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【開催報告】第104回HGPIセミナー「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムとアウトリーチ支援の展望」(2022年3月4日)

【開催報告】第104回HGPIセミナー「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムとアウトリーチ支援の展望」(2022年3月4日)

今回のHGPIセミナーでは、国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 地域・司法精神医療研究部長の藤井千代氏をお招きし、精神障害にも対応した地域包括ケアシステム(にも包括)の目指すあり方をご説明いただきながら、関連政策の動向やアウトリーチ支援等に関する現場の課題、今後への期待についてお話しいただきました。

 

<講演のポイント>

  • 地域住民のさまざまな支援ニーズに対応するためには、精神保健医療福祉サービスとの連携が不可 欠であるとともに、精神保健医療福祉サービスのみでは対応困難なことも多く、精神保健医療福祉サービスを含む地域のネットワーク(面的整備)が必要
  • 制度の狭間に落ちる人々へも支援を届ける包括的支援体制の構築にあたっては、メンタルヘルスの視点と、適切な精神医療の関与が求められている
  • 精神障害にも対応した地域包括ケアシステム(にも包括)は、精神障害の有無や程度にかかわらず、誰もが安心して自分らしく暮らすことができる「地域共生社会」の実現に寄与する
  • 「にも包括」の対象者は、中重度の精神障害者だけではなく、広く住民のメンタルヘルス不調への対応を視野に入れており、適切な早期介入により問題の複雑化や疾病の重症化を防ぐこと、丁寧な個別支援を通じた連携構築と地域課題の検討が重要
  • リカバリー支援のためには、本人中心の包括的支援、アウトリーチ支援ができる体制が必要
  • 丁寧な個別支援から地域課題を共有し、地域全体の連携、地域づくりにつなげる

 

■精神保健医療福祉に関するさまざまな課題

精神保健医療福祉を取り巻くさまざまな課題が存在する。例えば、メンタルヘルス(精神疾患、精神障害を含む)に関する誤解や偏見(スティグマ)、人権擁護、精神的な不調に対する初期支援の不足、医療・福祉・介護・その他の連携、精神科保健医療福祉サービスの質、社会とのつながりや社会参加、長期入院、身体合併症対応、財源や人的資源の不足など、多岐にわたる。こうした問題に、精神保健医療福祉サービスのみで対応することは難しく、より広い視点から策を講じる必要がある。


■地域におけるさまざまなアンメットニーズ

地域には、多種多様な困りごとを抱えている人々がいる。生活困窮者、さまざまな依存、虐待、不登校、ひきこもり、8050問題(高齢の親と無職独身の50代の子が同居)、老老介護、ヤングケアラー、未受診あるいは治療中断状態など、既存のサービスからはこぼれ落ちてしまうアンメットニーズが地域には多くあるため、メンタルヘルスの課題を切り離して考えることはできない。


■生活上の課題とメンタルヘルス不調の負の連鎖

地域における生活上の課題とメンタルヘルス不調・行動の障害は密接に関わっており、負の連鎖を起こしやすい。さらにコロナ禍で職を失うといった経済的影響が加わることで、不安・抑うつをはじめ何らかの不調を起こしやすくなる。地域では、このような悪循環が、些細な出来事を契機に形成されてしまう。

地域住民のさまざまな支援ニーズに対応するためには、精神保健医療福祉サービスとの連携が必要となることが多く、また精神保健医療福祉サービスのみでは対応困難なことが多い。そのため、精神保健医療福祉サービスを含む地域のネットワーク(面的整備)が必要となる。


■日本の社会構造の変化

日本では、人口減少、少子高齢化が加速し、人生100年時代といわれる中で、単身世帯が増加している。地域や家庭における相互扶助機能は低下し、地縁・血縁・社縁といった言葉は、もはや死語になりつつある。外国人労働者の増加、性自認の多様化など、社会の構成員や価値観の多様性が広がっている。

こうした社会構造の変化とともに、個人や世帯が抱える「生きづらさ」や「困りごと」の複雑化・多様化が進み、社会保障制度を整備する重要性はさらに高まってくる。しかし、公的な支援だけで対応するのは困難であるため、医療、福祉、教育、産業、住民など、地域全体が領域を超えて相互に連携し、地域社会を支えていく必要がある。


