スタッフの声 インタビュー
ひとつの政策課題の背後にある大きな構造的課題を見逃さない

公開日:2022年9月22日

ひとつの政策課題の背後にある大きな構造的課題を見逃さない

栗田 駿一郎 Shunichiro Kurita
日本医療政策機構 マネージャー

原体験としての祖母の認知症

HGPIで働くきっかけや自分自身の目標など、何を聞かれても最初に話すことは、祖母の認知症についてです。私が小学校低学年のとき、祖母が若年性アルツハイマー病と診断されました。いわゆる、若年性認知症です。

もともと活動的で、家族の要のような存在だった祖母でしたが、私の記憶のほとんどを占めるのは、だんだんとコミュニケーションがままならなくなっていく祖母の姿です。現在では、相談する場や支えてくれる制度も徐々に整ってきていますが、当時はまだ介護保険制度が始まる前だったので、家族はそうとうたいへんでした。家庭内の話題は、常に「おばあちゃんの認知症について」。また、日ごろから親戚づき合いが希薄だったこともあって頼れる人は少なく、家族全体が急激に疲弊していきました。

「ひとりの人間の病気」が、家族など人間同士の関係性のみならず、周囲にいる人間の生き方や人生観までをも変えてしまう――。その現実は、幼い私にとって自分自身の生き方について考えるための十分すぎるほど大きな理由となりました。

自分の想いに向き合うことを決めた恩師の言葉

祖母の認知症という大きな原体験を抱えた私が中高生時代にいちばん興味を持ったのは、政治経済や倫理といった公民系の科目でした。そのようなこともあり、私の中に芽生えた認知症に対する思いは、「認知症の本人や周囲の家族の困りごとを『政策』や『制度』で解決したい」と、より具体的なかたちを持ち始めます。高校や大学のころには、がん対策基本法に影響され、「政治家になって認知症対策基本法や認知症条例をつくりたい」と周囲に話していました。

大学では政治学を専攻し、特に地方自治を学ぶゼミに入りました。恩師である教授の小原隆治先生には、政治や政策に対する考え方、学問との向き合い方など大切なことをたくさん教わりました。普段の口数は決して多くはありませんでしたが、学問に対して、政治に対して、とても熱い眼差しを持った先生でした。

小原先生から教えていただいた言葉の中で、私がとても大切にしている言葉があります。ゼミのウェブサイトで卒業生に向けて送ってくださったメッセージの一節で、「現実の世界に存在するさまざまな不正義や抑圧を見逃さないでほしい、受難(passion)に苦しんでいる人の身に自分を重ね、心(passion)を寄せて我がこととして考えてほしい、不正義や抑圧を強いるものに黙っていないでほしい」というものです。この言葉を目にしたとき、この先、自分が何をしなくてはいけないのかに気づかされました。

向き合う方法を模索する中でめぐってきたHGPIとの縁

学部卒業後は、損害保険会社に入社しました。キャリアの選択ではいろいろと迷いも多かったのですが、就職活動を通じてもっとも惹かれた企業でした。入社後は、すばらしい先輩方や同期に恵まれ、伝統や格式を大切にしながらも新たなチャレンジをする精神、自分たちの企業に誇りを持って働くことの尊さを学びました。自動車事故対応の部署に配属されていたので、お客様や相手方と直接お話しする機会も多く、自分の仕事に対する結果を肌で感じられ、充実した毎日をすごしていました。

しかし一方で、私の中では「認知症という政策課題と向き合いたい」との想いが日に日に増していきました。そんな折り、学部時代の研究を通じてお世話になったアカデミアの方から、HGPIで「認知症プロジェクト」にかかわる若手のスタッフを募集していると伺いました。まだまだ企業の社員として、一社会人として学ばないといけないことが多い中でのキャリアチェンジは、大いに迷いました。それでも、前述の恩師の言葉や、これまでの経験を活かした自分にしかできないことがあるはずだと思い、HGPIの門を叩きました。また、公共政策を一から学びたいと考え、同時に大学院にも進学し、再び学部時代の恩師のもとで学ぶようになりました。

