第2回メディアワークショップ「がん対策の格差と好事例」
日付:2008年10月10日
タグ: がん
10月10日、日本医療政策機構は第2回メディアワークショップを開催しました。当日は主要メディア各社より30名のジャーナリストの方にお集り頂き、盛んな議論が行われました。また、本会では学校法人城西大学のご厚意により会場を無償でご提供頂きました。この場をお借りして御礼申し上げます。
■プログラム■
1.「がん政策サミット開催のご報告~がん対策の歴史と今後の課題~」
日本医療政策機構 市民医療協議会
乗竹 亮治
2.「がん対策の格差と好事例 ~地方発全国行きの最新情報~」
日本医療政策機構がん政策情報センター長
埴岡 健一
■講演■
1.「がん政策サミット開催のご報告~がん対策の歴史と今後の課題~」
日本医療政策機構 市民医療協議会
乗竹 亮治
日本の患者会を政策提言もできる組織に
日本医療政策機構には今、3つのプロジェクトチームがあります。そのうちの1つが、埴岡と私が担当する「市民医療協議会」と称するチーム。同会は、市民・患者主体の医療を実現するためのプロジェクトチームで、患者会をはじめとする市民医療団体や、患者市民リーダーの活動を尊重し、支援するとともに協働をめざしています。
患者会とは、基本的に同じ疾病を持った方々の集まり。日本には現在、約1,500の患者団体があり、活動の形態から主に3つのタイプに分類できます。1つは、病院等で同じ病気を持った方が自然発生的に集うようになり、同じ病気についての悩みや不安をシェアする癒しの場という位置づけのもので、セルフサポートグループと呼ばれます。2つ目は、情報を得るために組織された患者会。セルフサポートグループで癒された後に、患者さんたちが欲するのは情報です。自分の受けた治療は正しかったのか、他に治療法はなかったのかと疑問に思う方々によって組織されます。3つ目は、得た情報を使って医療政策を変えていこうと活動するタイプの患者会です。根本を変えなければ医療政策は変わらないと感じた方々により組織されます。私たちは、そのような患者会をアドボガシー団体と呼んでいます。
3つの段階それぞれの患者会に貴重な役割がありますが、現在、日本にある約1,500の患者会のうち3段階目の活動をしている団体は少なく、組織も予算規模も小さな状況にあります。一方、海外に目を転じれば、たとえばアメリカがん協会(American Cancer Society)などは、年間予算約1,000億円の規模で活動しています。私は、資料を読んだ当初は数字の打ち間違いかと思いましたが、精読してみると確かに日本円にして1,000億円の予算でした。同団体は、ワシントンに影響を与える大きな団体にまで成長しています。がんのみならず、アメリカ心臓協会(American Heart Association)なども700億円の予算を持っていて、患者会ながら、さまざまなプロフェッショナルと連携しつつ政策提言を発信しています。日本の患者会のニーズを聞き、それに沿った活動を我々がとることで、日本の患者会もこのような大きな団体に成長していただきたい、その過程を支援させていただきたいとの思いが、我々の活動の源となっています。
政策へのアクセスの鍵となるアドボカシー
さて、私たちは、①患者会運営支援、②意見集約支援、③アドボカシー支援の3つの段階に分けて患者会支援を推進しています。①患者会運営支援は、インフラ支援と言い換えられるでしょう。②意見集約支援は、さまざまな患者会が持っている多くの意見を集約し数値化して、客観的に捉えるお手伝いを指します。そして政策へのアクセスの鍵となるのが、③アドボカシー支援です。
アドボカシー支援の主な活動の柱は、提言活動支援、国際連携支援、政策情報センターの3つ。提言活動支援では、疾病別のシンポジウムへの国会議員や行政担当者の出席を実現し、政策へのアクセスを担保しています。また、政策ワークショップなどを通して、患者グループに政策を動かす力、政策に影響を与える力を持ってもらえるよう援助しています。国際連携支援では、たとえば国際患者会シンポジウムを開催し、海外の患者会と日本の患者会が連携を深めるお手伝いをしています。これまでにアメリカがん協会やアメリカ心臓協会、イギリスの不整脈連合(Arrhythmia Alliance)とのシンポジウムを開催しました。患者会リーダーの海外視察も支援しており、本年8月にはスイス・ジュネーブで開催された国際がん会議(UICC)への、3人の患者会リーダーの参加が実現しました。今回の渡航では、ノーベル医学・生理学賞を受賞したハラルド・ツア・ハウゼン博士(ドイツ)の講演を聴講し、博士と直接話す機会も得られ、日本の患者会関係者が世界レベルの舞台に立つお手伝いができたと考えています。また、がん政策情報センターのウェブサイトは、「市民主体の医療政策を実現」するという当機構のミッションを具現化し、各都道府県の政策データや、好事例などを結集したウェブサイトです。
日本初となるがんサミットを開催
がん政策情報センターの目標は、あまねく広く、日本全国でがんの標準治療が受けられる均てん化の実現。活動の基本構図には、「がんの地域格差」、「全国のベストプラクティス」、「人的ネットワーク」を置き、これらを「3つのトライアングル」と呼んでいます。がんにおいては、死亡率1つをとっても大きな地域格差がある事実を顕在化させ、一方で、地域格差がある中で懸命に活動しているプロジェクト――がん条例の制定やがん募金など――を紹介する。そして、それらを担っている患者会の方々に人的ネットワークを提供する。メーリングリストの整備による情報交換の場の提供や、今回のがん政策サミットの開催などが該当するでしょう。
がん対策サミットは、2008年9月27日、28日に開催しました。全国の都道府県のがん患者委員が集結するという、これまでになかった試みです。当日は、20県から30名の都道府県患者委員が東京に集まったのに加え、国の患者委員も参画し、さまざまなテーマについて有意義な議論が展開されました。各地のがん対策の現状や好事例を互いに紹介し合い、学び合えた意義は大きいと思います。
