【開催報告】HGPIセミナー特別編「血液とともに生きる社会をつくる ─在宅医療×当事者研究の現場から問う、血液疾患政策の未来」(2026年6月12日)
今回のHGPIセミナー特別編は、世界献血者デー(6月14日)にあわせて開催された特別編として、血液疾患政策を異なる立場から語る2名の登壇者をお迎えしました。一人目は、トータス往診クリニック院長/NPO法人血液在宅ねっと理事長の大橋晃太氏です。自身も血液がんの闘病経験を持つ大橋氏は、在宅輸血・在宅血液診療の第一線に立ち、病院から地域・在宅への移行を支えてきました。二人目は、東京大学医科学研究所公共政策研究分野特任研究員の河田純一氏です。20代で慢性骨髄性白血病(CML: Chronic Myeloid Leukemia)の診断を受け、長期服薬・社会復帰の当事者経験を持つ河田氏は、患者市民参画(PPI: Patient and Public Involvement)の研究を推進するとともに、慢性骨髄性白血病患者・家族の会「いずみの会」副代表として患者コミュニティの活動を牽引し、厚生労働省がん対策推進協議会委員として国の政策形成にも直接携わっています。
治療の進歩により、血液疾患は急性期に集中的な治療を要する疾患から、長期的に管理が必要な慢性疾患へと変化しつつあります。こうした変化を背景に、医療の課題は「治す医療」から「ともに生きる医療」へと移行しています。日本医療政策機構(Health and Global Policy Institute: HGPI)の血液疾患プロジェクトでは、この転換を実現するための4つの柱・10の提言を示した政策提言「血液疾患領域における政策提言―患者・当事者中心の医療エコシステムの構築に向けて―」を2026年4月に公表しました。本政策提言を踏まえ、議論をさらに深めるべく、本セミナーでは、在宅医療の現場から見える地域連携の未来と、患者研究者として政策に向き合う当事者の視点を交差させながら、「血液とともに生きる社会」の実現に向けた道筋について、大橋氏、河田氏それぞれのお立場からご発信いただきました。
<POINTS>
- 治療の進歩により血液疾患が長期管理を要する疾患へと変化するなかで、「時間毒性」と「経済毒性」が患者にとって大きな課題となっている。在宅医療の拡充は、患者が病院の外で自分らしく過ごせる時間を支えるために不可欠である。
- 2017年の学会ガイドラインの公表により在宅輸血は公式に位置づけられたものの、設備・人員要件のハードルは高く、採算が取りにくい地域では実施が広がりにくい。在宅で専門的な医療を支えるには、地域血液内科医のキャリアパスの確立と病診連携の強化が求められている。
- 患者・市民の視点を研究・政策に反映させるPPIは、がん領域を先行例のひとつとして日本の医療政策に組み込まれつつある。一方、CMLの患者調査では治療指標や治療目標に対する相互理解に課題があり、共有意思決定(SDM: Shared Decision Making)を実践するための基盤整備が追いついていない。
- 多くの血液疾患患者にとって経済的負担は治療継続にかかわる困難であり、CMLでは処方日数の地域格差により、同一の治療を受けていても居住地によって年間自己負担額に大きな差が生じている。高額療養費制度をめぐる患者団体の活動は、こうした課題に対して、PPIに加えて従来型の市民活動も引き続き重要であることを示している。
■大橋晃太氏「血液疾患と「ともに生きる」を支える―在宅医療・地域連携の現場から」
「治す医療」から「ともに生きる医療」へ:血液疾患診療の変革
血液がんの患者数は高齢化に伴って相対的に増加傾向にある一方、予後は過去半世紀にわたって劇的に改善している。CMLでは2001年の分子標的薬の承認以降10年生存率が30%以下から90%以上へと大きく向上し、急性骨髄性白血病(AML: Acute Myeloid Leukemia)でも造血幹細胞移植技術や維持療法の進歩により生存率が向上している。また、高齢者や併存疾患を有する患者にも治療の選択肢が広がったことも、重要な変化である。
血液疾患に対する治療は、新たな治療法の普及により、一定コースで終了する従来の「固定期間治療」から、疾患の進行そのものをコントロールする「継続治療/Until PD」へと変化してきた。これにより、治療・通院に費やされる時間が負担となる「時間毒性」と、長期にわたる医療費の経済的負担である「経済毒性」という新たな課題が生じている。そのため、血液疾患患者本人だけでなく、治療に携わる医療者にとっても、疾患そのものだけでなく、このような負担と向き合うことが重要である。
血液疾患患者にとって「輸血」と在宅輸血の実現
血液疾患の患者にとって、輸血は治療の柱である。血液在宅ねっとで実施した患者調査において、患者が在宅医療に望むものとして、「輸血」と答えた人は半数以上おり、輸血は患者にとって日常生活の一部となっていることが示されている。病院側からも、輸血を実施できる近隣医療機関の不在が、患者を在宅に戻す際の最大の障壁として長年指摘されており、輸血が、血液疾患患者にとってどれほど重要なものかがよくわかる。
