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【HGPI 政策コラム】(No.76)–プラネタリーヘルスプロジェクトより–「第19回:暑熱と健康:気候変動がもたらす健康リスクと社会の備え」

【HGPI 政策コラム】(No.76)–プラネタリーヘルスプロジェクトより–「第19回:暑熱と健康:気候変動がもたらす健康リスクと社会の備え」

<POINTS>

  • 気候変動の進行に伴い、世界各地で熱波や猛暑の発生頻度が増加している。暑熱は熱中症だけでなく、循環器疾患や呼吸器疾患の悪化など様々な健康影響をもたらす公衆衛生上の重要課題となっている。
  • WHOやWMOを中心に、暑熱健康行動計画(HHAP)などの包括的な暑熱対策が推進されている。各国では、早期警戒システムや脆弱層保護を組み合わせた分野横断的な取り組みが進められている。
  • 日本では熱中症警戒アラートの運用や法制度整備が進展している一方で、包括的な暑熱対策や脆弱層支援、地域特性を踏まえた対策の強化が求められている。
  • 暑熱問題は健康だけでなく、気候変動、エネルギー利用、住宅環境、健康格差などとも密接に関連している。プラネタリーヘルスの視点から、多分野が連携した持続可能な対策を進めることが重要である。


はじめに

近年、日本では記録的猛暑が頻発し、熱中症による救急搬送者数が増加しています。暑さは一時的な異常気象にとどまらず、人々の健康や生活に大きな影響を及ぼす公衆衛生上の課題となっています。

こうした傾向は、日本に限ったものではありません。世界気象機関(WMO: World Meteorological Organization)は、今後数年間も世界の平均気温が記録的な高水準で推移し、熱波を含む極端な高温現象の発生リスクが高まると報告しています。気候変動に伴い、暑さによる健康影響への関心は世界的に高まっています。

こうした中で注目されているのが「暑熱(Heat)」です。暑熱とは高温環境への曝露によって身体に負担がかかった状態を指し、熱中症だけではなく、循環器疾患や呼吸器疾患の悪化、精神疾患、労働生産性の低下など、さまざまな健康障害をもたらすことがわかっています。加えて、暑熱は欠勤(アブセンティーズム)だけでなく、集中力や作業効率の低下による在職中の生産性低下(プレゼンティーズム)にも影響することが報告されています。国際労働機関(ILO: International Labour Organization)は、気候変動に伴う暑熱が労働者の健康や安全、労働生産性に深刻な影響を及ぼす重要な労働衛生上の課題であると報告しています。

また、人口高齢化と非感染性疾患(NCDs: Non Communicable Diseases)の蔓延により、人々は熱による悪影響を受けやすくなっています。さらに、高齢者や基礎疾患のある人だけでなく、電気料金への不安から冷房の使用を控える人や、断熱性能が十分でない住宅で暮らす人、そして屋外や高温環境での業務に従事する労働者も、暑さの影響を強く受けやすいと考えられています。こうしたことから、暑熱は単なる気象現象ではなく、住環境や経済状況などの社会的要因とも深く関わる健康課題といえます。

暑熱に対する国際的な取り組み

国際的には、気候変動が健康に及ぼす多様なリスク全般に対応するための保健分野の適応戦略として、世界保健機関(WHO: World Health Organization)が提唱する国家保健適応計画(HNAP: Health National Adaptation Plan)の策定が推進されています。HNAPは、感染症の拡大や水・食料安全保障の変化など、気候変動に伴う幅広い健康リスクに対し、ヘルスセクターが横断的に取り組むための中長期的な国家戦略です。実際の政策としては、保健分野に特化した独立したHNAPを策定している国もあれば、全分野横断型の国家適応計画(NAP: National Adaptation Plan)の中に保健分野の適応策を統合している国もあり、その形式は国によって異なります。本コラムでは、こうした各国の実態計画を、便宜的に「国家保健適応計画(HNAP相当)」として整理します。この中でも特に対応が急がれている暑熱リスクへの具体的な実施計画として、暑熱健康行動計画(HHAP: Heat-Health Action Plan)の策定や、早期警戒システムの整備が各国で進められています。2008年にWHO欧州地域事務局は、暑熱による健康被害を予防するための包括的な行動計画であるHHAPの基本的な考え方を示しました。HNAPにおいても、暑熱は主要な気候関連健康リスクの一つとして位置づけられており、HHAPはその暑熱リスクに対する代表的な適応策として活用されています。現在では、各国や地域の気候変動適応政策や保健政策と連携しながら、HHAPの策定や導入が進められています。

