第22回朝食会「『複雑系』から読み解く医療システム」
日付:2009年5月20日
第22回定例朝食会では臨床医・脳科学者の中田力氏にお越しいただき、「複雑系」の観点から、医療システムを読み解く視点とアプローチについてご講演いただきました。
複雑系の国家に近づきつつある日本
まず、複雑系とは何かについてという話から始めます。簡単に言えば、現代社会においては「この世のすべてが複雑系である」と言えます。かつては、いろいろな要素が組み合わさり、どうなっていくかよくわからない系を複雑系と呼んでいました。次第に、社会構造までのすべてが複雑系と呼べるものだとわかってきた。
では、今なぜ複雑系なのか――。
このような場で、医学や社会学を引用してまで複雑系の話を持ち出す理由、それは日本に民主主義が根づいてきたからです。かつての、国民一人ひとりの行動を「お上」が徹底的に管理するような社会であれば、複雑系の行動学の考察など不要でした。しかし、日本でも誰かが人の行動を決定できない、一人ひとりが自由に行動しても良いという状況がつくり出されてきた。たとえば、アメリカは、一人ひとりの考え方がまったく違うため、ひとつの国家を形成するのは不可能といえるような国でした。そんな中、賢い人たちが統制をとろうと試行錯誤しているうちに、かえってガタガタになってしまった。そこで途中からは、「この際もう、あまり余計なことをするのはやめよう」と考えた。すると、不思議にもなんとなく安定感が生まれてきたのです。日本国家も、民主主義が進むにしたがって、少しずつそういう国家、つまり複雑系の国家に近づきつつあるのです。
すでに自国を複雑系として扱うアメリカ
では、自国を複雑系だと認めたアメリカでは、実際、国策に複雑系を取り扱う方法を、どのように取り入れているのでしょうか。例として2つ挙げてみたいと思います。
ひとつ目は、ダイバーシティプログラム。物理学者たちは、アメリカのダイバーシティ、つまり多様性を維持するには扱うものを広げなければならない――社会学的に言いますと、移民を受け入れつづけなければならないと訴えました。北朝鮮のような国家にならないためアメリカは、実は1990年代に法律で、世界各地から無差別に移民を受け入れることを法制化しました。グリーンカードを公募だけで、ただの抽選だけで各地域の人間たちに与えるようにしたんですね。2つ目が軍隊のシステムです。たとえば、ある軍がどこかを攻めようとします。ところが、攻めろと言われたときに、どうも今日攻めると勝算がない気配がしたとする。そこで攻撃を止めたら、第二次大戦中ならば、上官に対する命令違反になります。しかし、現在のアメリカ軍では、それが許されています。最終決定を一人ひとりの一兵卒が決定できるのですね。なぜか。戦争が複雑系だと理解されているからです。
繰り返しになりますが、アメリカは、この30年で政治体系をはじめとしてさまざまな社会システムに複雑系を取り入れています。国家の成り立ちがあまりに多様で不統一なため、何をどこからいじっていいかわからない、思いもしなかった問題が噴出する。それらに科学的に対処するには、複雑系への対処方法を用いることが必要だと悟ったのです。
医師数増加で問題は解決しない
実は、医師の仕事は、患者さんを扱っている限り、実質的に複雑系で、医師はそれを理解しています。なぜなら、医学において「こうだからこうだ」と、断定的に言い切れることはひとつもないと知っているからです。人の健康には膨大な数の因子があります。医師は、基本的に自分たちはいつも複雑系を扱ってきたんだと理解するでしょう。
全体を見るのか、はたまた、それぞれ一つひとつの小さい部分を見ていくのかで、何をしたらいいのかが変わるのが、複雑系の特徴です。ところが、一つのシステム、全体を左右しているパラメータがあまりにも多すぎ、いろいろな要素が絡まっている場合には、どうしても見た目でAということが起こっていると、Aに対処しようとしてZを動かしてしまい変なことが起こってしまう。複雑系の特徴を理解していないと、こうしたことがよく起きます。
今、医療界が危機的状況にあるのは、医師の数が足らないからだと皆さんはおっしゃる。医師を増やせば、なんとかなるという発想が大勢を占めています。僕から言わせれば、何を言ってるんだかよくわからない。正しくは、医師の数が足らないのではなくて、「患者さんを診るちゃんとした医師が足りない」のだ。つまり、医療界を救うには「患者さんを診る医師」、「きちんと診察できる医師」を増やさなければならない。にもかかわらず、「医師が足らない」として、単純に数をオーダーパラメータにしようとしている。しかし、それに触ってしまった瞬間に、全体が、いい方向か、悪い方向かわかりませんが、ある方向に大きく変わってしまうのですよ。複雑系の難しいところを理解していないと恐ろしいことになります。