また、与野党国会議員に参加いただき、自民党の石井みどり氏、公明党の浜四津敏子氏、民主党の仙谷由人氏(ビデオメッセージ)からもお話をいただきました。また、自民党の尾辻秀久氏からは文書によるメッセージが寄せられました。厚生労働省担当者、県庁がん対策担当官の参加もあり、患者のみで語るにとどまらず、患者の声をいかにして行政の各担当部署に届けるのかに関しても積極的な議論をしました。終了間際には、今後の相互協力を確認し合え、同サミットはきわめて成功裏に終わったものと感じています。
患者の声が反映されたがん対策基本法
今、医療制度改革を推し進める新しい流れが生まれています。これまでは、医療提供者から省庁に要望が行き、さらに政党委員会に渡るのが唯一とも言える行政主導以外の医療政策策定の流れで、3者の関係の深さから「鉄の三角形」とも呼ばれていました。しかし近年、制度改革の流れは、患者参画型にシフトしつつあります。私たちは、この新たな流れは、2つの要因によって生まれたと考えています。1つは、インターネットの普及とも関連した医療情報の大幅な拡大です。患者が病気のことを知るようになり、さらには、治療の制約条件となっている医療政策や、改善策の遅れが存在することにも気づくようになりました。もう1つは、目覚めた患者リーダーの出現です。患者の視点で、自分の生存が危機にさらされているという立場から、具体的な問題点と解決策を訴えました。また、高度成長時代には産業界の意見に耳を傾けた政治家たちも、成熟社会となり社会保障分野が重要となっていることから、そうした問題を重視し反応するようになりました。背景には、疾病の多くを生活習慣病が占めるようになり、医療の質を向上させる主体が医師から患者にシフトしていることもあります。さらには、限られた財源です。近年、国民医療費は約32兆円で横ばい推移をしてきました。同じ枠内の中で予算をみんなが取り合う状況があるわけです。そのような中で誰の意見が優先されるかと言えば、やはり国民一般に最も近い立場にいる患者ではないでしょうか 。
市民患者が声をあげ、それをメディアがキャッチし、メディアに取り上げられた改革を求める声が政治家を動かし、国会で話し合われて省庁が動くという新しい流れは、改革が成される本来のあるべき姿なのだろうと感じます。象徴的な事例は、がん対策基本法でしょう。
ここで、がん対策基本法成立の流れを追ってみます。2001年2月に、患者会の「癌と共に生きる会」が海外で使用できるのに日本では使用できない薬(=未承認薬)に関して声をあげました。すなわち、ドラッグラグを解消しなくてはならない、世界で認められている薬が日本で使えないのはなぜか、と問題提起したのです。2003年6月には、テレビ朝日が『サンデープロジェクト』で「がん治療を変えたい!」という特集を放映。患者会の活動も紹介されて大きな反響を呼びました。この番組を機に、市民患者とメディアの力が合流し、2004年1月、厚生労働省に「抗がん剤併用療法*に関する検討会」が設置されました。検討会に対して、どの薬を認めるかのリストを提出したのは、患者グループ、患者リーダーたちでした。
(併用療法*:承認済み薬を別の効能で使用すること)
一連の動きを受けて、日本医療政策機構においても2004年7月に「患者が求めるがん対策」というタイトルでシンポジウムを開催しました。この時期に「がん難民」という言葉がメディアに登場し、2004年7月に『日経ビジネス』に「年間4万人の命を救え~こんなに差がある病院別の治療成績~」という記事が掲載され、2004年9月には「がん医療水準均てん化の推進に関する検討会」が開催されました。そして、2005年4月は『NHKスペシャル』で「日本のがん医療を問う」が放映されました。これらを受け、翌5月、厚生労働省に「がん対策推進本部」が設置されるといった流れがつくられていったのです。
2005年5月に民主党が市民患者の要望を受けて議員懇談会を設置しました。また、2005年5月には第1回「がん患者大集会」が開催されました。2005年6月、公明党がん対策プロジェクトチームが設置され、翌年4月には同チーム代表が、がん対策法制定の提唱を国会代表質問の中で行いました。その後、2006年3月に民主党が「がん対策基本法案パブリックコメント」を実施。同じく3月に公明党が「がん対策の推進に関する法律(仮称)要綱骨子」を発表し、いよいよ、がん対策基本法の道筋が姿を現します。2006年3月には自民党に「がん対策の与党プロジェクトチーム」が設置され、多くの患者がヒアリングを受けました。2006年4月に民主党が初めてがん対策基本法を衆議院に提出。自民党もがん議連設立総会を開きました。
2006年5月、参議院本会議で民主党の山本孝史議員ががんを告白し、がん対策基本法の成立を訴えた姿はいまだに記憶に新しいところです。そして6月13日に、衆議院において同法が全会一致で可決され、成立へと進んでいきました。
課題は県のがん計画の実施状況チェック
がん対策基本法には目的、基本理念、関係者の責務などが記されています。目的に「我が国のがん対策がこれまでの取組により進展し、成果を収めてきたものの、なお、がんが国民の疾病による死亡の最大の原因となっている等がんが国民の生命及び健康にとって重大な問題となっている現状にかんがみ、」と、これまでのがん対策が必ずしも万全ではなかったことを意味する言葉が入りました。
そして、がん対策推進基本計画は、まさに画期的な計画です。国のがん対策推進基本計画を作成することが厚生労働大臣に命ぜられ、都道府県にもがん対推進計画の策定が義務づけられました。国のがん計画をつくるにあたっては、がん対策推進協議会の設置が義務づけられましたが、協議会の委員にはがん患者とその家族、または遺族の代表者の参加も義務づけられています。これは、政策立案への患者参画、市民参画という意味で非常に大きな一歩です。
その後、がん対策推進協議会メンバーは18名と決まりましたが、うち4名は患者委員でした。有識者委員として参加した2名はどちらも患者もしくは患者家族でしたので、結局18名中6名、つまり3分の1の割合で患者の視点から発言する機会を得たと言えます。がん対策推進協議会メンバー18名には、きわめて患者の声に近い意見が示されているはずです。
