【緊急提言】第4回「政策目標・決定過程・医療機関経営の3つの透明化を」
日付:2008年11月19日
「医療政策―新政権への緊急提言」の第4回目は、ニューヨーク州ロチェスター大学医学部地域・予防医学科助教授/兪 炳匡(ゆう・へいきょう)氏のご登場です。つい先日、オバマ氏が大統領選挙で圧勝し、共和党から民主党への政権交代が起きたアメリカ。在米の兪氏からは、大統領選直前の10月末にお話しをおうかがいしました。
インタビューは下記のような共通の質問項目に沿って行われています。
<質問項目>
1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は?
2.課題解決を実現するための財源確保の方法は?
3.課題解決のため、行っている、あるいは行おうとしているアクションはありますか?
4.民間非営利のシンクタンクである日本医療政策機構への期待やアドバイスを。
5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。
—————
まずはじめに、アメリカでの政権交代により、医療政策にはどんな影響があるでしょうか。
医療関連予算が拡大される
現時点では何とも言えないものの(インタビューは現地時間の10月30日に実施)、米国では政権交代に伴い、予算配分の重点項目が大幅に変わる。過去の民主党政権時の予算編成から、オバマ政権下でも、相対的に国防関連予算の比重が小さくなり、医療、教育関連分野の予算比重が大きくなると予想される。オバマ氏の支持者には中・低所得者層が多いことは、オバマ氏が中・低所得者向けの減税を公約に掲げていることからも明らかである。
更にこの層、とりわけ未成年の医療保険加入率を引き上げるため、税制上の優遇策を含めた政策を提案している。しかし、強制加入を伴う国民皆医療保険制度については、支持層の中産階級以上のかなり多くの人がアレルギーを持っている。それ故、そこまで踏み込んだ制度改革にはいたらないのではないか。皆医療保険制度導入を最後に試みたのはビル・クリントン前大統領だが、彼があまりにも見事な失敗をしたので、今後世論が十分な支持を示さない限り、皆医療保険導入のような大きな政治的リスクを取る可能性は低いと推測する。
1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は?
大きく言えば、3つ。まず、中期政策の数値目標の明確化、残りの2つは、民間「非」営利団体(Non Profit Organization(NPO))の役割を政策評価と医療機関の経営という2つの分野で強化することがあげられる。
中期的な政策目標を数値で具体的に示す
まず、重要なのは中期政策計画の透明化である。あらゆる政策分野全般に言えることだが、医療政策にも3~5年のスパンでの中期的な目標設定があってしかるべきであって、中期的なゴールが示されなければ、その途上において政策の方向性が正しいか否かの評価は困難だ。そればかりか誤っていた場合の方向転換もままならない。
最も分かり易い例としては、「公的な医療費支出を3年から5年の間にここ(X%)まで引き上げる、ないし、主要先進国7カ国(G7)の中で中位を目指す」でもいいし、逆に「5年間でここ(X%)まで引き下げる、G7諸国中の最下位を日本の『指定席』として死守する(笑)」でもいい。とにかく、中期的な医療費の大枠や、目標実現のために途上で達成しておくべき数値目標を具体的に示してほしいと思う。近年、日本の首相が短期間で変わり政権が安定していないので、この課題の提案は、ひとりの首相のもとでの政権が少なくとも3~5年続くという希望的前提の上であるが。
一国の望ましい総医療費の水準に関しては、自著「『改革』のための医療経済学」の中でも書いているが、経済学の現状では、このような価値観の関わる大きな政策上の問題に明確な答えを出すことは不可能であり、今後も期待すべきではない。なぜなら百歩譲って、国民の価値観を正確に測れたとしても、「最適な総医療費レベル」を実証的に示すことは技術的に非常に困難であるからだ。現実的には、政治家が頻回に多くの国民の声に耳を傾け、増減の判断を下すべきだろう。
政策評価分野でのNPOの役割強化
