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【HGPI政策コラム】(No.28)-プラネタリーヘルス政策チームより-今、私たちがプラネタリーヘルスに取り組む理由とその歴史的背景ー第1回ー

【HGPI政策コラム】(No.28)-プラネタリーヘルス政策チームより-今、私たちがプラネタリーヘルスに取り組む理由とその歴史的背景ー第1回ー

<POINTS>

  • 日本医療政策機構では、プラネタリーヘルスにおける日本全体の課題整理・方向性の共有を目的として本プロジェクトを開始します
  • プラネタリーヘルスという概念は、1970年代頃からの気候変動や温室効果ガス排出量削減など環境問題への国際的な対応を基盤としている
  • 特に2014~2015年頃から、プラネタリーヘルスという言葉が「人間中心の世界を続けていると人間が被る健康被害(とその対策)」という文脈で使われるようになり、現在に至る


はじめに

人類がこれまで地球に与えた様々な影響が、これから私たちの生活や健康に跳ね返ってくる―その時にどんなアクションをとるか、あなたは考えたことがありますか?

日本医療政策機構(HGPI: Health and Global Policy Institute)は、「プラネタリーヘルス」という視点で地球上の環境変化が私たちの健康へ与える影響について、現状の課題を整理し、次のアクションを取りまとめる試みを始めました。

私たちは気候変動や大気汚染など地球規模の問題に取り組むことは重要だと考える反面、地球規模の問題と個人の生活との関連については、直感的に理解する機会は少ないのではないでしょうか。しかし、地球規模の変化によるさまざまな健康被害が、すでに国内外で多数報告されています。2015年には代々木公園を中心とした都内にて、108人のデング熱患者が発生しました。*1 蚊に媒介されるデング熱は、温暖化によって影響を受けると言われている感染症の一つです。*2 また、カナダでは2021年の夏に観測史上最高となる49.6度を記録し、短期間で数百人が熱中症により亡くなりました。

このように、地球システムの変化による健康への影響を実感する事例が増える中、各国で地球と人類の関係を持続可能にするための取り組みが始まっています。毎年、世界共通の重要課題を議論している先進国主要会議G7やG20のアジェンダを見ると、気候・環境関連分野はもちろん、ヘルスケア関連分野の中でもワンヘルス・アプローチ(One Health Approach)など環境と健康の関係を重視したテーマが取り上げられて始めています。

近年、日本国内でもプラネタリーヘルスに関する取り組みが徐々に広がっています。官公庁では2020年に環境省が発表した報告書*3 に気候変動による健康被害のリスク評価が盛り込まれました。学術界や産業界でも、環境と健康の関わりについての取り組みが増えつつあります。しかし、産官学民が個々にプラネタリーヘルスという課題に取り組む一方で、日本全体の課題整理や方向性の共有は、未だ成されていません。HGPIでは、マルチステークホルダーと協働して日本が取り組むべき課題を明らかにし、理解を深め、国内外に発信するとともに次のステップのきっかけを作ることを目指します。

第1回目となる本コラムでは、プラネタリーヘルスという概念が形成されるまでの、歴史的背景をご紹介します。


世界の気候変動に対する取り組みの流れ

図1. 世界の気候変動に対する取り組み

環境問題への危機感は、第二次世界大戦後に先進国が急速に経済発展を遂げた1960年代頃から広がり始めましたが、当時は各国内の個別対応にとどまっていました。しかし1972年、ストックホルム国連人間環境会議(UNCHE: United Nations Conference on the Human Environment)で国連として初めて環境問題が議論されます。さらに、国連がいよいよ気候変動について科学的な調査を行うため、1988年に気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)が設立されました。そして1992年のリオで開催された地球サミット(国連環境開発会議)にて、ストックホルム宣言を発展させることを目的とした「環境と開発に関するリオ宣言」が採択され、154か国が署名しました。リオ宣言は、宣言の内容を実行するための「アジェンダ21」が同時に採択されたことによって、各国や各自治体が環境問題に対して具体的な行動を計画する大きな引き金となりました。


人類が安全に地球で活動できる限界が見える?プラネタリー・バウンダリー

図2. 2022年1月発表の最新版プラネタリー・バウンダリー(ブループラネット賞 旭硝子財団 Facebookページ 2022年6月23日投稿記事より引用)