国の協議会への患者参画が法制化され、都道府県における協議会への患者参画が常識・必然化した流れを受けて、がん政策サミットは開催されました。2007年中に各都道府県のほとんどががん計画を策定しましたが、現在は、それらが絵に描いた餅になるか否かの瀬戸際。集まった患者委員の方々の心配も、その点に集中していました。
県によって、がん対策予算を多く確保しているところもあればほとんどゼロの県もあります。さらに、がん対策の遅れている県でも予算が少ない場合が見られ、より地域格差が広がるのではとの懸念があります。そのような中で、均てん化をめざすがん政策情報センターの役割が少しでも公益の一助になればと考えている次第です。
今後の私たちの課題として、県のがん計画がしっかりと実施されるかどうかをチェックする機能をつくることが挙げられます。さらにもう1つ、日本医療政策機構の考えというよりむしろ私個人の見解ではありますが、患者会が成してきたこれまでの実績を社会に認識してもらう必要があると考えます。患者の中にはモンスターペイシェントがいるのも事実ですが、一方で政策を動かした患者リーダーたちも存在し、その証の1つとしてがん対策を前進させた実績があることを多くの方々にも広く知っていただきたいと思います。
2.「がん対策の格差と好事例 ~地方発全国行きの最新情報~」
日本医療政策機構がん政策情報センター長
埴岡 健一
重要な臓器別や疾病別のデータ分析
本日は、①がんの格差②がん対策の好事例③地域を動かすアドボケートたち――の3つについてお話しします。
がんの格差については、着目点がさまざまあります。罹患率格差、死亡率格差、治療方法格差もあれば、治療成績格差もある。がんを減らすのに有効であると言われるがん検診についても検診率格差があり、肺がんの大きな原因の1つであるたばこに関しても、喫煙率格差があります。
また、格差を比べる際には、都道府県単位がよく使われますが、もう少し細かい区切りである2次医療圏や市町村での単位で見るなど、いろいろな視点から比べることができます。病院ごとにも治療成績などの格差があります。現在、がん拠点病院を軸にした各医療施設の連携でがん治療をカバーすることが、がん対策の大きな柱になっていますが、拠点病院とそうでない病院の治療成績には大きな格差があるようです。また、医師数、対策費等の医療資源についても地域によって格差がある。がんを減らすための対策に関しても、有効な政策を連発している地域もあれば、何もしていないかのように見える地域もあり、かなりの格差があるのです。
では実際に、まず都道府県別がん死亡率(男性)を比較してみましょう。もっとも死亡率の高い青森県ともっとも低い長野県の間には1.5倍ほどの開きがあります。現在の全国的な目標は、死亡率を全体で20ポイント減らすことですが、多くの県にとって長野県程度のレベルに達することであり、決して実現不可能なことではないはずです。
今度は女性の死亡率を都道府県別に比べてデータを見ましょう。男性の死亡率を示したグラフの形とは少々違っていますが、県の間で大きな格差があるのは同じです。総合的ながん対策を打つのは必要ですが、地域別に多いがんに着目して男女別にがん対策を推進していくことが大切です。
過去10年間でどれほどがん死亡率を低減できたかの都道府県別データもあります。それによると男性に関して、広島県は26%、青森県は12%の減少です。広島県はあと10年このペースがつづけばがん計画の目標値を軽くクリアしますが、後者は10年を経てもこれまでのペースでは目標に達しません。女性のがん死亡率に関する同様のデータでは、群馬県の減少率は過去10年で-3%、つまりむしろ増えてしまっており憂慮される事態です。
がんを減少させるための対策を打つには、がん種別の都道府県別死亡率を知ることが大切です。肝臓がんの県別死亡率グラフをみれば西日本で多いことが一目瞭然です。東の方では山梨県が飛び抜けて多いことが分かります。がん全般では比較的死亡数が少ないためがんを特に問題視していないように見える沖縄県と宮崎県も、疾病別に見れば、実は、沖縄では男女の結腸がん白血病が全国的にもワーストに近いレベルであること、宮崎県では卵巣がんがワースト1であることなどの実態がわかってきます。このように、疾病別のデータ分析は非常に大切だと思います。
現存する地域格差を示すデータさえない
さて、地域格差について、少し詳しく説明していきます。大阪は全般的にがんの死亡率が高いと認識されていますが、大阪府内にも大きな地域格差が存在することも大きな問題なのです。また、病院格差もあります。同じ進展度合いの大腸がんに関しても病院によって5年生存率が80%程度から50%程度までとかなりの格差が認められます。
拠点病院とそれ以外の病院の格差もあります。たとえば大腸がんの場合、大阪府の4,771の症例のうち1,000例を拠点病院で治療しておりその生存率は62.2%です。一方、大阪府全体の生存率は51.3%です。つまり、拠点病院で治療された大腸がんは全体より10.9%生存率が高いといえます。
このデータは、ほかにもさまざまな事実を教えてくれます。たとえば大腸がんの全ステージ(進行度)の症例を集めてみると約1万5,000例になりますが、うち約3,000例、すなわち約20%が拠点病院で治療されている。つまり、質の高い拠点病院を整備しても、患者さんのうち20%しかその恩恵をこうむれない。さらに分析してみると、がん治療をリードすべき拠点病院が比較的軽いがん患者を受け入れている現状も分かってきます。
本来47都道府県すべてで、このようなデータが整備され、がん治療の実態、具体的には発生率、治療成績、死亡実態などが正確に把握されたうえで対策が打たれるべきですが、現実はいまだそこに至っていません。少なくとも、現状ではデータさえも不十分であると知っておいていただきたいと思います。
もう1つ興味深いトピックスは、医療資源の格差です。十分な経験を伴ってがんを治療できる医師数にも格差があるのです。がん薬物療法専門医数を見ても、放射線治療認定数をとっても、都道府県別によってかなりの差があます。そして、その地域に多い種類のがんをカバーする医師が、必ずしもその地域に多くいるわけではないのです。がん薬物療法専門医とは抗がん剤を扱う高いスキルを持った医師を示しますが、資格自体が新しいこともあって、いまだに人数がゼロの県もあるほどです。がん拠点病院には、最低1人、2人は確保してほしいものです。
