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【HGPI 政策コラム】(No.77)―血液疾患プロジェクトより―「がん医療を患者の生活に近づける―日本の血液がん医療への示唆―」

【HGPI 政策コラム】(No.77)―血液疾患プロジェクトより―「がん医療を患者の生活に近づける―日本の血液がん医療への示唆―」

<POINTS>

  • 多くの血液がんが長期にわたる管理を要するようになり、患者は通院に費やす時間と医療費の負担を長く抱えることになる。医療の質を保ちながら、身近な場所で治療を続けられる体制をどう築くかが、新たな課題となっている。
  • アメリカ、イングランド、アイルランドは、専門的な治療の集約化と、身近な地域の医療提供者による継続的なケアとを組み合わせ、がん医療を患者の生活に近づけるモデルを築いてきた。その形はそれぞれ異なるが、いずれも日本にとって有益な示唆を含んでいる。
  • 日本は専門医療機関のネットワークを通じて優れた治療成績を達成してきた。一方、血液内科の医師は病院に大きく偏り、病院勤務医と診療所勤務医の比率は約40対1に達する。地域における血液内科医療と、病院・地域の連携を強化する必要がある。
  • 日本でより持続可能な血液がん医療のモデルを築くには、3つの要素が求められる。専門医療機関と地域の医療提供者の役割分担の明確化、地域での医療提供に対するインセンティブの強化、そして共有型のケアへの移行を支え、評価するための測定可能な全国共通の枠組みである。

はじめに

がん治療技術の進歩により、かつては集中的な治療を要する急性期疾患であった多くの血液がんが、今では長期にわたり管理が必要な慢性疾患として扱われるようになっています。この変化は、良い医療とは何かという問いのあり方も変えつつあります。効果があるだけでなく、多くの場合は生涯にわたって続けられる治療であることが求められるようになっています。治療や通院、服薬が何年にもわたって続くなかで、患者は「時間毒性」と「経済毒性」という2つの負担に直面します。前者は治療や通院に費やす時間が積み重なることによる負担、後者は長期にわたる医療費による経済的な負担を指します。多くの血液がん患者にとって、この2つの負担にどう向き合うかは、疾患そのものへの対応と同じくらい重要な課題です。

この負担は、医療がどこで提供されるかによって大きく左右されます。日本のがん医療体制は、がん診療連携拠点病院をはじめとする専門医療機関を中心に構築されており、優れた治療成績を上げてきました。しかし、優れた急性期医療を支えているこの集約化は、頻繁な外来通院を長期に続ける患者にとって、大きな負担にもなっています。自身の治療に対応できる最も近い医療機関でさえ、自宅から遠く離れている患者も少なくありません。そのため、医療の質を損なうことなく、住み慣れた場所の近くで治療を続けられる体制をどう築くかが、喫緊の課題となっています。

本コラムでは、3つの国・地域がこの課題にどのように取り組んできたかを概観します。あわせて、日本国内で新たに始まりつつある取り組みにも触れながら、今後の政策への示唆を検討します。

日本における課題

日本のがん医療提供体制は、がん診療連携拠点病院のネットワークを中心に構築されており、医療の質と公平性の面で大きな改善をもたらしてきました。しかし血液がんの領域では、この体制が特有の課題も生んでいます。

(1)医師の偏在
その一つが、病院と診療所の間にある血液内科医療の著しい不均衡です。厚生労働省の「令和6(2024)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」によれば、病院勤務医と診療所勤務医の比率は、循環器内科でおよそ5対1、消化器内科でおよそ3対1です。これに対し血液内科ではおよそ40対1に達し、医療提供が病院に集中していることがうかがえます。また、この集中の度合いは地域によっても大きく異なります。人口10万人当たりの病院勤務の血液内科専門医数は、全国平均でおよそ2.3人です。最も多い京都府ではおよそ5.2人、最も少ない青森県ではおよそ1.1人にとどまり、その差はほぼ5倍に及びます。こうした偏りは、構造的な誘因の乏しさによってさらに固定化されています。大学病院にとっては、地域の医療機関へ医師を派遣することが診療報酬の減少につながりかねません。医師自身も、働き方改革のもとで勤務時間の制約が強まっています。その結果、地域で血液内科医療を担う場そのものが限られ、経過観察が安定している患者まで含めて、病院の血液内科医が診続けざるを得ない状況が生じています。

