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【開催報告】第100回HGPIセミナー「日本医療政策機構のこれまでの歩みと今後の展望」(2021年10月15日)

【開催報告】第100回HGPIセミナー「日本医療政策機構のこれまでの歩みと今後の展望」(2021年10月15日)

第100回の節目を迎える今回のHGPIセミナーでは、当機構 理事・事務局長/CEOの乗竹亮治より「日本医療政策機構のこれまでの歩みと今後の展望」と題し、当機構設立からこれまでの歩み、非営利、独立、超党派の民間医療政策シンクタンクの役割、また非営利団体特有の組織運営上の特長や課題等についてお話しさせていただきました。

<講演のポイント>

  • 2004年の設立当初からHGPIは、全国に先駆け、与野党の垣根を越えて医療政策について議論するシンポジウムを企画・運営してきた
  • 同様に、再生医療や女性の健康など、先見性のある政策アジェンダにいち早く取り組んできた。2008年には「市民医療協議会」プロジェクトを立ち上げ、アメリカがん協会(ACS)との共催で「がん患者リーダー・ワークショップ」など、患者アドボカシー支援のプロジェクトも実施してきた
  • グローバルな産官学民のマルチステークホルダーが平場で議論しながら政策提言をつくっていくことが、HGPIならではの価値である。2020年1月に米国ペンシルバニア大学が発表した「世界のシンクタンクランキング – The Global “Go-To Think Tanks”」に11年連続でランクインし、「Global Health Policy」部門で世界3位 (2018年は世界4位)、「Domestic Health Affairs」部門で世界2位(同3位)に選出された
  • 今後は、一定の規模に拡大しながら質の維持向上を図り、属人的ネットワークから組織的ネットワークへの進化を図っていく。さらに発信力を強化するとともに、柔軟な働き方、医療に留まらない多領域へのテーマの広がりといったパラダイムシフトに対応していきたい
  • 立場やヒエラルキーを越え、胸襟を開いて平場で議論していくことで、世の中は必ずよくなっていくと考えている


■HGPIとわたし

医療政策機構(HGPI: Health and Global Policy Institute)は、2004年に設立された非営利、独立、超党派、民間のシンクタンクである。当初は、特定非営利活動法人東京先端医療政策センターとして出発し、2005年3月に現在の名称に変更した。

私は、1982年生まれである。SFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)に在学していた2005年、「日本医療政策機構という組織を立ち上げるにあたり、手伝ってくれる学生を探している」という話を聞き、面白そうだと思って学生インターンとして参画したのがはじまりだった。当時のオフィスは、永田町にあるビルの1室に大きな机が1つあっただけで、日本学術会議の会長であった黒川代表理事、初代事務局長の近藤正晃ジェームスさんとともに、4~5人で書類に囲まれながら仕事をしていた。

2006年2月18日にHGPIが開催したシンポジウム「日本の決断-国民が真に求める医療政策とは」では、安倍晋三内閣官房長官(当時)による開会の辞で幕を開け、佐々木毅氏(元東京大学総長)、辻哲夫厚生労働審議官(当時)をはじめ多様なステークホルダーが一堂に会し、活発なディスカッションが繰り広げられた。その流れは、現在もほぼ毎年開催している「医療政策サミット」に受け継がれているが、医療政策について広くフラットに議論するという光景はまだ珍しい時代であった。

その他にも、HGPIによる細胞再生医療シンポジウム「臨床応用への道筋」(2005年8月18日)、政策提言シンポジウム「少子化と女性の健康」(2005年3月12日)を振り返ると、この10年、15年後に世の中で議論されるようになった政策アジェンダに早くから着目し、政策提言を行ってきたことが分かる。当時から政策提言をつくるにあたっては、産官学民、医療提供者や患者・当事者といったマルチステークホルダーが集まり、グローバルに、平場でディスカッションすることに重きを置いてきた。

また、私たちは、多様なステークホルダーのヒアリングや世論調査を通じ、「国民が求めている医療政策とは何か」を明らかにした上で、データやファクトに基づく政策提言をつくることに重点を置いている。2008年2月16日に開催した医療政策サミットでは、医療財源と消費税、地域医療計画といったテーマについて、与野党の垣根を越えた議論が行われた。

私自身は、学生インターンを経て、2007年から新卒でHGPIに入り、フルタイムのアソシエイトとして勤務した。2008年には、当時の上司であった埴岡健一さんとともに市民・患者主体の医療政策実現するための「市民医療評議会」プロジェクトを立ち上げることとなった。例えば、アメリカがん協会(ACS: American Cancer Society)との共催で「がん患者リーダー・ワークショップ」を開催し、アメリカの経験や教訓を共有していただきながら、国・都道府県のがん対策等について意見交換を行った。