政策決定過程を透明化する一案として、政策を政府以外の民間「非」営利団体(NPO)である大学ないしシンクタンクが、客観的・第三者的に評価する仕組みを制度化するべきである。こうした提案をすると必ず「資金はどうするのか?」と聞かれるが、先例はある。米国のジョンソン大統領は、政策事業費の1%を評価のために強制的に支出するよう義務づけた。こうすれば、追加の財源確保は必要ない。
以前、日本のある官僚の方に事業評価に予算の一部を義務付ける話をしたところ、「既にやっている」とあっさり答えられた。しかし、よく聞いてみると、それは純粋な「第三者」評価ではなく、身内による内部評価であるか、身内の延長のような外部の第三者に委託しているケースが少なくない。このような身内評価では、評価が甘くなることは想像に難くない。こうした現状では、NPOでの政策評価が今後制度として定着する方向に進むのかはなはだ疑問だ。
米国は政策評価をする人材の質が高い一方で、その数が時に多すぎる気もするが(笑)、せめて英国ぐらいは人材を育成していくべきだろう。医療費を増やしても学術的に厳密な評価を行わずに、例外かも知れない個々の失敗したケースのみがマスコミに大きく取り上げられ、漠然とした医療に対する不満が大きくなれば、今度は反動で医療費を大幅に減らそうとなる――このような根拠の乏しい政策転換を避けるためにも、政策転換の過程・根拠を明らかにできるNPOによる第三者評価の制度化は急務と言える。
NPOである医療機関の財源と経営監査を強化
欧米では、大規模な病院や大学病院の多くは民間『非』営利団体(NPO)であり寄附や税制で優遇されている一方で外部監査などの経営に対するガバナンスは非常に厳しい。日本の場合は、法律上は民間病院も含めて非営利団体(NPO)とされているものの、実態は曖昧だ。地域の中核病院は公的な性格・役割が大きいため、NPOとしての経営監査を強化すると同時に、財源も強化すべきと考える。
財源案を2つ挙げると、(i)国に払う税金10万円までをNPO(医療機関)に寄付できるような税額控除の仕組みを制度化すれば、数千億円規模の財源が医療機関や先にも述べた政策評価を行うNPOに集まるとの試算もある。単純な比較はできないが、日本の寄付額は7000億円(2002年)、人口が日本の約半分である英国では2兆円(2004年)、日本の人口の約2倍強の米国で24兆円(2002年)という数字を比較すると、日本において寄付金を更に支援する制度の設立が望ましいと考える。(ii)パーセント法 (注:納税者が所得税のうち1-2%を、自らが選択したNPO・公益機関に提供できる仕組み) が欧州や韓国で始まっている。
これらの財源案に共通しているのは、住民の主体性が求められる点である。自分の支払う税金の使い道を、住民が主体的に医療であれ、何であれ決定することは、納税者にとっての負担と受益の関係を透明化することにも役立つ。地域住民からの寄附を通じた経営参画を促すのも一案だ。医療機関の経営も安定するうえ、住民の関心も高まるだろう。
2.課題解決を実現するための財源確保の方法は?
食品、衣料などの生活必需品を除き消費税を引き上げる
「中期的な政策目標を数値で具体的に示す」、「政策評価分野でのNPOの役割強化」、「NPOである医療機関の財源と経営監査を強化」と3つ挙げた課題の中で、解決に財源を示さなかった1番目の「財源確保の方法」として私が考えるのは、消費税の引き上げだ。ただし、絶対的な前提条件として食品や衣料は対象外にする。私が知る限り、主要な先進国でこれら生活必需品に消費税をかけている国は、極めて少ない。生活必需品と、いわゆる贅沢品が同じ税率だと、結果的には中・低所得の人たちの負担が大きくなるからだ。
生活必需品の消費税を引き下げるかわりに、贅沢品など、それ以外の物品については消費税を上げる、または、所得税率を下げ、中・低所得の人たちの税率はさらに低くした上で消費税を上げる――こうした組み合わせの方法を用いれば、消費税を引き上げても社会全体、とりわけ社会的弱者に与えるダメージが少なくて済むのではないだろうか。少なくとも食品や衣料に10%や20%の消費税をかけようとする案は私には理解に苦しむし、国民の支持も得にくいのではないか。拙著でも述べたように、長期的には総医療費を上げる可能性があるもの、たばこ税の税率は更に引き上げてもいいと思う。
3.このような課題解決のためにご自身が行っている、あるいは行おうとしていることをお聞かせいただけますでしょうか?
