信頼される保健医療システムの構築に向け、今後、医療DX求められる議論や乗り越える必要がある課題について議論いたしました。

議論のポイント

  • 匿名化/仮名化されたデータは、どこまで個人の同意なしに利用してよいか
  • データを取り扱う上でのリスクである“流出”を防ぎつつ、データ利活用の簡便化を実現させるための取り組みとは
  • 利便性向上を求めたオンサイトからVPN(Virtual Private Network)を活用したデータの取り扱いへ
  • 個人情報の保護と精密情報だからこそ研究による利益が大きい医療情報、両者のバランスをどのようにとるか
  • デメリットも含む医療DXのメリットに関する国民との対話とは
  • 健康情報の帰属先は国か?病院か?それとも個人か
  • 健康情報の公開や共有がもたらす個人への恐怖心と集団への効果
  • 価値のある情報取得のためのインフラは誰がどのように整備するか


藤田 卓仙(日本医療政策機構 リサーチフェロー/神奈川県立保健福祉大学 ヘルスイノベーション研究科 特任准教授/慶應義塾大学 医学部医療政策・管理学教室 特任准教授)
日本の医療DXの課題

日本における「医療DX」の課題は、大きく3つある。それは、「メリットの不透明さ」「諸外国と比べた遅れ」「持続可能な仕組みの欠如」である。

メリットの不透明さ

2022年10月岸田首相を本部長とする医療DX推進本部が発足し、2023年6月に公表された日本の医療DXの進め方を示す工程表には、全国医療情報プラットフォームの構築を主体としたマイナンバーカードに関する取り組み、電子カルテの標準化、診療報酬のDX化が記されている。

同時に、政府より医療DXのメリットを紹介するイメージ図が乳幼児から青年期、成人期から高齢期といったライフステージ毎に示されている。このイメージ図上には、処方箋の電子受け取りができるようになる、診療や服薬指導がオンラインで受けられるようになるといった具体的なメリットが書かれている。

しかし、これらの具体的なメリットが公表されていることを知らないという声や、普段通院していない人にとっては、「受診行動の利便性」によるメリットのイメージが湧きづらく、「何ができるのかわかりづらい」というイメージが先行してしまっている。加えて、医療DXのキーアイテムであるマイナンバーカードに対するイメージがあまり芳しくなく、メリットを強調する段階に至っていないのが現状である。

解決の手立てとしては、まず具体的なメリットを提示し、併せて今後のビジョンを国民と共有することが大事だと考えている。また、デジタルの良いところはたとえ失敗したとしても同じソフトウェアでアップデートができることであり、社会全体としてトライアンドエラーを繰り返して、医療DX全体を良くしていくことに寛容になることも重要である。

諸外国と比べた遅れ

日本の現状
医療だけに限らず、日本のデジタル化の遅れは誰もが感じていることだと思う。例えば、国際経営開発研究所(IMD: International Institute for Management Development)による2022年の世界デジタル競争力ランキング で日本は、63カ国中29位(データ活用は最下位)である。また、電子カルテ普及率が一般診療所や200床未満の一般病院では50%程度に留まっている。さらに、オンライン診療も認知されつつあるものの普及しているとは言えず、コロナ禍においてこれらデジタル技術の急な導入とアナログ対応の混在により現場も国民も混乱した。

EUの例
海外の例として欧州連合(EU: European Union)におけるデータ利活用を見てみると、2021年に欧州保健・デジタル政策庁(HaDEA: European Health and Digital Executive Agency)が新設され、欧州保健データベース(EHDS: European Health Data Space)の整備、さらには関連して欧州データガバナンス法の整備と、EU内、越境でのデータの1次利用、2次利用が促された。また、フランスではMy Health Spaceという国民が自身の健康情報にアクセス可能なデータベースが整備されており、国民が主体的に自身の健康情報を閲覧できるのが当たり前となりつつある。

しかし、元来EUはプライバシーに関して厳しく、データ利活用に関するルールや制限が多くあるため、デジタルトランスフォーメーション(DX)は難しいとされてきた。そのような地域においても新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による国際的な感染拡大(パンデミック)を一つの契機として、データ保護の基盤をもとにデータ利活用のための法整備などが急激に進んだ。

