【開催報告】第1回HGPI代表理事対談セッション「官民連携入門―ヘルスケア分野における海外官民連携事例の紹介―」(2025年5月9日)
日付:2025年7月16日
タグ: HGPIセミナー
本セミナーシリーズは、日本および世界のヘルスケア・医療政策における重要課題に対して、開かれた議論の場を提供することを目的として企画されました。各回においては、ヘルスケアを取り巻くグローバルリーダーを講師としてお招きし、特定のテーマに関するご講演をいただくとともに、当機構代表理事との対談を行います。
記念すべき第1回では、日本医療政策機構(HGPI: Health and Global Policy Institute)シニアフェローであり、バーミンガム大学名誉教授のアンディー・ポー氏をお迎えし、ヘルスケア分野における官民連携を主題としたご講演をいただきました。講演後には、HGPI代表理事・事務局長である乗竹亮治との対談を実施し、多角的な視点から活発な意見交換が行われました。
<POINTS>
- 官民連携(PPP: Public Private Partnerships)において、両者が有意義な協働により利益を得るという前提のもと、役割、責任、リスク分担、投資といった重要な要素を明確に定義することが不可欠である。
- ヘルスケア分野においては、インフラ重視型、サービス提供型、統合型など、さまざまなPPPモデルが存在する。PPPを導入する際には、それぞれの文脈における医療上の課題、制度的枠組み、資金調達の状況を踏まえ、最も適したモデルを設計・適用することが重要である。
- 医療システムが直面する技術革新、社会的格差の拡大、気候変動の影響といった現代的かつ複雑な課題に対応するためには、PPPは単なる取引的な枠組みにとどまらず、新たな可能性やシステムの共創へと進化することができる。新興技術の発展を活用しつつ、「公共的価値」「公平性」「レジリエンス(回復力)」を重視する次世代型PPPの推進に対する期待が高まっている。
■動画(英語のみ)
■ヘルスケア分野でのPPP
“公的サービスの質・効率・革新性の向上”や“事業の持続可能性の向上”など、双方に利益をもたらす官民連携(PPP: Public Private Partnerships)
官民連携とは、公共部門と民間部門が互いの強みを活かしながら、公共施設の整備や公共サービスの提供を協働して担う長期的な契約関係である。国際的に標準化された定義は存在しないものの、世界銀行はPPPを「公共資産や公共サービスを提供するために、民間事業者と政府機関の間で締結される長期契約であり、その中で民間事業者が重要なリスクと管理責任を負うもの」と定義している。
官民連携の利点は、公共部門と民間部門双方にある。公共部門にとっての利点としては、公共サービスの質・効率・革新性の向上、新たな資金源へのアクセス、リスクの分担、そして重要なスキルや専門知識へのアクセスなどが挙げられる。民間部門にとっては新たな市場シェアの獲得、事業の持続可能性の向上、リスク軽減、長期的な規模または事業の拡大が利点となる。官民双方に利益をもたらすためには、適切な役割及び責任の明確化とリスクの分担が求められる。
地域の医療ニーズと官民の強みを活かした最適な官民連携モデル適用の重要性
官民連携には複数のモデルが存在する。これらのモデルを客観的に理解する方法の一つとして、民間セクターからの投資規模や、その担う責任やリスクの程度といった要素を考慮することが挙げられる(図1:PPP分類モデル[出典:UNESCAP])。
医療分野においては、PPPは以下の3つのタイプに分類することができる。①施設建設・資金調達・非臨床サービスを担う「インフラ型」、②診療などを提供する「臨床サービス型」、③両者を組み合わせた「混合型」が一般的な分類である。
PPPモデルの適用可能性は、それが導入される地域の社会的・制度的・財政的文脈に大きく依存する。具体的なモデルの選択は、解決すべき医療課題や、官民連携によって期待される成果に基づいて決定される。たとえば、地域における医療サービス提供の不足への対応、公民両セクター間における専門性の適合性、双方の投資の必要性、業務運営の自律性の程度、リスク分担の仕組みなどが、モデル選定における重要な要因となる。最も適したPPPモデルを設計・実装するためには、これらの背景要因を丁寧に考慮することが求められる。以下では、地域の医療ニーズ、制度的・財政的条件に即して設計・実施された、医療分野におけるPPPの成功事例をいくつか紹介する。
図1. United Nations Economic and Social Commission for Asia and Pacific(UNESCAP)による官民連携の分類 (UNESCAP 2011)
―世界のヘルスケア分野における官民連携事例―
ルワンダ:AI活用型デジタルヘルスPPP
アフリカのルワンダでは、民間のテクノロジー企業と政府が連携し、デジタル技術を活用して、国民の手ごろな価格での医療アクセス向上を図る官民連携が実施された。具体的には、英国を本拠とする遠隔医療企業の現地子会社とルワンダ保健省が連携し、人工知能(AI: Artificial Intelligence)を活用したテレヘルスサービスを全国展開した。現在、同サービスは全国で約200万人(全人口の20%)が利用していると推定されている。本イニシアチブは、医療インフラが限られている農村部における医療アクセスの改善に特に効果を発揮している。これは、AIを活用した遠隔医療のPPPの国際的な好例と見なされており、デジタル技術が医療提供体制を大きく改善しうることを示している。