昼間は新しい仕事、夜は大学院と多忙な日々でしたが、HGPIのスタッフたちは二足のわらじを履いている私を応援し、勤務時間にも配慮してくれました。無事に2年間で修士号を取得できたのは、HGPIの多様な働き方が実現できる土壌があったからであり、個々のチャレンジを応援してくれる上司や同僚がいたからだと思います。

非営利・独立の小さなシンクタンクだからできる数々のチャレンジ

HGPIが持つ財産は何かと聞かれたとき、真っ先に挙げるのは「人」です。それは在籍する多様なスタッフだけでなく、プロジェクトを通じてつながっている外部の「人」も含みます。HGPIは研究型のシンクタンクではありませんから、どのプロジェクトにおいても、外部の産官学民の多様な専門家に参画いただいてプロジェクトを進めていきます。

私たちのプロジェクトに集まってくださる方々は、立場は違えど、その領域の政策を少しでも前に進めたいという志を同じくしています。そういった方々とのつながりは、プロジェクトが終わっても、さまざまなタイミングで情報・意見交換ができる、新たな視点や刺激をいただける貴重な財産です。

そして、HGPIには、非営利・独立、決して規模が大きいとは言えないシンクタンクだからこそできることが多くあります。スタッフの発案で毎年新しいプロジェクトが誕生していますし、必要だと思われた企画は速やかに立ち上げられます。もちろん、各スタッフが医療だけでなく、社会のさまざまな動向を常にチェックしているからできるのですが、こうした自由な活動が可能なのもHGPIならではでしょう。実際に、私も新たな企画をいろいろと立ち上げてきましたが、これまでに内部で反対されたことは一度もありません。

さらに、HGPIに入ったからできた私自身のチャレンジのひとつに、グローバルな経験が挙げられます。私は、HGPIで働くまで海外旅行にも行ったことがなく、国際線の乗り方も知らず、パスポートすら持っていませんでした。あるとき急遽、海外出張が決まり、慌ててパスポートをつくり、当時の上司に引率されるようにしてパリに行きました。保安検査場や入国審査などでの対応について教えてもらいながら、なんとか初めての海外出張を無事に終えられたのは、今では良い思い出です(笑)。こうした経験があったからこそ、今では自分自身の視座が高まり、英国の認知症支援を行うNGOと関係をつくってたびたび視察や意見交換をして政策提言につなげたり、国際的な患者組織のレポートに日本の政策動向を寄稿したり、ときには海外メディアからの取材を受けたりと、活動の幅を広げられています。

ひとつの政策課題の背後にある大きな構造的課題を見逃さない

幼いころから当事者のひとりとして認知症と向き合ってきた私は今、政策課題の面から日々、認知症に取り組んでいますが、ときどき「医療や介護の専門職ではない私は、誰かの役に立っているのだろうか」と感じることもあります。 しかし、私たちは目の前の患者さんを直接的には救えませんが、その患者さんを取り巻く社会のあり様に対し、「少しでも悪くない(less evil)」方向に動かす力にはなれると思っています。何が「良い」かは人それぞれ違うので、それを私たちには決められません。それでも、今起きている社会問題に対し、少しでも悪くならないように何をすべきなのかを考える場をつくり、方向性を発信することが私たちの務めです。

そのためには、ひとつの政策課題の背後にある大きな構造的課題を見逃さない必要があります。認知症以外にも、現在、私が担当しているメンタルヘルスや子どもの健康など、さまざまな課題の背後には、個人、家族、社会を取り巻く大きな構造的課題があります。そうした課題を意識しながら、「現実の世界に存在するさまざまな不正義や抑圧」に向き合っていきたいと思っています。

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