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【開催報告】第103回HGPIセミナー「2022年の新たなビジョン」(2022年1月21日)

【開催報告】第103回HGPIセミナー「2022年の新たなビジョン」(2022年1月21日)

この度、新年恒例となっている当機構 代表理事 黒川清による「2022年の新たなビジョン」と題したHGPIセミナーを開催いたしました。
本セミナーでは、2021年を振り返り、2022年の世界がどのように変化するのか、また私たちはどうあるべきなのか、ご参加の皆様と議論いたしました。

<講演のポイント>

  • 現在、経済の中心は、製造業から創造的なイノベーションに変化しており、「ものづくり」で成功した日本はこの潮流に遅れを取っている
  • 学術分野においても、日本は立ち遅れつつある。その要因は日本の大学や研究者コミュニティにおける「タテ社会」の文化にあると考えている
  • 日本の組織のガバナンスや、同一企業・同一組織で完結するキャリアモデルを改めて考え直す必要がある
  • パンデミックが発生してから、既に2年以上が経過した。デジタルテクノロジーが普及したことにより、各国の状況や対応を誰もが見ることができるようになった。他国がどのような状況にあるのか、どのようにこの危機に対応しているかを注視しなければならない
  • HGPIは、2004年の設立から今年で18年目を迎える。皆様のご支援を賜りながら、非営利、独立、超党派の民間医療政策シンクタンクとして活動し、独立した立ち位置も評価され、2021年2月に米国ペンシルバニア大学が発表した「世界のシンクタンクランキング報告書(-Global Go To Think Tank Index Report-)」において、「国内医療政策(Domestic Health Policy)」部門で2位、「国際保健政策(Global Health Policy)」部門で3位に選出されている

 

■変わる世界と日本の立ち位置

日本は戦後から経済成長を続けてきたが、この30年間で日本のGDPは実質的に伸びていない。1990年代以降、インターネットが全世界で普及し始めたことで、現在、経済の中心は、製造業からデジタルテクノロジーへ移行している。アメリカではAmazonやApple、中国ではアリババ等のIT企業が急速に成長する一方で、「ものづくり」で成功した日本はこの潮流に遅れを取っている。

近年、中国が目覚ましい発展を遂げている。しかしFinancial timesによれば、中国と比較しても、世界におけるプレゼンスはアメリカが最も高い。例えば、QS World University Rankingsでは、アメリカの大学が1~4位を含む上位20位の半数を占めている。また、アメリカはベンチャーキャピタルの投資額も圧倒的である。アメリカ等と比較すると、日本ではベンチャーへの投資はあまり活発ではなく、新しい企業がなかなか出てこない。こうしたことも日本のGDPの停滞につながっていると言えよう。

学術分野においても、日本は立ち遅れつつある。例えば、科学技術振興機構(JST: Japan Science and Technology Agency)が発表した被引用回数上位10%(Top10%)論文の国際シェアをみると、日本は2000年時点ではアメリカ、イギリス、ドイツに次いで上位4位であったが、その後順位を下げ続け、2018年には10位となっている。凋落の要因として、研究者の数や学術分野への投資額の少なさがよく挙げられる。しかし、研究者の数については、日本より研究者の少ないドイツが全体4位でほぼ変わらず推移しており、凋落の要因としては考えにくい。学術分野への投資額についても、研究者一人あたりの研究費をみると、日本はドイツ、フランスなどと比較しても遜色ない水準にある。さらにイギリスは、日本よりも研究者一人あたりの研究費が少ないにも関わらず、Top10 %論文数の国際シェアは全体3位で推移している。

日本の学術分野の遅れの要因が研究者数や研究費にないとすれば、なぜ日本は順位を落としてきているのか。私は、日本の大学における「タテ社会」の文化が要因だと考えている。具体的に言えば、アメリカでは研究者は出身大学以外の大学や別の組織でキャリアを積むことが一般的だが、日本ではそのまま出身大学で研究を続けることが多い。例えば、東京大学の教授の多くは東京大学出身である。日本でも博士課程取得後にアメリカなどに行く研究者もいるが、あくまで任期付きであることが多く、台湾や韓国などと比べても、博士課程取得段階で海外大学に行く人材は極めて少ない。こうした硬直的な環境では、新しい研究の芽は育ちづらい。日本の学術分野での遅れは政府の問題ではなく、大学、研究者コミュニティの問題なのだ。


■日本に求められる変化

第一に、ガバナンスについて考える必要がある。諸外国の企業や大学では、組織から独立した委員会等が第三者視点で組織のトップを評価し、必要に応じて解任する仕組みが取られているが、日本ではこのような健全なガバナンスのもとで運営されている組織は少ない。

第二に、偏差値偏重、かつ、同一企業・同一組織で完結するキャリアモデルについても考えなければならない。日本では、企業における人材流動性が低く、同一組織でキャリアを積む人が多い。例えば、銀行員であれば、一定のスキルがあれば、別の銀行へ移れるはずだが、実際にそのようなケースはほとんどない。こうした日本のカルチャーは、明治時代や高度経済成長期ではうまく機能してきた。しかし、デジタルトランスフォーメーションやグローバル化の進展によって、世界は大きく変わっている。世界の潮流を踏まえて、日本も変わっていかなければならない。