スペイン:Alziraモデル(統合型ケアPPP)
現在は運用されていないものの、Alziraモデルは、スペイン・バレンシア州で実施された統合型のPPPの一例である。本PPPでは、長期コンセッション契約の下、病院やプライマリ・ケアネットワークを含む医療サービスの運営を、民間コンソーシアムが担った。政府は民間事業者に対して人口当たりの包括的支払い(キャピテーション)を行い、安定した収益を保証する一方で、医療の質や効率性など成果に基づくパフォーマンス目標の達成を求めた。
本モデルは、公共部門(政府)と民間部門(運営コンソーシアム)を含む主要ステークホルダー間の協働を重視し、患者中心のアウトカムを主要な評価指標とした点に特徴がある。現在、政府による契約更新は行われていないが、Alziraモデルは依然として注目すべき医療PPPの一例であり、公共部門と民間部門双方にとって「Win-Win」の枠組みを構築するうえで貴重な示唆と教訓を提供している。
■HGPI理事との議論
セッションの後半では、HGPI代表理事・事務局長 乗竹亮治と、アンディー・ポー 氏が、前半のプレゼンテーションを踏まえて対談を行った。議論は、現代の医療システムが直面している急速な技術革新、社会的格差の拡大、気候変動の影響の増大といった変化と複雑化を背景に、従来型のPPPでは対応しきれない新たな発想の必要性を確認することから始まった。
こうした文脈の中で、両氏は、「公共的価値」「公平性」「レジリエンス(回復力)」を中核に据え、テクノロジーやエビデンスに基づくデータを積極的に活用する次世代型PPPの必要性について意見を交わした。そこでは、PPPを単なるプロジェクト実施の手段としてではなく、「公共的価値の共創」や「システム改革の推進」を促す原動力として再構築していくことの重要性が強調された。
議論の締めくくりとしては、将来のグローバルヘルス危機に備えるうえで、国境を越えたPPPの重要性や、画期的なテクノロジーとともに市民中心のダイナミックなエコシステムを共創する新たなモデルへの期待が示され、前向きな展望が共有された。
【開催概要】
- 登壇者:アンディー・ポー 氏(日本医療政策機構 シニアフェロー)
- 日時:2025年5月9日(金)
- 形式:オンライン
- 言語:英語
■登壇者プロフィール
アンディー・ポー 氏(日本医療政策機構 シニアフェロー)
シンガポール出身のアンディ・ポー教授は、政府および産業界の双方において上級職を歴任してきた、国際的な経歴を持つヘルスケア・ストラテジストである。また、エグゼクティブ、リーダーシップおよびトランスフォーメーションのアドバイザーも務める。彼は、国家レベルおよび組織レベルのリーダーに対して、戦略、政策、システムレベルでの改革、そして将来の医療システムに関する助言を行っている。
彼は現在、日本医療政策機構のシニアフェロー、バーミンガム大学の名誉教授、World Scientific Publishingのシニアアドバイザー、さらに予測的医療AI・データ分析に特化した国際組織「Health System Intelligence」の諮問委員会シニアアドバイザーを務めている。また、アラブ首長国連邦首相府の長年にわたるアドバイザーでもある。以前は、ドバイ政府のドバイ・ヘルス・オーソリティ(DHA: Dubai Health Authority)にて、戦略的改革およびビジネスイノベーションの分野で活躍した。アラブ首長国連邦赴任以前は、シンガポールおよび中国に拠点を置き、上場医療グループの副社長兼ゼネラルマネージャーとしてネットワークの拡大と、新規(グリーンフィールド)および既存(ブラウンフィールド)戦略による海外市場への展開を牽引した。
キャリアの出発点は、オーストラリアおよびシンガポールにおける臨床医としての医療実践であり、その後、医学、法学、公共行政、経営管理、教育の各分野で大学院資格を取得している。
調査・提言ランキング
- 【調査報告】日本の保健医療分野の団体における気候変動と健康に関する認識・知識・行動・見解:横断調査(2025年11月13日)
- 【政策提言】「脳の健康」を取り巻く政策への戦略的投資が拓く「日本再起」への提言-新政権への期待-(2025年12月1日)
- 【調査報告】「2025年 日本の医療に関する世論調査」(2025年3月17日)
- 【論点整理】社会課題としての肥満症対策~肥満症理解の推進と産官学民連携を通じた解決に向けて~(2025年8月21日)
- 【政策提言】腎疾患対策推進プロジェクト「慢性腎臓病(CKD)対策の強化に向けて~CKDにおける患者・当事者視点の健診から受療に関する課題と対策~」(2025年7月9日)
- 【調査報告】「働く女性の健康増進に関する調査2018(最終報告)」
- 【調査報告】メンタルヘルスに関する世論調査(2022年8月12日)
- 【調査報告】「2023年 日本の医療の満足度、および生成AIの医療応用に関する世論調査」(2024年1月11日)
- 【政策提言】保健医療分野における気候変動国家戦略(2024年6月26日)
- 【政策提言】メンタルヘルスプロジェクト「メンタルヘルス領域における3つの論点に対する提言」(2025年7月4日)