(2)連携パスの未整備
この集中は、関連するもう一つの構造的な課題とも表裏一体です。地域連携クリティカルパスは、専門医療機関と地域の診療所が、初期治療後の経過観察の計画を記した共通の書式を共有する仕組みです。5大がんについては、全国47都道府県で整備が進んでいます。しかし血液がんでは、この仕組みの整備が大きく遅れています。固形がん(血液がん以外の、臓器や組織で塊をつくるがん)の多くは、比較的直線的な経過をたどります。一方、血液がんでは、長期にわたる化学療法、寛解と再発の繰り返し、移植後の長期的な経過観察を伴うことが少なくありません。こうした経過は、直線的な流れを前提に設計されたパスにはなじみにくいものです。神奈川県立がんセンターや大阪国際がんセンターなど、一部の医療機関では先駆的な連携モデルづくりが進んでいます。しかし、全国で標準化された枠組みはいまだ整っていません。地域に受け入れの余地がある場合でも、標準化された紹介基準や診療情報を共有する仕組みがないことが、医療機関の間の連携を妨げています。

この現状の影響は、患者の日常の中に具体的な形で現れています。例えば、日本医療政策機構の血液疾患領域における政策提言では、定期的な輸血が必要な高齢の骨髄異形成症候群(MDS: Myelodysplastic Syndrome)の患者が、毎週自ら車を運転して遠方の病院に通っているという報告が紹介されています。また、慢性骨髄性白血病(CML: Chronic Myeloid Leukemia)の患者の中には、長期にわたる治療のなかで、新幹線で県境を越えて専門医療機関に通っている例も報告されています。

(3)需要の増加
これらの構造的な課題は、今後見込まれる人口動態の変化により、いっそう重要性を増していきます。高齢化の進行に伴い、日本の血液がんの新規罹患数は2040年に向けて大きく増加すると見込まれています。2050年にかけての有病率の伸びも、がん全体の伸びを上回ると予測されています。その一方で、生産年齢人口は減少を続けています。高齢の患者に通院のたびに長距離の移動を求め、増え続ける医療需要のすべてを専門医療機関に委ねる体制は、こうした状況のもとで維持することが難しくなります。

世界の動向:がん医療を患者の生活に近づける3つのモデル

こうした課題は、日本に限られたものではありません。他国の医療制度も、同様の課題への対応を迫られてきました。次節では、アメリカ、イングランド、アイルランドの3つの国・地域が、これらの課題にどのように取り組んできたかを見ていきます。

  1. アメリカ:コミュニティ・オンコロジー(Community Oncology)
    アメリカでは、コミュニティ・オンコロジー・アライアンス(Community Oncology Alliance)が、患者の生活の場に近いところでがん医療を提供するモデルを推進してきました。遠方の大学病院等に集約するのではなく、地域で日常的な医療を完結させるという考え方です。同団体によれば、アメリカでがんの治療を受ける人の多くが、全米約950か所のコミュニティ・オンコロジーの医療機関で、5,000人以上のコミュニティ・オンコロジスト(Community Oncologist)による治療を受けています。同団体は、このモデルの利点として、患者と医療チームの間に築かれる信頼関係と、生活や仕事の場の近くで受診できる利便性を挙げています。臨床面では、近年アメリカで承認された新規抗がん剤の多くが、コミュニティ・オンコロジーの医療機関で実施された後期の臨床試験を経て開発されてきました。費用面でも、同じ治療を病院で受ける場合と比べ、地域の医療機関で受ける方が一般に低く抑えられるとされています。ただし、造血幹細胞移植のような高度で複雑な治療や、早期段階の臨床試験は、依然として大学病院等に集約されています。コミュニティ・オンコロジストはこれらへの紹介を調整し、その後の継続的な治療を再び引き受けるという役割分担が一般的です。