まずはオーダーパラメータを見つける
有名な雑誌『サイエンス』ではときどき、これからどういう時代に入って行くのかを示唆するときがあります。80年代に出た『サイエンス』には、「1+1=0です」とありました。つまり、これからはコンピュータの時代になると言いたかったのですね。そして、90年代になると「2+2=5です」と掲載されました。これからは複雑系の時代、非線形の時代に突入すると伝えようとしたのです。日本の社会では、なにがなんでも「1+1=2」にしようとしますが、もう、そういう時代ではない。やってみないと、どうなるかわからない時代になったのです。
政治的に自分たちが何かをするときに触るべきは、オーダーパラメータだけです。オーダーパラメータだけを触ってみて、全体像がどうなっていくか――つまり非線形を我々は眺めなければいけない。それが、実は非線形の扱い方です。医療は基本的には非線形で動くのであり、日本全体が複雑系の社会になったときには、やはりそれに呼応した対応をしない限り、自分たちが望む方向には決して社会は動きません。だからこそ、早急に、医療を対象にどういうオーダーパラメータがあるのかを見つけていかねばなりません。
医療で大切なパラメータはお金と医師
医療のひとつ目のオーダーパラメータはお金です。お金をいかに扱うかで、社会システムは常に変化します。経済に関してならオーダーパラメータをお金のみとし、その流通をコントロールすればいいのですが、医療はそれだけではうまく機能しません。医療に欠かせないオーダーパラメータがもうひとつある。それが、医師。つまり、お金と医師の2つのオーダーパラメータをいかに扱うかが、鍵なのです。相手が複雑系であればあるほど、細かな自分たちの目の前に見えてくるパラメータをいじってはいけません。簡単に言えば、医療でいう対症療法をしてはいけないのです。 目を転じて、今の日本政府は医療危機に対して対症療法だけをやっている。言ってしまえば、「この国の医療はもうだめだ」を前提にして医療行政を行っているとしか思えません。
同様に、現在、自分たちの目の前の医療危機が、いったいなぜ起きているかを考えてみると、何万というパラメータがありますが、非常に大きな要素になっているのが、お金と医師の2つ。したがって、その2つをもってすれば医療危機を脱せるでしょう。
正しい方法論を用いれば医療は救える
日本は、G7諸国の中でもっとも医療にお金を使っていない国です。お金を使わなければ医療制度はだめになるとわかっているはずなのに、アメリカにくらべておそらく6分の1くらいしかお金を使っていません。イギリスは、日本に先んじて医療費を削減しましたが、過ちに気づき、ブレア政権が医療費を倍増しました。現在、医療費は日本の2倍に達していますが、ときすでに遅く、医療制度は完全に崩壊してしまいました。幸いにして日本の医療制度は、まだ崩壊はしていません。医療におけるお金というパラメータは、とても重要です。あまりに医療費が少なすぎるのが問題なのですが、国民のコンセンサスなので仕方がありません。
もうひとつ、日本にとってきわめて大事なのは、先ほども申し上げましたが医師のコントロール。コントロールの解釈を誤解する人もいますが、僕の言う医師のコントロールとは、一人ひとりの医師が心配なく働ける状態を指します。医療にきちんと社会が目を向け、医師自身のとるべき行動にきちんとした規範がある。悪いことをした医師は、医師仲間が告発しなくともきちんと摘発される仕組みになっている。そのような状況にしない限り、日本の医療はボロボロになるだろうと思います。日本人は、本当にいい人ばかりなのですから、正しい方法論を用いれば日本の医療は救えると思います。
複雑系に関してはもう少し細かい話をしていけば、医療に関してもどんどんいろいろな要素、どういう組み合わせでパラメータを触ればいいのかといった話もできると思います。ただ、あまり難しいことを、かつまた細かく言ってしまうのは、かえって混乱を招く結果にもなる。そこで本日は、「複雑系」そして「オーダーパラメータ」という言葉を皆さんの頭に残すことを主な目的に話をつづけさせていただきます。
対象とするものの全体像を知れ
全体像を見る力は、人間に与えられた力のうちでもきわめて重要なもののひとつです。何かに取り組む際、いったい自分たちはどこに向かっているかの把握が大切です。すでに世の中は、どれだけ賢い人間がどういうことをやろうが、思い通りに動かせはしない。まず、それだけは、ご理解いただきたいと思います。
