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【開催報告】第71回定例朝食会「医療システムの持続可能性とイノベーションの両立に向けて~HTAの課題とその可能性~」(2018年8月22日)

【開催報告】第71回定例朝食会「医療システムの持続可能性とイノベーションの両立に向けて~HTAの課題とその可能性~」(2018年8月22日)

イノベーションと持続可能な保健医療を実現するための、効率的・効果的な医療制度の構築は、日本のみならず世界共通の課題です。医療を適切に評価するための取り組みが各国でなされており、例えば、医療技術評価(HTA: Health Technology Assessment)によって、医療資源の適切な配分が可能になると期待する声もあります。わが国でも、中央社会保険医療協議会(中医協)費用対効果評価専門部会で、2012年度から、HTA導入に向けて議論が重ねられてきました。その結果、中医協は2016年度から費用対効果評価の試行的導入を実施し、2018年度も、今後の本格的導入に向けて、引き続き検討が重ねられる予定となっています。

日本医療政策機構でも2016年より本テーマに関する継続的な会合を開催しており、本年も引き続き当政策分野における公論を促進し広く社会に貢献すべく、マルチステークホルダー結集型の産官学民がフラットに集結し議論を重ねる「『イノベーションと持続可能な医療システム』の両立に向けた連続フォーラム」を企画しております。

今回の朝食会では、東京大学公共政策大学院特任教授である鎌江伊三夫氏をお招きし、医療技術を適切に評価するために試行的な導入への議論が進んでいる費用対効果評価の議論における課題と可能性についてお話しいただきました。また冒頭には、当機構が取り組むプロジェクトのご紹介をいたしました。

講演の概要

2003年に初めて神戸市でISPORアジア太平洋会議を開催して以来、15年ほどHTAの議論に関わっている。現在日本で行われている本格的導入に向けた議論は、世界的にも珍しい方向に進んでおり、それは学術的な危うさを含んでいると考える。

■ HTAとは
これまで、現場の医療者の経験則(EBM: Experience-Based Medicine)に頼るのではなく、エビデンスに基づいた医療(EBM: Evidence -Based Medicine)が重視されてきたが、HTAはさらに一歩進んで価値に基づく医療(VBM: Value-Based Medicine)を実現するために用いられる。世界的にはイギリスの国立医療技術評価機構(NICE: National Institute for Health and Care Excellence)をきっかけに広まった。欧州を中心に、次々とHTAの公的組織が誕生し、1993年には国際医療技術評価ネットワーク(INAHTA: International Network of Agencies for Health Technology Assessment)が設立された。G7主要7か国のうち、日本だけがHTAの公的組織がなく未加盟である。

■ 費用対効果についてはデータに基づいた客観的な議論を
昨今日本では、がんを中心に高額な治療の効果に対する批判もあるが、アメリカのデータを一例に取れば、がん治療は決して費用対効果が悪いとはいえない。しかし日本では公的な費用対効果評価の組織がなく、データの蓄積がされていないため、データに基づく議論ができていない。まずは「思い込み」を排除し、データに基づいて考えることが大切である。

■ 質調整生存年(QALY: Quality-Adjusted Life Year)を費用対効果の議論に用いることについて
イギリスでは保険償還の判断並びに償還価格の反映に、生活の質と生存年数の2つの指標を数値で表したQALYを用いて算出される増分費用効果比(ICER: Incremental Cost Effectiveness Ratio)という値を用いている。一方でドイツやアメリカはQALYの使用に否定的である。現在日本では、価格調整のための効果指標としてQALYを用いる前提で議論が進められているが、そもそもQALYを用いることについては慎重に議論をする必要があると考える。

■ 分析モデルの難しさ
2016年度からの日本における費用対効果評価の試行的導入では、マルコフモデル[1]による分析を行っている。しかしながら、シミュレーション期間が長期に渡る場合などの分析モデルの妥当性については、研究者の中でも議論が分かれている。統計学的合理性に基づいて、分析モデルが選択されるべきである。

[1] 慢性疾患など罹患期間が長い場合に、予後をいくつかのステージに分類し、それらのステージに移行していく確率をシュミレーションするモデル

■ 総合的評価(アプレイザル)の問題点
中医協における費用対効果評価の議論を踏まえて、企業並びに再分析グループの費用効果分析の結果については、(1)分析結果の妥当性を科学的な視点から検証する観点、(2)倫理的、社会的影響等に関する観点から、総合的評価を行うこととしている。
その際に、1QALYを延長するために必要となる追加費用のICERの数値を割引くとしているが、この考え方は学術的に確立しておらず、ICERの判定基準を上下させるのが妥当ではないか。
また、ICERだけを用いて価格調整をしようとする現在の方法は科学的とは言えない。基礎データの選択が評価結果に大きく影響を与えるため、恣意的な結果になりかねないと考えられている。

■ 総合的評価(アプレイザル)にMCDAは活用できるか
多基準意思決定分析(MCDA: Multi-Criteria Decision Analysis)では、複数の評価基準をそのままの尺度で表すことができるため、透明かつ客観的な基準を明示することができる。現在の総合的評価(アプレイザル)は、事実上「主観的」評価になる恐れがあり、MCDAを用いることでそれを回避することも可能と考えている。
一方で、分析モデルを提示・評価・改善できる専門家の確保・養成が課題となることが予想される。さらには、分析の前提となる信頼性の高いデータの確保やスコアリングや重み付けの妥当性の検証、分析結果の妥当性の評価など、技術的な限界もあるとされる。

■ HTAが目指すべき方向性
HTAの大前提は「持続可能な医療保険制度の構築に資すること」である。「持続可能性が重要だ」という議論は今では当然のようにされているが、その方法を具体的に議論しているケースは少ない。一般的に多く議論されている「給付と負担のバランス論」では価値についての議論が抜け落ちている。一方でICERを中心とする費用対効果評価だけでは、新しい医療技術を用いることによる、様々な周辺効果を含んだ価値判断に限界が生じる。
新薬の承認・償還、薬価加算、適用拡大といった「正の投資による費用増加」と、診療報酬改定や差別価格、費用対効果評価による価格低下といった「負の投資による費用低減」のバランスを考えながら、「支払い可能な財政状況」と「支払い困難な財政状況」の2つの状態を循環する「Ⅱ状態循環モデル」を構築していく必要がある。


■ 鎌江 伊三夫 氏
東京大学公共政策大学院特任教授として医療政策・技術評価研究ユニットを担当。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹を兼務。京都大学工学部・大学院修士(情報工学)卒、神戸大学医学部卒(医師)、ハーバード公衆衛生大学院修士・博士卒(医療意思決定科学の博士号取得の初の日本人)。国際医薬経済学・アウトカム研究学会ISPORや国際医療技術評価学会HTAiの理事、WHOやOECDの専門家委員などの国際派として活動中。

 

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