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【開催報告】第55回特別朝食会「社会保障改革の課題と展望」(2024年9月30日)

【開催報告】第55回特別朝食会「社会保障改革の課題と展望」(2024年9月30日)

この度、宇波弘貴氏(財務省 主計局長)をお招きし、第55回特別朝食会を開催いたしました。

社会保障を巡る昨今の状況と、新型コロナウイルス感染症対策とその教訓についてご講演いただきました。


<講演のポイント>

  • 高齢化により社会保障費が急増している一方、公費負担は税収で賄いきれない状況が継続しており、給付と負担に不均衡が生じている。社会保障制度の持続性を確保するために、経済成長率の向上、国民負担の引き上げ、給付の伸びの抑制といった対応の検討が不可欠である。
  • 医療保険制度改革については、保険給付範囲の在り方の見直し、質の高い医療の効率的な提供方法の検討、負担の公平化という3つの観点が重要である。特に、質の高い医療の効率的な提供については、診療報酬・薬価制度・医療提供体制の三位一体での見直しを進めることが不可欠である。
  • 新型コロナウイルス感染症対策の教訓として、司令塔機能の強化を目的に内閣感染症危機管理統括庁を創設し、迅速な対応体制を整備した。その成果のひとつとして、ワクチンの国内生産設備の稼働が開始し、外資に頼らないワクチン生産体制が構築できたものの、日本国内におけるさらなる創薬力強化が求められている。

■社会保障を巡る状況

給付と負担のバランス、社会保障制度の持続性
社会保障制度の持続性の確保は、単なる制度設計の課題にとどまらず、我が国の財政健全化と不可分な問題である。歳出増加の主因が社会保障費である中、財政健全化のためにも社会保障改革は避けて通れない課題である。しかし、2024年度の日本の国家財政は、当初予算において歳入の約3分の1を国債発行で賄っている。高齢化に伴う社会保障費の増大と国債費の増大を税収で賄うことができず、財政赤字が生じており、これは社会保障の給付と負担のアンバランスと裏腹であり、社会保障制度の持続性に課題を抱えている。

「給付と負担のバランス」の観点において、日本は経済協力開発機構(OECD: Organisation for Economic Cooperation and Development)加盟国と比較しても、不均衡であることが指摘されている。過去約30年の間に、社会保障給付費が約2.9倍の増加であるのに対して、保険料負担は約2.0倍、国と地方の財政からの公費負担は約4.0倍と大幅に増加している。負担増加の主な要因は、後期高齢者医療制度や介護など、公費負担が大きい制度の拡大にある。結果として、2024年度は、保険料で80兆円、国庫負担で37.7兆円の財源が必要とされていたが、国庫負担分の税財源が不足している状況であり、財源を国債発行に頼っている。保険料財源についても財源確保のために保険料負担の引き上げが続いており、現役世代の可処分所得の減少につながるために大きな論点となっている。

日本は、戦後の経済成長とともに、国民皆保険制度や福祉施策の充実により福祉国家の道を歩んできた。しかし、1990年以降の経済成長の鈍化と急速な少子高齢化の進展により、給付が負担を大きく上回る状態に陥っている。この状態では社会保障制度の持続は不可能であり、経済成長率の向上、国民負担の引き上げ、給付の伸びの抑制のいずれか、またはそれらの組み合わせによる改革が不可欠である。

社会保障と経済成長
現在、日本経済はデフレ型経済から脱却し、新たな成長型経済への移行の分岐点にある。成長型経済への移行には、賃上げを起点とした所得と生産性の向上が鍵となる。しかしながら、賃上げの効果が社会保険料率の増加によって、相殺されることが懸念されている。実際、過去10年間の医療・介護に係る保険給付費等の伸びは、雇用者報酬の伸びを上回り、この差を保険料率の引き上げによって補填してきた。また、国民医療費は、人口増減・高齢化の影響と新薬開発や医療技術の進展等の影響を等しく受け、過去15年で、雇用者報酬や名目国内生産(名目GDP: 名目Gross Domestic Product)の伸び率を大幅に超えて増加し続けている。経済が新たなステージに移行する中で、医療・介護における経済物価動向等に対応しつつ、保険給付費・保険料負担の抑制努力を両立させる改革が求められている。