書籍、寄稿文、講演を通じた啓発活動
以前、「『改革』のための医療経済学」という本を出版し、大きな反響をいただいた。これからも、書籍、寄稿文、講演などを通じ、医療経済について発信をつづけ、多くの方々を啓発していきたいと考えている。
私が現在米国で主に行っている研究は、パンデミック(大規模な感染)が起こった場合の政府や医療機関等の対応についての経済分析である。政策目標に応じて政府及び医療機関等が取るべき選択肢の優先順位を決められる、経済学的視点を含む数学シミュレーションモデルの作成を行っている。鳥インフルエンザが変異してパンデミックが起こるのは、公衆衛生関係者の間ではもはや時間の問題と言われており、対応策は出現阻止ではなく出現した後の被害をどれだけ小さくできるかに移っている。しかし、その対策の経済学的視点を含むシミュレーション分析についてはまだ本格的に行われていない。パンデミックは一見非日常的なものだと思われがちだが、実は経済や暮らしに大きな影響をもたらす可能性がある問題だ。このような広義の予防医学、医療経済学の研究を通じて医療に貢献していきたい。
ちなみに、私が勤務するロチェスター大学は、感染症・インフルエンザ研究では、世界でもトップレベルの研究者が揃っており、鳥インフルエンザのワクチンを世界で最初に開発した研究グループ、ワクチンの開発を分子レベルの数学シミュレーションモデルに基づいて行う研究グループ、パンデミックの出現をモニターする研究グループ、ワクチンをいかに医療機関を通じて効果的に提供するかを研究するグループ等が、1件あたり少なくとも数千万円の単位から10億円単位の研究助成金を獲得している。米国は、日本と比較すると研究助成金の機会も額も桁外れに大きい。
4.日本医療政策機構への期待やアドバイスを。
超党派の立場で政策インフラ整備に寄与を
日本医療政策機構のウェブサイトでは、各政党の医療政策責任者の方にインタビューをした記事を掲載しているが、さらに踏み込んだコンテンツも企画してはいかがだろうか。
例えば、各党のマニフェストを並べ、何かの指標を設けて、順位付けをした結果を公開するのも一案だ。厚労省の政策の一部でも、科学的根拠の確かさでランキングして公開すれば、かなりの反響があるはずだ。医療政策への関心が高まるだろう。各政党や厚労省がランキングを気にするようになれば、政策改善を促す機能を果たすことにもなろう。これらは一例だが、今後も超党派の立場だからこそできるインパクトのある活動を期待したい。
5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。
「透明化」
質問1の「医療政策における3つの重要課題」を統括すると、「透明化」というひとつのキーワードでまとめられる。私の提案が目指しているのは中期的な政策目標の透明化、NPOの役割強化を通じた政策決定過程の透明化、医療機関の財源と経営の透明化、住民にとっての負担と受益の透明化である。
日本では今、総選挙が近いと言われているが、各政党が中期的医療政策の目標を明らかにしてくれれば、投票する際に大いに参考になるだろう。そして政府には、政策が何を根拠に、どういう過程を経て決定されたか、国民に対して説明する責任、アカウンタビリティがある。この際の説明「資料」の一部を政府外部のNPO(大学、シンクタンク)で作成するよう制度化すべきである。また、日本では、医者が儲けすぎだという批判が根強いが、医療機関の経営を透明化すれば、このような根拠の曖昧な批判も減るのではないか。
■略歴■
兪 炳匡
1967年大阪府に生まれる。1993年北海道大学医学部卒業。1993~95年国立大阪病院で臨床研修。1997年ハーバード大学にて修士号(医療政策・管理学)取得。2002年ジョンズ・ホプキンス大学にて博士号(PhD、医療経済学)取得。2002~04年スタンフォード大学医療政策センター研究員として高齢者介護制度の国際比較研究に従事(2004年以降非常勤研究員)。2004~06年米国厚生省疾病・管理予防センター(CDC)エコノミストとして遺伝子スクリーニングを含めた予防医療の経済評価に従事。現在はニューヨーク州ロチェスター大学医学部地域・予防医学科助教授として、医療経済学の研究(特にインフルエンザ予防接種の経済評価)・教育に従事。関心領域は、高齢化が医療制度に与える影響の国際比較、予防医療(特に予防接種・スクリーニング)の経済評価(本略歴は「『改革』のための医療経済学」に掲載されていたものです)
■関連記事■
■兪 炳匡 著「医療白書2007年度版 第1部(2):医療経済学は医療資源配分の改善などで医療改革に貢献できる」
■第8回日本医療政策機構 定例朝食会 兪先生ご講演「『改革』のための医療経済学」
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「緊 急提言」シリーズはあらゆる分野の方々に幅広いご意見を伺うこととしております。当シリーズでインタビューにお答え頂いた方のご意見は、必ずしも当機構の 見解を代表するものではございません。
インタビューは下記のような共通の質問項目に沿って行われています。
<質問項目>
1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は?