大切なのは、どういうものを扱うかをまず決めること。アメリカ時代のボスの表現を借りると、“Identify your problem”。彼はどういう会話においても、絶対になんのためにその会話をするかを言わない限り、何も話しません。批判も言わないし、どうしろとも絶対に言わない。常に会話を開始するための最初の条件は、“Identify your problem”。要するに何かを相談したいんだったら、何が問題の対象なのか、とにかくIdentifyする。それについて語れと言われました。
「蝶々効果」こそ、民主主義の基本
扱うべき対象を自分たちで決めたのち、その中で必ずオーダーパラメータを見つける。逆に言えば、現在では、すべきことを決定する行為は、能力の高さにはつながりません。自分たちが何を対象にするか、昔で言うフィロソフィーが何かを確定し、全体像の中でここを対象にすると決定し、その中で何が重要なパラメータであるかを見つけていくことが、ある程度以上に能力があり、なんらかの仕事をしなければいけない人たちがやるべきこと。それを、僕らはシステム・オーダーパラメータと表現しています。
複雑系を初めて具体的に語ったのが、理論気象学者のローレンツです。彼は、天気予報の基礎研究に取り組み、その成果を説明するためにどうするかを考えました。そして講演のタイトルを『アマゾンで蝶が1回羽ばたきしたら、その結果テキサスで竜巻が起こるか』とし、結論は、起こるとした。それが物理学上有名な理論、初期状態依存性に関する蝶々効果(バタフライ・エフェクト)です。複雑系においては、1ヵ所で起こったちょっとしたことが、やがて大きな波となり、ある場所でとんでもない現象を引き起こす。この「蝶々効果」こそ、民主主義の基本です。人ひとりが何かやっても、結局は力ある者に負ける――。それは、違います。民主主義が進めば蝶々効果が起きます。ひとりの行動が、必ず大きなうねりを巻き起こす。それが、複雑系の特徴なのです。ここにいる皆さんが、何をオーダーパラメータにするかに同意し、きちんとした議論を交換できる状況をつくれれば、この国はあっという間に良くなります。
複雑系とは、一見難解な理論のようですが、実は私たちにいろいろなことを教えてくれます。「全体像を見る力が大事なんだ」と言ってくれます。方向性を決める、逆に「フィロソフィーをきちん据えなければ、がんばってもどこにたどり着くかわからないよ」と教えてくれる。「民主主義を貫く限り、ほんの小さなことでもいつかそれが大きな力になる」と教えてくれます。
日本の現状を見ると、「手続き」ばかりをやっている。次の書類は何をつくるのか――。その書類がつくれる人が、「この人は勉強ができる」と評価されます。意味がないですね。日本を変えるには、そこを変えねばならない。書類の書き方ではなく、書類の内容が重視されればいいのですよ。最終的に自分がどこに到達したいのかを考えながら、きちんとしたオーダーパラメータを扱うようにすることが重要です。医療に関して言えば、医師というオーダーパラメータを触っていない点が致命的です。医師というオーダーパラメータを触るとは、たとえば専門医制度の整備であると、ここ25年間私は言いつづけてきました。そろそろやらないと、この国も終わりだと皆さん実感し始めたころだと思いますので、この点を最後にお伝えして私の話を終わりにします。どうもご清聴ありがとうございました。
――質疑応答――
会場――医師というオーダーパラメータをいじるとは、専門医制度の整備だという点について、もう少しお話しいただけますでしょうか。
中田 話題がどんどん細かくなって、それが「どうしてか」だけの話をすると、今度は逆に手続き主義の話になってしまうんですよ。すみません、わかりづらいのですが、オーダーパラメータは専門医制度の整備とイコールではありません。オーダーパラメータは、あくまで医師です。医師をひとつのシステムとして見ます。そしてお金をはずして、医療制度をはずして、医師のシステムの中で、現時点でもっとも注目されるのが専門医制度というだけです。オーダーパラメータは専門医制度ではなく、医師です。そこを誤解のないようにお願いします。日本にも一応専門医制度がありますが、それは手続き主義上つくられたものです。アメリカの専門医制度は、医師が、患者さんがいつでも安心して話のできる存在であることの証を公布している。それのみを目標に制度設計されています。1910年にフレクスナーが確立した理念を守り、それに絶対反しない精神によって貫かれています。
会場――2つ質問させてください。ひとつは、日本の医療制度はアメリカの制度よりかなり貧弱であるとおっしゃいました。それを証明するようなものがあるのかが、ひとつ。また、それを是正するものがオーダーパラメータのひとつである医師の専門医制度であるとする根拠はなんでしょうか。もうひとつは、アメリカのマイケル・ムーアがアメリカの医療の混乱を描いた映画『シッコ』をつくりました。アメリカ医療の専門医制度はすぐれていても、映画のような状態にあるとしたら、本当の意味でアメリカの専門医制度がすぐれていると言えるのでしょうか。