私たちは、都道府県別、あるいは九州、近畿などのブロック別にがんを治療できる医師数をモニターし、全体的な医師不足のみならず専門医の偏在にも着目し、理想的な適正配分を示し実現の一助になっていきたいと考えています。
各県で生まれている施策の好事例
ここまでお話ししてきた格差や問題点を踏まえ、それらをいかに解消していこうとしているのかといったお話に移ります。今、問題解決のために数多くの施策が打たれようとしていますが、計画書止まりで多くは実行にまで進んでいません。しかし、わずかながらも非常に新鮮な好事例が生まれているのもまた事実であり、今回はぜひそれらを紹介したいと思います。
最初に、都道県別のがん計画力をスコア化し、比較したものを見てください。計画力をスコア化するのは難しく定評ある方法はいまだにないと思います。これは一つの試みと考えてください。まず、全国の計画を読んで、国の計画に記載されていることを超えているような15の項目を選びました。15項目の内容は、資料のとおりです。そして、各県のがん計画に、15項目のうちいくつが含まれているかをカウントしたのが今回のスコアです。島根県がもっともスコアが高く、次いで茨城県、兵庫県、鹿児島県などがそれに続く結果となりました。
各県の計画書を詳細に読み込んでいくと、さまざま施策の好例を拾い上げられます。たとえば、現在、国が患者さんに向けて包括的な資料を作成し、「患者必携」として提供する計画ですが、山形県では「かゆいところに手が届く」ような、地元版「患者必携」を作成する予定です。また、福島県では、県庁のウェブサイトを通してがん患者団体やがん患者支援団体の情報を県民に周知することを決めました。
個別施策とは別に、がん対策全体をカバーするような大きな施策を打っている都道府県もあります。島根県、高知県、新潟県、神奈川県ではがん対策条例が制定されています。現在は、宮城県、愛媛県、長崎県などでも制定の動きがあり、おそらく47都道府県に徐々に広がっていくものと思われます。
作られたがん計画が実際に実行されるかどうかの1つのバロメーターが、予算化されていることだと考えられますので、各県の予算化の状況を調べてみました。佐賀県では、がん予防推進委員によるがん対策の普及・啓発をボランティア中心に進めるための組織化と育成に予算をつけています。患者さんが相談を寄せる窓口創設に対しは、相談支援推進事業として秋田県、静岡県などが予算化に踏み切っています。
日本でも始まったアドボケートの活動
つづいて、患者アドボケートたち――政策提言する患者関係者が生まれているというテーマに移ります。
先ほどのお話にもありましたが、今、患者、国民の関与を受けて政府が政策をつくるといった、新しいサイクルが生まれています。がん対策基本法は、好例の1つのモデルと言えるもの。議員立法で成立した点も象徴的です。政治家の間では「これは、患者立法」、「市民立法」とも言われています。いずれにしろ、今後同じような革新的な政策立案プロセスが生まれる兆しを感じます。
基本法を受けてつくられた国のグランドデザイン――がん対策推進基本計画には「がん患者及び患者団体等は、がん対策において担うべき役割として、医療政策決定の場に参加し、行政機関や医療従事者と協力しつつ、がん医療を変えるとの責任や自覚を持って活動していくこと」という文言があります。私たちは、いわゆるアドボカシーが政策決定の根幹に携わるように位置づけられたと捉えています。
がんに関しては、治療の在り方に制度的問題や政治的問題が絡んでいると気づき、声をあげ、制度や政策を変えるために活動しようという人々が増えています。全国には患者委員が80人ほどいると推定されます。そのうちわれわれが連絡先を把握できた53人の患者委員にアンケートしてのうち38人が回答をくださいました。その結果、患者委員は「感情的議論よりも論理的議論をしたい」、「具体的な提案や対案をともなった発言を評価する」などの考えを持っていることが明らかになりました。患者委員の皆さんが、個別利害を超えて、がん患者全体を代表して語れる存在になりつつあると強く感じました。イメージとしては、日本の衆議院選挙区すべてでがんアドボケートが存在し、その人たちを宙死因にがん対策が大きなテーマとして扱われるようなムーブメントが広がっていく姿を思い描いています。
私たち日本医療政策機構 市民医療協議会がん政策情報センターでは、ウェブサイトでの情報提供や人々の紹介をしていき、このようなアドボケートの方々を支援し、輪を広げていくよう手助けをしていきたいと考えています。
■講演者略歴■
埴岡 健一
日本医療政策機構理事
日本医療政策機構市民医療協議会協同議長
がん政策情報センター長
1984年、大阪大学文学部卒業。1987年、日経BP社(現)入社、日経ビジネス編集部記者、92年日経BPビジネスニューヨーク特派員、94年ニューヨーク支局長、98年日経ビジネス副編集長(金融、企業戦略、経営、企業ケーススタディなどを担当)と、経済・経営ジャーナリストとして記事を執筆する。99年骨髄移植推進財団(骨髄バンク)事務局長となり、医療システム改革に取り組んだ。03年7月日経メディカル記者、04年7月同編集委員(医療の質評価、がん診療などを担当)、医療ジャーナリスト。また、がん患者支援サイト「がんナビ」の編集長も務める。04年8月東京大学医療政策人材養成講座特任准教授、日本医療政策機構理事。07年4月、がん対策推進協議会委員となり、がん対策戦略策定に参加。08年5月より日本医療政策機構常勤。
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乗竹 亮治
日本医療政策機構 市民医療協議会
オクラホマ州立大学を経て慶應義塾大学総合政策学部卒業。日本医療政策機構インターンとして、シンポジウムなどの企画運営に携わった後、2007年4月から日本医療政策機構勤務。患者支援プロジェクトである「市民医療協議会」を中心メンバーのひとりとして設立。患者会向けPC寄付プロジェクトや患者リーダー向けのリーダーシップ研修などを運営する。国内患者会の国際連携支援や海外研修支援も実施している。
■関連リンク■