今後は、1次利用と2次利用別のルール作りや、医療のためであれば同意がなくてもデータ利活用が可能など、データの利用目的によってルールを分け、より円滑にデータ利活用ができるよう提案がおこなわれている。このように、理念や目的さらに理念に基づいた法律を示していることからEUはDXが多面的に進んでいるといえる。

グローバルにおける日本の立ち位置
これらを踏まえ日本はまず、個人情報保護法が足かせになっているイメージがある。実際に規制改革推進室からの答申などで、法改正に向けた議論は起きている。2023年の次世代医療基盤法の改正も含めて、データ利活用のルール作りの方向性は、迅速化や円滑化など多少なり示されてきているが、COVID-19対策を含めて多くの利活用の事例に関しては、法整備をせずに進めようとしてきたのが日本の現状であり、大きな問題点である。

加えて、近未来の話をすると生成系AIやメタバースといった最新技術のなかでもヘルスケアを取り扱うことができるよう、先を見越した法整備も大事だと感じている。

日本は、2019年のダボス会議で当時の安倍首相が、「信頼性のある自由なデータ流通 (DFFT: Data Free Flow with Trust)」を提唱し、データ技術を円滑にするような国際的枠組みの作成を試みていた。国際的に日本がデータ利活用においてリーダーシップを発揮し、DFFTの概念にヘルスケア領域も遅れをとらぬよう進めていくことが日本の医療DX推進の鍵となると考えている。

持続可能な仕組みの欠如

医療DXの理念やすべきことの明示は必要である一方、実現するためには財源・ビジネスモデルや人材などの実現可能性と持続可能性を考えることも重要となってくる。現在の工程表で示されている「全国医療情報プラットフォーム」の構築に向けて、持続可能なシステムとすべく以下が重要である。

地域医療情報連携ネットワークの事例活用
地域医療情報連携ネットワークには、多くの失敗例・成功例がある。例えば、長崎の「あじさいネット」は連携の好事例であり、これをどう全国医療情報プラットフォームに活用できるか考え、方針を示すことで好事例の作り手の次へのモチベーションともなりうる。

他セクターとの協働・連携や医療概念の拡大
DXに関しては、民間企業の方が技術的に優れている。医療DXは政府による枠組みがあるものの、民間の強みも活かして、連携しながら進めることで真に国民にとって役に立つ医療DXを目指すことができる。加えて、日本の医療は保険の枠で考えがちであるが、保険外診療も含めて広い意味でWell-beingを捉え意識し、進めて行くことが重要と考えている。

 

 

津川 友介(日本医療政策機構 理事/カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部(内科)・公衆衛生大学院(医療政策学)准教授)

個々に割り当てられる識別番号により広がるDXと生まれる不信感

日本におけるデジタル化でまず話題にあがるのがマイナンバーだと思うが、アメリカでもソーシャルセキュリティ番号(個人識別番号)があり、これで個人をすべて認識している。アメリカのソーシャルセキュリティ番号の管理は行政レベルで行われているが、利用に関しては多くの民間企業が利用できるようになっている。日本ではこのマイナンバーを使える組織や民間企業は限られており、セキュリティーの面では日本の方が高いと考えられる。

各種サービスは、従来通りそれぞれで発行した番号で自社サービスと顧客を管理している一方、各種サービスの番号と個人識別番号が行政レベルで紐付けられている。これを保健医療の分野で捉えると、保険者番号や各病院での診察券にはそれぞれの番号が振られているが、それらの番号と個人識別番号を裏で連結できるようになっていることになる。これは、各種サービスではそのサービスの範囲内でしか情報を確認することはできないが、個人識別番号つまり個人で捉えると異なる母体のサービスを受けた場合であっても裏でデータが繋がっているため、それぞれのデータを連結し、個人の連結した情報として捉えることが可能になっている。

このように、異なるところで収集された情報を連結することで、個人へのメリットは大きなものを生むが、日本ではこの連結という点で、最終的には人の手で情報と情報を同定させるためミスが起こり、プライバシーがさらされる懸念が生じ多くの国民が不信感を抱いている。