  2. イングランド:がんアライアンス(Cancer Alliances)による地域単位の連携
    イングランドでは、がん医療が20の地域がんアライアンス(Cancer Alliances)を単位として組織されています。これは、かつてのがんネットワーク(Cancer Networks)を引き継ぐ形で設けられ、定められた地域の中でがん医療の流れを調整する役割を担います。各がんアライアンスは、専門医療機関、病院トラスト、プライマリケアの提供者をまとめ、協働して治療の計画・提供にあたります。このモデルの下では、複雑な診断や多職種による集学的治療は専門医療機関に集約されます。一方、2026年に公表された「イングランド国家がん計画」(National Cancer Plan for England)は、化学療法や日常的な経過観察について、今後10年をかけて地域の病院や生活の場に近い現場へ段階的に移していく方針を示しています。2035年までには、外来がん医療の大部分が病院の外で行われるようになることが見込まれています。制度全体としての説明責任は、迅速診断基準(Faster Diagnosis Standard)が担っています。これは、紹介を受けてから定められた日数以内に、がんの診断または除外診断を行うよう求める基準です。各がんアライアンスは自らの実績を報告する義務を負い、求められる達成水準は年々引き上げられています。

  3. アイルランド:ハブ&スポークス型のモデル
    アイルランドは、専門的な治療と日常的なケアを分担するという考え方を、イングランドよりもさらに進め、国の政策に明確に組み込んでいます。2007年に設立された国家的がん対策プログラム(NCCP: National Cancer Control Programme)のもとで、同国のがん医療体制は大きく再編されました。専門人材と症例を集約する拠点病院(ハブ)8施設と小児専用のハブ1施設、そして全身抗がん薬治療を行うことが認められた約26の連携病院等(スポークス)からなるネットワークです。ハブとなる病院は、受け持つ人口の規模に基づいて指定されました。どの医療をハブに集約するかは、症例数に関する臨床的なエビデンスに基づいて判断されました。実際の移管は、受け入れ側となるスポークスが体制を整えたことを確認しながら、段階的に進められました。初診時の診断、外科手術、専門的な血液がん医療の多くはハブに集約される一方、化学療法や継続的なケアは、患者の生活の場に近いスポークスで提供されます。この体制は、集約化によって得られる医療の質を保ちながら、日常的なケアに伴う通院の負担を軽くすることを狙ったものです。

3つの国・地域の具体的な仕組みはそれぞれ異なりますが、共通する考え方があります。高度に専門的な治療は、集約することの臨床的な意義が最も大きい場所に集中させる。日常的・継続的なケアは、可能な限り患者の生活に近いところで提供する。この2つを組み合わせるという考え方です。

日本への示唆

3つのモデルは、日本にとっての方向性を示しています。拠点となる医療機関が高度に専門的な治療を担い、継続的なケアは患者の生活に近い場で提供するという組み合わせです。実現に向けて特に重要となる要素が、3つあります。

  1. 臨床上の役割分担の明確化
    アイルランドのハブ&スポークス型モデルは、この役割分担をどのように具体化するかを示す明確な例です。受け持つ人口の規模と症例数のエビデンスに基づき、高度な診断、寛解導入療法、造血幹細胞移植、CAR-T細胞療法といった治療を担うハブを定めます。あわせて、維持療法、経過観察、支持療法を担うことができる地域の医療提供者を、スポークスとして位置づけます。日本でこれを実現するには、役割分担を臨床の現場だけでなく政策にも反映させることが必要です。具体的には、指定基準、実績の評価基準、そして専門医療機関と地域の医療提供者の役割の違いを踏まえた診療報酬を通じて、制度に組み込んでいくことが求められます。