■地域共生社会の実現に向けた包括的支援にメンタルヘルスケアは欠かせない

このような背景で、国として目指している「地域共生社会」は、地域住民や地域の多様な主体が参画し、人と人、人と資源が世代や分野を超えてつながることで、住民一人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともに創っていく社会であり、これまでの縦割りの分野ごとの課題解決から、個人や世帯が抱える課題に対して包括的に「我が事・丸ごと」支援することを理念としている。

これまでの日本の社会保障制度は、疾病や障害、介護、出産・子育てといった人生において典型的なリスクやイベントを想定し、公的補償を拡充してきた。生活保障やセーフティネット機能の強化、生活困窮者支援、高齢者介護、障害福祉、児童福祉など、属性別・対象者のニーズ別の制度が発展し、専門的支援が提供されるようになった。そのため、典型的ではないケースは、制度の狭間にこぼれ落ちてしまうことがあった。

厚生労働省は、地域共生社会の実現に向けた包括的支援体制として、高齢者(地域包括ケアシステム等)、障害者、生活困窮者、子ども・子育て家庭への既存の支援を一体的に運営していくことを打ち出している。その背景には、8050問題や介護と育児のダブルケアといった課題の複合化や、いわゆる「ごみ屋敷」をはじめとする制度の狭間の問題がある。

注目すべきは、こうした問題の全てに精神保健(メンタルヘルスケア)が関係するということである。さまざまなアンメットニーズ、地域の困りごとの背景には、メンタルヘルスの不調が高頻度で起こっている。そのため、地域共生社会の実現に向けた包括的支援には、メンタルヘルスケアが欠かせない。さまざまなシステムの中にメンタルヘルスケアの視点を含めていくことが、複合的課題を抱えた人々を支えるために重要である。

精神保健の対象範囲は幅広く、今は治療や支援が必要でない状態で日常生活を送っている人でも、メンタル不調は些細なことで誰でも起こり得る。メンタル不調を抱えた時に相談でき、必要に応じて適切な医療、福祉・介護のサービスが連携して提供される体制が必要であり、住民全てが精神保健の対象となる。


■多領域連携の必要性

メンタルヘルス分野だけでなく身体科、保健所、市民医療センターや地域包括支援センター、訪問看護ステーション、地域援助事業者など、さまざまな機関がかかわり、世帯を支えるための連携構築が必要となる。講演で示された架空事例では、支援開始当初、当事者らが契約型のサービスに全くつながっていなかったため、公的な市の担当部署が連携し、精神保健福祉士が全体のマネジメントを行い、連携体制を構築した。このように、さまざまな領域のネットワークを地域で構築できる状況にしていくことが重要である。


■「にも包括」とは

「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」(にも包括)は、精神障害の有無や程度にかかわらず、誰もが安心して自分らしく暮らすことができるよう、医療、障害福祉・介護、住まい、社会参加(就労など)、地域の助け合い、普及啓発(教育など)が包括的に確保されたシステムである。

厚生労働省「にも包括」検討会報告書によると、精神障害にも対応した地域包括ケアシステムは、精神障害者、精神保健上の課題を抱えた者等や、地域住民の「地域生活」を支えるものであり、住民の生活や地域づくりの視点をもって推進すること、地域共生社会の実現に向かっていく上では欠かせないものであることが明記されている。

この精神障害「にも」には、精神障害「だけ」のためのシステムではなく、あらゆる支援(医療を含む)、施策から精神障害を排除しないという意図が込められている。メンタルヘルスの視点の重要性とともに精神疾患・精神障害についての理解を深め、必要に応じて専門的な医療・支援を提供できる体制を構築することを目指している。

圏域の考え方として、精神障害にも対応した地域包括ケアシステムでは、より身近な自治体で、生活支援を重視した寄り添い型の支援の提供(重症化、複雑化する前の対応を重視)を実現するため、精神障害を有する方などの日常生活圏域を基本とし、市町村などの基礎自治体を基盤として進めることが明記されている。