不信感が起こる原因は、まさにDXという生活体験が大きく変化するところにあると言える。現状でも個人情報に関するミスは多く起きているが、変化のなかで見えているものではない。そのため変化がないから悪いことは生じていないと錯覚する“現状維持バイアス”という言葉で説明できるものである。変革により起こるミスに、人々が寛容になっていかないと医療DXという大きな変革は進まない。日本はこのような状況も含め解決していく必要がある。

アメリカにおけるデータ利活用の現状

前提としてアメリカは日本のような皆保険制度ではなく、様々な保険があり、保険者ごとにデータがあるという特徴がある。それら複数の保険データベースを収集し、共通のデータベースを構築したレセプトデータも存在している。さらには、民間企業がもっているデータベースや研究目的で公開しているデータベース、ビジネス目的で利用しているデータベースなど、多くの種類のデータベースに様々な人の医療情報が保存されている。

先述のとおり、これらデータの中には、行政機関と協力することで、裏で個人識別番号で繋げることができるものもあり、調査するデータベース以外の情報も行政に依頼することで抽出することができる場合もある。様々なデータを組み合わせることで、全体像を見ることが可能となっており、そのためにも個人識別番号は重要な役割を担っている。

一方、それだけ情報収集されると個人が特定されてしまうのではないかという心配もある。しかし、これらの情報はすでに匿名化がされており、データベース自体は独立していることから、再同定はできないようになっており、個人情報を保護しつつデータ利用者は自身の主たる目的にのみデータを利用することができるようになっている。研究目的のデータなどに個人識別番号が含まれることはない。

日本の医療DXの現状と課題

一方日本のデータ利活用における現状は、年齢で保険が変わることや介護との連結ができないことなどが挙げられ、これらはいずれもデータ利活用の基盤に関する課題である。先述のとおり、個人識別番号があればそれを中心に各種サービス番号と連結することができる。データを用いてこれを活用することであらゆることの全体像を見ることができるようになるが、日本においては、個人識別番号の整備、各種サービスとの連結のどちらも整備が不足しているため、円滑・柔軟なデータ利活用はまだまだ困難といえる。

加えて、日本の個人情報保護法の対象範囲が広いことも課題である。アメリカの場合、個人情報保護法は患者のみを対象としており、医療機関側は対象外と定められている。しかし、日本の場合、個人情報保護法により保護される情報というものが不明瞭であり、商業利用にしても研究利用にしても個人が特定される恐れのあるものはすべて使えないとした結果、データの価値が失われてしまうことがしばしばある。

このように、日本の医療DXは、マイナンバーというその基盤整備の課題とそれらを連結する仕組み、さらには繋げた先の利活用に向けた個人情報の保護にいたるまで多くの課題が残されている。次のセッションでは藤田先生とこのあたりの課題について議論ができればと思う。

 

ディスカッション

匿名化/仮名化されたデータは、どこまで個人の同意なしに利用してよいか

  • 日本の場合、“念のため”全員オプトインにしておこうという話によくなる。このように不要な人や不要な内容にまでとりあえず同意をとるという状況が、例えば企業で個人情報データを利用するとなる場合、各個人へ同意をとる必要性が生じ、ものすごくコストがかかっている。この状況ではイノベーションを起こしづらいと考えられる。
  • 要配慮個人情報は取得する時点で同意をとることが、日本の個人情報保護法における、基本ルールである。医療情報はそのほとんどが要配慮個人情報でありオプトインで利用することになっている。しかし、すべての同意を対面で明示的に取得することは非現実的であり、多くの情報利用に関しては、病院窓口やホームページなどに情報利用について掲示をし、黙示での同意を得ているのが実情である。この現状では明確な同意になっていないという意見もあり、そこが“念のため”として、あらゆる書類に署名を重ねている事態を招いている。
  • 次世代医療基盤法に基づいたデータ利用に関しては、通知をした上でのオプトアウトが認められているが、いずれにしても手間がかかりすぎるため、規制改革会議で同意の簡便化について議論されている。匿名化・仮名化、その周辺の整理となるとまだまだ課題が山積している。


