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【HGPI 政策コラム】(No.78)―血液疾患プロジェクトより―「長期化する血液がん治療における生活の質(QOL)―カナダの経験から―」

【HGPI 政策コラム】(No.78)―血液疾患プロジェクトより―「長期化する血液がん治療における生活の質(QOL)―カナダの経験から―」

<POINTS>

  • 治療技術の進歩により、血液がん患者の生存率は向上している。多くの血液がんは、集中的な治療を要する急性期の疾患から、長期にわたる管理が必要な慢性疾患へと変化しつつある。
  • 日本の血液がん医療は高度に専門化され、治療を中心とした体制が築かれてきた。一方、共同意思決定(SDM: Shared Decision Making)や、患者報告アウトカム(PRO: Patient-Reported Outcome)を日常診療に組み込む取り組みは依然として限定的との指摘がある。
  • カナダでは、多職種連携によるケア、患者団体による積極的な啓発活動、そして医師と患者の間の構造化された対話を通じて、生活の質(QOL: Quality of Life)に関する患者の優先事項が医療の中で可視化されてきた。
  • こうした知見を踏まえれば、日本でも血液がん医療を強化する道筋が見えてくる。患者の視点をより重視すること、ケアチーム間の連携を強めること、そして医師・患者・患者団体・政策立案者の間に開かれた対話を生み出すことである。

血液がん医療における新たな課題

分子標的薬、二重特異性抗体、キメラ抗原受容体T細胞(CAR-T: Chimeric Antigen Receptor T-cell)療法など、がん治療は大きく進歩してきました。その結果、多くの血液がんは、集中的な治療を要する急性期の疾患から、長期にわたる管理が必要な慢性疾患へと変化しつつあります。これにより、医療の課題は「治す医療」から「ともに生きる医療」へと移行しています。

治療の進歩による生存率の向上は、血液がん医療のあり方そのものを変えつつあります。患者は、入退院の繰り返し、頻繁な外来通院、治療に伴う副作用への対応など、長期にわたる治療の過程を経験します。再発や病状の進行への不安を抱えながら生活することも少なくありません。こうした経験は、身体機能や心理的ウェルビーイング、社会参加、就労・就学・家族との生活など、日常生活の全般に影響を及ぼします。そのため、生存そのものだけでなく、療養の過程を通じてQOLを保つことが、血液がん医療の課題として浮かび上がっています。

日本における現状の課題

日本の血液がん医療は、高度に専門化された治療体制を備えています。がん診療連携拠点病院や大学病院が、複雑な治療の多くを担っています。一方、生存率の向上により、疾患や治療後の症状とともに長く生活する患者が増えています。QOLや長期的なウェルビーイングを支えることは、血液がん医療の重要な要素になりつつあります。しかし、患者中心の視点を日常診療に組み込む取り組みは、なお限られています。

慢性骨髄性白血病(CML: Chronic Myeloid Leukemia)患者・家族の会「いずみの会」が実施した全国規模の患者調査では、治療を評価する際に「副作用がないこと」が最も重視される項目の一つに挙げられました(10点満点中8.86点)。一方、この点についての満足度は6.44点にとどまり、患者が重視することと実際の経験との間に大きな隔たりがあることが示されました。同調査ではまた、最も求める情報として「自身の今後の見通し(予後)」を挙げた患者が55.4%に上り、次点の項目を大きく上回りました。このように、患者が重視する視点が日常診療に十分に取り入れられているとはいえない状況がうかがえます。

このギャップは、日本における医療の構造にも反映されています。PROや構造化されたQOL評価は、日本の血液がん医療において日常的に用いられているとはいえません。診療では、検査値や病状のコントロールに主眼が置かれる傾向があります。倦怠感、認知機能の低下、不安、日常生活上の困りごとには、相対的に目が向きにくい面があります。患者が長期にわたり疾患とともに生活するなかで、継続的な心理社会的支援やサバイバーシップ支援の必要性も高まっています。同調査ではさらに、疾患や治療に伴う困難に直面したときに、看護師、薬剤師、医療ソーシャルワーカー(MSW: Medical Social Worker)といった主治医以外の誰にも相談したことがないと答えた患者が、73%に上りました。復職支援、長期的な副作用の管理、治療と日常生活の両立に向けた支援の仕組みづくりは、政策上の継続的な検討課題です。