日本医療政策機構 市民医療協議会ウェブサイト
日本医療政策機構 がん政策情報センターウェブサイト
■プログラム■
1.「がん政策サミット開催のご報告~がん対策の歴史と今後の課題~」
日本医療政策機構 市民医療協議会
乗竹 亮治
2.「がん対策の格差と好事例 ~地方発全国行きの最新情報~」
日本医療政策機構がん政策情報センター長
埴岡 健一
■講演■
1.「がん政策サミット開催のご報告~がん対策の歴史と今後の課題~」
日本医療政策機構 市民医療協議会
乗竹 亮治
日本の患者会を政策提言もできる組織に
日本医療政策機構には今、3つのプロジェクトチームがあります。そのうちの1つが、埴岡と私が担当する「市民医療協議会」と称するチーム。同会は、市民・患者主体の医療を実現するためのプロジェクトチームで、患者会をはじめとする市民医療団体や、患者市民リーダーの活動を尊重し、支援するとともに協働をめざしています。
患者会とは、基本的に同じ疾病を持った方々の集まり。日本には現在、約1,500の患者団体があり、活動の形態から主に3つのタイプに分類できます。1つは、病院等で同じ病気を持った方が自然発生的に集うようになり、同じ病気についての悩みや不安をシェアする癒しの場という位置づけのもので、セルフサポートグループと呼ばれます。2つ目は、情報を得るために組織された患者会。セルフサポートグループで癒された後に、患者さんたちが欲するのは情報です。自分の受けた治療は正しかったのか、他に治療法はなかったのかと疑問に思う方々によって組織されます。3つ目は、得た情報を使って医療政策を変えていこうと活動するタイプの患者会です。根本を変えなければ医療政策は変わらないと感じた方々により組織されます。私たちは、そのような患者会をアドボガシー団体と呼んでいます。
3つの段階それぞれの患者会に貴重な役割がありますが、現在、日本にある約1,500の患者会のうち3段階目の活動をしている団体は少なく、組織も予算規模も小さな状況にあります。一方、海外に目を転じれば、たとえばアメリカがん協会(American Cancer Society)などは、年間予算約1,000億円の規模で活動しています。私は、資料を読んだ当初は数字の打ち間違いかと思いましたが、精読してみると確かに日本円にして1,000億円の予算でした。同団体は、ワシントンに影響を与える大きな団体にまで成長しています。がんのみならず、アメリカ心臓協会(American Heart Association)なども700億円の予算を持っていて、患者会ながら、さまざまなプロフェッショナルと連携しつつ政策提言を発信しています。日本の患者会のニーズを聞き、それに沿った活動を我々がとることで、日本の患者会もこのような大きな団体に成長していただきたい、その過程を支援させていただきたいとの思いが、我々の活動の源となっています。
政策へのアクセスの鍵となるアドボカシー
さて、私たちは、①患者会運営支援、②意見集約支援、③アドボカシー支援の3つの段階に分けて患者会支援を推進しています。①患者会運営支援は、インフラ支援と言い換えられるでしょう。②意見集約支援は、さまざまな患者会が持っている多くの意見を集約し数値化して、客観的に捉えるお手伝いを指します。そして政策へのアクセスの鍵となるのが、③アドボカシー支援です。
アドボカシー支援の主な活動の柱は、提言活動支援、国際連携支援、政策情報センターの3つ。提言活動支援では、疾病別のシンポジウムへの国会議員や行政担当者の出席を実現し、政策へのアクセスを担保しています。また、政策ワークショップなどを通して、患者グループに政策を動かす力、政策に影響を与える力を持ってもらえるよう援助しています。国際連携支援では、たとえば国際患者会シンポジウムを開催し、海外の患者会と日本の患者会が連携を深めるお手伝いをしています。これまでにアメリカがん協会やアメリカ心臓協会、イギリスの不整脈連合(Arrhythmia Alliance)とのシンポジウムを開催しました。患者会リーダーの海外視察も支援しており、本年8月にはスイス・ジュネーブで開催された国際がん会議(UICC)への、3人の患者会リーダーの参加が実現しました。今回の渡航では、ノーベル医学・生理学賞を受賞したハラルド・ツア・ハウゼン博士(ドイツ)の講演を聴講し、博士と直接話す機会も得られ、日本の患者会関係者が世界レベルの舞台に立つお手伝いができたと考えています。また、がん政策情報センターのウェブサイトは、「市民主体の医療政策を実現」するという当機構のミッションを具現化し、各都道府県の政策データや、好事例などを結集したウェブサイトです。
日本初となるがんサミットを開催
がん政策情報センターの目標は、あまねく広く、日本全国でがんの標準治療が受けられる均てん化の実現。活動の基本構図には、「がんの地域格差」、「全国のベストプラクティス」、「人的ネットワーク」を置き、これらを「3つのトライアングル」と呼んでいます。がんにおいては、死亡率1つをとっても大きな地域格差がある事実を顕在化させ、一方で、地域格差がある中で懸命に活動しているプロジェクト――がん条例の制定やがん募金など――を紹介する。そして、それらを担っている患者会の方々に人的ネットワークを提供する。メーリングリストの整備による情報交換の場の提供や、今回のがん政策サミットの開催などが該当するでしょう。
がん対策サミットは、2008年9月27日、28日に開催しました。全国の都道府県のがん患者委員が集結するという、これまでになかった試みです。当日は、20県から30名の都道府県患者委員が東京に集まったのに加え、国の患者委員も参画し、さまざまなテーマについて有意義な議論が展開されました。各地のがん対策の現状や好事例を互いに紹介し合い、学び合えた意義は大きいと思います。
また、与野党国会議員に参加いただき、自民党の石井みどり氏、公明党の浜四津敏子氏、民主党の仙谷由人氏(ビデオメッセージ)からもお話をいただきました。また、自民党の尾辻秀久氏からは文書によるメッセージが寄せられました。厚生労働省担当者、県庁がん対策担当官の参加もあり、患者のみで語るにとどまらず、患者の声をいかにして行政の各担当部署に届けるのかに関しても積極的な議論をしました。終了間際には、今後の相互協力を確認し合え、同サミットはきわめて成功裏に終わったものと感じています。
