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【開催報告】第90回HGPIセミナー「日本における予防接種の在り方と予防接種推進専門協議会の取り組みについて」(2020年11月12日)

【開催報告】第90回HGPIセミナー「日本における予防接種の在り方と予防接種推進専門協議会の取り組みについて」(2020年11月12日)

今回のHGPIセミナーでは、予防接種推進専門協議会委員長の岩田敏氏をお招きし、「日本における予防接種の在り方と予防接種推進専門協議会の取り組みについて」と題して、日本における予防接種施策の現状と課題などについてお話しいただきました。

なお本セミナーは新型コロナウイルス感染対策のため、オンラインにて開催いたしました。

 

 




<講演のポイント>

  • ワクチンはリスクとベネフィットのバランスを考慮する必要がある。また、ワクチンで防げる病気(VPD: Vaccine Preventable Diseases)については、ワクチンによる感染制御、そして重症化の予防が重要である
  • 予防接種推進協議会は、2010年に設立され、予防接種制度について継続的に評価・検討するとともに、全ての年代に、必要な予防接種を適切・安全に実施できる国内の体制整備に貢献することを活動の目的としている。現在までワクチン施策に関する様々な要望・声明・提言を学会横断的に取りまとめてきた
  • 日本のワクチンギャップは大幅に改善されてきたが、依然として存在している。予防接種はその価値と意義を踏まえると、国の危機管理および政策として対応していくことが重要である

 

予防接種推進専門協議会のこれまでと現在の取り組み
予防接種推進専門協議会が発足した2010年頃はまだ日本のワクチンギャップが大きい状況であった。そのため、予防接種推進専門協議会の当初の目的は、予防接種施策の見直しを行い、子どもたちや成人に必要なワクチンを国内で有効的に接種できる体制整備に貢献することであり、米国の予防接種の実施に関する諮問委員会(ACIP: Advisory Committee on Immunization Practices)のような専門家組織の構築を目標としていた。しかしその後、予防接種法の改正により、国内の予防接種制度を検討する組織として厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会が設立された。この動きを受けて、現在は予防接種制度について継続的に評価・検討し、全ての年代に、必要な予防接種を適切・安全に実施できる国内の体制整備に貢献することを活動の目的としている。

予防接種推進専門協議会として、これまで様々な提言や要望書を提出してきた。VPDについて、所得や収入と関係なく、希望者が全員ワクチンを接種できる体制を構築する必要性について、当時の厚生科学審議会感染症分科会 予防接種部会に要望書を提出した。また、ヒトパピローマウイルス(HPV: Human Papillomavirus)ワクチン等への新しい公費助成の制度を恒久化する必要性についても緊急声明で示した。さらには、教育の重要性も鑑みて、厚生労働省だけではなく、文部科学省に対して「がん教育推進のための教材」にワクチンに関する内容を含めるよう要望したこともある。

現在、協議会内では、百日咳ワクチン・不活化ポリオワクチンの就学前接種、東京オリンピック・パラリンピック等のマスギャザリングにおける感染症対策としてのワクチン接種、ワクチン接種の際のリスクコミュニケーションの具体的な方法などについて検討している。

 

ワクチン導入の意義と課題
ワクチン導入の意義は、いくつかに分類できる。たとえば、「VPDはワクチンで防ぐのが感染制御の原則」「ワクチンは流行しやすい疾患、罹患者は少ないが発症すると重症化・難治化・死亡する疾患が対象」「原則は個人防衛であるが、個人防衛の積み重ねが社会防衛につながる」「院内感染予防」「医療経済的にも有利」そして「予防接種は国の政策として推進する意義がある(感染症予防・感染症に対する危機管理、国民の健康の維持・増進)」である。

このようなワクチン導入の意義について社会の理解が進んではいるものの、依然としてワクチンギャップは存在している。その一因として、ワクチンが定期接種化されるプロセスの長期化が挙げられる。日本のワクチン制度では、任意接種と定期接種の2つがあるが、公衆衛生上必要度の高いワクチンが広く普及するためには、定期接種化されることが重要である。しかし、近年定期接種化に関する審議は長期化する傾向にあり、薬事承認から定期接種化への見通しが不透明であるため、企業のワクチン開発の意欲が阻害されている。米国ではACIPを中心として、ワクチンの開発後期の段階からワーキンググループ等での評価が開始され、法律による薬事承認後には公費の拠出の観点を含めて定期接種化の議論が可能である。米国の柔軟な制度運用に比べて、日本では、厚生労働省厚生科学審議会において、ワクチンにかかる様々な検討が独立してなされており、定期接種化の判断までにはかなり長い時間を要する。その一例として、おたふくかぜのワクチンは、発売から27年が経過しており、定期接種化に向けた審議は7年も行われているが、未だにこの審議が続いている。

 

