公開日:2022年9月5日
政策と研究の橋渡しができる存在になりたい
CONTENTS
政策と研究の橋渡しができる存在になりたい
行政と研究(アカデミア)の橋渡しができる存在になりたい――。それが、私のHGPIに入職した動機です。
小学生のときに「国境なき医師団」の活動を知って心を強く動かされ、いつか医師になって難民キャンプや低中所得国の貧困層などの人々の役に立ちたいと思い始めました。成長しても気持ちはブレず、大学は医学部に進学。けれども、卒業時には多少の心境の変化がありました。現地で臨床医として診療をするのではなく、同じ現地に赴くにしても政策面から貢献できないかと考えるようになっていたのです。
医学生時代に諸団体に属してアジアやアフリカの国々に行き、医療ボランティアとして働く中で、ひとりの臨床医にできることの限界を見たのが理由です。もちろん、医師の診療は必須で尊い行為なのですが、たとえば医師不足の地域でひとりの医師が1日に診られる患者さんの数は20~30人程度が精一杯。もし、その地域で医師や看護師などの医療人材を十分に育成するといった政策面からのアプローチができれば、それは、私ひとりが行える医療行為よりも、もっと大きなインパクトを生み出すはずでしょう。
厚労省で勤務後にハーバード公衆衛生大学院に留学
俄然、政策に興味が湧き、政策立案の力をつけたいと2011年、初期臨床研修修了後は主に政策に関する仕事をする厚生労働省(以下、厚労省)に聖路加国際病院から出向することに。厚労省では国際課、母子保健課に配属され、政策についての知見を積み上げました。
そして、2015年に初志に近づくため、つまりグローバルヘルスの政策にたずさわりたかった私は、米国のハーバード公衆衛生大学院で勉強すべく留学を決心します。グローバルヘルスの政策はWHOといった国際機関が主に手がけるのですが、そうした組織で働くためにはより体系立てて公衆衛生学を修めることが必要だと思ったからです。
1年間で公衆衛生学修士を修了し、帰国後は東京大学大学院で特任研究員として研究業務を行った後、2021年から東京女子医科大学衛生学公衆衛生学分野グローバルヘルス部門の准教授に就任しました。
このようにして奇しくも、私は行政と研究の双方での勤務経験を持つことになったのです。
行政と研究の間の大きな隔たりを痛感
夢を実現する人生を模索する過程で、行政と研究のいずれをも知った私は、両者の間の大きな隔たりを痛感するにいたります。
たとえば、子宮頸がんワクチンの問題が好例です。子宮頸がんワクチンは、エビデンスとしては世界で有効性・安全性が確認されています。しかし日本では、かつて子宮頸がんワクチンは危険なワクチンであるとの誤った世論が蔓延してしまったため、若い世代がワクチン接種を受ける機会を逃してしまっています。
その結果、日本では毎年、多くの女性が子宮頸がんで命を落としているのが現状です。どんながんも残酷ですが、子宮頸がんは20代後半から40代前半の妊娠したり出産したりする世代に多いため、子宮頸がんが見つかって子どもを諦めざるをえなくなった、あるいは、小さい子どもを残して亡くなるといった悲惨な例があとを絶ちません。
エビデンスにもとづく政策立案ができていれば、このような悲劇は起こりえなかったでしょう。ただ、行政側だけに責任があるのではなく、多少なりとも研究にたずさわっている私は、研究者側にも責任があると感じます。公衆衛生や医療政策の分野の研究者は、もっと政策や社会への還元を意識すべきなのではないかと思うのです。
HGPIは研究成果を政策提言に反映させるなど社会に還元する場
もう少し政策立案の目線に沿ったエビデンスがあれば政策を強力に推進する力になる、逆にせっかく良い研究成果があってもそれが政策に生かされない――。行政と研究の双方に身を置けた自分だからこそ感じられた2つの領域の隔たりです。
そこで、使命感にも似た思いもあって、冒頭で申し上げたように行政と研究の橋渡しができる存在になりたいと2022年にHGPIで働くことを決めました。
今は、東京女子医科大学をメインにほかの研究機関でも研究を行い、そこでの研究成果を政策提言に反映させるなど社会に還元する場としてHGPIで仕事をしています。もちろん、HGPI等で浮上してきた課題を研究テーマにするケースもあります。
人間関係はフラットで意見交換も自由闊達
私は、複数の大学や研究所に籍を置いているのでHGPIでの勤務は週に2回程度ですが、しっかりとやり甲斐のある仕事を任せていただいています。
また、プロジェクトごとにチームで動いているため、子育てや介護などの事情で突発的に休まなければならないときには、チーム内で互いにカバーし合う体制になっており、休んだことがマイナス評価にはなりません。
HGPIでは俗に「マミートラック」と呼ばれる、子育て中の女性が長時間労働や残業、出張ができないがゆえに本人の望まない部署に配属されるようなこともナンセンスです。アウトプットさえできていれば、女性も子育てをしながらやりたい仕事を追究できる環境が整っています。
働きやすさの点で、もうひとつ挙げるならスタッフ同士のフラットな関係があります。役職はあるものの意見交換は自由闊達です。多くの組織では序列があり、意見書も上げていく順番が決められているでしょう。大学も教授をトップにしてヒエラルキーがあるのが一般的です。HGPIに入職したばかりのころは人間関係のフラットさが実に新鮮でした。
マイノリティな存在の健康課題に立ち向かう
現在、HGPIでかかわっているプロジェクトは、「女性の健康(働く女性の健康)」、「子どもの健康」、「がんの個別化医療」の3つです。日本では女性の社会進出は十分に進んでいるとは言えず、いまだにフルタイムで働く女性はマイノリティです。また、日本の2021年の出生数は約81万人と減少の一途で、もはや子どももマイノリティでしょう。
もともとグローバルヘルスを志したきっかけにもつながりますが、私は、マイノリティとされる人々の健康課題に向き合っていきたいと考えています。社会の多数派に影響を与えるような健康課題は黙っていてもほかの人が手がけるはずで、それらを自分のライフワークにするつもりはありません。誰にも目を向けてもらえない人たちの課題、誰からも目を向けられないところにある課題に立ち向かっていきます。
そして、幼少期から変わらずに、今でも最大の関心事、私の人生のミッションは、難民キャンプや低中所得国と呼ばれるような環境に置かれている人たちのために働くことです。現在は、コロナの蔓延や子どもが小さいこともあって、なかなか海外に出られる状況ではありませんが、数年後には海外を拠点に活動ができればと願っています。初志を貫徹しようとするとき、HGPIでのさまざまな経験が、私の大きな助けになってくれるに違いないと確信しています。