患者の声が反映されたがん対策基本法
今、医療制度改革を推し進める新しい流れが生まれています。これまでは、医療提供者から省庁に要望が行き、さらに政党委員会に渡るのが唯一とも言える行政主導以外の医療政策策定の流れで、3者の関係の深さから「鉄の三角形」とも呼ばれていました。しかし近年、制度改革の流れは、患者参画型にシフトしつつあります。私たちは、この新たな流れは、2つの要因によって生まれたと考えています。1つは、インターネットの普及とも関連した医療情報の大幅な拡大です。患者が病気のことを知るようになり、さらには、治療の制約条件となっている医療政策や、改善策の遅れが存在することにも気づくようになりました。もう1つは、目覚めた患者リーダーの出現です。患者の視点で、自分の生存が危機にさらされているという立場から、具体的な問題点と解決策を訴えました。また、高度成長時代には産業界の意見に耳を傾けた政治家たちも、成熟社会となり社会保障分野が重要となっていることから、そうした問題を重視し反応するようになりました。背景には、疾病の多くを生活習慣病が占めるようになり、医療の質を向上させる主体が医師から患者にシフトしていることもあります。さらには、限られた財源です。近年、国民医療費は約32兆円で横ばい推移をしてきました。同じ枠内の中で予算をみんなが取り合う状況があるわけです。そのような中で誰の意見が優先されるかと言えば、やはり国民一般に最も近い立場にいる患者ではないでしょうか 。
市民患者が声をあげ、それをメディアがキャッチし、メディアに取り上げられた改革を求める声が政治家を動かし、国会で話し合われて省庁が動くという新しい流れは、改革が成される本来のあるべき姿なのだろうと感じます。象徴的な事例は、がん対策基本法でしょう。
ここで、がん対策基本法成立の流れを追ってみます。2001年2月に、患者会の「癌と共に生きる会」が海外で使用できるのに日本では使用できない薬(=未承認薬)に関して声をあげました。すなわち、ドラッグラグを解消しなくてはならない、世界で認められている薬が日本で使えないのはなぜか、と問題提起したのです。2003年6月には、テレビ朝日が『サンデープロジェクト』で「がん治療を変えたい!」という特集を放映。患者会の活動も紹介されて大きな反響を呼びました。この番組を機に、市民患者とメディアの力が合流し、2004年1月、厚生労働省に「抗がん剤併用療法*に関する検討会」が設置されました。検討会に対して、どの薬を認めるかのリストを提出したのは、患者グループ、患者リーダーたちでした。
(併用療法*:承認済み薬を別の効能で使用すること)
一連の動きを受けて、日本医療政策機構においても2004年7月に「患者が求めるがん対策」というタイトルでシンポジウムを開催しました。この時期に「がん難民」という言葉がメディアに登場し、2004年7月に『日経ビジネス』に「年間4万人の命を救え~こんなに差がある病院別の治療成績~」という記事が掲載され、2004年9月には「がん医療水準均てん化の推進に関する検討会」が開催されました。そして、2005年4月は『NHKスペシャル』で「日本のがん医療を問う」が放映されました。これらを受け、翌5月、厚生労働省に「がん対策推進本部」が設置されるといった流れがつくられていったのです。
2005年5月に民主党が市民患者の要望を受けて議員懇談会を設置しました。また、2005年5月には第1回「がん患者大集会」が開催されました。2005年6月、公明党がん対策プロジェクトチームが設置され、翌年4月には同チーム代表が、がん対策法制定の提唱を国会代表質問の中で行いました。その後、2006年3月に民主党が「がん対策基本法案パブリックコメント」を実施。同じく3月に公明党が「がん対策の推進に関する法律(仮称)要綱骨子」を発表し、いよいよ、がん対策基本法の道筋が姿を現します。2006年3月には自民党に「がん対策の与党プロジェクトチーム」が設置され、多くの患者がヒアリングを受けました。2006年4月に民主党が初めてがん対策基本法を衆議院に提出。自民党もがん議連設立総会を開きました。
2006年5月、参議院本会議で民主党の山本孝史議員ががんを告白し、がん対策基本法の成立を訴えた姿はいまだに記憶に新しいところです。そして6月13日に、衆議院において同法が全会一致で可決され、成立へと進んでいきました。
課題は県のがん計画の実施状況チェック
がん対策基本法には目的、基本理念、関係者の責務などが記されています。目的に「我が国のがん対策がこれまでの取組により進展し、成果を収めてきたものの、なお、がんが国民の疾病による死亡の最大の原因となっている等がんが国民の生命及び健康にとって重大な問題となっている現状にかんがみ、」と、これまでのがん対策が必ずしも万全ではなかったことを意味する言葉が入りました。
そして、がん対策推進基本計画は、まさに画期的な計画です。国のがん対策推進基本計画を作成することが厚生労働大臣に命ぜられ、都道府県にもがん対推進計画の策定が義務づけられました。国のがん計画をつくるにあたっては、がん対策推進協議会の設置が義務づけられましたが、協議会の委員にはがん患者とその家族、または遺族の代表者の参加も義務づけられています。これは、政策立案への患者参画、市民参画という意味で非常に大きな一歩です。
その後、がん対策推進協議会メンバーは18名と決まりましたが、うち4名は患者委員でした。有識者委員として参加した2名はどちらも患者もしくは患者家族でしたので、結局18名中6名、つまり3分の1の割合で患者の視点から発言する機会を得たと言えます。がん対策推進協議会メンバー18名には、きわめて患者の声に近い意見が示されているはずです。
国の協議会への患者参画が法制化され、都道府県における協議会への患者参画が常識・必然化した流れを受けて、がん政策サミットは開催されました。2007年中に各都道府県のほとんどががん計画を策定しましたが、現在は、それらが絵に描いた餅になるか否かの瀬戸際。集まった患者委員の方々の心配も、その点に集中していました。
