【調査報告】 AMR Policy Update #10:AMR時代における生物多様性と創薬(2026年11月4日)
日付:2026年11月4日
タグ: AMR
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- 自然界に由来する資源は創薬に不可欠であるが、その多様性は急速に失われている。医薬品の50%以上は天然物に由来している。一方、そのもととなる生物の絶滅速度は、人間活動の影響がない場合と比べて約1000倍に達すると推定されている。種が絶滅するたびに、医薬品としての有用性が未検証の化合物も失われる可能性がある。
- 生物多様性の喪失と薬剤耐性は、相互に関連する危機である。環境変化などにより生物の生息地が失われると、新たな抗菌薬の探索に不可欠な微生物の多様性も損なわれ、結果的に新たな耐性菌に対する治療手段の確立が一層困難になる。
- 日本の自然資源は、これまで長きにわたりAMR対策を支えてきたが、その可能性は十分に活かされていない。日本の研究者は戦後から1990年代にかけて、国内の多様な微生物や植物由来の資源から100種類を超える抗生物質・生理活性物質を発見したとされる。近年も日本の生態系から耐性菌に有効な新規化合物が見つかっており、生物多様性の保全はAMR対策においても重要である。
現在使われている抗菌薬の多くは、自然界の生物に由来する物質やその構造をもとに開発されています。そのため、種や生態系が失われるにつれて新たな医薬品開発の可能性も狭まり、耐性菌が広がり続けるなかでは、抗菌薬候補のパイプラインが先細っていくおそれがあります。そこで本稿では、生物多様性を環境問題としてだけではなく、薬剤耐性(AMR: Antimicrobial Resistance)対策としての創薬の視点から捉えなおし、なぜAMR創薬に生物多様性の視点が欠かせないのかを考えます。
創薬を支える自然界の資源
人類は何千年にもわたり、自然界から創薬につながる物質を見出してきました。動植物や微生物が生み出す物質は医薬品として直接利用されるだけでなく、その複雑な分子構造が医薬品開発のヒントとしても活用されてきました。
こうした自然からの恩恵は過去のものにとどまらず、現代医療を今も支えつづけています。これまで承認された世界の医薬品の実に50%以上が天然由来です。さらに、1981年1月から2019年9月までの約40年間に承認された感染症の治療に使われる医薬品のうち、25%を超えるものが天然由来の物質そのもの、または天然由来の物質をもとに開発されたものでした。
くわえて、自然界には独特で複雑な分子構造が存在し、これらは化合物を設計し、合成するための手がかりとなります。自然界に存在する構造をもとにすることで、人工的に一から設計することが難しい化合物の開発が可能になります。このような構造は天然物骨格(natural product scaffold)と呼ばれ、医薬品分子の土台となる中核構造として、多剤耐性菌に対抗する革新的な医薬品の開発において重要な役割を果たしています。
豊かな生物多様性は、創薬の可能性を大きく広げてきました。歴史的に見ても、植物は天然物由来の医薬品を生み出してきた最大の供給源であり、地球に存在する約37万4000種の植物のうち約9%が薬用に利用されています。また、陸上だけではなく、海洋にもまだ十分に探索されていない資源が存在します。海洋天然物(MNPs: Marine Natural Products)は近年大きな注目を集めており、これまでに約8,500種類の有望な化合物が報告されています。海洋動物や海洋微生物は、新たな抗がん剤候補を生み出す供給源になるとも期待されています。
AMRの観点からとりわけ注目すべきなのが微生物です。ペニシリンを含む多くの主要な抗菌薬は、微生物から発見されてきました。13の主要な抗菌薬クラスのうち9つが細菌や真菌などの微生物に由来するとされています。しかし、微生物の多くはいまだ十分に研究されていません。特に、地域に固有の維管束植物を1,500種以上有し、原生植生が70%以上失われている、生物多様性ホットスポットと呼ばれる地域では、その傾向が顕著です。こうした地域は、貴重な生物多様性を有する一方で、環境の破壊や変化による影響を受けています。しかし、耐性菌に有効な新たな抗菌薬候補を発見する場として、大きな可能性を秘めています。
日本の豊かな生物多様性 -創薬の歴史と可能性
ペニシリンは青カビ(ペニシリウム属)に由来する抗生物質で、1928年に英国で発見され、第二次世界大戦中に米国で大量生産されました。日本では1946年に本格的な国内生産が始まり、1949年には国内の需要を満たせるだけのペニシリン製剤を生産できるようになりました。この成功をきっかけに、国内では抗生物質などの探索研究が本格的に進められるようになり、1946年から1995年の間には、日本発の抗生物質・生理活性物質が117種類以上発見されたとされています。そのうち41種類は世界各国でライセンスが供与され、国際的に使用されるようになりました。