2015年にはWHOとWMOが共同で「熱波と健康:警告システムの開発に関するガイダンス(Heatwaves and health: Guidance on warning-system development)」を公表し、熱波の早期警戒システム開発に関する具体的な指針が示されました。2016年には、WHO、WMO、およびアメリカ海洋大気庁(NOAA: National Oceanic and Atmospheric Administration)が共同で、世界暑熱健康情報ネットワーク(GHHIN: Global Heat Health Information Network)を設立し、各国への技術支援や情報共有を推進しています。このネットワークは現在もWHO・WMO主導で活発に活動しており、地域ハブ(東南アジア、南アジアなど)の設立や各種ツールの提供を通じて、科学と政策の橋渡しを強化しています。さらに、2026年にはWHO欧州地域事務局がHHAPガイダンス第2版を公表し、効果的な暑熱対策を実施するための8つのコア要素を提示しました。具体的には、1.ガバナンス(governance)、2.暑熱健康警報システム(heat-health warning system)、3.リスクが高い集団(populations at increased risk)、4.コミュニケーション(communication)、5.保健医療システムのレジリエンス(health system resilience)、6.暑熱曝露の低減(reducing heat exposure)、7.暑熱健康サーベイランス(heat–health surveillance)、8.モニタリング・評価・学習(monitoring, evaluation and learning)から構成されており、これらを活用することで暑熱対策を計画・実施・継続的に改善するための実践的な枠組みとして位置づけられています。

こうした国際的な枠組みを踏まえて、世界各国でもそれぞれの実情に応じた取り組みが行われています。例えばイギリスでは、英国健康安全保障庁(UKHSA: UK Health Security Agency)が「天候・健康警報システム(Weather-Health Alerting System)」を運用しています。このシステムでは、健康への影響が予測される高温やその他の異常気象に対して警報が発表されます。また、医療機関や介護施設、自治体などの関係機関が適切な対応を取れるよう、警報レベルごとの行動指針も整備されています。こうした仕組みにより、気象情報を健康保護のための具体的な行動へと結びつける取り組みが進められています。

フランスでは、2003年の欧州熱波により多数の超過死亡が発生したことを契機として、熱波による健康被害への対策が強化されました。現在では「国家熱波計画(Plan National Canicule)」が毎年更新され、熱波発生時の警戒体制や、高齢者・慢性疾患患者などの脆弱な人々を保護するための対応が定められています。また、熱波への適応を強化するため、都市環境の改善や住宅の性能向上なども気候変動適応策の一環として進められています。

また、インドでは、近年の深刻な熱波被害を背景として、暑熱対策が進められています。インド保健家族福祉省は「熱関連疾患対策国家行動計画(National Action Plan on Heat-Related Illness)」を策定し、熱関連疾患の予防、早期発見、対応体制の強化を推進しています。また、アーメダバード市では熱波対策行動計画(Heat Action Plan)が導入され、気象予測を活用した早期警報システム、住民への啓発活動、医療従事者への研修、関係機関の連携強化などが実施されています。これらの取り組みに共通するのは、単に警報を発出するのではなく、警報に基づく具体的な行動へと結びつける仕組みづくりを構築している点です。

こうした各国の取り組みを踏まえ、G7各国における、前述の国家保健適応計画(HNAP相当)および暑熱健康行動計画(HHAP相当)の整備状況を整理すると、以下のようになります(表1)。国によって計画の名称や位置づけは異なりますが、いずれも保健分野の適応戦略における暑熱対策の具体的な実施計画の例と位置づけられています。