こうした観点も踏まえて、特に若い人には、ぜひ海外に行ってみてほしい。違った文化に触れ、交流することで、日本や自分自身の良い側面や弱さ、特徴が分かってくる。私がアメリカに在任していた頃、ベトナム戦争の終わりに多くの難民(ボートピープル)が出たが、日本政府は難民の受け入れを拒否した。この出来事を目の当たりにし、私は日本の弱さを痛感した。外の世界に出て、こうした実体験を経験することによって、健全な愛国心が育まれ、広い視点を持った決断ができるようになる。

そして、特に日本の若手研究者に伝えたいのは、Usefulness of Useless Knowledge(役に立たない知識の有用性)である。アメリカのニュージャージー州プリンストン市に、プリンストン高等研究所がある。創立者であるエイブラハム・フレクスナ―(Abraham Flexner)は、Usefulness of Useless Knowledge(役に立たない知識の有用性)、すなわち「役に立つか立たないか」ではなく、「ただ知りたくてしょうがない」という知的好奇心に基づく研究を重視した人物である。今の日本の若手研究者にも、私は同じメッセージを伝えたいと思う。

 


■ COVID-19の世界における影響

COVID-19の世界における影響についても話しておきたい。パンデミックが発生してから、既に2年以上が経過した。デジタルテクノロジーの進展や情報革新により、各国の状況や対応が誰でも見ることができるようになっている。他国がどのような状況にあるのか、どのようにこの危機に対応しているかを注視しなければならない。

実際に各国の死亡者数に関するデータを比較してみると、状況は大きく異なる。例えば、アメリカやブラジルでは全死亡のなかで、COVID-19が占める割合は最も大きい。イギリスやフランスでも死因の上位2~3位をCOVID-19が占めている。その一方で、日本や韓国ではCOVID-19による死亡者数は少ない。この背景には、遺伝子要因、地理的要因、政策的要因など様々な要因が考えられるが、重要なのはこうしたデータをみながら、自国のことだけではなくグローバルな視点で物事を捉えていくことである。


■私とHGPIの活動について

2021年6月、私は世界認知症審議会(WDC: World Dementia Council)の副議長(Vice Chair)に就任した。WDCは、2013年にイギリスのデイビッド・キャメロン首相(当時)の呼びかけで開催されたG8サミットをきっかけに設立された国際的に活動する独立・非営利の団体で、世界各国から産官学民あらゆるセクターのメンバーが参画している。発足当初より、私は日本から唯一の委員としてWDCに参画していたが、この度、副議長に就任させて頂く運びとなった。WDCのメンバーには、私も含めて認知症の専門家ではない方々が多い。このことは、WDCの特徴ともいえ、英国の知恵でもある。引き続き、国や地域、専門性を超えて国際的に認知症施策を促進するための原動力になるべく、尽力していきたいと考えている。

HGPIについては、2004年の設立から今年で18年目を迎える。皆様のご支援を賜りながら、非営利、独立、超党派の民間医療政策シンクタンクとして活動し、2017年以降、米国ペンシルバニア大学のローダー・インスティテュートの「シンクタンクと市民団体プログラム」発表の「世界のシンクタンクランキング報告書(- Global Go To Think Tank Index Report-)」において、「国内医療政策(Domestic Health Policy)」部門、「国際保健政策(Global Health Policy)」部門、ともに5位以内にランクインしている。2021年2月には、Domestic Health Policy部門で2位、Global Health Policy部門で3位に選出された。

高い評価を頂いている要因の一つに、政府から独立した組織であることが挙げられる。今後も日本国内はもとより、世界に向けても有効な医療政策の選択肢を提示し、地球規模の健康・医療課題を解決すべく、皆様とともに活動してまいりたい。


■過去の開催報告

2021年
2020年


■プロフィール:

黒川 清(日本医療政策機構 代表理事)
東京大学医学部卒。1969-84年在米、UCLA医学部内科教授、東京大学医学部内科教授、東海大学医学部長、日本学術会議会長(2003-06年)、内閣府総合科学技術会議議員(03-06年)、内閣特別顧問(06-08年)、WHOコミッショナー(05-09年)などを歴任。国会による東京電力福島原発事故調査委員会委員長(11-12年)、 グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)代表理事・会長(13-18年)、内閣官房健康・医療戦略室健康・医療戦略参与(13-19年)など。

現在、世界認知症審議会(WDC: World Dementia Council)委員・副議長、新型コロナウイルス対策の効果を検証する国のAIアドバイザリー・ボードの委員長、政策研究大学院大学・東京大学名誉教授。東海大学特別栄誉教授。


<【開催報告】第104回HGPIセミナー「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムとアウトリーチ支援の展望」(2022年3月4日)

【開催報告】第102回HGPIセミナー「コロナ禍で顕在化した、子ども・家庭の貧困 『食』の視点から考える」(2021年12月3日)>

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