【開催報告】こどもの健康プロジェクト 第1回専門家会合 「こどもの権利を尊重したメンタルヘルス教育プログラムとサポートシステムの構築」~こどものメンタルヘルスに対するライフコースアプローチを考える~(2021年12月16日)
日付:2022年3月16日
タグ: こどもの健康
COVID-19の流行により、世界的にこどものメンタルヘルスへ注目が集まっています。2020年5月には国連がCOVID-19感染拡大下におけるこどものメンタルヘルスに関するレポートを公表し、多くの国々で、外出制限に伴いこどもの集中力低下や情緒不安定、神経質な状態などの変化が報告されていることが明らかになりました。日本でも、国立成育医療研究センターの「コロナ×こどもアンケート第4回調査報告書」において、回答した小学4~6年生の15%、中学生の24%、高校生の30%に、中等度以上のうつ症状があったことが示されており、COVID-19によるこどものメンタルヘルスへの影響は、喫緊の課題となっています。また昨今、メンタルヘルスに限らず、こどもを取り巻く医療の在り方は、医療政策課題の大きなテーマとなっています。すべての妊産婦の妊娠期から子育て期、そしてこどもの出生後から成人期までの成育過程において切れ目のない医療・福祉等の提供、支援が求められています。
当機構においても、2020年度よりこの社会的モメンタムを促進し、我が国のこどもの健康に貢献すべく、国内外のステークホルダーとの連携による議論の喚起や、調査研究によるエビデンス創出に基づく政策提言を行うため、こどもの健康プロジェクトを立ち上げ、活動を進めてまいりました。2021年度からは、当機構のメンタルヘルスプロジェクトで得られた知見を基に、さらに発展させるべく「こどものメンタルヘルス」に関する取り組みをスタートしました。「こどもの権利を尊重したメンタルヘルス教育プログラムとサポートシステムの構築」と題し、主に小中学生に対し、自身のメンタルヘルスの変化や不調に気付く、対処し、また適切なタイミングで相談できるようになるためのプログラムの構築、効果検証を行います。
本専門家会合では、こうしたこどもの健康・こどものメンタルヘルスを取り巻く政策課題やその解決策についてマルチステークホルダーによる議論を行います。第1回では、こどものメンタルヘルスをライフコースアプローチで包括的に支援することの重要性について議論を行いました。
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日本医療政策機構(HGPI)こどもの健康プロジェクト
「こどもの権利を尊重したメンタルヘルス教育プログラムとサポートシステムの構築」
第1回専門家会合「こどものメンタルヘルスに対するライフコースアプローチを考える」
報告書
日時: 2021年12月16日(木)18:00-20:00
会場: オンライン形式(Zoomウェビナーを使用)
主催: 日本医療政策機構(HGPI:Health and Global Policy Institute)
■プログラム(敬称略)
18:00-18:05 開会・趣旨説明
18:05-18:25 基調講演1「『チルドレン・ファースト』社会の実現に向けて」
自見 はなこ(参議院議員/小児科医)
18:25-18:55 基調講演2「こどものメンタルへルスを育む社会に必要な視点~ライフコースアプローチ~」
神尾 陽子(お茶の水女子大学 人間発達教育科学研究所 人間発達基礎研究部門客員教授)
19:00-20:00 パネルディスカッション「こどものメンタルへルス教育とサポートシステムの構築~ライフコースアプローチで考える~」
パネリスト:
石川 信一(同志社大学 心理学部 教授)
小塩 靖崇(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 常勤研究員)
蟹江 絢子(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター 客員研究員/株式会社ジョリーグッド 上級医療統括顧問)
児島 正樹(厚生労働省 社会・援護局障害保健福祉部 精神・障害保健課 精神医療専門官)
神尾 陽子
モデレーター:
吉村 英里(日本医療政策機構 シニアマネージャー)
開会・趣旨説明
吉村 英里(日本医療政策機構 シニアマネージャー)
日本医療政策機構(HGPI)は、非営利・民間・独立・超党派の医療政策シンクタンクとして、市民主体の医療政策の実現をミッションに掲げている。国内外、産官学民の幅広いステークホルダーを結集し、フラットな場での議論を促進し、それをもとに政策提言活動を行っている。