医療・介護従事者の労働生産性の向上も不可欠である。2040年には医療福祉分野における就業者の増加が見込まれているが、同時に、情報技術(IT: Information Technology)の活用や事務手続きの簡素化、介護事業所の大規模化等を通じて生産性を向上させ、より少ない従事者で質の高いサービスを提供できる産業を目指す必要がある。これによって、医療・介護従事者の一人当たりの収入を増やし、そして、労働力を情報通信や製造業といった人材を、必要とする他分野へシフトさせることが、日本の経済成長にとっても極めて重要である。

 

■社会保障改革の視点

全世代型社会保障の歩み
社会保障制度の持続性を確保し改革を進めるうえでは、1.潜在成長力を高める構造改革、2.社会保障のための税財源の確保(社会保障・税一体改革)、そして3.社会保障給付の伸びの抑制に取り組むことが重要である。そのような中、「全世代型社会保障」は、すべての世代が安心して生活できるように、年金、医療、介護、子育て支援等を包括的に見直し、持続可能な制度を構築することを目指すものであり、特に子育て世帯を含む若い世代への財源拡充にも目を向けている。これまでの主な取り組みとして、麻生内閣、野田内閣、安倍内閣において、消費税率の引き上げによる安定財源を活用し、幼児教育の無償化や待機児童の解消、保育・介護人材の処遇改善等を進めた。また、菅内閣において、医療保険制度改革と少子化対策の強化を進め、保育の受け皿整備の拡大や不妊治療の保険適用を実施した。岸田内閣において「こども未来戦略・加速化プラン」として3.6兆円の財源を確保し、若い世代の所得向上、すべてのこども・子育て世帯を対象とする支援の拡充、そして共働き・共育てを推進してきた。

今後さらに現役世代に重くのしかかってくる社会保険料負担を緩和する必要がある。その観点から、これまで、70~74歳の者の窓口負担の引上げや「現役並み所得」の高齢者の窓口負担の引上げを実施してきた。今後も、「改革工程」に基づき、金融所得の勘案や、金融資産等の保有状況を加味した「現役並み所得」の判定基準の見直し等を通し、年齢ではなく能力に応じた負担を求める方向性を検討していく。

医療保険制度改革
医療保険制度の持続可能性と医療の質の両立を図るためには、質の高い医療の効率的な提供、保険給付範囲の在り方の見直し、負担の公平化の3つの観点からの改革が重要である。
特に、質の高い医療の効率的な提供については、診療報酬・薬価制度・医療提供体制の三位一体での見直しを進めることが不可欠である。

まず、診療報酬については、2024年度の診療報酬改定の際に、看護職員やリハビリテーション専門職等の特定分野における賃上げのための対応と、診療所を中心とした診療報酬内容の合理化・適正化を合わせて実施している。今後の診療報酬改定においては、より一層データに基づいた議論を図るべきであり、職種別給与・人数の報告義務化を含む、医療法に基づく経営情報データベースの活用・改善等を通じた経営状況の見える化がさらに必要である。
次に、薬価制度については、先般、新薬創出加算の強化を行ったが、現在、既収載品に若干の新効能・新剤形が追加された医薬品も新薬として評価されているが、健全な保険財政の維持と新薬のイノベーションの両立を推進するために、新薬の評価のあり方をよりメリハリある形に見直す必要がある。また、新薬の評価については、日本市場における導入の遅れ(ドラッグ・ラグ)や、企業による日本での開発回避(ドラッグ・ロス)といった問題への対策の観点からも創薬のイノベーションを促す制度設計が重要である。その他にも、保険外併用療養制度のあり方や、産業政策としての創薬エコシステムの強化、創薬業界の再編について検討していく必要がある。