2017年に日本輸血・細胞治療学会が公表した「在宅赤血球輸血ガイド」は、日本における在宅輸血を公式に認める重要な一歩であった。輸血の保管、実施中後の副反応の観察や対応などその要件は厳しく、初期投資の回収には約50~60回の輸血が必要という試算もあり、その導入ハードルは高い。人口密度の低い地域では採算がとれず、地域格差に繋がる懸念もある。しかし、血液在宅ねっとでは、このハードルを下げるために機材の貸出事業を実施している。これにより、沖縄県の10歳の男の子が、輸血経験のなかった在宅診療クリニックに機材やノウハウを共有することで、在宅輸血を実施できるようになった事例もある。
在宅でも専門的治療を可能とすべく、地域における血液内科医療の基盤整備
日本の血液内科の最も顕著な構造的特徴は、血液内科医が病院に集中していることである。血液内科医は、そもそもの母数が少なく、他領域に比べて地域で活動できる血液内科医が圧倒的に少ない。これにより、病態としては地域で安全に管理可能な患者でさえ、病院の血液内科医が診なければならない状況に陥っている。
この課題解決に向けて、1. 血液内科を目指す若い医師を増やすこと、2. 地域に実在するものの、地域血液内科医(Community Hematologist)として認識・活用されていない血液内科医を発掘すること、3. 病院血液内科医が地域クリニックで定期的に外勤として関わることの3つが提示された。地域血液内科医のキャリアパスはまだ確立されておらず、その確立が分野全体の中心的な課題となっている。
■河田純一氏「血液疾患と「ともに生きる」を変える―患者・市民と「ともにつくる」医療と政策」
PPIと日本のがん政策
PPIは、2000年代以降医療の分野で広がってきた、患者・市民が医学研究や政策決定のパートナーとして参画することを指す。エンパワーメントや仲間内での知識共有を主な目的とする当事者研究とは異なり、研究者や政策立案者と協働しながら研究・政策のプロセス自体に患者の視点を直接反映させ、その質と有用性の向上を目指すものである。日本ではPPIに対する統一的な定義はまだ確立されていないが、日本医療研究開発機構(AMED: Japan Agency for Medical Research and Development)が2019年にPPIガイドブック(現在改訂中)を公表し、研究助成機関においても、研究計画の段階からPPIを組み込むことが求められるようになっている。
日本のがん領域においては、2007年のがん対策基本法の施行を転換期に、他領域に先んじてPPIが導入された。がん対策推進協議会への患者・家族・遺族の参画が義務付けられ、PPIという言葉が広く使われる以前から、その理念が政策に取り込まれることとなった。現行の第4期基本計画(2023年)ではPPIの推進が基盤領域に位置づけられている。政府・医療提供側が主導する体制から患者・市民の視点が政策形成に組み込まれる体制へと、日本の医療政策の中で着実に進展している。
CMLのSDM:患者調査が明らかにした課題
SDMは、患者と医療者が「情報」と「価値観」を持ち寄り、納得できる選択を一緒につくる考え方であり、治療方針を決定するために重要なプロセスとなる。このSDMは、CMLで非常に重要になってきている。CMLは、希少がんの一種であり、2001年以降の分子標的薬の承認により10年生存率が90%以上となり、健康な人と同等に生命を全うできる病気となった。しかし、生涯にわたる服薬が前提であり、治療目標が治癒ではなく寛解の維持であり、副作用や薬剤耐性等に応じて薬剤を変更しながら治療を続ける。そのため、治療の選択肢が複雑化するにつれ、治療と生活のバランスなど、SDMの重要性が高まっている病気といえる。
一方、「いずみの会」で実施したCML患者SDM調査では、CML診療で最も頻繁に使われる指標であるIS値についてすら、理解している患者は約54%にとどまっている結果が示された。また、17.7%の患者は治療目標について主治医と一度も話し合ったことがないという結果もあった。SDMの前提として、お互いが話し合うために必要な知識や情報が事前に共有されていることが望ましい。その前提を基にすると、CMLではSDMが重要であるにも関わらず、その基盤整備が不十分であり、本当にSDMが実践できているのか、今後も動向を注視する必要がある。
CML患者が直面する課題とその解決に向けた「いずみの会」の活動
CMLをはじめとする多くの血液疾患患者にとって、経済的負担は治療継続に大きく影響する。「いずみの会」の調査では、15%のCML患者が経済的理由による休薬を検討したことがわかっており、一部の患者は医師に告げずに休薬している実態もある。政策として、高額療養費制度の自己負担上限額の引き上げ議論のように、治療継続にかかる費用が増加すれば、このような治療中断が進むおそれがある。