県によって、がん対策予算を多く確保しているところもあればほとんどゼロの県もあります。さらに、がん対策の遅れている県でも予算が少ない場合が見られ、より地域格差が広がるのではとの懸念があります。そのような中で、均てん化をめざすがん政策情報センターの役割が少しでも公益の一助になればと考えている次第です。
今後の私たちの課題として、県のがん計画がしっかりと実施されるかどうかをチェックする機能をつくることが挙げられます。さらにもう1つ、日本医療政策機構の考えというよりむしろ私個人の見解ではありますが、患者会が成してきたこれまでの実績を社会に認識してもらう必要があると考えます。患者の中にはモンスターペイシェントがいるのも事実ですが、一方で政策を動かした患者リーダーたちも存在し、その証の1つとしてがん対策を前進させた実績があることを多くの方々にも広く知っていただきたいと思います。
2.「がん対策の格差と好事例 ~地方発全国行きの最新情報~」
日本医療政策機構がん政策情報センター長
埴岡 健一
重要な臓器別や疾病別のデータ分析
本日は、①がんの格差②がん対策の好事例③地域を動かすアドボケートたち――の3つについてお話しします。
がんの格差については、着目点がさまざまあります。罹患率格差、死亡率格差、治療方法格差もあれば、治療成績格差もある。がんを減らすのに有効であると言われるがん検診についても検診率格差があり、肺がんの大きな原因の1つであるたばこに関しても、喫煙率格差があります。
また、格差を比べる際には、都道府県単位がよく使われますが、もう少し細かい区切りである2次医療圏や市町村での単位で見るなど、いろいろな視点から比べることができます。病院ごとにも治療成績などの格差があります。現在、がん拠点病院を軸にした各医療施設の連携でがん治療をカバーすることが、がん対策の大きな柱になっていますが、拠点病院とそうでない病院の治療成績には大きな格差があるようです。また、医師数、対策費等の医療資源についても地域によって格差がある。がんを減らすための対策に関しても、有効な政策を連発している地域もあれば、何もしていないかのように見える地域もあり、かなりの格差があるのです。
では実際に、まず都道府県別がん死亡率(男性)を比較してみましょう。もっとも死亡率の高い青森県ともっとも低い長野県の間には1.5倍ほどの開きがあります。現在の全国的な目標は、死亡率を全体で20ポイント減らすことですが、多くの県にとって長野県程度のレベルに達することであり、決して実現不可能なことではないはずです。
今度は女性の死亡率を都道府県別に比べてデータを見ましょう。男性の死亡率を示したグラフの形とは少々違っていますが、県の間で大きな格差があるのは同じです。総合的ながん対策を打つのは必要ですが、地域別に多いがんに着目して男女別にがん対策を推進していくことが大切です。
過去10年間でどれほどがん死亡率を低減できたかの都道府県別データもあります。それによると男性に関して、広島県は26%、青森県は12%の減少です。広島県はあと10年このペースがつづけばがん計画の目標値を軽くクリアしますが、後者は10年を経てもこれまでのペースでは目標に達しません。女性のがん死亡率に関する同様のデータでは、群馬県の減少率は過去10年で-3%、つまりむしろ増えてしまっており憂慮される事態です。
がんを減少させるための対策を打つには、がん種別の都道府県別死亡率を知ることが大切です。肝臓がんの県別死亡率グラフをみれば西日本で多いことが一目瞭然です。東の方では山梨県が飛び抜けて多いことが分かります。がん全般では比較的死亡数が少ないためがんを特に問題視していないように見える沖縄県と宮崎県も、疾病別に見れば、実は、沖縄では男女の結腸がん白血病が全国的にもワーストに近いレベルであること、宮崎県では卵巣がんがワースト1であることなどの実態がわかってきます。このように、疾病別のデータ分析は非常に大切だと思います。
現存する地域格差を示すデータさえない
さて、地域格差について、少し詳しく説明していきます。大阪は全般的にがんの死亡率が高いと認識されていますが、大阪府内にも大きな地域格差が存在することも大きな問題なのです。また、病院格差もあります。同じ進展度合いの大腸がんに関しても病院によって5年生存率が80%程度から50%程度までとかなりの格差が認められます。
拠点病院とそれ以外の病院の格差もあります。たとえば大腸がんの場合、大阪府の4,771の症例のうち1,000例を拠点病院で治療しておりその生存率は62.2%です。一方、大阪府全体の生存率は51.3%です。つまり、拠点病院で治療された大腸がんは全体より10.9%生存率が高いといえます。
このデータは、ほかにもさまざまな事実を教えてくれます。たとえば大腸がんの全ステージ(進行度)の症例を集めてみると約1万5,000例になりますが、うち約3,000例、すなわち約20%が拠点病院で治療されている。つまり、質の高い拠点病院を整備しても、患者さんのうち20%しかその恩恵をこうむれない。さらに分析してみると、がん治療をリードすべき拠点病院が比較的軽いがん患者を受け入れている現状も分かってきます。
本来47都道府県すべてで、このようなデータが整備され、がん治療の実態、具体的には発生率、治療成績、死亡実態などが正確に把握されたうえで対策が打たれるべきですが、現実はいまだそこに至っていません。少なくとも、現状ではデータさえも不十分であると知っておいていただきたいと思います。
もう1つ興味深いトピックスは、医療資源の格差です。十分な経験を伴ってがんを治療できる医師数にも格差があるのです。がん薬物療法専門医数を見ても、放射線治療認定数をとっても、都道府県別によってかなりの差があます。そして、その地域に多い種類のがんをカバーする医師が、必ずしもその地域に多くいるわけではないのです。がん薬物療法専門医とは抗がん剤を扱う高いスキルを持った医師を示しますが、資格自体が新しいこともあって、いまだに人数がゼロの県もあるほどです。がん拠点病院には、最低1人、2人は確保してほしいものです。
私たちは、都道府県別、あるいは九州、近畿などのブロック別にがんを治療できる医師数をモニターし、全体的な医師不足のみならず専門医の偏在にも着目し、理想的な適正配分を示し実現の一助になっていきたいと考えています。