昨今、日本におけるこどもの健康、とくにメンタルヘルスを取り巻く状況は厳しさを増しており、COVID-19がこの状況に拍車をかけている。一方で、政策的には「成育基本法」の施行や「こども庁[1]」の設立のニュースが注目されており、こどもへの切れ目ない支援のあり方について、議論が活発になりつつある。当機構でも、このようなモメンタムを受け、こどものメンタルヘルスを重要な政策アジェンダと考え、昨年より調査研究、政策提言活動を実施している。
本日は、本分野において第一線でご活躍の皆様にお集まりいただき、こどものメンタルヘルスについて、教育・医療・行政・地域等の各分野、そしてその横断的な連携を通じて、妊産婦、そして幼少期から大人になるまで、こどもの心の健康をライフコースで支援していくための社会のあり方について、議論を深めたい。
基調講演1「『 チルドレン・ファースト』社会の実現に向けて」
自見 はなこ(参議院議員/小児科医)
- こどもを取り巻くメンタルヘルスの課題解決のためには、対応する役所の一元化と関連予算の確保が大きな課題であった
日本においてこどもを取り巻く多くの課題があるなかで、対応する役所はそれぞれ異なり、司令塔が不在であることによる課題が指摘されてきた。児童生徒の自殺者数は499人(統計開始以来過去最多)、こども精神的幸福度はOECD38カ国中37位など、このコロナ禍において、事態はさらに深刻度を増している。こうした状況にもかかわらず、日本のこども関連予算は、デンマーク、スウェーデン、英国に比べて半分の水準でしかない。
- チルドレン・ファーストの実現に向けて、専門家のみならず一般市民、地方の声も数多く取り入れてこども庁創設の議論を実施してきた
2018年5月に超党派の「成育基本法推進議員連盟」(事務局長:自見はなこ)を発足し、成育基本法は異例のスピードで同年12月に成立した。同法には、妊産婦のメンタルヘルスに関する支援、思春期の自殺の課題、児童虐待の発生予防・早期発見の促進等に光を当てるとともに、検討事項として「総合的に推進するための行政組織等の在り方」を盛り込んだ。これが、こども庁創設の議論へとつながっていく。
2021年2月には、こども庁の創設に向けて「Children Firstのこども行政のあり方勉強会」を立ち上げた。これまでに数多くの勉強会を開催し、日本の第一人者の講師からのヒアリングに加え、一般市民、地方議員、地方公務員の声をアンケートで収集し、知事会からの要望も含め提言に反映している。これまでの勉強会の開催実績、提言、アンケート結果、呼びかけ人等は、「こども庁の創設に向けて」特設ウェブサイトで公開している。
- こども課題の解決のためには、「専任大臣設置」、「強い調整機能権限」、「こども関連予算の一元的策定と確保」、「包括的なこどもの権利条約」、「エビデンスに基づく政策立案と実践の展開」が重要な5項目である
第二次提言では、①専任大臣設置、②強い調整機能権限(調査、課題設定、施策立案、解決実施)、③こども関連予算の一元的策定と確保、④こどもの権利条約を包括的に取り扱う、⑤ EIPP (Evidence Informed Policy and Practice:エビデンスに基づく政策立案と実践の展開)を基本的考え方とし、従来の縦割り×横割り×年代割りのバラバラな行政組織から、府省庁、市区町村と都道府県、年代割りをつなぐ「こども課題解決のプラットフォーム」として機能する組織への転換を示した。
- Children Firstの社会の実現に向けての今後の期待
2021年6月には、未来を担うこどもの安心の確保のための環境づくり・児童虐待対策が盛り込まれた経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2021が閣議決定し、翌7月、加藤官房長官をヘッドとする「こども政策の推進に係る作業部会」が発足した。さらに9月、内閣官房「こども政策の推進に係る有識者会議」が設置され、11月に岸田総理大臣へ報告書が手渡された。この12月、「こども庁」の創設に向けた基本方針が閣議決定される見通しである。
Children Firstの社会の実現に向けて、日本財団、日本医療政策機構の関係者の皆様にご尽力いただいていることに心から感謝を申し上げたい。全てのこどもたちが、すくすく、のびのび、たくましく、個性を発揮していける社会に向けて努力を続けていきたいと考えている。
基調講演2「こどものメンタルへルスを育む社会に必要な視点 ~ライフコースアプローチ~」
神尾 陽子(お茶の水女子大学 人間発達教育科学研究所 人間発達基礎研究部門 客員教授)
- こどものメンタルヘルスの課題は、大人の社会生活にかかわる重要課題であり、近年は予防や早期対応に注力する「公衆衛生モデル」へパラダイムシフトを遂げている