また、CMLに関して見えにくいが深刻な問題として、地域格差がある。高額療養費の月額上限を超える回数を最小限にするためには3ヶ月分の処方が理想だが、都道府県・医療機関によっては1〜2ヶ月分しか処方できないところもあり、同一治療を受けていても住んでいる地域によって、年間自己負担額に2〜3倍の差が生じている。さらに、血液疾患患者全体では、世界保健機関(WHO: World Health Organization)が定義する「破滅的医療支出」(世帯の支払能力の約40%以上を医療費が占める状態)に既に陥っている患者は少なくなく、他疾患と比較して際立って高い水準である。
こうした状況が背景となり、「いずみの会」は全国がん患者団体連合会および日本難病・疾病団体協議会(JPA: Japan Patients Association)等と連携して、高額療養費制度の自己負担上限額引き上げに反対する緊急署名活動・大臣面談などの活動を展開した。引き上げは最終的に決定されたが、この運動は、請願・ロビイング・直接訴求といった従来型の市民活動がPPIとともに不可欠なものであることを示した。
■対話セッション・質疑応答
講演後の対話セッションでは、講演内容を踏まえたさまざまなテーマが議論された。PPIについては、誰もが医療について深い知識を得られるわけではないという現実にどう向き合うかが問われるとの指摘があった。SDMは関与の度合いにかかわらずすべての患者に共通する基本的な目標である一方、PPIはその先の段階として、患者が自身の状況を超えた視点を持てるようになったときに発展していくものである。PPIの幅は、薬剤の剤形に関する好みの表明から政策への関与まで幅広く、あらゆるレベルの参画に対応できる仕組みの構築が今後の課題とされた。
患者調査から明らかになったSDMの課題については、医師・患者いずれも治療目標を暗黙の前提としたまま、互いに何を目標としているかを話し合えていない点が指摘された。あわせて、患者とともに情報提供のチャンネルや資材を整備していくことの重要性も強調された。また、患者の日常生活に身近な地域の看護師等が、外来の限られた時間では難しい価値観や優先事項についての対話を担えるとの意見も出た。病院と地域の連携は、専門性をすべての地域クリニックに置くことではなく、地域の医療従事者が必要に応じて血液内科医に相談できる横断的なネットワークを築くことが目標であるという点で、両登壇者の認識が一致した。
治療環境の変化に伴い、血液政策における患者の声のあり方がどう変わるべきか、という事前質問も寄せられた。病院を前提とした安全基準を在宅医療にそのまま適用した結果、患者が十分な恩恵を受けられなくなるのであれば、制度のあり方そのものを見直し、患者がより良く生きられることを最優先に据えるべきであるとの考えが示された。また、経済的負担は血液疾患の臨床的現実と切り離せないものであり、自己負担のあり方をめぐる意思決定には、疾患とともに生きる人々の声を形式的にではなく、その日常の現実を反映するかたちで取り込む必要があるとの意見も述べられた。
【開催概要】
- 登壇者:
大橋 晃太 氏(トータス往診クリニック 院長/NPO法人血液在宅ねっと 理事長)
河田 純一 氏(東京大学医科学研究所 公共政策研究分野 特任研究員) - 日時:2026年6月12日(金)18:30-20:00
- 形式:オンライン(Zoomウェビナー)
- 言語:日本語
- 参加費:無料
- 定員:500名
■登壇者プロフィール
大橋 晃太(トータス往診クリニック 院長/NPO法人血液在宅ねっと 理事長)
東京大学工学部在籍中の白血病闘病後に東京科学大学医学部に学士編入学。以後、国立病院機構 東京医療センター、国立がん研究センター東病院等で勤務、2016年トータス往診クリニックを開業。血液疾患の地域連携/在宅医療に専心。日本血液学会血液専門医、日本緩和医療学会緩和医療専門医・指導医、日本在宅医療連合学会在宅医療専門医・指導医。NPO血液在宅ねっと理事長。東京科学大学臨床教授、聖マリアンナ医科大学客員教授。日本血液学会在宅医療WG委員。
河田 純一(東京大学医科学研究所 公共政策研究分野 特任研究員)
東京大学医科学研究所公共政策研究分野特任研究員。専門は医療社会学、がんサバイバーシップ、ELSI、患者・市民参画(PPI/E)。22歳で慢性骨髄性白血病(CML)に罹患し大正大学人間学部中退。再入学後、同大学院人間学研究科に進学。博士(人間学)。慢性骨髄性白血病患者・家族の会「いずみの会」副代表。AYAがんの医療と支援のあり方研究会理事。厚生労働省がん対策推進協議会委員。
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