【調査報告】AMR Policy Update #9:医薬品の回収・リサイクルに関するストックホルム市民の認識と実践(2026年7月15日)
日付:2026年7月15日
タグ: AMR
薬剤耐性(AMR: Antimicrobial Resistance)への対応は、グローバルヘルスにおける最優先課題の一つです。適切に対応しなければ、これまでの感染症対策の歩みを大きく後退させるリスクがあります。そのため、欧州では、AMRは新興・再興感染症のパンデミックと、化学・生物・核・放射性物質による健康への脅威と並び、最も深刻な健康上の脅威の一つと位置付けられています。
スウェーデンではAMR対策の国家戦略および国家行動計画が策定され、長年にわたり様々な取り組みが進んできました。その具体的な取り組みの一つには、期限切れまたは未使用の医薬品の回収、安全な廃棄、リサイクルが挙げられます。スウェーデンにおける医薬品回収プログラムは、薬局が市民から未使用の医薬品や期限切れの医薬品を、多くの場合は無料の回収用バッグを通じて安全に廃棄するために引き取り、家庭ごみや排水に混ざらないようにしています。医薬品が適切に処分されないと、抗菌薬をはじめとする医薬品の有効成分が河川や土壌に流れ込み、わずかな濃度であっても、耐性を持つ細菌を生き残りやすくしてしまうことがあります。こうした環境汚染を抑えるうえで、医薬品の安全な回収と廃棄は効果的かつ着実な一歩となります。
しかしながら、政策の実効性を高めるためには、市民がこうした制度や具体的な取り組みをどのように理解し、日常生活の中でどのように実践しているかを把握することが重要です。
AMR対策の推進を目的として、日本医療政策機構とAMRアライアンス・ジャパンは、これまで市民参画やAMR対策の学修支援・啓発に関する意識調査や調査研究に取り組んできました。本稿では、その活動の一環として2025年9月にスウェーデン・ストックホルムで実施したインタビューの結果を紹介します。ストックホルム在住の30代から50代の市民5名を対象に、インフォームド・コンセントを得たうえで、英語でインタビューを行いました。調査では、公衆衛生分野で広く用いられる知識・態度・実践(KAP: Knowledge, Attitudes, Practices)の枠組みを参考に、地域の薬局における医薬品回収プログラムについて、市民の認識や態度、利用状況を聴取しました。なお、インタビューの内容は匿名性を確保した上で、わかりやすさと簡潔性の観点から編集しています。
本調査の結果から、未使用の医薬品を返却する日々の習慣や慎重に医薬品を使う文化など、地域社会に根ざした持続可能な取り組みの重要性が示唆されました。また、年齢や属性を問わず、市民の主体的な関与を促す上で、学修支援・啓発の取り組みが重要な役割を果たしていることが明らかになりました。
参加者1(男性・50代)
ストックホルムで生まれ育った参加者1は、医薬品回収プログラムの利用頻度は高くないと述べました。未使用の医薬品を薬局へ持参するのは数年に一度程度であり、主に処方薬を返却しています。抗菌薬の適正使用に対する理解を有しており、頭痛などの軽い症状には本人も家族も市販薬(OTC医薬品)で対応する傾向が強いそうです。
また、担当医がたびたび変更されるため、同じ医師による継続した診察を受けづらく、かかりつけ医との中長期的な関係構築が難しい点を課題として挙げました。かかりつけ医が定まっていれば、慢性的な症状や複雑な症状に関するコミュニケーションもスムーズになり、もっと話が通じるはずだと言います。現行の医療提供体制は、慢性的な症状や慢性疾患を継続して診察するよりも、一般的なスクリーニングに最適化しているように感じるそうです。
医薬品の環境への影響に関して体系的に教育を受けた記憶はないものの、医薬品の適切な廃棄の方法は医師や薬剤師から折に触れて教わっており、自宅で未使用の医薬品を管理することに不安はないと述べました。
参加者2(男性・30代)
同じくストックホルムで育った参加者2は、これまで数回ほど薬局に医薬品を返却したことがあると述べました。薬局が用意している医薬品回収用バッグを利用した経験はほとんどなく、未使用薬を返却する際には自身のバッグを使用していると述べました。普段は市販薬を中心に使用しており、購入した医薬品は使い切ることが多いため、残ってしまう医薬品はほとんどないとのことでした。
過去に炎症性の疾患で入院した際に、迅速な診断と抗菌薬による適切な治療を受けた経験があり、国内の医療提供体制と医療サービスに対して良い印象を持っていると言います。また、利便性の観点からオンライン薬局も活用しているそうです。
幼少期に未使用の医薬品の返却を呼びかける薬局の公共広告(PSA: Public Service Announcement)を目にした記憶があり、スウェーデンの人々は適切な廃棄についての認識が比較的高いのではないかと考えているそうです。薬局でのワクチン接種も日常的に利用しているものの、関連する広報資材の一部が民間企業によるものである点については認識していませんでした。
医療費助成制度については、自身は上限額に達した経験はないものの、家族は毎年のように上限に達しており、医療をよく利用する人には有効な仕組みであると評価しています。一方で、医薬品には別枠の費用の上限が設定されている点に触れ、必須とはいえない治療を受けている人は費用の負担が重くなりかねないこと、その上限が近年引き上げられていることを指摘しました。
参加者3(男性・30代)
スウェーデン生まれの参加者3は、薬局の医薬品回収用バッグの存在を認識しているものの、医薬品をあまり使用しないため特段の利用経験はないと述べました。幼少期は、抗菌薬を含めて医薬品の管理は親が行っており、家庭内ですべて適切に管理されていたと言います。医療従事者の家族がいることもあり、幼少期の経験とも相まって、医薬品の取り扱いに対しては一定の理解と安心感を有しています。