世界保健機関(WHO:World Health Organization)は、メンタルヘルスとは、人が考え、感じ、行動することに関わっており、日常のストレスをやり過ごし、人とかかわり、自分らしい選択をする「バランスのとれた状態」と定義している。
つまりメンタルヘルスは、精神疾患にかかっていない状態を指すものではなく、こどもから大人まで、全ての人がその当事者といえる。従来の取り組みは、深刻なケースだけを対象とする医療モデルであったが、近年は、全ての人を対象とする予防、早期対応に注力する公衆衛生モデルへと考え方が大きくシフトしてきた。
こどものメンタルヘルスの課題は、大人の社会生活にかかわる重要課題である。2人に1人は生涯でメンタルヘルスの課題を経験し、5人に1人のこどもがメンタルヘルスの課題を抱えているという報告結果がある。また、うつ病や不安症の成人の約半数は、児童期に初発しており、たとえ一時的で診断レベル未満の課題であっても、対処しなければ、成人後、メンタルヘルスのみならず、身体の健康、司法、経済、社会生活など広汎にダメージを与え、自殺リスクを高めることが指摘されている。
先進諸国の施策には、“No health without mental health”(メンタルヘルスなくして健康なし)というキャッチコピーが見られるが、こうした研究データを踏まえると、“No life without mental health”(メンタルヘルスなくして生活なし)ともいえるであろう。
- メンタルヘルスの課題を「生物–心理–社会モデル」で理解し、当事者を中心とした、予防、早期対応、教育などの長期的な制度設計が重要である
ゲノム医療が進展する現代において、遺伝的な多様性の課題は、もはや常識になっている。メンタルヘルスは、数十年前から提唱されている、健康の「生物-心理-社会モデル」で考える必要がある。つまり、生物学的、心理的、社会的な側面はすべて密接していて、それらを統合して考える必要がある。このことからも、施策の分断が大きな支障を及ぼすことは明らかである。
2020年6月、渡辺美代子前日本学術会議副会長と「新型コロナウイルス感染拡大で顕在化してきたメンタルヘルスの課題:収束期そして収束後に向けて」と題し、対談を行った。コロナ渦ではやはり、身体、経済の課題の後からメンタルヘルスの課題が表面化したが、その際に強調した点は、ウィズコロナ社会のメンタルヘルス対策の課題として顕在化した課題は、それまでもそこにあった課題が、こどもや女性といった弱い立場の人で強調されて現われただけに過ぎないという点である。
必要なことは、給付金といった一時しのぎの対応だけでなく、エビデンスに基づいた長期的なメンタルヘルス対策の制度設計である。未来を見据えた予防、早期対応、メンタルヘルス教育(科学的知識とスティグマの払拭)などの長期的観点が含まれなければ、SDGsに沿った政策にはなり得ない。課題を切り分けて別々の部署で対応するのではなく、人を中心としたメンタルヘルスケアの仕組み(多領域・多職種連携)が必要である。そうでなければ、サービスがあっても、アクセスすることができない。
- プライマリケアにおけるメンタルヘルスの課題は、初診年齢の遅れ、専門機関への過度の集中による診察の長期待機、多職種との連携不足等があげられ、ライフコースアプローチの重要性が益々求められている
児童精神医療への初診に関する全国実態調査から窺える日本の実情(日本児童青年精神医学会総会, 2019)として、初診時年齢が就学前から中高年と幅広く、とくに女性の診断時期が遅れる傾向があげられる。多くのケースで発達障害の併存が認められ、メンタルヘルスの包括的診断と治療が重要となっている。また、医療機関は学校への意見書や診断書作成などに追われている現状がある。
質的課題としては、プライマリケアにおけるメンタルヘルス対応が挙げられる。量的課題として、専門機関への過度の集中から診察の長期待機が慢性化している。また領域間の分断により、教育・福祉等多領域との縦・横の情報共有の困難が生じている。
ライフコースを通じたエビデンスが示すこどものメンタルヘルスの重要性については、日本医療政策機構が2020年7月に発表した「メンタルヘルス2020明日への提言~メンタルヘルス政策を考える5つの視点~」にも示されている。さらに、臨床精神医学(2021年9月号)では、「ライフコース全体で考えるメンタルヘルス」が特集された。
メンタルヘルスを理解するためには、スペクトラム(横の連続性)とライフコース(縦の連続性)という2つの視点が欠かせない。こども庁の基本方針には、ライフコースを見据えた「予防」という文言を含めていただきたいと考えている。