2.課題解決を実現するための財源確保の方法は?
3.課題解決のため、行っている、あるいは行おうとしているアクションはありますか?
4.民間非営利のシンクタンクである日本医療政策機構への期待やアドバイスを。
5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。
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まずはじめに、アメリカでの政権交代により、医療政策にはどんな影響があるでしょうか。
医療関連予算が拡大される
現時点では何とも言えないものの(インタビューは現地時間の10月30日に実施)、米国では政権交代に伴い、予算配分の重点項目が大幅に変わる。過去の民主党政権時の予算編成から、オバマ政権下でも、相対的に国防関連予算の比重が小さくなり、医療、教育関連分野の予算比重が大きくなると予想される。オバマ氏の支持者には中・低所得者層が多いことは、オバマ氏が中・低所得者向けの減税を公約に掲げていることからも明らかである。
更にこの層、とりわけ未成年の医療保険加入率を引き上げるため、税制上の優遇策を含めた政策を提案している。しかし、強制加入を伴う国民皆医療保険制度については、支持層の中産階級以上のかなり多くの人がアレルギーを持っている。それ故、そこまで踏み込んだ制度改革にはいたらないのではないか。皆医療保険制度導入を最後に試みたのはビル・クリントン前大統領だが、彼があまりにも見事な失敗をしたので、今後世論が十分な支持を示さない限り、皆医療保険導入のような大きな政治的リスクを取る可能性は低いと推測する。
1.医療政策における重要課題、政党がマニフェストに盛り込むべきと考える課題は?
大きく言えば、3つ。まず、中期政策の数値目標の明確化、残りの2つは、民間「非」営利団体(Non Profit Organization(NPO))の役割を政策評価と医療機関の経営という2つの分野で強化することがあげられる。
中期的な政策目標を数値で具体的に示す
まず、重要なのは中期政策計画の透明化である。あらゆる政策分野全般に言えることだが、医療政策にも3~5年のスパンでの中期的な目標設定があってしかるべきであって、中期的なゴールが示されなければ、その途上において政策の方向性が正しいか否かの評価は困難だ。そればかりか誤っていた場合の方向転換もままならない。
最も分かり易い例としては、「公的な医療費支出を3年から5年の間にここ(X%)まで引き上げる、ないし、主要先進国7カ国(G7)の中で中位を目指す」でもいいし、逆に「5年間でここ(X%)まで引き下げる、G7諸国中の最下位を日本の『指定席』として死守する(笑)」でもいい。とにかく、中期的な医療費の大枠や、目標実現のために途上で達成しておくべき数値目標を具体的に示してほしいと思う。近年、日本の首相が短期間で変わり政権が安定していないので、この課題の提案は、ひとりの首相のもとでの政権が少なくとも3~5年続くという希望的前提の上であるが。
一国の望ましい総医療費の水準に関しては、自著「『改革』のための医療経済学」の中でも書いているが、経済学の現状では、このような価値観の関わる大きな政策上の問題に明確な答えを出すことは不可能であり、今後も期待すべきではない。なぜなら百歩譲って、国民の価値観を正確に測れたとしても、「最適な総医療費レベル」を実証的に示すことは技術的に非常に困難であるからだ。現実的には、政治家が頻回に多くの国民の声に耳を傾け、増減の判断を下すべきだろう。
政策評価分野でのNPOの役割強化
政策決定過程を透明化する一案として、政策を政府以外の民間「非」営利団体(NPO)である大学ないしシンクタンクが、客観的・第三者的に評価する仕組みを制度化するべきである。こうした提案をすると必ず「資金はどうするのか?」と聞かれるが、先例はある。米国のジョンソン大統領は、政策事業費の1%を評価のために強制的に支出するよう義務づけた。こうすれば、追加の財源確保は必要ない。