さらに、保険給付範囲については、高額な医療費負担のリスクを公的保険でカバーできる体制の持続可能性を確保すべく、真に保険給付の対象とすべき範囲を不断に見直し、適正化していくことが必要である。具体的には、OTC(Over The Counter)医薬品に係るセルフメディケーションの推進や薬剤自己負担のあり方の検討が挙げられる。

最後に、医療提供体制改革の観点からは、かかりつけ医報告制度の確実な実施を通した、かかりつけ医機能が発揮される制度整備が必要である。あわせて、患者による選択が適切に行えるよう、診療実績や医療資源の情報提供の強化も必要。地域医療構想については、現行の地域医療構想における2025年における病床の必要量を踏まえた病床適正化のみならず、将来的なかかりつけ医機能や在宅医療を含めた、新たな地域医療構想の検討が必要である。また、医師の偏在対策として、人口減少を踏まえた医学部定員の適正化とともに、地域間や診療科間の偏在解消のために、経済的インセンティブと規制的手法を組み合わせた対応が必要である。

 

■新型コロナウイルス感染症対策の教訓

司令塔機能の強化と危機管理体制の構築
新型コロナウイルス感染症への対応から得られた教訓として、将来のパンデミックに備えるための改革が進められている。まず、「司令塔」の存在が重要であると認識され、内閣官房・内閣感染症危機管理統括庁が創設された。次に、「科学的知見・リスクコミュニケーション」の課題に対し、国立健康危機管理研究機構の創設や、厚生労働省内の関係部局を統合した感染症対策部の設置により、迅速に対応できる体制が構築された。


医療提供体制の確保と課題
コロナ禍において、医療提供体制面では、病床の確保、発熱外来、入院調整、自宅・福祉施設療養者への対応に課題があった。その反省を踏まえ、病床確保については、都道府県と病院間の協定締結や公的医療機関への提供義務化が感染症法上で明確化された。また、発熱外来については、患者が来なくても報酬が支払われる制度を導入することで新たな開設を促進した。しかし、当初、風評被害を懸念した医療機関側の意向が影響したのか、発熱外来を行う医療機関の所在地が公表されておらず、患者が適切な医療機関にアクセスできない問題が生じた。こうした機能不全の反省を踏まえ、平時からの受け入れ体制整備の必要性が改めて認識された。

ワクチンと治療薬の確保・開発体制の構築
「ワクチン・治療薬の確保と開発」については、2023年から国内のワクチン生産体制が構築できたことは、今後のパンデミックに備える上で非常に大きな成果である。一方で、治療薬の承認までに時間を要した結果となり、国内の創薬力には課題が残った。これは国内での治験数が積み上がらないことが大きな要因であり、国際治験の枠組みを含め、日本の治験のあり方を抜本的に見直す必要性が認識された。

講演後の会場との質疑応答では、雇用主の保険料負担の増加に関する議論の必要性、セルフメディケーション推進における課題、今後の公的保険のあり方などについて、活発な議論が行われました。

 

(写真:井澤 一憲)


■プロフィール

宇波 弘貴(財務省 主計局長)

1989年東京大学経済学部卒、1993年M.I.T.経営大学院経営学修士(MBA)。1989年旧大蔵省入省、旧厚生省出向(児童家庭局、保険局)、主計局総務課補佐、主計局主計官補佐(年金、医療、外務経済協力担当を歴任)、在フランス日本国大使館財務参事官、内閣参事官(社会保障・税一体改革担当)、主税局調査課長、内閣官房長官秘書官(野田内閣)、主計局主計官(経済産業、環境、司法警察担当)、主計局主計官(厚生労働担当)、大臣官房総合政策課長、主計局次長、内閣総理大臣秘書官(岸田内閣)、大臣官房長などを経て、2024年より現職。

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