- こどものメンタルヘルス政策にライフコースアプローチを取り入れるためには、省庁横断によるギャップの解消が必要であり、さらなる学校でのメンタルヘルス教育の導入や、地域で包括的に支援ができる仕組みづくりの促進が求められる
今後のこどものメンタルヘルス施策への提言として、これまでの児童青年メンタルヘルス施策は、研究事業は厚生労働省および日本医療研究開発機構(AMED: Japan Agency for Medical Research and Development)や文部科学省、母子保健施策・こどもの心の診療研修は母子保健課、発達障害者支援施策(かかりつけ医等発達障害対応力向上研修事業や発達障害専門医療機関待機解消事業など)は障害児福祉課、学校メンタルヘルスは文科省というように行政担当部署が分断され、ギャップが生じていた。そこで、限られた資源を効率的に、エビデンスに基づいて配分する必要がある。
「健やかな次世代育成に関する提言」(日本学術会議 臨床医学委員会 出生・発達分科会2014.8.21)では、「こどもの心の健康対策の推進」のためには、こどもの心の課題への国民的関心の惹起と偏見の排除が不可欠と指摘している。そして、こどもへのメンタルヘルス学校教育の導入推進が求められる。また1次対応(プライマリケア) の人材育成が必要であり、これにより紹介数、処方、医療コスト減が期待できる(Cochrane Review, 2010)。
さらに、予防・治療法開発のための包括的研究体制の創設(情報収集と共有のあり方についての社会の合意形成、ビッグデータ活用)、こどものメンタルヘルスの課題にも対応した地域包括ケアのネットワーク構築(医療保健・福祉・教育)を推進しなければならない。
子育て支援、発達支援、就労支援にわたり、一次医療・保健(かかりつけ医や園医・校医)、二次医療(診断)、三次医療(専門機関)の役割分担と補完的連携によって、効率的な支援が可能となる。教育と医療経済との望ましい連携としては、学校内でエビデンスに基づいた専門的知見からのケアができ、学校外のサービスに偏らないあり方を目指すべきと考えている。そして医療機関に行った後も、PDCAサイクルを回していける余裕のある取り組みが求められる。
パネルディスカッション「こどものメンタルへルス教育とサポートシステムの構築 ~ライフコースアプローチで考える~」
「メンタルヘルスを自分ごと」にできる機会の提供を
小塩 靖崇(国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 研究員)
- 近年の新学習指導要領には、小中高を通してのメンタルヘルスに関する内容が拡充されており、2022年度からは高校保健体育において「精神疾患の予防と回復」が扱われる
新学習指導要領から、小中高を通じて心の健康、メンタルヘルスに関する内容が拡充されている。小学5年生(2020年度から開始)では、心の健康の目標として「心の発達及び不安、悩みへの対処について理解できるようにする」から「理解するとともに、簡単な対処をすること」に変更された。中学(2021年度から開始)では、これまで中学3年生で扱っていた「健康な生活と疾病の予防」を1~3年生に分けて実施することになっている。
高校保健体育では、2022年度から「精神疾患の予防と回復」が扱われる。既に「こころの健康教室 サニタ」という映像教材(アニメ)がウェブ上で公開されている。ストーリー、ドキュメンタリーを用いた感情へのアプローチにより、思春期の若者におけるメンタルヘルスリテラシーの向上や、スティグマの軽減を目指している。またサニタでは、精神疾患を経験した人の話を聞くインタビュー映像も視聴できる。
- こどもの行動変化に影響を与えうる、学校以外の周囲の大人のメンタルヘルスリテラシーの向上も同時に求められる
学校におけるメンタルヘルスリテラシーの教育によって、精神疾患やその対処に関する知識の向上、精神疾患そのものや経験者に対する態度の改善、「不調時には相談する、手を差し伸べる」という行動の変化などが期待される。ただし実際の行動の変化には、その他の要因・要素も影響するため、教師、保護者、地域住民、かかりつけ医など、周囲の大人のメンタルヘルスリテラシーの向上も同時に求めていきたい。
現在「よわいはつよいプロジェクト」は、「アスリートの、アスリートによる、みんなのためのメンタルヘルスプロジェクト」として、日本ラグビーフットボール選手会との取り組みを推進している。このよわいはつよいプロジェクトでは、不調を含めて心の状態を受け入れることや、一人で耐えるのではなく信頼できる人と支え合うこと、共に課題を解決して前に進む、といった心のあり方について、影響を与えられるアスリートが発信している。
