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HGPI政策コラム(No.21)認知症政策チームより-「我が街の認知症政策を推進する認知症条例は増えるのか」

HGPI政策コラム(No.21)認知症政策チームより-「我が街の認知症政策を推進する認知症条例は増えるのか」

<POINT>

・日本医療政策機構(HGPI)と認知症未来共創ハブが開催した認知症条例研究会の報告書では、認知症条例を制定している11の自治体の多くは、早期に制定きっかけとなる地域性やこれまでの取り組み、市民社会の動きなどがあることが分かった。

・今後より多くの自治体において「相互参照」されることが必要であり、それにより各地で多様な認知症条例が制定されることが期待される。

・制定プロセスにおいて当事者を含めた多様なステークホルダーが参画することで、その地域独自の認知症条例が作られ、地域に必要な認知症施策が推進されるようになる。

 

はじめに

前回のコラムでは、2019年に日本政府が公表した認知症施策推進大綱について、政府が自ら公表した進捗状況についてご紹介しました。新たな政策ビジョンである認知症施策推進大綱に盛り込まれた各種施策が着々と進んでいる一方で、政府の発信に関する取り組みには課題が残ることを述べました。今回のコラムでは、地方自治体が定める認知症条例について取り上げたいと思います。


日本医療政策機構(HGPI)・認知症未来共創ハブ「認知症条例研究会」について

近年、地方自治体が認知症に関する条例を制定する動きが起きています。2017年12月には愛知県大府市が「大府市認知症に対する不安のないまちづくり条例」を全国に先駆けて制定させました。2020年10月1日時点で11自治体(1県・10市区町)が認知症関連の条例を制定していますが、条例の名称も様々で、内容も地域ごとに異なります。認知症未来共創ハブが掲げる「認知症とともによりよく生きる未来」の実現、そして日本医療政策機構が掲げる「市民主体の医療政策の実現」には、国全体の画一的な取り組みではなく、地域社会において住民が主体となって認知症に関わる政策を考えることが必要です。

そこで日本医療政策機構と認知症未来共創ハブでは、2020年10月に認知症関連の条例について考えるため研究会を立ち上げました。本研究会は、認知症未来共創ハブの目指す「認知症とともによりよく生きる未来」そして日本医療政策機構のミッションである「市民主体の医療政策の実現」に賛同してくださった有志の方々にも研究会メンバーやオブザーバーとしてご参画いただきました。2021年3月22日には、「これからの認知症条例の方向性」と題して、地方自治体・地方議会、さらには住民・国・民間企業等の関係者に対する提言をまとめ、比較結果等の報告書と共に公表しています。(リンク:認知症条例比較研究会中間報告書・政策提言書「住民主体の認知症政策を実現する認知症条例へ向けて」

研究会メンバー兼事務局統括として、本中間報告書が無事に公表できたことを嬉しく思います。2019年には国は認知症施策推進大綱に加えて、議員立法によって認知症基本法案が提出されました。国の認知症政策が大きく動き始めた今だからこそ、改めて最も私たち市民社会に近い政府である地方自治体の認知症政策の在り方を考える必要があると感じています。研究会の意義や本中間報告書への想いは報告書本体に十分に記載しましたので、ぜひ上記リンクよりご覧いただければ幸いです。今回のコラムでは、条例研究会の開催過程や報告書・提言書の執筆過程で考えた「今後認知症条例を制定する自治体は増えるのか」について考えます。


自治体が条例を制定するとき

認知症条例研究会の中間報告書が対象としている自治体は、2020年10月1日時点で施行されている全11自治体(施行された順に:愛知県大府市、兵庫県神戸市、愛知県設楽町、愛知県、和歌山県御坊市、島根県浜田市、愛知県名古屋市、愛知県知多市、愛知県東浦町、滋賀県草津市、東京都世田谷区)です。これらの自治体が「なぜ条例を制定しようと考えたのか」に思いを巡らせたとき、そこには様々な背景があると考えられます。もちろん自治体の意思決定は様々な関係者との議論の末に成り立っていますので、その理由は1つに絞ることはできないでしょう。比較作業をする中で、公開資料や議会・委員会の会議録など沢山の資料に目を通し、そこから見える背景を様々想像していました。(それだけでとても興味深い時間なのですが)もちろんその理由が何であれ、その良し悪しは第三者である私たちが評価すべきものではないことは念のため断っておきます。

例えば今回対象とした11自治体のうち愛知県内に属する自治体は、愛知県自身も含め6自治体、n数が少ない中ではありますが、全体の過半数を占めています。日本全国1700を超える自治体がありながら、愛知県に集中しているのは興味深い傾向と言えます。報告書本文でも言及しましたが、愛知県には国立長寿医療研究センターや認知症介護研究・研修大府センターなど高齢者医療・介護に対する研究が盛んな地域であったことと無関係とは言えないでしょう。そして何より2007年に大府市内で発生した認知症の高齢男性とJR東海の鉄道接触事故は、愛知県、大府市をはじめ県内の自治体にとって政策課題としての認識を決定づけたと考えています。また、2017年に制定された愛知県の「あいちオレンジタウン構想」には、現在の認知症施策推進大綱でも重要視されている「企業型認知症サポーター(認知症の人にやさしい企業サポーター)」の養成が施策として盛り込まれているなど、非常に先進的な行政計画の例であったと考えています。