データを取り扱う上でのリスクである“流出”を防ぎつつ、データ利活用の簡便化を実現させるための取り組みとは

  • アメリカのあるスタートアップ企業では、医療情報の活用に関する主たる課題は情報を病院から外部へ持ち出すことであると捉え、病院内でデータ収集・分析が完結し、その解析結果もしくはアルゴリズムだけを病院外に出すようなシステムを導入している。このようにアメリカでは線引きを明確にし、問題が起きないようにする仕組みを検討・実践している。
  • 世界経済フォーラムでも、データを外部へ出すことなく必要な最終結果のみを持ち出すことができるようになればよいのではないか、それをルール化し本人の個別同意なしでのアクセス可能なシステムを作るのはいかがかと議論になったことがある。研究者側からもデータを持ち歩くことはリスキーであり控えたいという意見があり、これが実現すれば双方にとって良い仕組みだと思う。
  • 現在、日本のナショナルデータベース(NDB: National Data Based)は、データをオンサイトで分析できるような仕組みを整備し、上記の方向に向かっている。しかし、分析の場が院内データの蓄積箇所に限定されるというのは、利便性がよくないという意見もあり、法的なルール作りというところまで追いついていない。


利便性向上を求めたオンサイトからVPN(Virtual Private Network)を活用したデータの取り扱いへ

  • アメリカのメディケアを例にみると、匿名加工された情報の入ったハードドライブによりデータを受け取っていた時代から、VPNのアクセス権をもらうだけで自分でアクセス可能な時代に変化していきている。この場合、希望する情報を選択すると、管理者から漏洩リスクがないよう確認され、データの横流しが起きない状態を作ることで安全が担保されている。従来通りオンサイトでの情報取得も可能でありセキュリティ体制を万全に整えられている。
  • 日本では、デジタル全般において匿名化をすることで流通させようという流れがあり、匿名化したら問題はないという相場感はすでに出来上がっている。しかし、ヘルスケアに関する情報は、個人が同定できない形まで匿名化を行うと、多くが役に立たないデータになる。そのため、せめて仮名化、時には顕名で本人のことを追うことができ、分析結果によっては必要に応じて本人にも介入ができるような仕組みが必要と考えるが、それも含めルール作りには至っていない。


個人情報の保護と精密情報だからこそ研究による利益が大きい医療情報、両者のバランスをどのようにとるか

  • データの世界は基本的にいたちごっこである。医療に限らず情報の保護を行うとそれを破る技術が出現し、そしてそれを凌ぐ保護システムを作ろうとする。そのため、法律などで罰則を示しながら、再同定できたとしても禁止すべきことをルールとして定めることが不可欠である。同時に、データ利用者に対する信頼の問題も大きい。研究者は研究のためにデータを取得し分析を行っている。患者のプライバシーを覗くことが目的ではなく、世の中のためになる情報を生み出したいという思いがあることが前提である。しかし、その信頼を失うことが起きてしまうと、DX全体に対して国民の不信感がつのり、利用にあたって厳しいルールやシステムが導入されてしまう。
  • 一方、信頼とは無形の概念であり実態がない。法的拘束力や罰則規定などのセーフティーガードがあることが望ましい。“信頼”と概念が好まれる国民性もあるのだろうが、日本においてこのペナルティとなる部分の設定がまだ不十分である。コロナ禍を例にあげると、海外では新たに法律を作り、その法律に基づいてコロナ対策する地域があった。他方日本の場合は、通知や同調圧力によりかろうじて乗り切った印象もあるのでこのような日本人ならではの国民性が、個人情報保護や情報を活用したイノベーション分野のバランス調整に苦慮する面ではあると思う。


デメリットも含む医療DXのメリットに関する国民との対話とは

  • 個人情報は普段から漏洩がおきている。我々がインターネットで検索したり、物を購入したり、アプリをダウンロードしたときなど個人情報は漏洩しており、それに対する同意なども多く通知され、国民は同意にチェックを入れている。それは、そのサービスが便利・魅力的だからというのが一番の理由だと思う。リスクは多少あるかもしれないが、次からログイン不要になり簡便とか、特典が付くなど、サービス提供側にとってアピールできるメリットが、消費者側の個人情報の提供というリスクを上回っているからだと思う。医療DXにおいても、情報漏洩に対する不安があり、それ以上に国民にとっての利便性や魅力が見えない限り普及は難しいのではないか。
  • 現状、医療DXにおけるメリットは沢山あり、それを周知し国民がメリットを感じ取ることができれば理解が進むと思う。例えば、マイナンバーカードにおいては、コロナ給付金配布やワクチン接種の証明書の取得など、わかりやすいメリットに惹かれて動いた人は一定数いた。一方、ヘルスケア分野でメリットを示す上で難しい理由は、多くの国民が自分は健康であり医療は関係ないと思っていることである。そのような人々にとって受診や通院は日常的なものではなく、受診行動の簡易化や診療連携、処方箋・診断書のDX化などだけでは、メリットと感じづらい。


健康情報の帰属先は国か?病院か?それとも個人か?