各国が持続可能な社会と環境の関係を模索し始める中、2009年にプラネタリー・バウンダリー(地球の限界)*4 という概念が学術雑誌“Ecology and Society”に発表されました。「人類が安全に地球で活動できる範囲」が示された図とともに発表され、後のSDGsなど世界的な動きにも影響を与えています。プラネタリー・バウンダリーとは、「その境界内であれば、人類は将来の世代に向けて発展と繁栄を続けられるが、境界(閾値)を超えると、急激あるいは取返しのつかない環境変化が生じる可能性がある」境界のことです。地球の安定性とレジリエンス(自然に回復する力)を維持する上で最も重要な9つのシステムを特定し、さらに具体的な限界値を設定した上で各システムが限界を超えていないかどうかを分析・検証しています。2009年に発表された後も2015年、2017年、2022年と更新されており、いくつかのシステムの名称や閾値がアップデートされました。ちなみに2022年時点のプラネタリー・バウンダリー(図2)を見ると、「1気候変動」「4生物圏の一体性」「5生物地球化学的循環」「7土地利用の変化」「9新規化学物質」の5つでは、すでに人間が安全に活動できる領域を超えてきていることが分かります。


実効性と公平性で地球温暖化対策を推進するパリ協定

前述の国連気候変動枠組条約が締結された後、世界では実効的な温室効果ガス排出量削減に向けて活発な議論が行われてきました。1997年に採択された京都議定書では初めて排出量削減の法的義務が課せられたものの、対象国は先進国にとどまり、対象国でなかったインドや中国の排出量増加やアメリカの離脱などで課題が残ります。しかし2015年には、途上国を含むすべての主要排出国を対象とするパリ協定が採択されます。京都議定書のように排出量削減目標の「達成」に法的義務を課す代わり、パリ協定では目標の「提出」を全ての国に課しました。各国が独自に目標を作成、提出し、国内政策を行うというボトムアップのアプローチが取られ、パリ協定は実効性と公平性のある形で地球温暖化対策を推進する後押しとなりました。


今、地球システムの変化が人間の健康に及ぼす影響が明らかになりつつある

このように国際的に環境問題へ取り組みや分析が進む中、2014~2015年頃から人間による地球システムへの影響と人間の健康の関係性が明確に示されるようになり、地球と人間の健康を相互依存的に考えるプラネタリーヘルスという概念が広まってきました。

2014年、WHOより初めて気候変動の健康へのインパクト評価のレポート*5 が発表されました。このレポートでは、有効な温室効果ガス排出抑制策を取らず地球温暖化が現状のまま進行する場合のシナリオでは、(温暖化が進行しなかったと仮定した場合と比べて)2030年~2050年には年間約25万人の超過死亡が発生すると推計しています。その内訳は、低栄養が9万6,000人、マラリアが6万人、下痢症が4万8,000人、熱中症等の熱関連死亡が3万8,000人であり、特に衛生状態の悪い途上国の小児が気候変動に対して最も脆弱な集団だと報告されています。このレポートは、気候変動による様々な要因による人間の健康への被害を分析した重要な報告となりました。

ちょうど同時期の2015年、著名な医学専門誌“The Lancet”とロックフェラー財団に収集された研究者たちは「人新世(アントロポセン)時代における人間の健康の安全防護策」という報告書*6 を発表します。「人間の健康と文明は地球の自然システムに依存しており、このシステムを理解するためには環境的、疫学的エビデンスをまとめて複雑なモデルに取り込むことが必要だ」*7 という考え方を提供し、学際的なプラネタリーヘルスの基本概念が形成されました。プラネタリーヘルスという概念により、不安定で脆弱化した地球上に現れる健康や病気を理解するための、より複雑で現実的な方法が存在感を増してきたと言われています。

環境や医学の専門分野にとどまらず、2014年には世界で最も影響力のある国際政治・経済誌の一つであるエコノミスト(Economist)でもプラネタリーヘルスの特集*8 が組まれるなど、学術界にとどまらず各業界にもプラネタリーヘルスという概念が発信され始めています。

 

第2回目では、プラネタリーヘルスという概念が形成された後から現在に至るまでのグローバルな動向についてご紹介いたします。

 

【参考資料】

*1. 代々木公園を中心とした都内のデング熱国内感染事例発生について. (2015, March). 国立感染症研究所. 
*2. 地球温暖化と感染症~いま、何がわかっているのか?~. (2006). 環境省. 
*3. 気候変動影響評価報告書の公表について. (December, 2020). 環境省.
*4. Planetary Boundaries. Stockholm Resilience Centre.
*5. World health organization. Quantitative Risk Assessment of the Effects of Climate Change on Selected Causes of Death, 2030s and 2050s.
*6. Whitmee, S., Haines, … & Yach, D. (2015). Safeguarding human health in the Anthropocene epoch: report of The Rockefeller Foundation–Lancet Commission on planetary health. The lancet, 386(10007), 1973-2028.
*7. 長崎大学 監訳. プラネタリーヘルス: 私たちと地球の未来のために. (2022)丸善出版.
*8. The lancet, & Rockefeller foundation. (2014). Planetary Health. The Economist. 

 

【執筆者のご紹介】

  • 本多 さやか(日本医療政策機構 インターン)
  • 鈴木 秀(日本医療政策機構 アソシエイト)
  • 菅原 丈二(日本医療政策機構 シニアマネージャー)

HGPI 政策コラム(No.27)-認知症政策チームより->

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