以前、日本のある官僚の方に事業評価に予算の一部を義務付ける話をしたところ、「既にやっている」とあっさり答えられた。しかし、よく聞いてみると、それは純粋な「第三者」評価ではなく、身内による内部評価であるか、身内の延長のような外部の第三者に委託しているケースが少なくない。このような身内評価では、評価が甘くなることは想像に難くない。こうした現状では、NPOでの政策評価が今後制度として定着する方向に進むのかはなはだ疑問だ。
米国は政策評価をする人材の質が高い一方で、その数が時に多すぎる気もするが(笑)、せめて英国ぐらいは人材を育成していくべきだろう。医療費を増やしても学術的に厳密な評価を行わずに、例外かも知れない個々の失敗したケースのみがマスコミに大きく取り上げられ、漠然とした医療に対する不満が大きくなれば、今度は反動で医療費を大幅に減らそうとなる――このような根拠の乏しい政策転換を避けるためにも、政策転換の過程・根拠を明らかにできるNPOによる第三者評価の制度化は急務と言える。
NPOである医療機関の財源と経営監査を強化
欧米では、大規模な病院や大学病院の多くは民間『非』営利団体(NPO)であり寄附や税制で優遇されている一方で外部監査などの経営に対するガバナンスは非常に厳しい。日本の場合は、法律上は民間病院も含めて非営利団体(NPO)とされているものの、実態は曖昧だ。地域の中核病院は公的な性格・役割が大きいため、NPOとしての経営監査を強化すると同時に、財源も強化すべきと考える。
財源案を2つ挙げると、(i)国に払う税金10万円までをNPO(医療機関)に寄付できるような税額控除の仕組みを制度化すれば、数千億円規模の財源が医療機関や先にも述べた政策評価を行うNPOに集まるとの試算もある。単純な比較はできないが、日本の寄付額は7000億円(2002年)、人口が日本の約半分である英国では2兆円(2004年)、日本の人口の約2倍強の米国で24兆円(2002年)という数字を比較すると、日本において寄付金を更に支援する制度の設立が望ましいと考える。(ii)パーセント法 (注:納税者が所得税のうち1-2%を、自らが選択したNPO・公益機関に提供できる仕組み) が欧州や韓国で始まっている。
これらの財源案に共通しているのは、住民の主体性が求められる点である。自分の支払う税金の使い道を、住民が主体的に医療であれ、何であれ決定することは、納税者にとっての負担と受益の関係を透明化することにも役立つ。地域住民からの寄附を通じた経営参画を促すのも一案だ。医療機関の経営も安定するうえ、住民の関心も高まるだろう。
2.課題解決を実現するための財源確保の方法は?
食品、衣料などの生活必需品を除き消費税を引き上げる
「中期的な政策目標を数値で具体的に示す」、「政策評価分野でのNPOの役割強化」、「NPOである医療機関の財源と経営監査を強化」と3つ挙げた課題の中で、解決に財源を示さなかった1番目の「財源確保の方法」として私が考えるのは、消費税の引き上げだ。ただし、絶対的な前提条件として食品や衣料は対象外にする。私が知る限り、主要な先進国でこれら生活必需品に消費税をかけている国は、極めて少ない。生活必需品と、いわゆる贅沢品が同じ税率だと、結果的には中・低所得の人たちの負担が大きくなるからだ。
生活必需品の消費税を引き下げるかわりに、贅沢品など、それ以外の物品については消費税を上げる、または、所得税率を下げ、中・低所得の人たちの税率はさらに低くした上で消費税を上げる――こうした組み合わせの方法を用いれば、消費税を引き上げても社会全体、とりわけ社会的弱者に与えるダメージが少なくて済むのではないだろうか。少なくとも食品や衣料に10%や20%の消費税をかけようとする案は私には理解に苦しむし、国民の支持も得にくいのではないか。拙著でも述べたように、長期的には総医療費を上げる可能性があるもの、たばこ税の税率は更に引き上げてもいいと思う。
3.このような課題解決のためにご自身が行っている、あるいは行おうとしていることをお聞かせいただけますでしょうか?