■市区町村の業務と精神保健

市区町村の精神保健福祉業務に関する調査(令和2年度厚生労働行政推進調査事業費補助金「地域精神保健医療福祉体制の機能強化を推進する政策研究」研究代表者:藤井千代氏)では、自殺対策、虐待(児童、高齢者、障害者)、生活困窮者支援・生活保護、母子保健、子育て支援、高齢・介護、認知症対策、配偶者からの暴力(DV)、成人保健といった各業務において、精神保健(メンタルヘルス)に関する問題がどの程度あると思うかという質問に対し、ほとんどの市区町村が全ての業務において「大いにある」「多少ある」と回答した(N=1267)。市町村の業務を遂行する上で、メンタルヘルスの視点が重要であることが示されている。


■「にも包括」の対象者

「にも包括」の対象者は、メンタルヘルスの不調がある人、精神障害がある人、精神障害があり福祉・介護等の包括的支援が必要な人(長期入院の人を含む)をはじめとする「全住民」である。

必要に応じて医療導入を検討するが、医療につなぐことを目的化しない。医療の必要性や緊急性に関しては、精神医療のスキルを生かしたアセスメントを行う。またサービス導入にあたり、医療サービスの活用も考えられる。


■アウトリーチ支援の重要性

メンタルヘルス不調などの問題を抱えている世帯に対し、支援機関へ行くことを求めるのは難しい。嘱託精神科医や地域包括支援センターや市町村の生活福祉課生活保護担当の職員が訪問して関係性を構築し、生活状況を実際に見て、確認することが重要となる。困っている人ほど、自分で窓口に来ることが困難である場合が多いため、個人・世帯が抱える課題に対し包括的に「丸ごと」支援するという地域共生社会の理念を実現するには、適切な段階でのアウトリーチ支援が欠かせない。

広域調整等事業アウトリーチ推進事業では、各都道府県で包括型地域生活支援プログラム(ACT: Assertive Community Treatment)に準じたサービスを提供する体制をつくることになったが、一時的に数カ所で実施されたのみで、今やほぼ利用されていない状況にある。


■本人中心の包括的支援(person-centered comprehensive care)

ACTが目指すのは、リカバリーの支援である。リカバリーとは、病気による制限がありながらも、満足で希望にあふれた生活や充実した人生を送る方法である。また、精神疾患の深刻な影響の中で、人生の新しい意味や目的を見出すことでもある。精神疾患からのリカバリーは、単に疾患自体からの回復以上のものである(Anthony、1993)。ACTでは、本人が自分の価値観に合ったその人らしい生活をしていくための支援をしていくことが大事である。

リカバリーには、病気自体の改善を目指す「臨床的リカバリー」(症状の改善、機能の回復)だけでなく、住居、就労、教育、社会ネットワークなどの機会を拡大する「社会的リカバリー」もある。そして、当事者自身が決めた希望する人生の到達を目指すプロセスとしての「パーソナル・リカバリー」が重要になってくる。

このパーソナル・リカバリーの考え方は、精神保健医療福祉の支援の目指すべきゴールとして世界的なコンセンサスが得られており、本人の価値観を大事にした支援を提供できる政策の重要性が共通認識となっている。日本で進められている「にも包括」もそのような理念に基づいており、地域共生社会の考え方とも重なる。

パーソナル・リカバリーを支援するためには、本人固有の目標(ゴール)設定、本人の好み、価値観、強み(ストレングス)のアセスメント、本人の生活上の希望ややりたいことを達成するための支援、本人が自ら決めた目標を尊重する個別支援の充実が必要である。そのためには、地域連携による包括的支援、必要に応じたアウトリーチ支援が求められる。「にも包括」を考えていく上でも、こうした本人中心の包括的支援(person-centered comprehensive care)の理念を全ての支援者が共有しなければならない。


■まずはアウトリーチ支援の底上げが必要

個別支援において重要となるケースマネジメントには、ブローカリング(仲介型)、英国型ケースマネジメント、ストレングスモデル、ACTといったモデルがある。10人以下に対して集中的にサービスを提供するACTは確かに効果的であるが、問題は、現在の日本の状況にACTが広まる土壌があるかどうかである。

『精神保健サービス実践ガイド』によると、地域のサービス資源が豊富な地域では、ACTのような専門化された地域精神保健チームが力を発揮する。一方、資源が乏しい地域にACTが単体で存在すると、全てがそこに頼ってしまう。するとチームは疲弊し、持続可能な仕組みになりにくい。まさに日本は、その状態にある。