学校で実施するメンタルヘルス予防アプローチ
石川 信一(同志社大学 心理学部 教授)
- 近年の学校におけるメンタルヘルス予防プログラムの一部には、マンガによる導入やグループ活動などにより、こどもが無理なく学べる工夫が施されている
学校におけるメンタルヘルス予防プログラムの研究推移として、2000年に学校ベースの集団社会的スキル訓練、2008年には抑うつ防止プログラム、2014年からはメンタルヘルス予防プログラムを実施してきた。学校の先生が、教室内の授業形式で、全ての児童生徒対象に保護要因を増進するための心理社会的支援をエビデンスに基づいて実践(EBP: Evidence-Based Practice)している。
令和2年度の国立研究開発法人科学技術振興機構 社会技術研究開発センター(RISTEX: Research Institute of Science & Technology for Society)によるSDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(SOLVE for SDGs)に、「幼児から青少年までのレジリエンス向上を目指したプログラムと人材育成体制づくり」(研究代表者:石川信一)が採択された。指導案とワークシートの準備、マンガによる導入、キャラクター例示による課題の提示、メタファーを用いた前向きな説明、グループ活動の重視などにより、こどもたちがメンタルヘルスに関する対処法を無理なく学べるよう工夫している。
- 近年では、こどもを対象とした教育介入による自己効力感の向上や、全般的な困難さの低下などのエビデンスの蓄積も進んでいる
例えば、小学校8校、4~6年生396名(Oka et al., 2021)が参加したトライアルでは、全体の効果として、自己効力感、社会的スキルの向上、全般的な困難さの低下といった有意な効果が示された。さらに自閉的特性が高い群でも同様に、自己効力感の向上、全般的な困難さの低下といった有意な効果が認められた。
また自閉的特性が高い群に対しては、研修未実施の比較的薄い介入でも一定の効果があること(Kishida et al., under review)や、COVID-19の影響による一斉休校後のトライアルにおいて、全体でも不安は有意に低下しているが、とくに不安が高い群において高い効果が見られている。
- メンタルヘルス予防の普及においては、その目的、実施主体、導入の時期や期間を明確にし、エビデンスに基づいた取り組みが採用されることが重要である
こうした全ての人に対する支援(Universal Prevention)は、教育、福祉、医療といったさまざまな場面で提供することができる。メンタルヘルス予防の普及の課題として、まず診断横断、初発予防、リスク予防など「何を目的とするか」を明確にすることが大切である。また教師、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーなど「誰が実施するか」、教育、心理、福祉、医療といった「どの領域で実施するか」、どの学年から「いつ導入するか」、「いつまで追跡するか」といった課題もある。とくに「どのような取り組みを採用するか」については、エビデンスに基づいて検討されるべきである。
デジタル医療で「人」に寄り添う
蟹江 絢子(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター 客員研究員/株式会社ジョリーグッド 上級医療統括顧問)
- 全世代を通した切れ目のないアプローチのために、デジタル医療が大きなポテンシャルを有している
全世代を通じた切れ目のないアプローチをする場合、全員に寄り添うことができないという課題に直面する。それを解決するのが、デジタル医療だと考えている。「デジタルで人の暖かさをどう作るか」という問いについて、私が経験した事例を紹介したい。
1つ目の事例は、妊娠中・産後の母親のパートナー、つまり父親へのLINEによる介入である。父親のうつ病は1割程度と、妊娠・産後のうつ病1~2割に比べてけっして少なくない。周産期の精神疾患は養育の質の低下や虐待リスクを増加させ、こどもの神経情緒発達の遅れや精神疾患の発症リスク増加につながる。
父親はメンタルヘルスの課題において援助を求めにくいということが分かっており、テキストメッセージでの介入が有効とする豪州の研究が報告されている。LINEであれば、毎回援助を求めなくても、メッセージが勝手に送られてくるため有効と考えた。きずなメール・プロジェクトでは、妊娠週数や産後の週数に合わせた医学的に正しい、かつ優しい文章をLINE等で配信していた。