書籍、寄稿文、講演を通じた啓発活動
以前、「『改革』のための医療経済学」という本を出版し、大きな反響をいただいた。これからも、書籍、寄稿文、講演などを通じ、医療経済について発信をつづけ、多くの方々を啓発していきたいと考えている。
私が現在米国で主に行っている研究は、パンデミック(大規模な感染)が起こった場合の政府や医療機関等の対応についての経済分析である。政策目標に応じて政府及び医療機関等が取るべき選択肢の優先順位を決められる、経済学的視点を含む数学シミュレーションモデルの作成を行っている。鳥インフルエンザが変異してパンデミックが起こるのは、公衆衛生関係者の間ではもはや時間の問題と言われており、対応策は出現阻止ではなく出現した後の被害をどれだけ小さくできるかに移っている。しかし、その対策の経済学的視点を含むシミュレーション分析についてはまだ本格的に行われていない。パンデミックは一見非日常的なものだと思われがちだが、実は経済や暮らしに大きな影響をもたらす可能性がある問題だ。このような広義の予防医学、医療経済学の研究を通じて医療に貢献していきたい。
ちなみに、私が勤務するロチェスター大学は、感染症・インフルエンザ研究では、世界でもトップレベルの研究者が揃っており、鳥インフルエンザのワクチンを世界で最初に開発した研究グループ、ワクチンの開発を分子レベルの数学シミュレーションモデルに基づいて行う研究グループ、パンデミックの出現をモニターする研究グループ、ワクチンをいかに医療機関を通じて効果的に提供するかを研究するグループ等が、1件あたり少なくとも数千万円の単位から10億円単位の研究助成金を獲得している。米国は、日本と比較すると研究助成金の機会も額も桁外れに大きい。
4.日本医療政策機構への期待やアドバイスを。
超党派の立場で政策インフラ整備に寄与を
日本医療政策機構のウェブサイトでは、各政党の医療政策責任者の方にインタビューをした記事を掲載しているが、さらに踏み込んだコンテンツも企画してはいかがだろうか。
例えば、各党のマニフェストを並べ、何かの指標を設けて、順位付けをした結果を公開するのも一案だ。厚労省の政策の一部でも、科学的根拠の確かさでランキングして公開すれば、かなりの反響があるはずだ。医療政策への関心が高まるだろう。各政党や厚労省がランキングを気にするようになれば、政策改善を促す機能を果たすことにもなろう。これらは一例だが、今後も超党派の立場だからこそできるインパクトのある活動を期待したい。
5.我が国の医療政策に必要な、もっとも重要なキーワードなどを「ひとこと」で示してください。
「透明化」
質問1の「医療政策における3つの重要課題」を統括すると、「透明化」というひとつのキーワードでまとめられる。私の提案が目指しているのは中期的な政策目標の透明化、NPOの役割強化を通じた政策決定過程の透明化、医療機関の財源と経営の透明化、住民にとっての負担と受益の透明化である。
日本では今、総選挙が近いと言われているが、各政党が中期的医療政策の目標を明らかにしてくれれば、投票する際に大いに参考になるだろう。そして政府には、政策が何を根拠に、どういう過程を経て決定されたか、国民に対して説明する責任、アカウンタビリティがある。この際の説明「資料」の一部を政府外部のNPO(大学、シンクタンク)で作成するよう制度化すべきである。また、日本では、医者が儲けすぎだという批判が根強いが、医療機関の経営を透明化すれば、このような根拠の曖昧な批判も減るのではないか。
■略歴■
兪 炳匡
1967年大阪府に生まれる。1993年北海道大学医学部卒業。1993~95年国立大阪病院で臨床研修。1997年ハーバード大学にて修士号(医療政策・管理学)取得。2002年ジョンズ・ホプキンス大学にて博士号(PhD、医療経済学)取得。2002~04年スタンフォード大学医療政策センター研究員として高齢者介護制度の国際比較研究に従事(2004年以降非常勤研究員)。2004~06年米国厚生省疾病・管理予防センター(CDC)エコノミストとして遺伝子スクリーニングを含めた予防医療の経済評価に従事。現在はニューヨーク州ロチェスター大学医学部地域・予防医学科助教授として、医療経済学の研究(特にインフルエンザ予防接種の経済評価)・教育に従事。関心領域は、高齢化が医療制度に与える影響の国際比較、予防医療(特に予防接種・スクリーニング)の経済評価(本略歴は「『改革』のための医療経済学」に掲載されていたものです)
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