日本の自然界から発見された代表的な抗菌薬としては、コリスチン(ポリミキシンE、1949年)、カナマイシン(1957年)などが挙げられます。 コリスチンは、日本で初めて発見された抗菌薬です。また、カナマイシンBをもとに日本で開発された半合成のアミノグリコシド系抗菌薬アルベカシンは、1990年からメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症の治療薬として使われています。
現代の日本でも、生物多様性を活用した抗菌薬の探索が続けられています。例えば、2014年には沖縄で採取された土壌サンプルから、新たな天然抗菌薬候補であるライソシンEが同定されました。 ライソシンEは独自の作用機序で細菌を殺すことから、MRSAの標準治療に用いられるバンコマイシンに代わる新たな選択肢として期待されています。こうした事例は、日本の多様な自然環境を探索・保全することが、AMRに対抗する新たな化合物の発見に重要であることを示しています。
生物多様性の喪失とAMRへの影響
生物多様性は創薬にとって不可欠な基盤であるにも関わらず、その喪失は急速に進んでいます。現在の絶滅速度は、人間活動の影響がない場合と比べて約1000倍にもなると推定されており、将来の医薬品開発につながる可能性のある資源が不可逆的に減少しています。種が1つ絶滅するたびに、医薬品として利用できる物質を将来見つけられる機会も失われています。
さらに、種の絶滅だけではなく、環境汚染や生息地の破壊、気候変動などによって、生物が生息する環境そのものも変化しています。こうした環境の変化は、新たな抗菌薬の重要な供給源である微生物の多様性にも影響を及ぼします。既存の抗菌薬が効かなくなり、新薬へのニーズが高まる一方で、新たな抗菌薬を見つけるための選択肢は狭まり続けています。
こうした生物多様性の喪失に加えて、製薬業界における研究の優先順位の変化も、天然物から新たな医薬品を見つけるうえでの課題となっています。かつては天然物研究が創薬研究の柱の一つでした。しかし、製薬業界を取り巻く事業環境の変化や創薬技術の発展を背景に、1990年代以降、多くの大手製薬企業では、微生物など自然界から有効成分を探索する従来の天然物創薬から、合成化合物ライブラリーを用いたハイスループットスクリーニングやコンビナトリアルケミストリーによる化合物創製、さらに遺伝子やタンパク質の情報を活用した標的ベース創薬へと研究開発の重点が移りました。その結果、抗菌薬の分野においても天然物探索研究への投資は相対的に縮小し、天然物創薬の担い手は製薬企業からアカデミアやベンチャー企業へと移りつつあります。
近年では、AIやメタゲノム解析などの新たな技術の進歩によって、天然物研究をより迅速かつ低コストで行えるようになりました。そのため、これまで培養が難しかった微生物も研究が可能になりつつあり、AMR対策の観点から天然物創薬が再び注目されています。しかし、採算性の課題などから多くの大手製薬企業が抗菌薬の研究開発から撤退し、研究開発の多くを小規模な企業が担っていることに加え、 AMR創薬を持続的に支える公的な支援や新たな資金調達の仕組みが十分に整っていないことなどが大きな課題となっています。
現在使われている抗菌薬の多くは自然界に由来する物質をもとにしており、日本も国内の微生物資源からいくつもの抗菌薬を生み出してきました。耐性菌が広がり既存の抗菌薬が効きにくくなるなか、新たな抗菌薬へのニーズは高まり続けています。しかし、新たな候補を生み出しうる生物多様性は失われつつあり、多くの大手製薬企業が天然物研究や抗菌薬の研究開発から距離を置くとともに、AMR創薬に対する公的な支援も十分とはいえません。生物多様性をどのように守り、その探索を支える研究をどのように継続していくかは、AMR対策にとどまらず、日本の創薬力を将来にわたって維持するうえでも重要な論点です。
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【謝辞】
周藤 健治(日本医療研究開発機構 シーズ開発・基礎研究事業部 革新的先端研究開発課)
藤江 昭彦(日本医療研究開発機構 創薬事業部 創薬企画・評価課 東日本統括グループ)
本レポートを作成するにあたり、多くのご助言とご指摘をいただきました。感謝申し上げます。
【執筆者のご紹介】
コ ゲール(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
ケイヒル エリ(日本医療政策機構 アソシエイト)
河野 結(日本医療政策機構 マネージャー)
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