各県で生まれている施策の好事例
ここまでお話ししてきた格差や問題点を踏まえ、それらをいかに解消していこうとしているのかといったお話に移ります。今、問題解決のために数多くの施策が打たれようとしていますが、計画書止まりで多くは実行にまで進んでいません。しかし、わずかながらも非常に新鮮な好事例が生まれているのもまた事実であり、今回はぜひそれらを紹介したいと思います。
最初に、都道県別のがん計画力をスコア化し、比較したものを見てください。計画力をスコア化するのは難しく定評ある方法はいまだにないと思います。これは一つの試みと考えてください。まず、全国の計画を読んで、国の計画に記載されていることを超えているような15の項目を選びました。15項目の内容は、資料のとおりです。そして、各県のがん計画に、15項目のうちいくつが含まれているかをカウントしたのが今回のスコアです。島根県がもっともスコアが高く、次いで茨城県、兵庫県、鹿児島県などがそれに続く結果となりました。
各県の計画書を詳細に読み込んでいくと、さまざま施策の好例を拾い上げられます。たとえば、現在、国が患者さんに向けて包括的な資料を作成し、「患者必携」として提供する計画ですが、山形県では「かゆいところに手が届く」ような、地元版「患者必携」を作成する予定です。また、福島県では、県庁のウェブサイトを通してがん患者団体やがん患者支援団体の情報を県民に周知することを決めました。
個別施策とは別に、がん対策全体をカバーするような大きな施策を打っている都道府県もあります。島根県、高知県、新潟県、神奈川県ではがん対策条例が制定されています。現在は、宮城県、愛媛県、長崎県などでも制定の動きがあり、おそらく47都道府県に徐々に広がっていくものと思われます。
作られたがん計画が実際に実行されるかどうかの1つのバロメーターが、予算化されていることだと考えられますので、各県の予算化の状況を調べてみました。佐賀県では、がん予防推進委員によるがん対策の普及・啓発をボランティア中心に進めるための組織化と育成に予算をつけています。患者さんが相談を寄せる窓口創設に対しは、相談支援推進事業として秋田県、静岡県などが予算化に踏み切っています。
日本でも始まったアドボケートの活動
つづいて、患者アドボケートたち――政策提言する患者関係者が生まれているというテーマに移ります。
先ほどのお話にもありましたが、今、患者、国民の関与を受けて政府が政策をつくるといった、新しいサイクルが生まれています。がん対策基本法は、好例の1つのモデルと言えるもの。議員立法で成立した点も象徴的です。政治家の間では「これは、患者立法」、「市民立法」とも言われています。いずれにしろ、今後同じような革新的な政策立案プロセスが生まれる兆しを感じます。
基本法を受けてつくられた国のグランドデザイン――がん対策推進基本計画には「がん患者及び患者団体等は、がん対策において担うべき役割として、医療政策決定の場に参加し、行政機関や医療従事者と協力しつつ、がん医療を変えるとの責任や自覚を持って活動していくこと」という文言があります。私たちは、いわゆるアドボカシーが政策決定の根幹に携わるように位置づけられたと捉えています。
がんに関しては、治療の在り方に制度的問題や政治的問題が絡んでいると気づき、声をあげ、制度や政策を変えるために活動しようという人々が増えています。全国には患者委員が80人ほどいると推定されます。そのうちわれわれが連絡先を把握できた53人の患者委員にアンケートしてのうち38人が回答をくださいました。その結果、患者委員は「感情的議論よりも論理的議論をしたい」、「具体的な提案や対案をともなった発言を評価する」などの考えを持っていることが明らかになりました。患者委員の皆さんが、個別利害を超えて、がん患者全体を代表して語れる存在になりつつあると強く感じました。イメージとしては、日本の衆議院選挙区すべてでがんアドボケートが存在し、その人たちを宙死因にがん対策が大きなテーマとして扱われるようなムーブメントが広がっていく姿を思い描いています。
私たち日本医療政策機構 市民医療協議会がん政策情報センターでは、ウェブサイトでの情報提供や人々の紹介をしていき、このようなアドボケートの方々を支援し、輪を広げていくよう手助けをしていきたいと考えています。
■講演者略歴■
埴岡 健一
日本医療政策機構理事
日本医療政策機構市民医療協議会協同議長
がん政策情報センター長
1984年、大阪大学文学部卒業。1987年、日経BP社(現)入社、日経ビジネス編集部記者、92年日経BPビジネスニューヨーク特派員、94年ニューヨーク支局長、98年日経ビジネス副編集長(金融、企業戦略、経営、企業ケーススタディなどを担当)と、経済・経営ジャーナリストとして記事を執筆する。99年骨髄移植推進財団(骨髄バンク)事務局長となり、医療システム改革に取り組んだ。03年7月日経メディカル記者、04年7月同編集委員(医療の質評価、がん診療などを担当)、医療ジャーナリスト。また、がん患者支援サイト「がんナビ」の編集長も務める。04年8月東京大学医療政策人材養成講座特任准教授、日本医療政策機構理事。07年4月、がん対策推進協議会委員となり、がん対策戦略策定に参加。08年5月より日本医療政策機構常勤。
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乗竹 亮治
日本医療政策機構 市民医療協議会
オクラホマ州立大学を経て慶應義塾大学総合政策学部卒業。日本医療政策機構インターンとして、シンポジウムなどの企画運営に携わった後、2007年4月から日本医療政策機構勤務。患者支援プロジェクトである「市民医療協議会」を中心メンバーのひとりとして設立。患者会向けPC寄付プロジェクトや患者リーダー向けのリーダーシップ研修などを運営する。国内患者会の国際連携支援や海外研修支援も実施している。
■関連リンク■
日本医療政策機構 市民医療協議会ウェブサイト
日本医療政策機構 がん政策情報センターウェブサイト
申込締切日:2008-10-09
開催日:2008-10-10
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