    日本においても、すでにこの方向への取り組みが始まっています。2026年4月に始まったHEMA-Bridgeは、学会・県医師会・製薬企業による共同事業で、経過観察期にある患者に焦点を当てた取り組みです。同事業では、地域の医師が継続的なケアを提供できるよう、連携ケアの枠組み、フォローアップガイド、疾患別のモニタリングプロトコル、再発の兆候に関するチェックリストなどの整備が進められています。連携によるケアを支える実務的な基盤は、こうした形で整えられることを示す例です。ただし、ハブ&スポークス型の指定基準や、経過観察を担う地域の医師への診療報酬は含まれておらず、同事業も現時点で2県での試行にとどまっています。このギャップを埋めるには、HEMA-Bridgeや神奈川県立がんセンター、大阪国際がんセンターの取り組みだけでは十分ではありません。アイルランドが全国規模で整備してきたような、人口に基づく標準化された指定の仕組みを、日本でも構築していくことが必要です。

  2. 地域における医療提供体制への投資
    アメリカでコミュニティ・オンコロジーが現実的な選択肢となっているのは、その人材の規模(全米約950か所の医療機関に所属する5,000人以上の医師)に支えられているためです。これに対し日本では、地域の血液内科医の数が少なく、地域による偏りも大きいのが現状です。日本で同様の人材基盤を築くことは容易ではありません。その一因は、診療報酬上の誘因が乏しいことにあります。この点への対応は、人材の育成そのものと同じくらい重要です。大学病院が地域の医療機関へ医師を派遣することが不利益とならないよう、診療報酬を見直すことが考えられます。あわせて地域の血液内科の人材基盤を広く強化していくことが、アメリカと同様に、地域に根差した血液がん医療を全国どこでも受けられる体制につながります。

  3. 情報共有と紹介基準の標準化
    政策が医療機関の間の連携をどう支えるかについて、最も明確な例を示しているのはイングランドです。迅速診断基準は、測定可能な単一の目標と、地域ごとの報告の義務づけを組み合わせた仕組みです。連携が進むことを漠然と期待するのではなく、独立した医療機関の間に、改善へ向けた継続的な動機づけを生み出しています。

    同様のアプローチは、日本における地域に根差した血液がん医療にも応用できる可能性があります。例えば、安定した状態にある患者のうち、定められた期間内に地域での経過観察へと移行した患者の割合について目標値を設定し、都道府県や地域ごとの実績を公表するといった形が考えられます。この仕組みを機能させるには、標準化された紹介基準、共通の治療プロトコル、そして医療機関の間で相互に連携できる診療情報システムが必要です。いずれも現時点では、全国的な水準で整備されているとはいえません。

おわりに

日本における血液がんの治療成績は、すでに世界でも高い水準にあります。3つのモデルは、さらに強化すべき領域を浮き彫りにしています。地域に根差したケアを適切に支える診療報酬、人口や医療提供体制の実情に基づく明確な指定基準、そして地域での経過観察への移行状況を測定可能な指標で把握する仕組みです。HEMA-Bridgeをはじめとする近年の取り組みは、日本がすでにこの方向に向けて動き始めていることを示していますが、これらはあくまで重要な第一歩であり、包括的な解決策そのものではありません。この課題に対応していくためには、産官学民のマルチステークホルダーによる継続的な協働が求められます。当機構は、今後も血液疾患プロジェクトを通じて、患者を中心に据えたより持続可能な血液がん医療モデルの構築に向けた政策対話を推進し、この議論に貢献していきます。

 

【参考文献】

 

【執筆者のご紹介】

ヒーリングス セリナ(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
渡部 大地(日本医療政策機構 マネージャー)

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