  • お金に関してはメインの銀行にいけば個人の口座残高や取引状況などがひと通り管理されている。しかし、健康情報に関してはある一つの病院や行政がすべてを把握しているわけではなく、検診については検診を受けた病院、心臓については心臓の治療をした病院など、個々に管理されている。つまり、だれも個人の保健医療情報の全体を管理していない。
  • 個人の一連の医療情報は、誰が所持すべきなのかという議論はしばしば起こる。患者本人なのか、医療機関なのか、国か。多くの国では患者本人が所持しているが、患者本人がそれを管理するためのリソースがないという問題がある。莫大なデータの管理や運用、など個人では限界がある。例えば他国では、民間サービスが本人に代わって管理を行うという議論も起きている。
  • 医療情報が記載されている主たるものとしてカルテがあるが、日本ではカルテは医療者が個人的に残す記録という意識もある。一方で情報は患者個人のものであるという意見も強くあり、議論が巻き起こっている。北欧などでは国が一元管理しているという話もある。しかし、そもそもデータというものは、有体物と違い共有が可能でありコピーもできることから、患者が持つ部分、医者が持つ部分、国が管理する部分というように、分割して考えてもよいのではないか。本質的に大事なことは、誰のものという議論ではなく、それを使用してそれぞれにどのようなメリットがあるかということである。
  • 日本では医療の基本的なシステムとして国民皆保険制度があり、これは国民健康保険を基盤として構築されているシステムである。行政機関である自治体が管理を行っていることから、国が管理をする必要があるのは間違いない。そのうえで、患者、医療機関、国のそれぞれがデータを所有し、必要な箇所で適切な形で情報の利活用がなされることが理想形といえる。
  • アメリカでは、患者がカルテへ直接アクセスすることを可能にするための法律がある。日本でも個人情報保護法で、患者からの開示請求があった場合に、医療機関はカルテを開示するが、アメリカのように患者本人がオンラインなどで直接アクセスできるような仕組みにはなっていない。患者がカルテへ直接アクセス可能となれば、病院を受診した後、自宅で落ち着いて医師の説明を見返すことができるという点や、自身の病状を再認識し健康状態を自分事として捉えることができるなどのメリットがある。
  • このシステムの準備段階では、医療者側の説明不足が露呈する、内容の解釈が難しいなど医療者と患者との関係悪化や患者の不安につながりうるのではないかと懸念された。しかし、実装されてみると患者のみならず医療者にとっても好評であり、ヘルスリテラシー向上にもつながる結果となっている。


健康情報の公開や共有がもたらす個人への恐怖心と集団への効果

  • マイナンバーカードで起きている議論のように、個人情報の流出を恐れている人は、必ずしも知られたくない健康情報をもっている訳ではなく、悪用されるのではないかというおそれを漠然と抱いていることも多いのではないだろうか。例えば、希少疾患では、その体験が希少であるゆえに同じ病気の人のために活用されるのであればデータを提供したいという思いがある方も一定数いるように感じる。実際にアメリカでは、希少疾患の患者がコミュニティを作り、治療の実体験を共有する場がある。希少疾患は効果的な薬が少なく、コミュニティでの情報が患者のみならず医療者にとっても参考になる場合もある。これはいわゆるSNSにおける情報共有のようなものだが、情報がデータベースとして蓄積され、さらには研究開発、医療・医薬品開発などで利用されるようになれば、いずれは多くの人の役に立つだろう。