HPVワクチンを巡る動き
子宮頸がんは若い女性の発症率・死亡率が高いことで知られている。国立がん研究センターの報告によると、現在約10,000人の女性が子宮頸がんを発症し、約3,000人が死亡、そして20~30代女性の間で罹患率・死亡率が増加している。子宮頸がんはHPVワクチンによる予防効果が知られているものの、日本では、2013年の定期接種開始後に生じた様々な出来事が影響し、2020年12月現在ではHPVワクチンの積極的勧奨はなされていない。

今後、HPVワクチンに関する適切な情報を接種者・保護者に確実に伝えることが求められる中で、「アカデミアからの科学的に裏付けられた情報発信」「行政(国、地方自治体)からの定期接種としてのHPVワクチンに関する情報の提供(個別通知)」「かかりつけ医からの適切な情報提供と接種勧奨」「教育現場における適切な情報提供」そして「国の積極的接種勧奨の再開」が強く求められる。また、最近は行政の取り組みなどによりHPVワクチンの接種率は上向いているものの、今後も引き続き注視する必要があると考えている。

また、このHPVワクチンをめぐる状況は、子どもを持つ親が自分自身や子どもへのワクチン接種を躊躇したり拒否したりするワクチン忌避(Vaccine Hesitancy)の一例と捉えることも大切である。日本の文化・社会では、友人・知人・周囲の人の行動を見てワクチン接種の必要性を判断する傾向がある。欧米で一部見られる、ある種信念をもってワクチンを接種しないと決断する層は少ないものの、ワクチンのリスクとベネフィット、つまり副反応と有効性の両方について情報を示しつつ、ワクチン接種の意義を伝えることが重要になる。そのためには、無知や偏見による影響を減らすため、メディア等がワクチンの効果や副反応を誇張することなく、可能な限り中立的かつ科学的な報道が出来るようにするためにも、専門家による助言の重要性が今後高まっていくと考えている。

 

今後のワクチン施策の改革のために
米国では、ワクチン開発後期の段階からACIP が評価を開始し、薬事承認後に速やかに定期接種化の評価を判断できる制度が構築されている。日本においても、既存の体制や方法が効果的・効率的に機能しない場合は、定期接種化に必要な議論や審議のプロセスもより一層の工夫が必要かもしれない。また、実際に定期接種化を実現するためには、定期接種の実施主体となる地方自治体等に対して支援をする総務省、そして定期接種を実施するための予算を割り当てる財務省等とも円滑な議論ができることが重要である。

以上のことより、今後のワクチン施策においては、開発段階から定期接種に必要な要件や定期接種化に至るまでのタイムラインを明確化するとともに、新規ワクチン開発や定期接種化に必要な疫学データを日頃から収集する努力が必要である。また、優先度の高いワクチンに焦点を絞り、開発促進を行う姿勢も求められる。さらに、定期接種化等に必要な審議を速やかに進めるためにも、国の危機管理、社会保障・安全保障の観点から、関係省庁が一体となって審議を行うことが重要である。特に政策立案に関しては、アカデミアや産業界等との強い連携も望まれる。

ワクチンにおいて重要なのは、ヒトの健康を維持しながら、様々なリスクベネフィットのバランスを考慮する事である。ワクチンのベネフィットとは、個人・社会レベルでの疾患予防や医療費削減であり、ワクチンのリスクは有害事象、ワクチンの費用である。一般的には疾患の治療等に必要な費用よりワクチン接種の費用のほうが安価と言われているが、ワクチンが普及し、個人・社会レベルでの疾患予防や医療費削減が実現されると、このベネフィットが一見わかりづらくなってしまう。したがって、正確な情報を用いたリスクコミュニケーションを通じて、ワクチンのリスクベネフィットを理解してもらい、接種の判断につなげることが重要である。

VPDはワクチンで防ぐことが感染制御の原則である。またリスクコミュニケーションと合わせて、ワクチン接種の公費負担が接種機会を増やすことにもつながるため、予防接種は国の政策として実施する姿勢が重要だと考えている。

 


プロフィール

岩田 敏 氏(国立研究開発法人 国立がん研究センター中央病院 感染症部長、慶應義塾大学医学部 客員教授、予防接種推進専門協議会 委員長)
1976年、慶應義塾大学医学部卒業。同年、慶應義塾大学医学部小児科学教室入局。1996年には米国セントルイス大学およびコロンビア大学に短期留学。
帰国後、1999年、国立病院東京医療センター小児科医長に着任。独立行政法人国立病院機構東京医療センター教育研修部長、同統括診療部長、医療安全管理部長、治験管理室長を歴任。2010年に慶應義塾大学医学部感染制御センター教授に就任し2013年には、慶應義塾大学医学部感染症学教室教授。2017年から国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院感染症部長および2018年からは慶應義塾大学医学部客員教授に従事。
予防接種推進専門協議会委員長、日本臨床腸内微生物学会理事長、公益財団法人日本感染症医薬品協会理事長を務めており、2013年から2017年には一般社団法人日本感染症学会理事長。


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