2011年の東日本大震災では、さまざまな被災地支援のプロジェクトに取り組む中で、世界的に医療支援を行う米国の非営利団体Project HOPEと連携し、海外に活動拠点を持つ日本人医療関係者などをボランティアとして被災地に派遣するためのフレームワークを整えた。その活動をきっかけに、私はオランダ・アムステルダム大学の大学院に留学し、医療人類学の修士号を取得した後、Project HOPEに4年ほど勤務することになる。

フィリピンやベトナムの被災地でのフィールドワークでは、漁師や主婦といった地元の人々に話を聞いては、現地で本当に求められている医療を探りながらエスノグラフィーを紡ぎ、人道支援に結び付けていくという非常にやりがいのある仕事に携わることができた。ベトナムでのグローバル医療機器メーカーとのプロジェクトでは、医療提供者や産業界だけでなく、現場の人々や患者・当事者を含めてフラットに議論するところに、イノベーションのシーズがあることを痛感した。その後、米海軍とのプロジェクトにも参画し、2015年にフェローとしてHGPIに復帰することとなった。副事務局長を経て、2016年から事務局長として勤務している。


■マルチステークホルダー

外部の団体での経験を通し、改めてHGPIならではの価値として感じるのは、「産官学民のマルチステークホルダーが平場で議論しながら政策提言をつくっていく」という設立時の志のまま、実際に活動を続けているところである。シンポジウム「日本の決断~国民が真に求める医療政策とは」、がん政策サミット、医療政策サミットなど、これまでのどの活動においても特定の立場や業界・団体・視点を代表することなく、一方で患者や当事者など医療消費者の視点を大事にしながら、フラットにディスカッションを行うことを心して臨んでいる。


■グローバル

もう1つの強みは、グローバルである。認知症、女性の健康、NCDといったHGPIが扱っている政策提言のアジェンダは、どれ1つをとっても日本のみで解決できる問題ではない。そこで私たちは、グローバルなマルチステークホルダーによるディスカッションを大事にしながらプロジェクトを運営している。


■アジェンダセッティング

HGPIでは、再生医療や女性の健康に関して、既に2005年に政策提言を出している。まだ注目されていないとしても、これから日本や世界にとって重要になるであろう医療政策や社会保障のアジェンダを見つけ、早いうちに取り組んでいく。これもHGPIのレガシーの1つである。今後、当機構が取り組むべきアジェンダについて、ぜひ皆様からもご提案いただきたいと思っている。


■政策の「死の谷」を越える橋渡し

リサーチや世論調査等によって、エビデンスに基づく政策、国民が求める医療政策は、ある程度、明らかになるものである。しかし、そうした研究者の調査・分析結果(Research)を政策に反映させる(Policy)までの間に1つの「死の谷」があり、さらに政治的プロセスの中で政策を実施する(Politics)までの間に、もう1つの「死の谷」があるといわれる。こうした政策の「死の谷」を越え、実現するための橋渡しをすることも、HGPIの役割といえる。


■主なプロジェクトとミッション

HGPIで扱っているプロジェクトの一例として、慢性疾患対策(がんや脳卒中、心疾患などの医療提供体制のあり方)、耐性菌(AMR)対策、認知症(認知症になっても暮らしやすい社会の構築や新薬の開発)、メンタルヘルス、グローバルヘルス、ワクチン政策、COVID-19対策(国民理解と産官学民の連携促進)などが挙げられる。

HGPIでは、「エビデンスに基づく市民主体の医療政策を実現すべく、中立的なシンクタンクとして、市民や当事者を含む幅広い国内外のマルチステークホルダーによる議論を喚起し、提言や発信をグローバルに進めていく」を事務局方針とし、多様なプロジェクトを推進している。


■グローバルな視点で先を見据える

当機構は、英語の名称を2回変更している。設立当初の「Healthcare Policy Institute Japan」から「Health Policy Institute Japan」を経て、7年ほど前からは、現在の「Health and Global Policy Institute」とした。こうした変遷を見ても、組織として常に新陳代謝しながら、着実に活動を進めてきたことがお分かりいただけると思う。

HGPIは、2020年1月に米国ペンシルバニア大学が発表した「世界のシンクタンクランキング – The Global “Go-To Think Tanks”」に11年連続でランクインし、「Global Health Policy」部門で世界3位 (2018年は世界4位)、「Domestic Health Affairs」部門で世界2位(同3位)に選出された。こうしたグローバルへの発信を含め、常に先を見据えて運営していくことが大事だと考えている。


■収支構造、ガバナンス構造、人事評価

多くの非営利法人と同様、HGPIも収支構造の課題を抱えている。限られた予算の中で、優秀な人材にとって非営利法人が就職先として魅力的であり、キャリアアップできる組織であるために、収支構造をどのように改善していくべきか。これはNPO法人を運営する同年代の友人たちとも、よく議論になるテーマである。ファンドレイジングがままならないようなテーマでも社会にとって非常に重要な案件もある。しかし、そればかりでは、経営は苦しい。