 

表1.G7各国における国家保健適応計画(HNAP相当)と暑熱健康行動計画(HHAP相当)

国家保健適応計画
(HNAP相当)

暑熱健康行動計画
(HHAP相当)

日本

気候変動適応計画

熱中症対策実行計画

アメリカ

HHS気候変動適応計画(HHS Climate Adaptation Plan)

国家暑熱戦略(National Heat Strategy/国立統合暑熱健康情報システムNIHHIS主導)

イギリス

国家適応計画(National Adaptation Programme)

悪天候・健康計画(Adverse Weather and Health Plan/UKHSAが運用)

フランス

気候変動国家適応計画(PNACC: Plan National d’Adaptation au Changement Climatique)

国家熱波計画(Plan National Canicule)

ドイツ

ドイツ気候変動適応戦略(DAS: Deutsche Anpassungsstrategie an den Klimawandel)

健康のための暑熱保護計画(Hitzeschutzplan für Gesundheit)

イタリア

気候変動国家適応計画(PNACC: Piano Nazionale di Adattamento ai Cambiamenti Climatici)

高温の健康影響予防のための国家計画 (Piano operativo nazionale per la prevenzione degli effetti del caldo sulla salute)

カナダ

国家適応戦略(National Adaptation Strategy)/変わりゆく気候の中のカナダ人の健康(Health of Canadians in a Changing Climate)

暑熱警戒・対応システム(Heat Alert and Response Systems: HARS)※連邦統一計画はなく州・自治体主導

(注)「HNAP相当」とは、正式な独立型HNAPに限定せず、各国において保健分野の気候変動適応を担う国家レベルの計画・政策を便宜的に整理したものです。各国には、保健分野に特化した計画を策定している場合と、全分野横断型の国家適応計画(NAP)の中に保健分野を統合している場合があります。

(注)連邦制国家であるカナダ・ドイツでは、国レベルの統一的なHHAPではなく、州・自治体レベルでの計画整備が中心となっている点に留意が必要です。また、各国の計画名称は近年改定・改称が行われている場合があります。

 

日本国内における取り組み

日本においても気候変動の影響により、猛暑日や熱中症による救急搬送者数が増加しており、暑熱対策は重要な公衆衛生課題となっています。総務省消防庁によると、2025年5月から9月までの全国の熱中症による救急搬送人員は100,510人で、2008年の調査開始以降最多となりました。2021年に「熱中症対策行動計画」が策定され、熱中症による死亡者数を年1,000人以下に抑え、顕著な減少傾向に転じさせることを目標として掲げました。あわせて、環境省と気象庁による熱中症警戒アラートの全国運用が同年4月より開始され、危険な暑さが予測される場合に暑さへの「気づき」を促し、熱中症への警戒を呼びかける仕組みが整備されました。2023年には気候変動適応法が改正され、従来の適応策に加えて、深刻化する熱中症への対応が大幅に強化されました。2024年からは熱中症特別警戒アラートの運用も開始されています。また、暑熱による健康影響は日常生活だけでなく職場にも及ぶことから、2025年6月には労働安全衛生規則が改正され、熱中症のおそれがある作業において、事業者に対して報告体制の整備や重症化防止のための対応手順の策定などが義務付けられました。さらに、気象庁は2026年4月に、最高気温が40度以上の日を「酷暑日」と定義しました。

こうした行政による取り組みと並行して、企業や研究機関による連携も進められています。2026年に国立環境研究所・環境再生保全機構を中心に、企業、行政、研究機関などが参画する「熱中症対策産官学連携コンソーシアム」が設立されました。同コンソーシアムでは、熱中症対策に関する技術や知見の共有を進めるとともに、多様な主体が連携して対策の社会実装を推進することを目指しています。