今後認知症条例を制定する自治体は増えるか

今回研究会で比較した自治体を見ると、愛知県以外にも周辺地域に大学や研究機関があったり、首長が強い関心を持っていたり、以前から地域で認知症共生の取り組みが盛んであったりと、何らかの特徴を持った自治体が多いように感じています。しかし今後は、こうした条例制定の流れを踏まえて「我が街でも条例を作ろう」と考える自治体が増えると予想(期待)しています。私の個人な意見ですが、認知症条例を制定する動機が「他の自治体でもやっているから」というものであっても良いと考えます。

では、今後認知症条例を制定する自治体は増えるのでしょうか。この疑問を考える上で参照すべき自治体の政策立案過程の先行研究として、政治学者・伊藤修一郎が提唱した「動的相互依存モデル」があります。伊藤は、自治体がある政策を立案するプロセスを「内生条件」「相互参照」「横並び競争」という3つのメカニズムを用いて説明しています。本コラムは政治学の論文ではなく、一般の読者を対象としておりますので細かな説明は控えますが、「内生条件」の具体的なものとしては、上述のような自治体内に研究機関があるといった社会資源の観点やその他社会的・経済的・政治的条件などの「社会経済要因」のほか、「政治要因」「組織要因」などがあるとされます。さらに、それらの内生条件によってはじまった先行自治体の動きを全国に波及させるメカニズムとして「相互参照」の動きが起こります。そしてその後の全国的な波及や、国が同様の政策を採用したことなどを受け、内生条件に関係なく、我先にと全国の自治体が同様の政策を採用する「横並び競争」のフェーズに移るとしています。(※1)

今後、認知症条例について「相互参照」が進めば、制定に向けて動き出す自治体も増えることでしょう。そして、現在国会に提出されている認知症基本法が成立すれば、それは「横並び競争」の呼び水にもなるでしょう。多くの地方自治体では、企画立案において全てを0から考えるのではなく、日頃から他の自治体の事例や動向を相互参照しています。相互参照の実態として「あまりよく考えずにコピーのような政策・条例を作っている」と言った批判がありますが、実際にはいわゆる「金太郎飴」的なものではなく、条例の類似化傾向はあるものの画一化は生じていないとの指摘もされています。相互参照を通じて、自らの地域に適した内容に工夫を重ねることで、「条例内容の多様化」につながっているのです。(※2)特に現代では、条例本文はインターネット等誰もが見える形で公開されますから、あまりにも酷似した条例であれば今回のような比較研究を行う第三者によって明らかにされてしまいます。自治体にとっては自分たちの条例の独自性を伝えることが必要であり、研究会の提言書で指摘している「制定プロセスにおける情報公開」は非常に重要な点と言えます。また制定プロセスにどのような関係者が参画しているかも、条例の独自性に影響を与えるものと予想されます。実際に、地方自治体の文化条例を比較考察した先行研究では、文化政策の専門家が検討段階で参画・協力した自治体には、「国の法律への無自覚な追随を避け、独自性のある内容が盛り込まれている」と指摘されています。(※3)


「我が街の認知症政策」の実現へ

認知症条例においても、今後地方自治体間の相互参照によって多様な情報・要素を収集し、その後の丁寧な制定プロセスにおいてマルチステークホルダーが検討を重ねることで、その条例はその自治体独自のものとして形作られていくはずです。内容面では、今後検討を進める自治体の多くは認知症施策推進大綱や認知症基本法案が外部要因として大きな影響を与えるでしょうし、先行している自治体を参照することになるのではないでしょうか。そして検討委員会等には、認知症のご本人はもちろん、地域課題を理解する様々なステークホルダーの参画を促すことで、「我が街の認知症政策」の実現につながっていくと考えています。

私たちとしても、日本医療政策機構(HGPI)・認知症未来共創ハブによる報告書・提言書「住民主体の認知症政策を実現する認知症条例へ向けて」が、1つでも多くの自治体の条例制定に向けた検討に寄与することを心から願っています。

 

 

【参考文献】

※1:伊藤修一郎(2004)『自治体政策過程の動態 政策イノベーションと波及』慶應義塾大学出版会
※2:市川喜崇(2011)「市町村総合行政主体論と「平成の大合併」」寄本勝美・小原隆治編『新しい公共と自治の現場』コモンズ, p350-351
※3:吉田隆之(2012)『各自治体の文化条例の比較考察 ―創造都市政策に言及する最近の動きを踏まえて―』文化政策研究第6号, p114-132

 

【執筆者のご紹介】
栗田 駿一郎(日本医療政策機構 マネージャー/認知症未来共創ハブ 運営委員)


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