そこで、国立神経医療研究センター(NCNP)認知行動療法センターときずなメール・プロジェクトの共同研究として、「テキストメッセージングによる周産期の父親のメンタルヘルス向上のためのランダム化比較試験」を行った。デジタルでつくる「人の暖かさ」として、ユーザー属性に合わせて、最適なタイミングで、専門家監修の優しいメッセージを父母に届けることができる。
2つ目の事例は、中高生を対象としたスマホアプリによる介入である。中学生・高校生2万人を対象にした思春期アンケート調査によると、中高生の悩みは、「成績」「将来の進路」「身体」「友だちとの関係」に関するものが多く、過去に自殺を試みた中高生は5%と多いという現状が明らかになった。
アプリのレッスンパートは、ネコのキャラクターが思春期のこどもの悩みを解決する内容で、LINEのように読みやすい工夫をしている。認知行動療法のエビデンスに基づいた情報に基づき、日々の記録ができるようになっている。デジタルでつくる「人の暖かさ」として、24時間寄り添い自殺を防ぐとともに、自分のストレスや感情に気づき、対処や援助を求めるスキルを早期に身につけることができる。
3つ目の事例は、こどもの自閉スペクトラム症のソーシャルスキルトレーニング(SST)をバーチャルリアリティー(VR)で支援するというものである。VRでの現実空間を教材とし、友達との会話、上司とのやりとり、トラブル対応など、安心して失敗できるVR空間で繰り返し練習し、自己理解を深め、対応方法を学ぶことができる。また、進行を自動化することによって、支援者は、経験や能力によらず本当に必要な関わりに集中することができる。
- 人の温かさを届けられるデジタル医療の活用を進めることで、人でしかできないものに人が注力できる仕組みを実現していくことが可能である
今後のメンタルヘルスケアにおいて、人の暖かさを保ちながら、より多くの人に寄り添うには「デジタルで人の暖かさをどう感じさせるか」がキーとなる。毎日タイムリーなメッセージが届く、24時間そばで見守る、安心安全な空間をつくる、といった人間ではできないことをデジタルで提供していく試みも重要である。こうしたデジタル医療を通し、「人の暖かさ」を届けることはできる。
しかし、けっしてデジタルで代替されない最後に残るものがある。それは、共感、気遣い、ハグをすることである。切れ目のない支援のためには、デジタル医療で可能なことは代替し、能力や経験を問わず、人が目の前の人に集中できることで、より優しい未来を実現することができる。
児童・思春期精神疾患の概要
児島 正樹(厚生労働省 社会・援護局障害保健福祉部 精神・障害保健課 精神医療専門官)
- 近年、児童・思春期の精神疾患患者数は増加傾向であり、疾患の分類も発達障害等、統合失調症、神経症性障害など、成人に比べて多様である
児童・思春期精神医療は、主に20歳未満のこころの課題を対象としている。発達障害やうつ病等の精神疾患以外に、「不登校」「3歳になっても話さない」等の理由で受診する場合もある。学校や児童相談所など他機関との連携が求められ、実践されていることが多い。
20歳未満の精神疾患総患者数(疾病別内訳)を見ると、平成29年に医療機関を継続的に受療している20歳未満の精神疾患を有する総患者数は27.6万人であり、平成11年の総患者数の11.7万人から増加傾向にある。とくに発達障害などを含む「その他精神及び行動の障害」が増加している。
20歳未満の精神疾患在院患者数(入院形態別/疾患分類別)は、若干増加傾向にある。その要因の1つとして、児童・思春期の精神医療に対応した入院病床の増加が挙げられる。20歳未満の精神疾患在院患者(調査日時点で精神病床に入院していた患者)においては、心理的発達の障害(発達障害等)、統合失調症、神経症性障害など、疾患分類が成人に比べて多様である。
- 国の政策としては、思春期精神保健研修の実施や、診療報酬において児童・思春期精神科入院医療管理料が設けられる等の積極的な取り組みが行われている
政策動向として、厚生労働省は平成13年度より、児童思春期の心の課題に関する専門家を養成するために、医師、看護師、保健師、精神保健福祉士、臨床心理技術者等を対象に「思春期精神保健研修」を行っている。平成24年度より、診療報酬において児童・思春期精神科入院医療管理料が新設され、平成28年時点では、19都道府県に所在する医療機関において算定されている。
医療提供体制に関する検討課題としては、第7次医療計画において、児童・思春期精神疾患に対応できる医療機関を明確にする必要があること、また、児童・思春期精神疾患に対応できる専門職の養成や多職種連携・多施設連携の推進のため、地域連携拠点機能及び都道府県連携拠点機能の強化を図る必要があり、この際、「思春期精神保健研修」を活用することが挙げられている。