血液がんが慢性疾患としての性質を強めるなか、日本は構造的な課題に直面しています。病状のコントロールにとどまらず、疾患とともによりよく生きることを支えるために、医療体制をどう強化していくかという課題です。

国際的なギャップとカナダの取り組み

  1. CML SUN調査が示した国際的なギャップ

    患者が最も重視することと、実際に受けているケアとの隔たりは、日本に限った話ではありません。CML患者の未充足ニーズ調査(CML SUN: CML Survey on Unmet Needs)にも、同じ傾向が明確に表れています。同調査は、日本とカナダを含む11か国において実施された大規模な患者・医師調査であり、患者361名、医師198名が参加しました。CML患者が何を重視し、どのような生活実感を持っているかを調べたもので、医師の想定と患者の優先事項の間に大きな隔たりがあることを明らかにしました。

    医師の多くは、治療の成功を生存という結果に結びつけて捉えていました。一方、患者の多くは、倦怠感の緩和や日常生活を送る力といったQOLをより重視していました。治療方針について医師と話し合い、共同で決めたと答えた患者は約25%にとどまりました。他方、医師の74%は、最終的な決定者は自分自身であると捉えていました。この結果は、医師と患者の間で共同意思決定(SDM)が十分に行われていないことを示しています。さらに、5人に1人の患者は、特に尋ねられない限り副作用について医師に伝えていませんでした。副作用が生活に及ぼす影響について、医師が十分に耳を傾け、尋ねてくれたと感じた患者は半数に届きませんでした。

    同調査は、医師の想定と患者の優先事項の隔たりを数値で示しました。生存に関する指標だけでは医療の質を測るには不十分であることを、具体的な根拠をもって示したといえます。その影響はCMLの枠を超えて広がっています。がん領域全体でQOLに関する議論を後押しするとともに、患者の優先事項を体系的に測り、共有することの意義を示しています。

    QOLを医療の質の指標として位置づけようとするこの流れは、カナダが患者中心のケアにどのように取り組んできたかにも表れています。カナダでは、医師、患者団体、政策立案者による連携した取り組みを通じて、こうした考え方が発展してきました。

  2. ケアにおける構造的要素としてのコミュニケーション

    カナダでは、CMLをはじめとする血液がんの領域で、コミュニケーションが質の高いケアの重要な要素として認識されるようになってきました。診療の場では、検査値だけでなく、日常生活や仕事、家族の中での役割、治療の負担についても話し合われるようになっています。この変化を支えているのは、医師が早い段階で患者一人ひとりとの関係を築く姿勢です。画一的な進め方を前提とせず、どのような関わり方を望むかを患者本人に直接尋ねます。これはSDMを重視する姿勢の表れといえます。意思決定に深く関与したいと望む患者もいれば、医師に判断を委ねる方が安心できるという患者もいます。こうした診療は、多職種によるケアモデルにも支えられています。診療看護師(NP: Nurse Practitioner)、薬剤師、フィジシャン・アシスタント(PA: Physician Assistant)が医師の診療を補い、患者の気がかりを把握して意思決定につなげる役割を担っています。限られた診療時間の中でも、患者中心の診療を保つことを可能にする仕組みです。

  3. 患者のエンパワーメントと権利擁護活動

    患者団体は、患者が医療者と効果的に対話するための方法を伝える役割を積極的に果たしています。症状そのものを伝えるだけでなく、治療の副作用が日常生活にどう影響しているかを伝えるよう患者に促しています。これにより、臨床上の意思決定が患者一人ひとりの優先事項に沿ったものになりやすくなります。症状を些細なこととして扱わず、医師が副作用を患者の実際の優先事項と照らし合わせて判断するために必要な情報が届くことにもつながります。カナダの患者団体は、償還(保険適用)をめぐる議論や啓発キャンペーン、政策対話にも関与しています。こうした活動が、生存だけでは医療の質を測れないという認識を広げてきました。