黒川代表理事をはじめ当機構の理事・監事の皆様には、無報酬でHGPIに参画していただいている。報酬目当てではなく、純粋に日本の医療政策に対し思いを持つ皆様にお集まりいただき、年4回開催する理事会でさまざまな意思決定を行う。これがHGPIのガバナンス構造である。献身的にサポートしてくださる理事の皆様には頭の下がる思いであるが、今後も健全な財政運営をしていきたいと考えている。

また、人事評価は、当機構にとって数あるチャレンジの1つである。たとえばHGPIでは、黒字を多く出したプロジェクトが評価される訳ではない。もしそうであれば、何もせずに予算を残した者が高い評価を得ることにもなってしまう。もちろん人件費を確保するだけの収支は保たなければならないが、けっして黒字が目的ではない。そこで、どのような評価であれば、スタッフのモチベーションを維持向上させていけるかを熟考し、360度評価の導入も進めている。


■属人的ネットワークから組織的ネットワークへ

属人的ネットワークから組織的ネットワークへの進化も、この5年間、心がけてきた点である。設立当初の数人だった体制から、現在ではパートタイマーを含むと20人の規模に成長した。今後は、誰か特定の人物がいるからHGPIで働きたいと思うのではなく、ミッションや仕事内容に価値を見出し、HGPIに参画してもらえるような組織に変革していかなければならない。そのためにも、私が前面に出るのではなく、スタッフたちの活躍を後押ししたいと考えている。事務局長としての私の主な役割は、ビジョンシェアリング、ファンドレイジング、トラブルシューティング、ハウスキーピング(日々の組織運営)の4つであり、「HGPIの顔」になってもらうのは、各スタッフであるべきだと考える。


■信念

マルチステークホルダーによるフラットな意見交換によって、医療政策をはじめとした政策や制度はよくなっていく。立場やヒエラルキーを越え、胸襟を開いて平場で議論していくことで、世の中は必ずよくなっていく。それが私の信念である。

また、社会保障制度をはじめとした政策や制度は、市民一人ひとりが「自分ごと」にとらえてこそ機能する。あらゆる人々に「自分ごと」として感じていただくためにも、HGPIは貢献していきたいと考えている。

当機構のウェブサイトには、設立当初からの活動報告が蓄積されている。これまでに開催したさまざまな会合において、どのような議論がなされ、どのような提言がなされてきたか。そのプロセスを文書で残していくことも、シンクタンクとしての重要な役割である。

私の好きな論語の言葉に「巧言令色鮮し仁」(こうげんれいしょくすくなしじん)がある。言葉巧みにきらびやかなことばかり言っても、世の中はよくならない。もちろん発信は大事であり、より強化していきたいと考えているが、その上で私たちは、地道な作業の蓄積を大切にしている。


■課題と展望

今後の課題・展望として、アジェンダセッティングやアジェンダシェービングから、デリバリーの活動も強化する必要がある。また、人件費を確保し、キャリアアップしていける組織をつくるためには、一定の規模を拡大しながら、質の維持向上を図っていくことが肝要である。収益性の面で、やりたいこととやらなければならないことのバランスも、今後議論を要する課題だと思っている。既存のプロジェクトに加え、新たに取り組むべき政策課題は何かを議論し、活動内容をより充実させながら、強い発信力を持つ組織を目指していく。

最近は、働き方改革等により、大学院で学びながらインターンやアルバイトとしてHGPIの補助的な業務に携わるなど、副業のスタッフも増えてきた。そのように、フルタイムのスタッフだけでなく、多くの方が多様な形態で参画いただける組織にしていくべきだと思っている。今後はさらに、医療・医療提供者の視点だけではなく、ロボティクスやAI、データヘルスやデジタルヘルスといった「テクノロジーの活用」、在宅ケアをはじめとする「個別化・コミュニティ化」、交通やスマートシティ、栄養やコミュニケーション等の「多業種連携」など、HGPIの取り組むテーマは広がっていく。多様なテーマで、マルチステークホルダーの皆様と議論することを楽しみにしている。

 


■プロフィール:
乗竹 亮治 (日本医療政策機構 理事・事務局長/CEO)
日本医療政策機構 理事・事務局長/CEO。日本医療政策機構設立初期に参画。患者アドボカシー団体の国際連携支援プロジェクトや、震災復興支援プロジェクトなどをリード。その後、国際NGOにて、アジア太平洋地域で、官民連携による被災地支援や健康増進プロジェクトに従事。また、米海軍による医療人道支援プログラムをはじめ、軍民連携プログラムにも多く従事。WHO(世界保健機関)’Expert Consultation on Impact Assessment as a tool for Multisectoral Action on Health’ワーキンググループメンバー(2012)。政策研究大学院大学客員研究員(2016-2020)。東京都「超高齢社会における東京のあり方懇談会」委員(2018)。慶應義塾大学総合政策学部卒業、オランダ・アムステルダム大学医療人類学修士。米国医療支援NGO Project HOPE プロボノ・コンサルタント。


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