中田 2番目の質問からお答えします。『シッコ』をご覧になった方の中には内容について、たいへん誤解なさっている方が多いように感じます。僕が日本の医療で問題視しているのは、「医療制度」そのものではありません。「医療」そのものが危険なんだと言っているんです。イギリスでも問題になったのは同じでした。すべてのアメリカ国民がどこの国の医療を受けたいかと問われれば、自分の国の医療を選ぶはずです。アメリカのどんなにお金のない人でも、アメリカ医療に対してその能力を疑ってはおりません。『シッコ』で表されたのは貧富の差。つまり、かつては高いレベルの医療をすべての人間が普通に受けられるだけ、アメリカは金持ちだった。それがどんどんお金がなくなって貧富の差が生じ、とにかくアメリカの医療をボロボロにしたんですね。 『シッコ』で表されているのは、医療制度に対する批判ではありません。「医療を受けるのに、どうしてそれほど金がかかるんだ」ということを訴えたかったのです。いずれにしろアメリカの医療が崩壊していない最大の理由は、「医療」そのものへの信頼性がなくなっていないから、医療の、医師一人ひとりのレベルが保障されているからです。
続いて最初の質問に答えましょう。典型的なんですが、日本の皆さんはなぜか証明という言葉を好んで使います。証明は、そのバックグラウンドにあるものが正しいことを前提にします。正しいことを前提に何かしなければならないのだとすると、この国は崩壊するしかありません。そして、何が正しいかは社会が決める。私の言いたいことが、わかりますか?言いたいことを理解してもらうために30何年前から、よく私は神を例に出して話をします。本当に神を信じている人たちが、それぞれの神の話を始めてしまったら、もう終わってしまうんですね。それぞれが信じている神が違うのに、「自分の神がいちばん正しい」と言いだしちゃったら、もう殺し合うしかないわけです。
アメリカ国家の中で何が正しいかという問いかけは、僕らは絶対にしません。民主主義ですから、みんなで「どうしようか」と決めるべきだからです。そして、アメリカ国家は何をしているかというと、みんなで決めたことに違反しているかどうかを徹底的に監視しています。何が正しいかがはっきりとわかっていたニュートンの時代までが、現代科学の花の時代でした。21世紀の科学は、何が正しいかどうかがわからない。理論が正しいかはわかっていても、やってみるまで結果がわからないのですね。ですから、21世紀の科学はほとんどがシミュレーション科学と言えます。
では、医療のオーダーパラメータにお金と医師を選びましたが、それだけでけりがつくのか。先ほど申しましたように、基本的に最初に対象とすべきシステムが問題。僕が、今対象にしているのは全体像、本当の全体像です。それに対して、なんらかのサポートがあるのか。アメリカはあれだけ無茶苦茶な国家で、あれだけ無茶苦茶にやってきたのに、医療は良くなっている。それは、1910年にフレクスナーがやったサポートの仕組みに由来します。彼は、1ヵ所1ヵ所、アメリカにある医療機関のすべてを見て歩きました。彼は、見た瞬間に医学部とそのブレインをABCランクに分けて、Cランクの医療機関はその場で閉じさせました。Bランクのところは1年間の猶予を与えてAをめざさせた。フレクスナーレポートを読んでくれるとうれしいのですが、1910年という僕が生まれるより40年も前にそんなことをしていたのですね。たとえば、有名なカリフォルニア大学に夜中に突然行くと、若いやつがひとりで当直をやっていた。その人に聞きます。「お前、何年目なの?」。「卒業して2年目です」。「ひとりでやっていて怖くない?」。「怖いです」。判定はC。わかります?たとえば、日本でAという先生が国家から決められて「日本の病院をみんな見てこい」と言われた。その先生が、東京大学医学部の病院に行って当直をやっていたやつに怖いか聞いたら「怖い」と言った。その一言で、東京大学医学部を廃止したのです。それをやったおかげで、現在のアメリカ医療ができあがった。そこまで厳しい評価にさらされてきたからこそ、アメリカ医療のレベルは高い。つまり、無茶苦茶な中でも生半可な基準をつくらなかったから、現状が生まれた。
ひとつの証明にはならないかもしれませんが、その結果としてどんな現象が起こったか。世界医療がアメリカの医療制度を受け入れました。現在、ヨーロッパからアジアまで、すべてがアメリカのレジデント制度を導入しています。1ヵ国だけ先進国でやっていない国が日本ですね。ですからグローバル医療に負けたんですよ。韓国は、最近まで日本と似た制度でしたが、アメリカ医療に転換することを決めました。ですから現在、大学医学部とメディカルスクールとが半々に存在しています。いちばんレジストしたのは、ヨーロッパ。しかし、ヨーロッパはレジストしたけれども、約15年前にすべてアメリカのやり方を踏襲しました。証明にはなりませんけれども、世界の動きを見てみれば、アメリカの医療のトレーニング制度、専門医制度がいいということは、実は日本以外の先進国すべてが認めているところです。そんな回答でよろしいでしょうか。