  4. 医師と患者をつなぐ

    カナダの経験は、診察室の外に医師と患者が対話する場を設けることで、患者中心のケアが強まることも示しています。例えばカナダCMLネットワーク(Canadian CML Network)などの患者団体は、年次大会を主催しています。そこでは医師が講演者としてだけでなく、患者とともに一参加者として加わる機会が設けられています。これにより、診察室では必ずしも語られない経験や課題について患者が話し合う機会が生まれています。医師が患者の優先事項を深く理解し、QOLに関する対話を少しずつ日常的なものにしていく契機にもなっています。

以上を踏まえると、カナダの患者中心のケアは、医師の意識の変化、多職種チーム、力を持った患者コミュニティ、そして継続的なステークホルダーの関与という、重層的な取り組みを通じて進んできたといえます。

日本への示唆

日本の血液がん医療は、治療の面で高い水準にあります。一方、CML SUN調査が示したように、患者の優先事項を捉え、それに応えることは、なお課題として残されています。カナダの経験は、患者の視点が測られ、共有され、医療の仕組みに組み込まれたときに、患者中心のケアが最も進みやすいことを示しています。これらを踏まえると、日本にとっての政策的な検討課題が見えてきます。

  1. 患者の優先事項を可視化する

    カナダでは、患者団体が、生存だけでは医療の質を測れないことを示す役割を担い、QOLが臨床上の優先事項として認められる流れを後押ししてきました。日本でも、まずは患者の優先事項を診療の中で可視化することから始められます。前述の「いずみの会」による全国調査では、患者が最も求める情報は自身の今後の見通し(予後)でした(55.4%)。構造化されたQOL評価には、一般的なPRO指標を導入するだけでなく、「今後の見通しを明確に知りたい」というニーズに応える設計が求められます。その上で、QOL評価を血液がん医療に広く組み込んでいくことが重要です。

  2. 多職種によるケアを支える

    カナダの多職種チームの活用は、限られた時間の中でも対話の不足を補えることを示しています。前述の「いずみの会」による全国調査では、疾患や治療に伴う困難に直面したときに主治医以外の誰にも相談したことがない患者が、73%に上りました。血液内科と、プライマリケアを担う医療者、リハビリ専門職、社会福祉サービスとの連携を強化することが求められます。主治医だけに頼る、あるいは専門的な支援を得られないまま課題に向き合うのではなく、長期的な副作用の管理や、治療と日常生活の両立を支えることにつながります。多職種連携は、検査値だけでは捉えにくい倦怠感や認知機能の症状、復職に伴う困難への対応にも役立ちます。

  3. ステークホルダー間の対話

    カナダの年次大会や活発な患者団体のネットワークは、日常の診療の枠を超えて対話が行われるときに、変化が定着しやすいことを示しています。日本でも、血液がんの領域で、医師、患者、患者団体、政策立案者が一堂に会する対話の機会を支えていくことが重要です。それにより、当事者の経験がより明確な形で共有され、今後の政策形成に患者の優先事項が反映されやすくなります。

おわりに

日本の血液がん医療は、治療および技術的な進歩において高い水準を達成してきました。一方、生存率が向上し、長期的な管理が標準となりつつあります。医療体制も、疾患を治療することだけでなく、疾患とともに生きるという現実を反映したものへと変わっていく必要があります。カナダの経験は、患者の視点を可視化し、測定可能なものとし、対話の対象とすることによって、患者中心のケアが進展することを示しています。患者調査、多職種による実践、対話の場を通じて、QOLをめぐる議論は広がり、臨床の現場でも重く受け止められるようになってきています。

日本にとっての課題は、治療水準が不十分であることではなく、血液がんとともに生きる患者を長期にわたっていかに支えるかということです。患者報告に基づく視点を一貫して取り入れ、多職種連携を強化し、医師・患者・患者団体・政策立案者の間に対話の機会を設けることが求められます。こうした積み重ねによって、治療を中心とした医療モデルから、血液がんとともに生きる人々の長期的なQOLを支えるモデルへと、段階的に進んでいくことができます。日本医療政策機構は、今後も血液疾患プロジェクトを通じて、血液がんとともに生きる患者のQOL向上に向けた政策対話を推進し、この議論に貢献していきます。

 

【参考文献】

 

【執筆者のご紹介】

ヒーリングス セリナ(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
渡部 大地(日本医療政策機構 マネージャー)

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