資源の乏しい地域では、まずはアウトリーチ支援の底上げが必要になる。地域の土台ができて初めて、集中的なケアが生きてくることに注意しなければならない。近年、市町村の精神保健関連の相談件数、訪問支援の件数はともに増加している。一方で、精神保健専門職の常勤職員は減少し、非常勤職員が増加している。ケースマネジメントや地域の連携を推進していく上でもマンパワーが手薄になっており、ACTの利点が発揮されにくい状況にある。

そこで、個別チーム編成型やネットワーク型など、さまざまな工夫をしてアウトリーチを展開している地域もある。アウトリーチ支援のベースの底上げのために、まずは自治体の訪問支援を充実しなければならない。精神保健の視点・スキルを持った保健師の育成、他の事業(ひきこもり支援、認知症初期集中支援チームなど)との連携、精神保健福祉相談員養成研修の見直し、市町村、保健所、精神保健福祉センターの適正な人員配置が求められる。

さらに、医療機関によるアウトリーチの充実も重要である。訪問看護によるケースマネジメントの実施、精神科医療機関からの往診、訪問診療の促進(診療報酬の見直し、精神科在宅患者支援管理料と在宅時医学総合管理料のすみ分け・統合)、自治体の訪問支援への協力、医学教育の見直しが必要と考えられる。

「にも包括」の構築により目指しているのは、全住民のメンタルヘルスリテラシーの向上による地域共生社会の実現であり、地域共生社会の構築・生活支援・保健予防によって危機介入等を減少させることである。早めの対応を進めていくには、やはりアウトリーチが重要である。


■小さな「にも包括」から大きな「にも包括」へ

個人・世帯を支える地域ネットワークを小さな「にも包括」と呼ぶこともできる。小さな「にも包括」をしっかりつくっていくことが、大きな「にも包括」の基本的な考え方である。さまざまな支援ニーズを抱え包括的支援を必要とする人を中心にして、丁寧な個別支援を重ね、障害福祉サービス、行政機関、医療サービスの顔の見える連携をつくっていくことは、ある個人・世帯を支えるだけでなく、次の利用者を支えることになる。その中で、地域課題を共有していくことが、大きな「にも包括」につながる。目指すところは、わざわざ「精神障害にも」と言わなくても、メンタルヘルス不調や精神障害をもつ方が「あたりまえ」に必要な支援を受けられる社会である。

精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に向けて、地域課題の共有(現状分析、協議の場を通じて自治体、医療機関、福祉事業所等、関係者間で地域の課題を共有する)、目標設定(協議の場で年度ごとに目標を設定し、目標達成のためのプランを検討する)、個別の支援を通じた支援体制構築(ケースの支援を通じて、関係者が顔の見える関係を構築する。連携により既存の資源・仕組みを有効活用する)、成果の評価(一定期間ごとに進捗状況、目標達成状況を確認し、プランを見直す)というサイクルを繰り返し、十分なアウトリーチ支援が可能となる仕組みをつくっていくことが重要である。

 

【開催概要】

■スピーカー:藤井 千代 氏(国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 地域・司法精神医療研究部長)
■日時:2022年3月4日(金)18:30-19:45
■形式:Zoomウェビナー形式
■参加費:無料
■使用言語:日本語のみ

 


■プロフィール:
藤井 千代
(国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 地域・司法精神医療研究部長)
1993年防衛医科大学校卒業後、防衛医大病院精神科で勤務。2001年慶應義塾大学大学院修了、医学博士。同年自衛隊中央病院精神科にて勤務後、2008年埼玉県立大学保健医療福祉学部 准教授、2014年国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 司法精神医学研究部 室長、2015年同 社会復帰研究部 部長を歴任。2018年より現職。専門領域は、地域精神保健、早期介入、精神保健医療政策。学会活動として、日本精神神経学会 代議員、医療倫理委員会 委員長、地域ケアにおける自立支援のあり方検討委員会 委員長、日本社会精神医学会 副理事長、編集委員長、日本精神保健福祉政策学会 理事、日本精神保健・予防学会 評議員、日本司法精神医学会 評議員を務める。また、社会保障審議会障害者部会 委員、地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会 構成員、精神障害にも対応した地域包括ケアシステム構築支援事業広域アドバイザーを併任している。


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