会場――「蝶々効果」により最終的にトルネードが起きるとのお話でした。それは、アメリカの文化を前提にすれば腑に落ちるのですが、日本のように制度に足を引っ張られる国では、事象の起こるスピードがまったく違うのではないでしょうか。いつかは起こるかもしれませんが、もしかしたら起こるか否か自体に疑問が残るかもしれない。そう感じました。
中田 すばらしいご質問です。本来なら、アメリカのようにまず現場の試行錯誤があり、そこからの積み上げの結果、国家としてどうするかの議論が生まれ、制度が生まれるのが民主主義の理想です。トルネード効果の発想は、そこが基本になっています。おっしゃるとおり、今の日本にはそのようなプロセスで制度をつくるほどの余裕がありません。そこで、私からのお願いがあるのです。わかっている人間にやらせてくれと。少々トップダウンになりますが、今、私たちはたとえば、内閣府に委員会を設立して最初の全体像を策定させてくれと申し出ています。その理由は、日本の国民は心がきれいだから、トップダウンが通用すると思うからです。アメリカでは、絶対に不可能なことです。さらには、日本の医療界には優秀な人材がそろっているため、「話せばわかる」と思えるからです。アメリカではこの方法論は通用しません。それほどに、多様な価値観を持った人が集まっているのです。「金ならわかる」のですが(笑)。目標のひとつは、専門医制度の整備です。それは、医師がすべきことで、医師以外の専門家に委ねてはならないことです。素人に決定させては、医療は崩壊します。医師が、自分で自分を律しない限りどうしようもないのです。
日本医療政策機構代表理事
黒川 清
太平洋戦争で軍部が犯した過ちのひとつとして、「勝つ」という目的のためにどうするかという論理が皆無であった点が挙げられます。彼らはまるで、「勝つ」=「敵の全滅」と考えていたとしか思えない行動をとりました。細かい戦局の勝敗に一喜一憂したことなどが、その最たる例です。そのような思考は、鎖国の歴史が培ったのかもしれません。そして、今の日本人にも受け継がれています。医療政策にまつわることに、相変わらず「大本営発表」の臭いが漂うのはそのせいでしょう。国民一人ひとりが考え、選んだ結果、政策が決まる社会をいかに築くかがとても重要なのだと思います。私が、中学生や高校生を前に講演するのは、まさにそのためです。
問題はいろいろありますが、たとえば日本のオピニオンリーダーたちの資格について疑問を感じます。典型的なケースが、「アメリカでは」、「イギリスでは」というタイプの論陣を張る人物の経歴を追ってみると、アメリカでの実体験が、大学から派遣されて2年程度のものだったりします。その程度のアメリカ体験で、「アメリカでは」との主張を――、あまつさえ医療制度の例としてアメリカの制度を引用するのは、あまりに不誠実でしょう。そんな人物に限って、大学で教授職を得ていたりもする。わかりもしない人がわかった風に世論を引っ張っている。これは、大本営の犯した罪とまったく変わりのない図式です。
もちろん、海外での体験を持つ人材は貴重ですが、真の生活体験を持つ人材を多く生み出すことが大切です。私は、日本の大学に学部の学生の一定割合を必ず留学させることや、学部の授業の一定割合を英語で行うことを盛り込んだ私案を政府に提案しています。若いうちに海外に出し、海外の人材とコミュニケーションさせ、それぞれの分野で同じ世代間でネットワークを築く。そこからしか日本社会の変革は起きないでしょう。そういう意味で、真の意味で海外生活を体験された中田先生の本日のお話は、たいへん刺激的であり、グローバル時代における日本医療の改革の方向性を明確に示していただけたと思います。
申込締切日:2009-05-20
開催日:2009-05-20
■時間
07:45 受付開始
08:00 開始
09:00 終了予定
■参加費
賛助会員:1500円
一般・登録会員:3000円
学生:900円(学生証をご提示下さい)
■会場
WIRED CAFE(日本橋三井タワー2階)
銀座線・半蔵門線「三越前」駅A-7・A-8直結
地図URL: http://www.mitsuitower.jp/access/index.html
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