こころの健康づくり対策事業「思春期精神保健研修」では、児童・思春期精神保健の網羅的な系統講義、グループディスカッション等の実践的研修、「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」についての全般的研修が実施されている。
ディスカッションテーマ①
ライフコースアプローチによるこどものメンタルヘルスの重要性と課題
- こどものメンタルヘルスの予防には、幼少期からの年齢に応じたソーシャルスキル教育の実施が重要である
ソーシャルスキル教育を実施している幼稚園や保育園もある。幼い頃から仲間関係のつくり方などを学び、それをベースにして、小学校で自分の言いたいことを主張するといった場面に活用することができる。つながりを持って学ぶことができ、難しい場面に直面した時に応用が利くようになる。年齢に応じ、できるところから始めていくことが大切である。
「愛着」は、友人、兄弟、先生をはじめ多くの人々との間でつくっていくものというライフコースで考えるべきである。こども庁発足にあたり、幼児期や親子関係だけに限定する考え方は、科学的エビデンスに基づいて払拭すべきである。
- 家庭の経済力やリテラシー能力の違いによって、受けられる医療に格差が生じている課題に対しては、デジタル技術の活用や、専門家による強い情報発信が求められる
例えば現在、リテラシーが高く経済力のある家庭では、1歳頃から発達障害の親子相互交流療法(PCIT: Parent-Child Interaction Therapy)を受けている。こうした家庭の経済力やリテラシー能力の違いによって、格差を生じている現状がある。専門家が正しい情報を発信していくことが大切である。生活を犠牲にせず利用できるデジタル技術を取り入れるのも1つの方策だと思われる。
また、既に行われているこどものメンタルヘルス教育の効果を検証し、示していくことが必要である。さまざまな分野の影響力を持つ人たちが、メンタルヘルスについて発信していく社会になることを期待する。
- メンタルヘルスに関するリテラシーは、こどもに関わる支援職の全ての人々が身につけることが大事である
こどもが小さいうちに接するかかりつけの小児科医や保健所の保健師さんが、「専門医の受診を勧めたら傷つけてしまうのではないか」と気を遣っているうちに時間が経過し、診断が遅くなるケースも多い。メンタルヘルスに関するリテラシーは、こどもに関わる支援職の全ての人々が身につけることが大事である。こどもが自傷行為に至るまで課題を放置せず、「育てにくい」という段階であれば、エビデンスがある汎用性の高い療法などを活用し、専門医でなくとも対応が可能である。高度専門医療ではなく、地域でこどものメンタルヘルスに注力できるための行政の手厚い支援が求められる。
ディスカッションテーマ②
教育と医療、行政が連携していくこと(縦割り解消)の重要性と課題
- メンタルヘルスの課題は分野横断的であり、円滑なプログラム運営には各関連機関との連携が強く求められる
こころの健康に関しては1つの機関で完結できるものではなく、連携が重要である。COVID-19以降、オンラインや動画の活用が増えている。こうした中、今までとは異なるこころのケアも進んでいる。関係機関が連携しているところは、プログラムが円滑に進んでいると感じている。メンタルヘルスのプログラムを現場で実施していくうえでも、学校の先生とスクールカウンセラーの連携など、横のつながりが大切である。
- メンタルヘルスの課題をライフコースアプローチで考える際、データの共有も含めた縦割りの解消が必要である
またライフコースアプローチにおいては、データの連携も含めた各部門の協力体制が重要だと考える。例えば、産婦人科と精神科が連携し、助産師が認知行動療法を実施できるプログラムもすでに作成しているが、さらに、健診を行っている小児科に合わせた認知行動療法のプログラムのアプリを開発することで、連携が容易になると考えている。これもデジタルの大きな役割である。
また、データだけで見せるのではなく、サニタでの取り組みように、精神疾患を経験した若い人がメッセージを出すことで、より実感がわくと思う。精神疾患を診断された人だけでなく、全ての人が当事者という意識を持つべきである。
[1] 本会合開催後の2021年12月21日に、「こども家庭庁」に関する基本方針が閣議決定され、2023年に創設されることになりました。本会合開催時点の呼称に則り、旧称「こども庁」と表現しております。
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