医療費助成制度については肯定的に評価しているものの、自身は助成対象となる基準額に達したことはないと話していました。長年にわたり同じかかりつけ医を利用している一方で、医師や診療所を変更したからといって医療の質が大きく変わるとは考えていないそうです。
医薬品回収プログラムに関する表示は特に目に留まったことはないが、薬局で配布されているワクチン関連の広報資材は認識しており、都市部に設置される移動式ワクチンクリニックの利用経験については良い経験だったと肯定的に振り返っています。自分自身の医療体験は概ね良好で満足しているが、周囲からは診療までの待機時間が長期化しているという声も聞くと話していました。
参加者4(女性・30代)
学業のためにストックホルムで暮らす参加者4は、薬局の医薬品回収用バッグについて明確に認識していました。自分で未使用あるいは期限切れの医薬品を返却することはないものの、家族がそうした医薬品をまとめて回収し、指定のバッグを利用して薬局へ持参していると述べました。
家庭では抗菌薬の使用は慎重で、処方されたときに限って使用するようにしており、パラセタモール等の市販の解熱鎮痛薬などを常備しているそうです。医療提供体制については、住んでいる地域の登録上の制約から転居当初は一時的に受診が困難になった経験を共有しつつも、最終的には症状に緊急性があると認められたことで治療を受けることができたと述べました。
また、プライマリ・ケアを受けることが年々難しくなっていると感じており、地域の診療所は手一杯に見えると話します。診療所に予約を断られ、ほかをあたるように言われたこともあったそうです。受診の緊急性が低いとみなされやすい人、特に若い世代は医療にかかるハードルがより高くなっているのではないかと実感しています。
参加者5(女性・30代)
ストックホルムで生まれ育った参加者5は、薬局の医薬品回収用バッグ自体は認識していなかったものの、医薬品回収に関するポスターを見た記憶があると述べました。医薬品の使用は必要最小限にとどめており、自宅には鎮痛薬やアレルギー薬などを僅かに置いている程度であるため、未使用の医薬品を返却する場面が無かったと言います。家族のあいだでも、処方薬は最後まで適切に使い切ることを重視しており、余る医薬品は最小限に抑えられているそうです。
医薬品の環境への影響に関して具体的に教育を受けた記憶はないものの、スウェーデンでは幼少期からリサイクルやごみの扱いの重要性が繰り返し教えられることが強調されました。こうした責任をもって捨てるという社会全体の文化が、抗菌薬などの医薬品を含む医療廃棄物の適切な取り扱いにも繋がっているのではないかとの認識を示しました。
以上の事例から、スウェーデンにおける医薬品の適切な廃棄やAMR対策への意識は、医薬品回収プログラム等の単独の施策だけに支えられているのではなく、社会や地域に根ざした責任ある廃棄の文化や、家庭での習慣が基盤となっていることが示唆されます。今回インタビューした市民の多くは医薬品回収プログラムや回収用バッグそのものなどを強く意識しているわけではありませんでしたが、それでも幼少期からの教育、あるいは医師や薬剤師との日常的なコミュニケーションを通じて、医薬品を余らせないこと、医薬品が余った場合は薬局に返却することという考え方と行動が自然と身に付き、日々の暮らしのなかで実践されていました。
一方で、医療をめぐる懸念の声も聞かれました。医療費助成の上限額が近年引き上げられているという費用面での不安や、担当医がたびたび替わってかかりつけ医との関係を築きにくいこと、プライマリ・ケアの予約が取りにくくなっていることなど、医療提供体制そのものへの課題です。
中長期的に効果的なAMR対策を目指すうえでは、医薬品回収プログラムなどの個別の施策を着実に進めながらも、学校教育や学修支援・啓発活動を通じて、社会全体の文化を醸成することが不可欠です。同時に、医療従事者と市民が信頼関係を築ける持続可能な医療提供体制を維持することも求められます。
(参考)スウェーデンの医療費助成制度
スウェーデンには、患者の自己負担が一定額を超えないようにする高額負担保護(högkostnadsskydd)があります。12か月単位で適用され、外来受診と処方薬とで別々の上限が設けられているのが特徴です。処方薬については、最初に一定額まで全額を自己負担します。その後は国の補助が始まり、通算金額が増えるほど段階的に自己負担の割合が下がっていきます。そして、自己負担の合計が上限に達すると残りの期間は無料になります。ただし保護の対象となるのは、国の機関である歯科・医薬品給付庁(TLV: Tandvårds- och läkemedelsförmånsverket)が認めた医薬品に限られます。対象外の薬は原則的に全額自己負担で、上限にも算入されません。
この線引きは、スウェーデンが1997年に法定した三つの倫理原則に基づいています。人間の尊厳の原則(människovärdesprincipen)、必要性と連帯の原則(behovs- och solidaritetsprincipen)、費用対効果の原則(kostnadseffektivitetsprincipen)の三つで、なかでも必要性と連帯が費用対効果より上位に置かれています。そのため、必要性の高い医薬品は、費用が高いという理由だけで補助の対象から外されにくいとされています。処方薬の自己負担上限は、2025年7月に約2,900クローナから3,800クローナへ引き上げられました。

【執筆者のご紹介】
リン クララ(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
河野 結(日本医療政策機構 マネージャー)
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