価値のある情報取得のためのインフラは誰がどのように整備するか

  • 最近では、ウェアラブル端末やヘルスケアアプリなど、日常の中でも得られる健康情報が増えてきており、健康と医療との境目が曖昧になってきている。アメリカでは、民間のプラットフォーム企業と病院が共同し、ウェアラブル端末やアプリの利用数を伸ばしている。日本でも医療DXに向けたデジタル基盤インフラの整備が急がれる。問題はそのインフラを誰が整備し管理するのか、である。ヨーロッパでは国が主導して整備や管理を行い、EHDSではEU全体で共通のプラットフォームを作っている。他方、アメリカでは各保険者が民間主導でプラットフォームを作っている。民間企業は技術やノウハウを有しており、資金的にもシステム的にも持続可能性が高い。
  • 財源確保に関しても課題がある。研究に対する国の予算というのは、あくまで“研究”そのものに対する資金であり、研究成果の活用などその後のフォローアップには予算は付かないことも多い。そのため、持続可能な仕組みではないという意見が出る。国が医学研究に支出し、得られたデータの管理・運用なども全て資金面でサポートしてくれるのが理想的だが、医療費抑制などの背景状況から、研究への投資もしづらく合理的な仕組み作りには至れていない。
  • 日本の保健医療に関連する資金には2つの動きがある。一つは、文部科学省が管轄し研究目的で使われる世界、もう一つが、厚生労働省が管轄し国民皆保険として運用している医療費の世界、である。使用するデータが同一のものであっても、研究者側と利用者側がそれぞれ異なる管轄のもとにあるため、それぞれが切り離されて考えられてしまっているのが日本の現状である。この橋渡しを行い、医療費を抑えるためにも研究に投資するというスタンスが日本全体で形成されない限りは、医療DXに向けた有効なシステム作りは難しいという印象である。
  • アメリカでは、アメリカ国立衛生研究所(NIH: National Institutes of Health)という国の機関が研究費を支出している。ただの支出するのではなく、この費用で賄われた研究が後に医療経済を回す結果につながることから、国が支出した費用が国に還元されることを想定している。

 

 

【開催概要】

  • 登壇者:

藤田 卓仙(日本医療政策機構 リサーチフェロー/神奈川県立保健福祉大学 ヘルスイノベーション研究科 特任准教授/慶應義塾大学 医学部医療政策・管理学教室 特任准教授)
津川 友介(日本医療政策機構 理事/カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部(内科)・公衆衛生大学院(医療政策学)准教授)

  • 日時:2023年8月1日(火)13:00-14:30
  • 形式:対面形式
  • 会場:Global Business Hub Tokyo(〒100-0004 東京都千代田区大手町1-9-2 大手町フィナンシャルシティ グランキューブ3階)
  • 言語:日本語
  • 参加費:無料
  • 定員:100名

■プロフィール:

藤田 卓仙(日本医療政策機構 リサーチフェロー/神奈川県立保健福祉大学 ヘルスイノベーション研究科 特任准教授/慶應義塾大学 医学部医療政策・管理学教室 特任准教授)

東京大学医学部卒。東京大学大学院法学政治学研究科修了。名古屋大学経済学研究科寄付講座准教授、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター プロジェクト長を経て、2021年から慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室特任准教授、2023年から神奈川県立保健福祉大学 ヘルスイノベーション研究科 特任准教授。専門は医事法、医療政策。社会的活動として、内閣官房 接触確認アプリに関する有識者検討会合 委員、日本整形外科学会 倫理委員会 委員等。著書に『認知症と情報』(勁草書房、共著)、『次世代医療AI:生体信号を介したAIとの融合』(コロナ社、共著)等。

 

津川 友介(日本医療政策機構 理事/カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部(内科)・公衆衛生大学院(医療政策学)准教授)

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部(内科)・公衆衛生大学院(医療政策学)准教授、医師。ハーバード大学博士課程修了(PhD)。聖路加国際病院、世界銀行、ハーバード公衆衛生大学院での勤務を経て、2017年より現職。JAMA Intern Med、BMJ等に原著論文を複数掲載。著書に週刊ダイヤモンドベスト経済学書第1位の「原因と結果の経済学」(ダイヤモンド社、中室牧子氏と共著)、「世界一わかりやすい医療政策の教科書」(医学書院)など。専門は医療政策学、医療経済学。

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