このように、日本では近年、法制度の整備や警報システムの運用など、暑熱対策の強化が進められている一方で、課題も残されています。特に、高齢化が進む日本では、高齢者の熱中症対策が重要な課題となっています。高齢者は暑さを感じにくくなることや、体温調節機能が低下することから、熱中症のリスクが高いとされています。また、社会的に孤立した人々は暑熱による健康影響を受けやすいことが指摘されており、支援体制の充実も重要です。そのため、個人への注意喚起だけでなく、地域コミュニティや福祉サービスと連携した取り組みが求められています。日本において、熱中症対策行動計画(現・熱中症対策実行計画)は、国際的に推進されているHHAPに相当する国内の暑熱対策計画と位置づけることができます。しかし、両者には対象範囲や体制において次のような違いが見受けられます。第一に、日本の計画は熱中症による死亡者数や救急搬送者数の削減を主要な目標として設定しており、暑さ指数(WBGT)に基づく警戒アラートの発出やクーリングシェルターの指定など、急性期の被害防止が中心となっています。一方、WHOが示すHHAPは、熱中症だけでなく循環器疾患・呼吸器疾患の悪化や精神健康への影響、労働生産性の低下なども対象とし、前述したガバナンス、警報システム、脆弱層への支援、コミュニケーション、保健医療システムのレジリエンス、暑熱曝露の低減(都市計画・住宅性能向上等)、サーベイランス、モニタリング・評価・学習という8つのコア要素を包括的に組み込む枠組みとして設計されています。第二に、日本の計画は個人への注意喚起や事業者による管理措置が中心であり、都市計画・住宅政策・エネルギー政策との連携や、脆弱層への個別的なアウトリーチといった要素は、HHAPが求める水準に比べて発展途上にあります。第三に、暑熱による健康影響全般を継続的に把握するサーベイランス体制や、対策の効果を評価・改善するモニタリング・評価の仕組みも、今後さらに強化していくことが期待されます。国際的に推進されているHHAPと比較すると、日本では気象、保健、福祉、都市計画などを横断する包括的な暑熱対策のさらなる充実が期待されます。さらに、エアコン保有率は高いものの、電気料金の上昇や節約意識によって冷房利用を控える「エネルギー貧困」の問題も指摘されています。今後は、警報システムの整備だけでなく、脆弱層への支援や住環境改善を含めた包括的な暑熱対策が求められます。また、地域ごとの気候や人口構成の違いを踏まえた、きめ細かな対策の推進も重要であると考えられます。

むすび

気候変動の進行に伴い、暑熱による健康リスクは今後さらに高まることが予想されています。しかし、暑熱問題は熱中症だけではなく、死亡リスクの増加や慢性疾患の悪化、精神健康への影響、住環境やエネルギー貧困、労働生産性の低下など、健康・社会・経済に幅広い影響を及ぼします。プラネタリーヘルスは、人の健康と地球環境の健康を相互に関連するものとして捉える考え方です。暑熱問題は、気候変動が人々の健康にどのような影響を及ぼすのかを示す例であり、こうした課題に対応するためには、環境・福祉・都市計画・エネルギー政策など多分野が連携し、暑熱による健康影響を包括的に捉えた対策を進めることが重要です。WHOが提唱するHHAPに示されるような、予防から備え、対応、評価までを多分野が連携して包括的に進める仕組みを構築することが求められます。また、こうしたHHAPを、より広い保健分野の気候変動適応計画であるHNAPの中に明確に位置づけ、暑熱以外の気候関連健康リスクへの対応とも整合させていくことも必要です。あわせて、健康を守るための適応策を着実に進めるとともに、気候変動の進行そのものを抑える緩和策も統合的に推進していくことが、持続可能な社会の実現に向けて重要です。

 

【参考】

 

【執筆者のご紹介】

嶋津 智香(日本医療政策機構 インターン)
小澤 愛奈(日本医療政策機構 インターン)
美平 真声(日本医療政策機構 インターン)
コ ゲール(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
菅原 丈二(日本医療政策機構 副事務局長)

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