【メディア掲載】「災害メンタルヘルス支援体制への備え」(自治日報「自治」欄(11月21日号1面掲載)、2022年11月21日)
日付:2022年12月9日
タグ: メンタルヘルス
日本医療政策機構アソシエイト 滋野界が、「災害メンタルヘルス支援体制への備え」と題した論考を寄稿しました。
本稿では、日本医療政策機構メンタルヘルス政策プロジェクトチームで行った、厚生労働省令和3年度障害者総合福祉推進事業「自治体の災害時の精神保健医療福祉対策にかかる実態把握及び取り組みのあり方の検討」と2022年10月の公開シンポジウム「災害時のメンタルヘルス支援~応急対応から継続対応に向けた支援者連携のあり方~」をベースに、災害メンタルヘルス支援の特徴と課題を整理し、その具体的解決策について説明しました。
以下、掲載本文
筆者が所属する日本医療政策機構(HGPI)は、「市民主体の医療政策の実現」を掲げる、2004年に設立された非営利・独立・超党派のシンクタンクである。
HGPIが2021年度に行った、自治体の災害時の精神保健医療福祉対策に関する実態調査では、平時のメンタルヘルス支援そのものが不十分であることや、行政特有の定期的な人事異動や縦割り構造が、災害時のメンタルヘルス支援に影響を与えていることが明らかとなった。
平成27年9月関東・東北豪雨の被害を受けた某自治体では、特定の課が避難所運営を集中的に対応した結果、その課の通常業務が完全停止し、地域社会の復旧・復興に遅れをきたしていた。これを踏まえ同自治体では、災害時の避難所運営は全庁的に対応することとし、その後令和元年の台風対応では、全部署が通常業務と並行して災害対応に当たった。こうした対応によって、災害対応が可能な職員を増やし、定期的な人事異動による影響を抑えることが可能となる。また、個々の職員にとって理解・経験のある業務範囲が拡大することで、全庁的な危機管理体制・連携体制の向上につながる。
近年日本では災害が頻発しており、その対応経験は確実に自治体に蓄積され、対応力は向上してきている。しかし、自治体による一般的な災害対応力の向上だけでは、災害メンタルヘルスという特殊な課題解決への備えは十分ではない。そこでHGPIでは、世界メンタルヘルスデー(10月10日)を機に災害メンタルヘルスへの関心を高めるべく、当事者を交えたマルチステークホルダーによるシンポジウムを開催した。シンポジウムでは、被災生活の継続そして復興に向かう上で必要な「切れ目のない支援体制」に向け議論を深めた。議論では、メンタルヘルスの課題は多様であり一人ひとりに対応した支援が必要であることが指摘された。さらに被災内容も人的・住家など様々であり、「災害×メンタルヘルス」は個々のニーズに応じた支援が重要であることが確認された。こうした個別性の高さが、行政にとっての災害メンタルヘルス支援を難しくしている要因といえる。シンポジウムでは解決策として、災害ケースマネジメントの活用と共有、さらには当事者を巻き込んだ「顔の見える関係作り」が挙げられた。これまでの災害対応で明らかとなってきた災害メンタルヘルス支援の課題について、体系的に整理し全国的に解決を目指すことが必要である。さらにHGPIでは、こうした災害メンタルヘルス課題への関心は国内にとどまらないことも踏まえ、「日本における災害時のメンタルヘルス支援のこれまでとこれから~1995年から2020年までの地域における災害対応から考える~」の多言語翻訳をWebサイトで公開した。
しかし、前述の事例も、また「顔の見える関係」の構築も、事前に何度も訓練や打ち合わせが可能な限られたメンバーで対応することを前提としている。災害は、予測できない事態を招くことから、災害状況・時間・場所・職員を問わず、常に同水準の対応を可能とすることが目指すべき姿ではないだろうか。
こうした課題を克服するための仕組みとして、国外や医療の領域で共有されているインシデントコマンドシステム(ICS)がある。ICSは、事象の種類・程度に関わらず、誰でも実施可能な指示命令系統の共通ルールで、有事に必要な役割、対応内容などの基準が示されている。諸外国では国全体で整備が進んでおり、南海トラフ地震のような広域複合的な被害をもたらす災害時には、共通ルールの下、国外の力も借りやすくなることはもちろん、国内での災害派遣の際にも派遣母体関係なく活用が期待される。
災害を見据えた「顔の見える関係構築」は非常に重要な視点であるが、一方で平時に築き上げた「顔」が必ずしも揃わないのが現実の災害である。これまで多くの災害対応経験がある日本においても、「顔の見える関係」に加えて、「顔」が見えなくても実行可能なルール作り、さらには個別性の高い支援体制の構築を重ねることで、災害メンタルヘルスの危機に重層的に備えることが可能になると考える。
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